陛下、観戦する
「第一回戦は最後か」
一回につき数分で終わる戦いとしても、やはり自分が出ていない上、正直目を見張る剣技ばかりが飛び交う訳ではない。
いくら選抜メンバーだとしても、あくまでも相手を打ち取るための戦いである故に、美しさなど必要ないのだ。
泥臭い試合や、へたくそな剣技ともいえない応酬もあって当たり前。そこは目をつぶらねばならない。
最後ということは、大したことがないのだろう。最初の方に盛り上げ役を持ってきて、中盤でも同じ手を使い、観客を盛り上げるのがここの闘技場の手だ。
一番最後は第二回戦に向け観客もいそいそと準備をし出すころだから、直ぐに終わる試合を持ってきているのだろう。
試合後、すぐに片づけれるように、闘技場の使い走りが場外にかまえているのがちらほら見える。
「確かに、これはすぐ決まりそうですね」
ぼそり、と近くにいた近衛が呟く。確かに、レーナルトから見ても、勝敗は明らかだった。
片方は男にしては背は低く、細すぎる。まるで栄養が足りていないようだ。
彼のどこにでもあるような栗色の髪は、肩を過ぎるところまであり、なんだか重そうだった。目深にバンダナをした姿は、子供にしか見えない。
少し細身の剣を二振り握っている。二刀流の剣士なのだろう。その立ち姿は自然体であった。
方や相手はかなり大きかった。筋骨隆々としかいいようがない、立派な体つきだ。
まるで剣の重さを確かめるように、剣身だけでも少年の身長を超える長さの剣を二三回振り回している。
開始を告げられた後の少年を思って、レーナルトは眉を顰めた。
間違いなく、直ぐに決まる。この第一回戦の闘技場は逃げ場がない。少年が身を隠し、応戦できる地形ではない。力で押されて負け、地に這いつくばる少年の姿が思われた。
『はじめ!』
少年は二本の剣を構えるでもなく、防ぐために交差させるでもなく、ただ、走った。
広い闘技場ーそこそこの距離があるそれを一気に詰めていく。
早い!
レーナルトは目を見開いた。
男が少年の行動を無謀な特攻とみてか、嫌な笑いを浮かべたのがここからでも見えた。男も剣を構え、少年に向かって走り出す。
あと5メートル。
男が全身の力を籠めて剣を振りかぶった。バンダナの少年を屈服させる様がもう見えているようだ。しかしそこで少年は行き成り踏ん張って止まり、そのまま後ろにジャンプで後退した。
あっという間の事で、男の少年を捕らえる筈の剣は空をかく。
どこを捕らえることもできなかった剣に巨体が引きずられ、男は一瞬態勢を崩したが、直ぐに左足を踏み込み、今度は逆からもう一度剣を振るった。
そこでまたしても信じられないことが起こった。少年の二振りの剣が交差され、男の大ぶりの剣を受け止めたーように見えた。
しかしそこで少年はぐるりと体ごと剣を回す。重なり合った剣はそのままに、男は自分自身の力に引きずられ、無様に左肩を地面に打ち付け、思わず苦悶の声を漏らした。
少年の口がにこり、と笑った。
投了、しなよ。
確かに、そう動いた。二廻りどころか、三廻り以上も小柄な少年に大の男がいいようにされている。しん、と闘技場が静まった。
男が一瞬訳が分らない、といった顔をしていたが、少年の言葉に顔を真っ赤にして、言葉にもなっていない雄叫びを上げながら、少年の剣から無理やり自分の剣を引き抜き、再び振りかぶった。
少年は溜息でもついたのだろうか。肩が少し上下に動いた。
少年は、ぎりぎりまで動かなかった。どこからか少年が叩き切られる、と予想した夫人の悲鳴があがる。
しかし、レーナルトは思った。
―――正しい。
剣筋をぎりぎりまで見極め、少年はほんの少し横へとずれ剣を避けると、また突進した。男の剣は全く意味をなさず地面にその切っ先を埋め、男の再びの抵抗手段を奪う。
男の懐、体の真下に潜りこんだ少年はそこから更に神業のような技を見せつける。
地面に躊躇なく片方の剣を突き刺すと、それを軸に男の顎を下から蹴り上げる。
それは確実に当たり、がちんっと上顎と下顎がぶつかる音がした。舌を噛んでいないのが奇跡だ、とレーナルトは冷静に思った。
顎が揺れれば、脳が揺れる。
男は脳震盪を起こし、目をひんむくとぐらりと傾いた。着地した少年は、再び今度は男の腹を蹴り飛ばし、思わず膝をついた男の米神に容赦なく横蹴りをくらわせた。
ごつん、と骨と何か固いものがぶつかりあう音。
どうやら少年は、何も身につけていないように見えて、しっかりとその黒衣の下に防具を着込んでいるようだ。
その連続した攻撃に、男は成すすべもなく再び地面へとその身を倒す。
少年は残った片方の剣を男の首筋につきつけ、勝利の笑みを零す。
「私の勝ちですね。・・・て、あれ、意識ありませんね」
どうしよう、と言わんばかりにきょろきょろと辺りを見回すのは、小動物さながらである。しん、と静まった会場にも不安を覚えたのか、司会者に目を合わせると、不安そうに。
「勝ち、ですよね?」
司会者もはっとしたように少年と男性を見比べると、ぽり、と頭をかいた。
「え、ああ、はい・・・」
「良かった!」
極上の笑みだった。ほっとしたようなその顔に、一体闘技場の何人がノックアウトされたのだろう。
その少年の持つ独特の雰囲気はいうまでもなく、しっかりと司会者を見上げたが故に、ほとんどの者が見ることがただろう。その美しい、というべき顔立ちを。
退場のために振り返った少年の瞳は、碧色だった。まるで隣にいる、ルイザスのような。
それにあの剣捌き。只者ではない。まるで、ドルトナンド一族のような、強さ。
今のドルトナンド伯爵家には銀髪ばかりだときく。
とすると栗色の髪である彼は、縁者だろうか。
「ルイザス、あの者は」
ルイザスに親戚かなにかか、と尋ねようとしたレーナルトはぴたりとその動きを止めた。
隣にいる近衛筆頭は、どうやらレーナルトに声をかけられたことすら気づいていないようで、口を半開きにした真っ青な顔のまま、直立している。
彼の戦慄く唇などそうそう見れるものではないと、これ幸いと言わんばかりにレーナルトはしげしげとその横顔を眺めた。
そのままその口に何か突っ込めそうである。いっそ本当に何か突っ込んでしまおうか、とレーナルトが視線を巡らしたところで、ルイザスの口が動いた。
「な、なぜ・・・」
彼の視線はただ一点。その少年に注がれている。少年が退場していく様をガン見していたが、その姿が消え、重々しい音とともに扉が閉められた所で、はっとレーナルトの視線に気づくと、姿勢を正した。
しかしルイザスとて人間、その一瞬でどこまで持ち直せたものか、と見ていたが、彼はそこらへんの人間には、先程までの尋常でない様子など気付かせないレベルまで一瞬で持ち直して見せた。末恐ろしいやつである。
しかし後の祭り。
先ほどから観察していたため、彼が何に驚いていたかなど考えるまでもない。
レーナルトは興味深そうにルイザスと少年が消えた扉とを見やり、口角をあげた。
「知り合いか」
「いえ、知り合いに似ていたので驚いただけでございます」
即答したルイザスを、レーナルトが面白そうに見てくる。
半分、嘘。半分、本当。
ルイザスは心の中で付け足した。レーナルトには長い付き合いからもあり、きっとただ事ではないと気付かれているだろう。
けれど隠さねばならない。
なぜなら、彼、いや彼女は、おそらく自身の妹なのだから。