勘違い
先ほどまでの男口調がなかったかのように、いつものオネエ口調で紅茶の感想を告げられて、奏都は大混乱である。
しかし、驚かせている張本人である晴夏は、そんな奏都の驚きを騒々しそうに眉をひそめ、苦言を呈す。
「戻ったって何よ。」
「しゃ、喋り方だよ!さっきまでなんか、普通の男の人の喋り方みたいで、なんか…なんか変だったでしょ!?でも戻った!!」
「変…って、あんた…。言っとくけどねぇ、あたし、普段はちゃんと男口調なんだからね?」
「う、嘘!」
間髪入れずに嘘認定してくる奏都に、晴夏はすっかり呆れ顔である。
「嘘じゃないわよ。大学でも、外でも、あんたと二人っきりの時以外はちゃんと男口調でしゃべってんの。…あんた相手だけ特別なのよ。むしろ、よく今まで気付かなかったわね。」
「私に…だけ…?」
「ええ。」
「私に…だけ…。…あ…そっか、うん…そうだよね。ちょっと特殊だもんね。そう簡単にカミングアウトできることじゃないんだよね。」
「………はい?あんた、なんか勘違いして…」
「…っ!!せめて!私の前でだけは自然体でいていいからね!他の人が聞いてる時とかは無理なのかもしれないけど…、それでも私は気にしないからね!」
奏都は、なにか一大決心をしたかのように、大きな瞳に涙を溜めて、潤ませている。
おそらくは、晴夏の心情を勝手に慮り(おそらく的外れである)、勝手に切なくなっているに違いない。
(この子…いい子なんだけど、ちょっとお馬鹿よねぇ…。)
そんな奏都を見ていると、晴夏の心中は複雑なものとなる。
(いやまぁ、あたしの喋り方が全ての原因なんだけど…。)
初めて会った時に、うっかり飛び出してしまったオネエ口調。
急に男口調に戻すのも白々しいかと思って、今日まで奏都の前では素で通してきたのだが…。
周りの目を気にして男口調に戻してみれば、奏都は変に怯えるし、
普段は男口調で普通に生活していると告げれば、そのせいで何か大きな勘違いが生まれてしまったようだ。
(この喋り方って、馬鹿親父が『カリスマ美容師ってオネエ口調なイメージでしょおお』とか言って使ってるのを聞きながら育ったせいで、気を抜くとつい出ちゃうだけなのよね。あたしも親父も性癖はノーマルだし。男相手に恋愛なんて考えたこともないわよ。…これってちゃんとカナに言うべきなのかしら。…完全に勘違いされてるわよね。)
奏都の中で、理解されにくい性癖に悩むオカマ認定が、着々と進んでいるのは確かである。
今も励ますつもりなのか、晴夏の手をしっかりと握ってきている。
柔らかくて小さい手だ。自分のために、必死になってくれている姿。
晴夏は、自分の中に色々な想いが入り乱れるのがわかり、頭が痛かった。
「ほんとにほんとに大丈夫だよ!?私の前では素でいてくれるのとか、すっごい嬉しいし!私も、ハルの前だと一番素でいられるし!だからさ…大丈夫だよ?これからも、今のままでいていいんだよ。無理しなくていいの!ね!」
的外れだが、友達想いな奏都らしい言葉だと、晴夏は思う。
こういうところがあるから、彼女は魅力的なのだと、再確認した…そんな気持ちであった。
「…はぁ…ちょっと違うんだけど……まぁ、まだいいわ。」
「えっ?」
「なんでもないわよ。お馬鹿さん。」
「なんで!?私、馬鹿じゃないよ!?」
「はいはい、あんたは優しい子ね。ありがとうね。」
そう言いながら、晴夏は優しく奏都の頭を撫でる。
いつものあやすような手つきではなく、甘さの含まれたどこか意味深な手つきだ。
といっても決して露骨なものではなく、分かる人には分かるような…そんなごくごく些細な雰囲気の変化なのだが。
「う…。」
鈍感なりにそれを感じ取ったらしい。一瞬のうちに顔を赤くする奏都。
「…ふっ、こんなんで照れてんじゃないわよ。」
それを見て満足したのか、晴夏は屈託なく笑う。
いつもの、大学でじゃれ合っている時の雰囲気が戻ってきていた。
「あ!からかったの!?」
「さーて、どうかしらね。」
怒る奏都を軽くあしらい、話しているうちに適当な温度まで冷めた紅茶をゆっくりすする。
「やっぱり、美味しいわ。」
からかいの色なく、優しく静かに褒められて、奏都の頬は再び染まる。
「うん…ありがと…」
照れが分かりやすく浮かんだその言葉を、晴夏がからかうことは、もうなかった。




