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男装の令嬢  作者: kokusou.
闘技場編
5/27

陛下、闘技場へ行く



 重苦しい正装にももう慣れた。




 肩にずっしりとくるこの衣服は、10キロを優に超えているだろう。

 執務で凝り固まった肩をこきりと鳴らしながら、レーナルト・シュナンベルムは再び闘技場を見下ろす。

 太陽を遮るように影とされた場所、そのやけに凝った椅子に自分は座っている。

 空は快晴、からっとした空気は運動にはもってこい。

 まぁ、これから行われるのは運動なんて生易しいものではないが。


 広い闘技場には犇めく国民。誰もが客席下の門から出てくるであろう挑戦者たちを今か今かと待ち構えている。

 今大会は、王家の将軍、宰相の息子やらも出るらしく、観戦を是非にと言われ出席しているのだが。



「なぁ・・・僕も出てはだめか」


 

「だめです」

 



 近衛騎士であるルイザスは背もたれに体重を預け、心底つまらなさそうにしている王に鋭い眼を向けた。

 彼の銀髪がさらりと動く。全くもって男の髪にしておくのは勿体ない質である。たまに侍女たちが彼の髪を羨ましそうに見ているのだが、彼はそれには気づいていないようであった。

 ルイザスもまた黒で固められた王直属の近衛兵の服をきっちりと着ている。銀の髪と相まってパッと見近衛兵には見えない。

 本来、彼もそこまできっちりしたものは好まないからか、いつもよりも機嫌が悪い気もする。



 

「ここは公の場ですので、呼称を変えてください」


 

「私も出ては「だめでございます」


 

 はぁーっと溜息を洩らす王に、ルイザスはこほんと咳払いをする。


 

「今回は将軍であるバーデルード様、宰相の御子息であるハバーニール様など、有力株が出揃っています」


 

 だからきっと面白いです、とルイザスは感情を込めずに言ってくる。ルイザスとて私が言いたいことなど分かっている癖に。



 

「・・・自分が戦わぬ試合など」


 

「陛下が出られては困ります。貴方は王です。それに誰が相手をするのですか」


 

「ルイザス」


 

「嫌です」




 

 お互いの口調がだんだんと棘のあるものへとなっていく。険悪な空気が流れ出し、その場にいる他の近衛も身を置く場所がないというように居心地悪そうに身じろいだ。

 しかし、当事者である彼らは気付かない。


 

「大体、なぜ私が出られないのだ」


「貴方様が王であるからです」

 

「一年前は出たではないか」

 

「貴方様が強すぎて、景品を根こそぎもっていかれたからでは」


 

 闘技場側も困っていただろうし、王としてもっと腰を落ちつけろ、と周りの低能たちが五月蠅かったからもある、とルイザスは心の中でつけたした。

 王の実力は折り紙つき。正直近衛が必要なのかも不思議なレベルだ。いや、それは外聞もあるので勿論つけるが。

 戦争ばかりの自身の曾祖父の時代ならば、その実力をいかんなく発揮し、その黒髪から黒獅子などという異名をつけられていたかも知れない。

 だが残念ながら彼は戦闘狂とはほど遠く、その少し垂れ下った眼尻から醸し出す雰囲気からわかるように、血生臭い戦を嫌う。

 ここまで強くてなぜそんなフェロモン全開の顔なのか甚だ疑問である。

 ただ本人が剣が好きなのは事実で、憂さ晴らしにと時にはルイザスが相手をするときもある。

 

 ・・・王に模造剣といえど剣を向けている自分も中々だとは思う。




 

 しかし今更、この王との間はそんな堅苦しい関係ではない。

 時にふざけている彼を嗜めるのは自身の役目。

 ならば剣の稽古と称してこちらも王相手にストレス発散させて貰ってもいいではないか、と思う。

 勿論口が裂けても言えないが。

 とりあえず、そんなにも彼が強いために去年までは許可されていた闘技場での大会の王の参加は、今回は見送りとなった。

 理由は先の通りであるものの、その分溜まった王の欝憤は誰が晴らすのか。

 その欝憤の八割方が、剣での打ち合い以外の、執務での方向でも自分に向かっていると分かっているルイザスとしては、どっしりと重すぎる腰を据えた重鎮どもにお前が晴らせ!と叫びたいところだ。



 

 ああ、眼に浮かぶ。椅子に座って判を押すことしか知らない奴らの、使いもしない腰にほぉら俺の剣が・・・



 

 そのかなり危険なルイザスの意識を中断させるように大会の開始を知らせるファンファーレが鳴り響く。

 わざとらしく白い鳩が何十羽と解放され、空へと飛び立っていく。随分趣向のこったことだ。

 大仰な身振り手振りで解説者と司会者が開始を告げると、客席が沸き立った。試合場の両側の扉が重苦しい音を立てて開いていく。




 

 さっそくハバーニールとやらの出番のようだ。不正がないよう闘技場からの貸し出しとなっている剣を握る様は中々ではある。彼の鮮やかな紅の髪が風になでられていく中で、彼は背筋を伸ばし、その顔に笑みを浮かべながら入場してくる。

 一斉に上がる女性からの奇声にも近い声に、レーナルトは顔を顰めた。王子時代に自分の黒髪と紫の瞳の容姿であげられ続けた奇声は、彼に若干のトラウマを残していた。

 それをなんとか振り払い、噂の宰相の息子に目をやる。

 ハバーニールとやらは少し長めの長剣を、自分より頭一つ大きい男に向けた。相手の男の武器は斧。剣と斧ならば、リーチで少しは有利になるかもしれない。

 闘技場の勝敗は、相手が降参の意を示させるか、戦闘不能にさせること。




 

「・・・まぁ多少の腕はあるようです。勝ち上がるでしょう」

 


「そうだな。」

 




 大して面白くない。心底そう思った。自分への売り込みや、ハバーニール自身に箔をつけるための試合だろう。

 予想通りハバーニールは勝ち上がった。次いで予想通りとも言えるが、バーデルードも余裕の勝ち上がりだ。どちらも実力がないわけではないから、そこそこ面白い試合なのであろうが、やはりレーナルトには面白いとは感じられなかった。

 彼らのつまらなそうな顔が変わったのは、第一回戦の30試合目だった。

 










 


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