蕎麦氷
『橋崩落のため、通行禁止』
立て看板にはそう書いてある。
この先の川で水を汲みたかったのだが、無理そうだ。
このままでは蕎麦を作れない。
湖へ水を汲みに行こう。
―――。
湖には氷精が出るらしい。
なんでもそいつが凍死者を出したとか。
そのため村人はほとんど近寄らない。
―――。
桶に水を汲んだ。
夏だというのに、ここは少し肌寒いな…。
「ちょっと!そこのあんたっ!」
見ると、湖上に少女が浮いていた。
「あんた人間でしょ。」
「ああ…そうだが?」
わざわざ人間かどうかを確認するということは…この少女が氷精か?
よく見たら背中に氷柱のような形をした羽が生えている。
「何しに来た。」
「あたいの湖を穢しに来たのね。」
「いや、そんなつもりはない。」
「ただ水を汲みに来ただけだ。」
「タダでは汲ませないわ。」
「あいにく持ち合わせがない。」
「握り飯で一つ手を打ってくれ。」
「そんなのいっこで---」
ぐー…。
彼女の腹が鳴った。
「もぐもぐ。」
「好きなだけ汲みなさいよ。」
―――。
無事に水を汲むことができ、客に蕎麦を出すことができた。
水が変わったため、味が落ちるのではないか。
と、懸念しいたが、杞憂に終わり。
むしろ『今日のほうが美味い』ときたものだ。
―――。
翌日。
橋は昨日の状態のままだ。
今日も湖の水を汲みに行くことにした。
湖につくや否や、桶に水を汲み始めた。
「ーーーちょっと!そこのあんたっ!」
頭上から声がした。
顔を上げると、湖上を浮遊しながらこちらへ向かってくる氷精の姿を認めた。
「あんた人間でしょ、何しに来た。」
「…水を汲みに来たんだが?」
「あたいがタダで汲ませるわけないでしょ。」
「あたいは今おなかが減ってる。食べ物をよこしなさい。」
…またか。昨日のおにぎりで当分の間有効だと思っていたのだが…。
参ったな、今日は食べ物を持ってきていない。
「すまない、今は食べ物を持っていない。」
「じゃあ水を汲ませるわけにはいかないわね。」
「ほんとにないの?ちょっとジャンプしなさいよ。」
したところで何がわかるのか。
「蕎麦ならあるぞ。俺は蕎麦屋だからな。」
「それを先に言いなさいよ。」
「水がないと作れない。」
「じゃあ汲みなさいよ。」
「遠慮なく汲ませてもらう。」
桶に水を並々と汲んだ。
「とっとと行くわよ。」
「そっちは逆方向だ。」
「それを先に言いなさいよ。」
―――。
氷精を引き連れて、家もとい店に帰ってきた。
「おじゃまします。」
氷精は入る前にしっかりとあいさつとお辞儀をした。
「店だからそんなしっかりあいさつする必要はないぞ。」
「いいことだとは思うが。」
「そう?なら邪魔するわ。」
「あー暑い暑い。」
すたすたと入っていった。
「今から作るから少し待っててくれ。」
「早くしなさいよ?」
「善処する。」
そば粉を捏ねて、伸ばして、切って、茹でれば出来上がり。
あとは盛り付けて…っと。
「おまちどう。」
「おそいー。」
「これでも急いだ。」
氷精は両手を合わせて、
「いただきます。」
こいつちょこちょこ礼儀正しいな…。
「おまえ、礼儀正しいよな。」
「常識でしょ。」
「それと…何言おうとしたか忘れた。」
「思い出した。おまえじゃなくてチルノって呼びなさい。」
「チルノ?それが名前か。」
「そうよ。」
―――。
「ごちそうさまでした。」
「はいよ。」
「なかなか良い蕎麦打つじゃない。」
「そりゃどうも。」
「じゃあ帰るわ。」
「明日も水を汲みに行くからな。」
「勝手にしなさい。じゃ。」
―――。
役場が言うには、橋を直すのは先になるそうだ。
したがって、今日も湖に向かう。
氷精も好きにしろと言っていたしな。
遠慮なくどばどばと水を汲んでいると、
「ちょっとっ、そこのあんた!」
また氷精が怒鳴り付けに来た。
「あんた人間でしょ。」
「誰に許可とって水汲んでるのよ。」
「お前だよ。」
「何を訳の分からないことを。」
いやいや…。
「あたいはおなかが空いてる。」
「食べ物をよこしなさい。」
「…手持ちにはないが、うちに来ればある。」
「何があるのよ?」
「蕎麦。」
「へー。」
「蕎麦を作るには旨い水が必要だ。」
「だから水を汲んでもいいか。」
「さっさと汲んで行くわよ。」
―――。
氷精を引き連れて、家へ。
「おじゃまします。」
氷精は入る前にしっかりとあいさつとお辞儀をした。
「そんな大げさにする必要はないぞ。」
「いいことだとは思うが。」
すたすたと入っていった。
「今から作るから少し待っててくれ。」
「早くしなさいよ?」
「善処する。」
そば粉を捏ねて、伸ばして、切って、茹でれば出来上がり。
あとは盛り付けて…っと。
「おまちどう。」
「おそいー。」
「これでも急いだんだが。」
氷精は両手を合わせて、
「いただきます。」
やっぱりちょこちょこ礼儀正しいな…。
「おまえ…いや、チルノは礼儀正しいよな。」
「なんであたしの名前知ってるのよ。」
「おまえから聞いたんだ。」
「何をわけのわからないことを。」
―――。
「…ごちそうさまでした。」
「なかなか良いの打つじゃない。」
「そりゃどうも。」
「食べられるだけ食べたし、そろそろ帰るわ。」
戸に手をかけた氷精に向けていった。
「なあ。」
「ん?なによ。」
「昨日は何してた?」
「覚えてないわね。」
「…そうか。」
氷精の頭を撫でた。
「ちょ、やめなさいよっ。」
「また来いよ。水さえよこせば金は要らない。」
「言ったわね。覚えときなさい。」
「お前こそな。」
―――。
数カ月経った。
橋はすっかり直った。
今日も湖へ水を汲みに行く。
大した意味はない。
湖の水を使ったほうが旨い。
それと―――。
「ちょっとっ、そこのあんた!」
ちょっとほっとけない奴がいるからだ。