令嬢、青年と戦う(?)
最初六十人だった試合も、第一試合後には半分の三十以下。
ぴったり三十とならないのは、戦闘不能になったのは敗者だけではないからだ。勝者にもダメージはある。それゆえ、途中辞退ということもあり得るのだ。
第二試合は正直第一試合よりも手応えは皆無だった。
勿論自分よりも背の高い男性は、どうみても経験者とは言い難かった。
ルディはその目を細めて相手の男を見やった。
「・・・賄賂であがってきたか」
にやにやとした笑みを崩さない男はルディにしてみれば気味が悪い。殺意の湧くだらけきった顔を、鞘のついたままの剣で思いっきり吹っ飛ばす。
ああ、痣くらいはできたかもね。
でも少しはまともな骨格になったかも知れないわよ!
整形代はいらないから!
心の中では伯爵令嬢とは思えないセリフを吐きながらも、ルディは優雅にその場を後にした。
模造剣でなければ腕の一本でも貰っておけばよかったかと思いながら。
今更だが、闘技場の剣は模造剣に近い。参加者の腕や足やあげく頭が吹っ飛ぶ試合など、見るに堪えないからだ。
皮膚の一枚二枚は持っていける剣だが、さすがに腕を吹っ飛ばすのは無理だ。
勿論一発当たると痛いじゃすまないから、当たるのは本当にごめんである。
ルディはこうして第三試合へと臨むことになった。
第三試合最後では、ハバーニールとバーデルードが対戦するようだ。観客としては、ここでもう決勝戦が行われてしまうようなものだろう。
それはともかく、第三試合で彼女が当たったのはどこか柔らかな相貌を持つ青年だった。
立ち姿は自然であったが、どうも剣士らしくない。彼の顔に刻まれた笑窪が彼への闘争心をじわりと剃っていくのを感じる。
ルディは慎重に視線を巡らせた。
鬘の彼女とは違う正真正銘の栗毛。
立つ姿は今までの相手とは違って隙がない。
第一試合の相手は、余裕の見せすぎでまるでどこらかしこに風穴があいているようだった。
第二試合の相手は、緊張のしすぎ。がっちがち。どこから突いても気持ちがいいくらい決まっただろう。いや、実際気持ち悪いくらい綺麗に決まったのだが。
最初の二人は自身が不安がる要素などないとわかっていた。
それに比べて今迎え撃とうとしているのは、力が入りすぎてもいない。かといって全く緊張していないわけではない。
場慣れしているような雰囲気。
「面倒・・・」
「面倒とは失礼ですね」
あら、聞こえてたみたい。
自分の独り言、最近独り言じゃなくなってきてるみたいだなぁ、とどこか遠い眼をしてみる。あ、空が青い。あそこにとまってるのはさっき放してた鳩?逃げればいいのに。
あ、逃げた。飼われてた鳥って自然に放しても生きていけるのかしら。
とぼんやりと考えてみる。
かなりの現実逃避である。
・・・勿論、まだ試合が始まっていないからできる芸当である。
『はじめっ!』
会場に響き渡る音量で開始のアナウンスが放送される。
相手の考えが読めない以上、突っ込むのは自分のすべきことではないと判断したルディは防御の構えをとる。
しかし一向に相手が動く気配はない。にこにこと笑いながら突っ立っている。
・・・どうしよう。
ルディは今までまるで突っ込んでいったように思われるかもしれないが、実際は違う。相手の攻撃を誘い、初撃は受ける。というか受け流す。
基本的にルディの戦い方は相手の力を利用し、そこに自分の力を上乗せし助長させることにある。だからこそ初撃がこちらから、というのは致したくない。勿論第二試合は例外である。
しーん、と静まった試合会場に、ざわざわと観客の動揺が広がっていく。
いやいや私もびっくりよ。てか多分私がびっくりよ。なんなんだ、この人。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
相手は一切動かない。
これは相手の作戦?切りかかっていったら逆にやられてしまうのでは、と余計ルディは身構えた。
まるで睨めっこのように見つめあう二人。ごくり、と思わず唾を飲み込んだ時だった。
男は微笑をたたえたまま、剣も抜かずにすたすたと歩いてきた。
その様子にルディは目を剥いた。そう、伯爵令嬢が目を剥いたのだ。バンダナがなければ美貌の令嬢のそのさまがどこからでも見れただろう。
本格的にどうしよう?!?!
こんなパターンは教えてもらったことがない!
相手が、超がつくほどフレンドリーに近づいてくる。このまま「やぁこんにちは!」なんて言ってきそうだ。握手されそうになったらしかえしていいのかしら・・・?
ええと、その場合は「ようこそ、私の領域へ!」でいいのか?それでそのままバッサリ・・・って違う!
ルディはぶんぶんと頭を振る。
パニックになりすぎて訳が分らない。
基本ルディは冷静だが、不測の事態に一旦頭がパニックになるとそのまま大暴走する傾向にあった。やはりどこまでいっても実戦不足の令嬢なのである。
とりあえず回避行動を本能的に取ろうとしてか、思わずじりじりと後退すると、相手は吃驚したようにその歩を止め、さっと諸手を挙げた。
「すみません、逃げないでくれますか」
首を傾けた姿は大きな愛玩動物。あ、黒眼でっかい。じゃなくて!
え、何これどうすればいいのかしら?どうすれば正解?
結局動けないまま、男に後一歩で向こうの剣が届く、という所まで許してしまう。自分の手は勿論剣の柄にかけてあるが、向こうはかけるそぶりすらない。なんとなく攻撃しにくい。
相変わらずにこにこ顔の男は、殆ど口を動かさずにルディに聞こえる程度の声で言った。
「ドルトナンド家の方ですか?」
その言葉に驚く。そしてどう答えるべきか暫し思案した。軽率に答えては、自分の身が危ない。
すると彼は苦笑したようだった。
「警戒するのは尤もです。実は自分、ドルトナンド家には借りがございまして。」
そういうと腰の剣を外し、ぽいっとルディの方に投げてよこす。そしてすっと手を上げた。
「負けを認めます」
いっそ清々しいほどの笑顔に、会場はざわつきをなくし、しーんと静まった。
え、何?どういうこと?貴方以外理解できていないと思いますが?
ルディも完全に固まっていたが、青年はそんな事も気にせず、後で会いましょう、と不吉なことを言いながらくるりと背を向けた。
本当にその後で会うことになり、そして思いもよらない形でルディとこの男性の関係は紡がれるのだが、それはまた別の話。
そうしてブーイングが起こる間もなく、その試合は幕を閉じたのだった。