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目覚め

「ふぁーあ……。」


大きな欠伸を一つ。


「んー…ねむ…。」


そして、生理的に滲んだ涙を拭おうと指の背でまなじりを強く擦る。

下手なりに努力したのだとうかがえるアイメイクは、当然の如く無残にも伸びきり、そして滲んだ。


「あー、黒いの付いちゃった…。」


慌てた様子もなくそう呟いた彼女は、ぱっと見清楚系の可愛らしい顔立ちをしている。

…もっとも、元が良いだけに、今の惨状がますます残念なものに思えるのだから皮肉な物だ。


「トイレで洗った方がいいのかなぁ…」


そう一応呟いてはいるのだが、引き返すことなく駅のホームへともくもくと向かっている彼女。

『別に尿意があるわけでもないのに、汚れを落とすためだけにトイレなんて…面倒くさい』という本音が駄々漏れだと言えた。

そもそも、メイク直しに必要なものはすべて家に置いてきている。

ここまでくればお分かりいただけただろうか、彼女は…中嶋なかじま奏都かなとは、残念な美少女であった。






奏都は大学生である。この春に入学したばかりの一年生。

すなわち受講している科目数も当然のように多いわけで、今日も一限目から大学に来ていた。

高校時代、『なんかかっこいい』という単純な理由で憧れた階段教室。そこで受ける講義にも段々慣れてきた頃である。

席は自由だったが、各自のお気に入りの席が出来てくる時期でもあり、奏都にも当然それがあった。

広々とした大教室の一番壁際、前過ぎず後ろ過ぎない特等席。それが奏都のお気に入りである。

今日も自分の席は空いているだろうかと目を向ける。するとそこには、既に来ていたらしい親しい友人の姿があった。


「ふぁーあ…、ハル、おはよー。」


大口を開けた欠伸と共に告げられる奏都流の朝の挨拶。

聞いた側の気の抜ける、ゆるーい挨拶だ。しかし、友人はいつものことと割り切っているのだろう。

特に気にする様子も見せずゆっくりと振り向いた。


「ええ、おはよ…って、カナ…あんた…何それ。」


そして、ドン引きした。

美少女の大あくびにも寛容な態度を見せた友人が、それはもう引いた。


「え?何それって何?」

「その顔よ!顔!!」

「えっ、やっぱり寝不足なのわかっちゃう!?今日ねぇ、珍しく早起きしたから…」

「そういう問題じゃないわよ!!」


見事に噛みあっていない会話。


友人はハッとしたように周りを見回す。

テンポの良く交わされる二人の会話は、それなりの音量があった。

しかし、幸いなことに、周りの学生も好き好きに会話を交わしているために誰も気づかなかったようだ。

怪訝そうな顔は、一つたりと向けられていない。


そのことに勇気づけられたのか、友人は奏都へのお説教を再開し始める。


「…で、何その顔」

「え…う、生まれつきこの顔なんだけど…」

「知ってるわよ!そうじゃなくて…あんた、ちゃんと鏡見たの?顔真っ白じゃないのよ!それに加えて…目の周りが真っ黒!なにこれパンダ?」


友人の指摘通り、地肌の色に馴染んでいない真っ白なファンデーションに、崩れたアイメイクはさながらパンダである。

しかも、あまり愛らしくない。いや、奏都が愛らしい顔立ちをしているのは確かだ。

しかし、パンダではなく人に戻った方がより良くなることは明白であった。


「え…ああ!お化粧のことー?ふっふ、このためにわざわざ早起きしたんだよ。」


しかし、めげない。気付かない。


「ドヤ顔してんじゃないわよ!ファンデーションを馬鹿みたいに塗りたくったせいで顔だけ浮きまくり!まるで晒し首。ファンデと首の色が馴染んでないことくらいわかるでしょ!?」


友人も負けない。奏都にもわかるようにド直球で指摘をする。すると…


「えっ!嘘!!」

「嘘じゃないわよ。オカメちゃんみたいになってるわ」

「え?オカマちゃん?」

「違うわよ!オ カ メ !!お面みたいに浮いてんのよ!」

「えぇ!?本当!?えっ、えっ…うわっ…恥ずかしい!恥ずかしいよ!!」


堂々とこの顔晒して電車で通学しておいて、何を今更恥ずかしがると思うかもしれない。

けれど、朝の無頓着っぷりが嘘のように奏都は動揺し出した。そしてすかさず、首にかけていたスポーツタオルで顔を拭おうとする。



「あっ!こら馬鹿!そんなことしたらムラになるでしょうが!」

「だ、だって…。」

「あーもう、はいはい。…メイク道具は?」

「………家。」

「あんた…それってどうなのよ…。」

「ごめんなさい…。」


これ以上大好きな友人に叱られたくないといった気持ちが丸出しな様子でしょげ返る奏都。

友人もほだされたのか、肩を落として、眉も下げる。


「…はーっ、そんな情けない顔しないの!」


そして、奏都の顔でそっと手を伸ばし、素手で優しくファンデーションを馴染ませてやる。


「…はい、できた。これでちょっとはましでしょ。女の子のお肌は繊細なんだからタオルなんかでごしごしやらないの。いいわね?」

「はい…。」


殊勝な態度である。


「…ていうか、その恰好が既にダメね。ジャージはやめなさいって言ったでしょう。加えてタオルを首にかけてるってなんなのよ。あんた本当に女子大生?」


友人はここぞとばかりにたたみかける。


「お化粧しようと思ったら服選んでる時間なくなっちゃったんだよ。」

「元も子もないとはまさにこのことね。」


絞り出したような言い訳も、一刀両断に処理される。


「…一応、頑張ろうとした結果なんだよ?」


これだけはわかってほしいというように、じっと見つめて訴えかけられた奏都の台詞。

友人も「そうね」と頷き、ため息をついた。


「数日前まで化粧なんて興味ありませんって顔してたものね。けど、なんでまた急にメイクしようと思ったわけ?」

「それは…ハルがこないだ…」

「あたし?」

「うん…、初めて会った時に…」


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