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出会い―回想

数日前に大学生になりたての奏都は、大学の敷地内を散歩していた。

もちろん講義と講義の空き時間である。

「ああ、これが噂にきくキャンパスライフかー」といったゆるい感想を抱きながら、まったりゆったり一人の時間を満喫していた…のだが…。


「ちょっとそこのあなた!!」

「へ?」


長身の、先輩と思わしき人物から唐突に強い口調で呼びかけられて立ち止まる。


「あなた、ここの学生?新入生よね?入学式にいたのを見たもの。」

「え、と…は、はい…。そう…ですけど…。」

「あなた…何?その恰好は…。」


見知らぬ人から唐突に呼び止められただけでも予想外の出来事であったのに、加えてその見知らぬ人は奏都を上から下まで眺めた。

それはもうじっくりと。舐めまわすようなねっとり具合で。


「えっ、あの!スーツで来なきゃいけないのって昨日までですよね!?あれ!?もしかして私間違ってました…!?」


奏都が数日前から在籍しているこの大学は、入学式と入学式後数日間に渡るオリエンテーション期間のみ新入生のスーツ着用が義務づけられているのだ。

今日は、オリエンテーション期間を終えてからの初日。つまり、私服での初通学日であった。


「いいえ、合ってるわよ。」

「で、ですよね!あー、よかった…。」


もしや、今日までがオリエンテーション期間だったのだろうかと焦る奏都に、しれっとそう告げる見知らぬ人。

そもそも、新入生がスーツ着用義務を違反したからといって一学生にそれを咎める権利などないはずなのだが、奏都はそんなことには気づかない。

素直に胸を撫で下ろし、ではなぜこの人は自分に話しかけてきたのだろうかと、これまた素直に不思議に思うだけであった。


「…く…ないわよ…」

「え?」


掠れた声を聞き取れなかった奏都は、疑問の声を漏らす。

するとそれがきっかけとなったように、見知らぬ人は言葉を吐き出した。


「よくないわよ!なんでジャージ!?しかもなんでそんなに寝癖つきまくりなの!?」

「えと…寝癖は…寝坊しちゃいまして…。」

「ジャージは?」

「楽ですよ…?ジャージ…。」

「まさかそれが普段着とか言わないわよね?部屋着の間違いよね?」

「……だめ…ですかね?」


まさに一問一答である。

見知らぬ人に、唐突にファッションチェックをされたあげく、辛口でダメだしの嵐。

奏都は怒っても良さそうなものだが、相手の勢いに飲まれたのか、大人しく質問に答えるだけになっている。

そんな奏都の様子に、相手の勢いも落ち着いてくる。


「そう…わかったわ…。あなたおしゃれに興味ないたぐいの子なのね。なんって勿体ない…。」


心底惜しむような声である。


「あの…。」

「なにかしら。」

「あなたは…どちら様でしょう…?」


実にもっともな質問である。

そして質問された側もそう思ったのか、すぐにハッとした顔になると、申し訳なさそうに眉を下げた。


「あら…いけない。あたしったら…。ごめんなさい。つい興奮して礼儀を欠いてしまったわ。あたしの名前は、たちばな 晴夏はるか。あなたと同じこの大学に入学したばかりの一年生よ。」


どうやら先輩ではなく、奏都と同じ一年生であったようだ。

晴夏、という可愛らしい名前に見合わず、とても長身で…低い声で…そうまるで…。


「男の…人?」


そう、晴夏の外見はそのまま男だった。

しかも、かなりの男前である。180近いと思われる長身に、程よくついた筋肉。

着ている服は、自分に似合うものを熟知しているなぁという感想を抱かせるようなセンスの良いものだ。


「…何言ってるの?当たり前でしょう?あたしのどこを見たら女に見えるって言うのよ。」


晴夏の言っていることはもっともである。晴夏の外見はどこからどう見ても良い男なのだから。

ただ…。


「……………喋り方?」


そう。喋り方が完全に女口調なのであった。


「……あら、……間違えたわ。」

「へ?」


……どうやら、晴夏にとって、なにかまずい事態になったらしい。

露骨に困り顔になり、何やら小さく呟いた。


「つい…あなたの恰好見て気が動転しちゃったのね…。…困ったわね…。」


イケメンの困り顔は、正直目の毒だった。

元々、奏都は無害な人間である。人を好んで困らせるようなことはしない。

顔の美醜に関わらず、困っている人がいれば「どうかしましたか?」の一言をかける程度にはお人よしな彼女である。

目の前の人間が、どうやら自分の一言で困っているらしい…というだけでも十分に焦る状況だった。

そして、それだけではなく、奏都はイケメン耐性がなかった。

奏都自身、かなりの美少女なのだから、イケメンなんて見慣れていそうなものだと思うかもしれない。

しかし、オシャレや女子力というものに無縁な彼女は、中学高校と(表面的には)意外とモテなかったのである。

つまり…イケメンの困り顔(しかも困り顔の原因は自分の一言らしい)を見てしまった奏都としては、どうにか元気を出してもらいたいと強く思うわけで…。


「え、と……あの!そう!個性的でいいと思うよ!!」


気が付くとそんな一言が、奏都の口から飛び出していた。


「はい?」


怪訝そうな晴夏の様子に怖気づくこともなく、奏都の言葉は続く。


「橘君…橘さん?はすごい背が高くてかっこいいのに、口調はそんな感じでそのギャップがさ!ほら!最近ギャップ萌え?とかって良く言うじゃない?ね!!」


そして、その言葉に裏表がないことを示すようににっこりと笑ってみせる。

ジャージと寝癖を差し引いても、十分に魅力的な笑顔であった。


「それ、もしかして気を使ってくれてるわけ?」

「ううん!気を使うとかじゃないよ!ほんとに!うん、ほんとにそう思うし!」

「………。」

「橘…さん?」


黙り込んでしまった晴夏に、なにかまずいことを言ってしまっただろうかと冷や汗が滲む奏都。

気を悪くさせたなら謝らなければ…と口を再度開こうとしたところを、晴夏に柔らかい声で遮られる。


「…ふっ、変な子。」

「…へ?」

「…なんでもない。あたしのことはハルでいいわ。呼びやすいでしょ?それで、良かったらあなたの名前も教えてほしいのだけど。」

「え…あっ!うん!私は中嶋なかじま 奏都かなと。みんなカナって呼ぶからハルもそう呼んで?」

「わかったわ。カナ。」


随分と遠回りをしたが、やっとのこと新入生同士らしいやり取りに辿り着く。

そして、晴夏の困り顔も引っ込んだ。あぁ良かったと奏都は安心した…のだが。


「で、早速だけれど…あなたね、服装をどうにかなさい。」

「え!?」


ダメ出しファッションチェックは終わっていなかった。


「勿体ないのよ!許せないのよ!!」

「ええ!?…そんなこと言われても…。」

「折角いいもの持ってるのにそれをドブに捨てるなんて…なんて親不孝なの!」

「親不孝…!?」


思ってもいなかった単語を投げかけられて、奏都は驚く。


「そうよ。きっとお母様はお嘆きじゃないかしら?私が親なら悔しいわ!折角可愛く産んであげたのにどうしてジャージに寝癖なのって…!」


とんでも理論である。しかし、奏都は何かに思い至ったように息を飲む。


「そ、そういえば…なんでうちの子は彼氏の一人も連れてこないんだろうって…こないだ…。」


さもありなんといったように頷く晴夏を見て、奏都は項垂れる。


「いないの?恋人。」

「い…」

「いないでしょうね。その恰好でキャンパス内を平気で歩くようじゃ。」

「うぅ…。」


完全に晴夏のペースだった。奏都は親不孝らしい自分を恥じた。

居たたまれなさを誤魔化したいのか、ジャージのズボンの布を握ったり離したり…。

そんな奏都の肩を両手で掴み、晴夏は言い放つ。


「カナ、いいこと?女はね。恋をして美しくなるのよ。 恋をなさい!素敵な恋をね!!折角のキャンパスライフ、イケメンなり秀才なり捕まえちゃいなさい!」

「…オ、オカマに女を説かれた…。」


衝撃である。ジャージに寝癖頭であれど女歴18年の自分が、オネエ口調のイケメン「男子」に女を説かれたのである。

ちなみに、確認しておくが、二人は今日が初対面である。


「え?何、オカマってあたしのこと?」

「それ以外に誰が…。」

「失礼ね!あたしはオカマじゃないわよ!」


オカマではないとオネエ口調で言い切る晴夏。

奏都はその言葉の意味を吟味するような間を十分に取った後でこう言った。




「…へぇー。」

「信じてないわね!?」


奏都は嘘がつけない人間であった。


「あの、大丈夫だよ?私、偏見とかないし。」


これも嘘ではない。繰り返すが、奏都は嘘がつけない人間である。


「やっぱり信じてないじゃない!何度でも言うけど、あたしはオカマじゃないわよ!」


偏見を持たれる持たれない以前に、オカマであること自体を否定したいらしい晴夏に「ハルって面白いね」と告げる。

「どの口が言うのよぉー」とほっぺをひっぱられたのが1か月ほど前…。

カナとハル、洒落っ気のない残念な美少女とオネエ口調の不思議なイケメン。

二人の出会いは、なんとも騒がしいものだった―……。

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