備考:出会い
ありとあらゆる死者が集まる、仏教の冥界。その頂点を統べるのは我が父とも言えよう、閻魔大王。そして、俺の名は…。
「あ?名前?なんでもいいだろ」
『えっ』
「不満か?」
『いや、そんなことは』
「じゃあ何、大王はスルメ齧るのに忙しいのだから話しかけるなよ、霊魂」
『仕事してくださいよ』
スルメをガジガジと噛んで冥界新聞に目を通す閻魔。ふと目を遠ざけ眉間にシワを寄せるが、自分で老眼鏡をかけると食い入るように新聞に集中する。
『あのー、閻魔大王?』
「あ、なに?まだ居たの。早く仕事しろよ」
『あなたもね』
「あー、そかそか、うん、そうだね。体が欲しいんだね」
『…』
「はいよ」
閻魔はスルメを噛みつつ新聞を見ながら右手をひと振りする。と、「霊魂」が宿る体が出現し、「霊魂」が収まる。
「んじゃ、人間界にいってらー。『閻魔帳書記官人間係員』。ちなみにその体は『綴 記章』と名づけたり。」
スルメ噛むまえにやれよ。
「…ありがとうございます。いってきます。」
「はいはい」
閻魔が左手をひと振りする。と、綴が消える。
「…面倒くさ」
何処からともなく現れた緑茶をすする閻魔。
どうやら、この体は限りなく生きている人間に近いようにできているようだ。違うのは2つ、冥界と人間界を自由に行き来できて、閻魔帳に名を記すことができる能力。俺が閻魔に拾われる前の記憶はないが、もしかしたら人間だったのかも知れないと思うくらいしっくりくる体。この体が「綴 記章」と言う名が付けられているのならば、それに従おう。閻魔からのプレゼントだ、精一杯「綴」=「俺」として頑張ろう。人間界については閻魔や冥界新聞である程度知っているが、さてどんな世界だろうか。それにしても、何故俺は裸体なんだ?…あれ、急に眠たくなってきた…。
「だ、大丈夫!?」
女の声が頭の隅に共鳴して目が覚める。そこには黒髪の真面目そうな女子高生。
「え…?」
周りを見回しても、ここがどこだかわからない。しかし何故か知らないはずの言語がわかる。手を動かしてみると、ゴミ袋がある。どうやらここは路地裏のゴミ捨て場のようだ。動かない「綴」をアンドロイドか何かと間違えて拾った人がそのままごみ捨て場に「綴」を捨てたのだろう。
そこまで考えたあと、立とうとしてゴミを動かす。
「きゃあ!」
女子高生が目を塞いでそっぽを向きしゃがみこむ。「何が…あ」
そうか、人間界では日中裸で外に出るのはタブーだったはず。この体では所謂変態だ。さて、困った。ゴミの中から服を漁るわけにも行かない。というより、今日はペットボトルの日だったか…。
頭を抱えていると、女子高生がおもむろに脱ぎ始める。
「な、ななな何を」
「あの。これ、サイズ合わないかもしれないですけど、ないよりはいいと思います」
コート。サイズはそうでもなく、必要なところを隠すには十分だった。
「ありがとう、お名前は?」
「神林 文香です、あなたは?」
「あ、えっと…綴 記章です」
おそらくこの女子高生、もとい神林文香は俺をホームレスか何かと思っているだろう。結局これまでか、と半ば諦めかける。閻魔様、ごめんなさい。
「あの、もし行く場所がないなら、私の家に来ますか?」
閻魔様ごめんなさい、俺、女子高生に拾われました。
二作目です!一作目の「灰色天使」とは同時進行、あるいはこちらがちょっと更新が遅いかもしれません。一作目同様不定期更新となりますので、長い目でお楽しみ下さい。「灰色天使」もよろしくお願いいたします。