試着中
そして、そこまで考えを巡らせていた晴夏に、カーテンの向こうから声がかけられる。
「ハ、ハル……いる?」
「ん、着替えた?」
「う、うん。」
「ここにいるから出ておいで。」
「やだ。」
「なんで。」
「は、恥ずかしいから!なんか…全ッ然落ち着かないし!」
「大丈夫。大学にジャージでくる方がよっぽど恥ずかしいし、度胸もいるから。」
「……い、いや!やっぱり私無…」
「ほら、はやく。」
「うっ……。」
往生際悪くしぶる奏都だったが、晴夏から淡々と告げられた催促の言葉に、おずおずとカーテンを引き寄せていく。
じわじわと、それはもうじわじわと、もったいぶるようにしてカーテンが開かれる。
そして、普段ジャージ姿しか見せない奏都が、花柄ワンピースを身に纏った姿で現れた。
全体が柔らかいクリーム色。袖は、すっきりとしたノースリーブ。スカート裾には、パステルカラーの愛らしい花があしらわれているデザインだ。
恥ずかしそうに、手でスカート裾を膝頭に押さえつける奏都。
これは狙っているのだろうかと思えるほどに、可愛らしかった。
「……。」
「ハ、ル…?な、なんか言ってよ……。ハルが出てこいっていうから、出てきたのに…。や、やっぱり似合わないでしょ?着慣れてないし……。その」
「似合ってるよ。」
「え?」
「すっげぇ似合ってる。…うん、ものすごく可愛い。」
奏都は、声を失った。
それはもう驚いたのである。
いつものオネエ口調が鳴りを潜め、外見に見合った甘い言葉を紡ぐ別人のような晴夏に。
自分が試着室に入る前は、いつも通りのオネエ口調だったのに、この数分間に何があったのだろう…。
そう思いを巡らせるが、女子高生の会話を知らない奏都が何か思いつくわけもない。
奏都は、さらに挙動不審になり、受けた衝撃をそのまま晴夏にぶつけるようにして言葉を投げかける。
「う、嘘!可愛いとか嘘だよ!っていうか!!な、なななななに!?なんで急に!?」
「カナ?どうした?」
「どうしたじゃないよ!どうしたじゃ…なくって…」
「俺がカナを褒めるのは、そんなにおかしい?」
言動も挙動も慌ただしい奏都を、叱るでもなく、笑うでもない。
どこまでも普通の対応に、奏都の緊張は、余計に増していく。
「いやっ!褒めるのがどうとかじゃなくてっ、その…。」
「ん?」
「喋り方!」
「え、なんかおかしいか?俺」
普段と違うことは、晴夏自身が一番よくわかっているはずである。
それなのに、どこまでもしらばっくれる様子の晴夏に、奏都はつい声を荒げてしまう。
「お、おかしいかって、そりゃおかしいよ?おかしくないわけないよ!な、なんで急に変わるの!?びっくりするじゃない…!?いつもは、がっつりオネエじゃ…」
「うん?俺の姉貴がなんだって?」
「え?何言ってるの、ハルは一人っ子でしょ。そうじゃなくてハルのいつもの喋り方が……」
「…何だって?よく聞こえないなぁ?」
「…う……。」
自他ともに認める空気が読めない人間の奏都であっても、晴夏がそれ以上言うなと言っているのがわかった。
ゆえに奏都は黙った。自主的にというよりは、晴夏の勢いに気圧された形で。不本意な形で黙った。
すると、晴夏は、柔らかく微笑んで甘い言葉を続ける。
「ほら。もう一着渡したやつも着てみてよ。絶対似合うから。…今着てるのも可愛いけどさ。もっと他のも見てみたい。」
「もう一着…?」
晴夏の言葉を受けて、奏都は更衣室の中のハンガーにかけられたもう一着のワンピースへ視線を向けた。
ワインレッドの生地色が鮮やかだ。たしかに、奏都の黒髪にさぞかし映えるだろうと思われる。
…もっとも、奏都自身は、「派手…」と小さく呟いており、自分に似合うとは微塵も考えていないようだったが。
生地色は大人っぽいが、小さな白のドットが軽やかさを演出しており、背伸びしすぎていない印象を与える。
そして…襟元にあしらわれた控えめなレース。
奏都は、「これが…ブリブリと清楚の境目、か…」と何かを諦めたようにぼそっと呟いた。
「ちゃんとここで待っててやるから。ゆっくり着替えておいで。」
「いってきます…。」
トボトボと更衣室の中へ戻っていく奏都。
カーテンを閉め、鏡と向き合う。
そこには、ふわふわのワンピース姿の奏都が映っている。
自分では絶対に選ぶことがない服を身に纏った自分の姿を茫然と見つめながら、奏都が独り言を零す。
「私がワンピース…女の子っぽい…へ、変だ…」
そして、一拍空けてから、また一言。
「ハルが、変だ……」
いつもお付き合いくださり、ありがとうございます。
次回更新についてなのですが、しばらく家を空けることになり、予約投稿の準備が間に合いそうにないという事情で、27日(水)になりそうです。
隔日更新を掲げておきながら、なんだかんだ不安定な更新ペースで申し訳ありません…。気長にお付き合いくださっている皆様に心からお礼申し上げます。ではでは、今後も「オネエ口調ですが、どうぞオカマいなく!!」をよろしくお願いいたします。