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お隣さんとラブトマト

作者: くわ


タイトル『お隣さんとラブトマト』


この赤い野菜――ラブトマトを育て始めて三日目。クラスの連中が言うには三日程でハートの形の実を実らせるはずなんだが……全然育っていない。

俺の育て方が悪いのか? でも、水くれるだけで育つって言うし、そうなると、

「やっぱり、愛情が足りないのか……」

このラブトマトは最近品種改良で生まれたトマトでハートの形に実り、そして愛情を注ぐことで大きく、綺麗な形に育つ、変わった野菜だ。

今、このラブトマトは若者を中心に流行っている。

大きく鮮やかで綺麗なハートの形に実らせることが出来る人は愛情を沢山注げる人――一種のステータスになっているのだ。

最近じゃ、育てたラブトマトを持って告白する奴やラブトマトの大きさで彼氏彼女を選ぶなんてことも。

俺もそんな流行に便乗して見たんだが、十円玉ぐらいのちっこいのが実ってるだけ。……俺の愛情ってやつはその程度ってことなのか。

大体、愛情ってどう注ぐんだ? 野菜に愛でも囁けって言うのか? 

小学生の時にアサガオぐらいしか育てたことが無い俺には難易度が高すぎる。

「あー、どうしたもんか……あっ」

そういえばお隣さんの家庭菜園がすごいって母さんが言ってたっけ、ちょっと見せてもらおうかな。

塀越しにお隣さんのお庭を拝見する。

目の前に広がるのは家庭菜園と呼ぶのに相応しいものだった。

小さなビニールハウスから綺麗に整頓されて置かれているプランターの数々、庭の一部を畑にして野菜や、色とりどりの花が植えてある。

正に家庭菜園の鑑のような庭だ。

それに比べて俺の家庭菜園は野菜一つ植えたプランターが置いてあるだけ。何だか申し訳なくなってきた。

「しかし、色々と植えてあるんだな」

キュウリ、トマト、ナス、枝豆までなってる、庭で一通りの野菜が収穫できそうだな。

庭を眺めていると、他のプランターとは少し離れて置かれているものに気づいた。

「んなぁ……バカな!」

小玉スイカ程の大きさの鮮やかな赤色のハート――ラブトマトだ。

クラスの連中が持ってくるラブトマトは大きくてもせいぜいこぶし大程度。しかも、あんなに綺麗なハートの形をしたラブトマトは見たことが無い。

「いったい、どうやって育てたんだ」

「愛情込めて育ててるから」

「やっぱり愛情か……うおっ!?」

身を乗り出す勢いで見ていた俺は突然の声に驚いて、尻餅をついてしまう。

「いてて……」

「……大丈夫?」

見知らぬ少女が塀越しに顔を出して心配してくれた。

「ああ、大丈夫大丈夫」

お尻についた土を手で払いながら立ち上がる。かっこ悪いな、俺。

「君はその家の子?」

「うん」

「俺は隣の――」

「知ってる、お隣の三橋拓郎くん」

なぜ知って……いや、お隣なんだから名前ぐらいは知る機会はあるか、俺は女の子が住んでたことも知らなかったけど。

「えっと、別に君の家を覗いてたわけじゃ無いんだ。その、家庭菜園に興味があってさ」

「あの子のこと?」

ラブトマトを指差して少女が言う。

「……何でわかった?」

「熱心に見てたから」

どうやら俺がこの子に気づかなかっただけで、最初からこの庭に居たようだ。

少女は土いじりのためかオーバーオールを着て、長い黒髪を頭の上でまとめてポニーテールにしている。

整った眉に大きな目、とても端正な顔立ちをしている。ちょっと影が薄いけど。

お隣さんが引っ越してきたのは二年前だから……俺はこんな可愛い子を二年間知らずに過ごしてたのか。

「それで知りたいの?」

「えっ、何がだ」

「あの子の育てかた」

あの子? 話の流れから考えて、ラブトマトのことだろう。

「是非とも、教えて欲しい。俺も育ててみたんだが全然でかくなんないんだ」

「ラブトマトを育てるには愛情が必要」

キッパリと少女が告げる。ぐっ、やはり愛情なのか。

「その愛情の注ぎ方が分からなくてさ」

「愛してあげれば良い」

少女は至極当たり前のように言ってくる。それが出来ていたらこうして覗きなんてしないのだが。

「えっと、愛し方のコツとか無いかな?」

「私は名前をつけてあげてる」

「名前? 野菜にか」

「うん、そこのキュウリが田中さん、向こうの普通のトマトが前田さん、その隣のミニトマトがアンソニー」

どうしてミニトマトだけ外人なんだ? まぁ、その辺はツッコミ出すと切りが無さそうだしやめておこう。

「それじゃあ、ラブトマトはなんて言う名前なんだ?」

「……それは言えない」

顔を伏せてしまう少女。少し顔が赤らめていたような。

「まぁ、言いたくないならいいや。名前か……どんなのが良いんだろうな」

野菜に名前か……すぐには思いつかないな。

「す、好きな人の名前を付ければ良い、そうすれば愛情が注がれる」

顔を伏せたままアドバイスをくれる。この恥かしがり方はもしや、

「もしかしてラブトマトに好きな人の名前をつけてるのか?」

「――っ! ……そ、そんなことは無い」

少女は図星をつかれて動揺したのか、体ごとそっぽを向いてしまう。ちょっと意地悪だったか。

だけど、その案はかなり効果的なんだろう。実際にあれ程育ってるんだし。

「うーん、でも、俺好きな人いないんだよな」

「だったら! ……その……わ、私が付けてあげる!」

少女が声を荒げながら提案してくれる。これまで静かに喋ってたのでちょっと驚いた。

きっと、野菜を愛する気持ちが前に出すぎたんだな。あんな大きなラブトマトを育てられるんだ、野菜に対してすごい愛情があるんだろう。

「よし、それじゃあお願いするよ」

「うん」

「それでどんな名前を付けてくれるんだ?」

「…………な、奈々」

顔を伏せて、少し迷いながらも小さな声で呟いた。どうしてそんなに恥ずかしがってるんだ?

「ナナ……でいいんだよな?」

「………………(コクリ)」

何も言わずに首を縦に振って、肯定してくれる。

「でも、名前付けてどうすればいいんだ」

野菜を名前で呼べばいいのだろうか?

「名前で挨拶してあげたり、水をあげるときに声をかけたり、……その、あと…………愛の告白とか」

「挨拶と、水くれのときね。……えっと、最後なんか愛がどうたら言ってたけど、もう一回言ってもらっても良いか?」

「…………愛を持って接すれば良い」

「なるほどな。色々と悪かったな、ありがとう」

少女に礼を言って、塀から離れようとしたら少女に呼び止められた。

「待って。……あの、コレ!」

「うん? なんだ」

「美味しいから食べて、田中さん」

「……ああ、ありがとな」

俺は田中さん(キュウリ)手に持ち、家に戻る。……うーん、やっぱり名前は付けないほうが良いんじゃないだろうか。



その後、少女に言われたとおり実践してみると、数日でラブトマト――ナナは以前より大きな実を実らせてくれた。

ちなみにお隣の庭には――以前よりさらに大きく輝いたハートが実っていた。


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