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閻魔帳書記官の備考欄  作者: 汐音
神林文香 備考:生存、現在死相無し
2/2

備考:善意?

来てしまった…。

文香の家は都内では珍しい一軒家で、両親が割と裕福なのだと感じさせられた。その娘が自分の隣に立っている。

「綴さん、どうぞ上がって」

それにしても、この娘はどういう了見なのか。見ず知らずの、しかも路地裏で裸で気を失っているこんな怪しい男を拾ってその日のうちに自分の家に案内するとは。無用心も甚だしい。割と裕福どころか、右も左も知らないお嬢様ではあるまいな。

そこらに投げられていたビニール袋で作った靴を脱ぎ、俺は石橋を叩いて渡る並に用心して玄関に敷いてあるふわふわの絨毯に足を乗せる。

「失礼する」

まさか、文香というこの娘は、一見ホームレスの(使命があるわけだが、意味としては合っている)俺を利用して、尚且つ良ければ家人、悪ければ奴隷や、裏ルートから売られるのではないか、と悶々と考える。その間にリビングの白いソファに案内され、文香は俺に着替えを渡して風呂場に連れられる。どうやら、シャワーを浴びよ、とのことだった。ゴミだらけなのだから当然だ。

「ごゆっくり」

シャワーを浴びながらも考えた。もし、無用心なわけでもなく、裏があるわけでもなく、本当に善意だとしたら。

人間には知られていないが、閻魔帳書記官はある意味死神だ。閻魔の仕事を補佐するため、膨大な量の死人を分別するという「死人の生前の行い」を閻魔帳に書き取らなくてはいけない。もちろん、書記官ひとりで全ての人間を観察することは不可能であるため、世界の至る所に書記官が派遣されている。「綴 紀章」もそのひとりだ。人間と強制するには必要なものがある。

シャワーを出しながら、小さな声で閻魔を呼ぶ。

「閻魔様、識別番号159357です」

『はいはい、なんだい、綴くん』

閻魔と繋がった。これは初めてであったので、テストも兼ねていたが、シャワーという騒音がありながら異世界の閻魔まで通じるとは。

『あ、もしかしてアレのことかな?』

もう閻魔は気づいたのか。能天気に見えるが、閻魔はとんでもなく洞察力があり、頭の回転が速い。ただ、めんどくさい。

「流石閻魔様、」

『滾る熱い液の集中から開放される術を探しているんだね』

「下ネタはやめて下さい」

やっぱりめんどくさい。

『だってさ、女の子の家にいるんでしょ?君の体だって年頃なんだし、さ』

笑う閻魔。浮かれてないで仕事しろ、と遠まわしに言われているのだが、なんだか侮辱されたような気がしてならない。

「あのですねぇ…」

『あーもー、わかってるよ、…戸籍でしょう?』

俺はめんどくさいけど、でも尊敬できる上司であり父親だなと、こういう時に感じる。

『君の今の状況に合わせて「過去」も作っておいたよ。戸籍がなければ日本で生きるのが難しいからね』

「用意周到ですね」

『私を誰だと思っているんだい?』

「冥府の神、閻魔大王様です」

しらっと答えるが、心なしか口元に笑が浮かぶような気がした。自分は閻魔に助けられてばかりだ。

『ははは、当然』

「そうでしたね。戸籍の件、ありがとうございます。仕事に戻ります。」

『はいはーい』

閻魔との通信が切れる。あんな王でも忙しい冥府の仕事をほぼ全部受け持っている。ただならぬ手腕の持ち主だ。


紀章がシャワーを浴びている頃。文香は今更ながら焦っていた。現在文香は一人暮らしで、両親は海外出張。一人っ子の文香は大切に育てられ、今まで両親を怒らせたことなどほとんどなかったが、今度ばかりは怒るだろうか。連絡も入れず、年頃の娘が勝手に異性と家で二人きりとは。紀章は怒られたり捕まったりしてしまうのだろうか。そう思うととんでもなく恐ろしくなった。

だが、割と直ぐに開き直った。そもそも家に連れてきたのは、文香自身であり、紀章の問題ではない。両親の怒りの矛先は自分に向くのが道理だ。

その時、紀章の悲鳴が上がった。文香は口よりも勝手に体が動き出していた。


「どうしたんですか!?」

「あ…いや、なんでもない」

「え」

あからさまきょとんとしている。それはそうだよな、まさか初めて見た、鏡に写った自分に驚いてしまうなんて。

文香はわれに帰った様子で、慌てて開けた戸をしめる。いくら腰にタオルを巻いていても恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。

しばらく洗面台の前に立ってペタペタと自分の体を触っていた。特に顔や腹部。わりと筋肉質である。

一番驚いたのは体と顔のバランスだった。物理的なバランスというよりは、どう見ても16~18歳の男子。先程の閻魔の言葉は比喩かと思っていたのであったが、まさか本当のことだとは。今までずっと30代くらいだと思っていたが、この姿を初めて見た文香はどう思っただろうか。

「あの…」

見ると、閉めたはずの戸を薄くあけて文香がこちらを見ている。

「なんだ?」

善意なのか、利用のためか、どきどきとして風呂場にいたためにおもわず畏まってしまう。

言うのか?帰れと。でも俺はホームレスだぞ。

「えっと」

もうガマンの限界だ。

「話すならしっかり話してくれないと困る。」

文香はその言葉が心に刺さったのか、姿勢を整えて、思ったことを口にする。


「シャワー止めました?」



俺は再び風呂場に入り、シャワーの栓を力いっぱいひねった。

読んでくださってありがとうございます!

元々不定期更新と言っていますが、諸事情により、この投稿を最後に3月いっぱいお休みを頂きます。

また4月会いましょう。


閻魔帳書記官の備考欄はまだまだ続きます。

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