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男装の令嬢  作者: kokusou.
過去編
25/27

小さい方、大きい方(前編)

お久しぶりです。



 

 

 それはそれは、誰も知らない二人の密会のお話。





 

 

 

 

 真っ暗だった視界が、突如雲から抜けるように光で白く染め上げられた。

 時間をおいて次第にはっきりしていく。まず映ったのは月だった。白く輝くそれが、薄らと雲を帯びている。街の光が少ないのか、数々の星がはっきりと見えた。

 しばしぼんやりと視界はそれを映していたが、慣れてきたのか焦るように何かを探す。それが動くたびに様々なものを映していく。

 宵闇の月がじんわりと辺りを照らし、それに反するように連なる山がおどろおどろしい風貌を晒す。

 ほっそりとした川が流れており、その周りにちらほらと生き物の姿が見えた。時折遠吠えに似た声が辺りに響き、ざわめく木々の音が森を満たす。

 その恐ろしさと同時に、その森はどこか包み込むような穏やかさも持っていた。

 自然ばかりが溢れるそこを、探るように舐めるように視界は動いていく。

 しばらくそれを繰り返した視界が、小さな小川にぴたりと固定され、じわじわと拡大していく。



 

 

 ―――月光ばかりが降り注ぐその場所は、木々に囲まれた中で唯一、開け放たれた場所だった。

 小高い丘のすぐ傍に流れるは小川。

 丘に咲き誇るは小さな白い花。風にその花びらが誘われ、散らされる。

 その傍に小さな影が二つ。

 片方は―――あくまでその二つを比べるとだが―――大きい。

 ただし決して大人の大きさではない。

 月光しかないはずのその場所は薄ぼんやりと輝き、二人の姿を闇に浮かびあがらせている。


 

 大きい方が投げた小石が小川に落ち、ぽちゃんと音をたてた。

 その音に驚いたのか一匹の魚が水面から跳びはねた。

 それを見た小さい方が思わずという具合に小さく叫んだ。

 姿がすぐに見えなくなった魚に、小さいほうは落胆したらしい。座り込んだその横の草をぶちぶちとちぎった。



 

 

「君は、大丈夫なのか?子供が出歩く時間じゃない」

 大きいほうが視線を小さい方に向けた。

「こどもじゃないもん」

 大きい方は困ったように眉根を寄せ、苦笑した。

 長い裾に隠されたその腕についている痣が、ちらりと大きい方の視界に映った。よくよく見てみれば、小さい方の体にはその一つだけでなく無数の痣が散らばっている。

「・・・帰る場所がないの?」

 ぽつり、と呟いた大きい方の言葉に、小さい方が顔をあげた。

 大きい方の視線は小さい方に固定されたままで、どこかその表情は硬い。

 小さい方は穴があくほどじっくりと大きい方の顔を見つめた。そしてゆっくりと口を開く。

「ちがう」

 大きい方はその目を揺らしたが、視線をそらして声を硬くした。


 

「・・・じゃあ帰りなよ、僕はまだ用事があるんだ」

「なに?」

「・・・」

「ようじって、なに?」

「君には関係ないことだよ、だから早く」


 

 帰れ、と言おうとした大きいほうの手を小さいほうが掴んだ。


 

「な、」

「きれいな、手だねぇ」


 

 しげしげとその手を眺める小さい方に大きい方はその口を戦慄かせ、小さい方の手を振り払った。

 さして気にもせず、小さい方は手を伸ばした。

「きれいな、かみ」

 小さな手が大きいほうの頭に置かれた。確認するかのようにそれが滑る。

 大きい方は撫でられていることに目を見開き、固まった。

 しばらくされるがままになっていたが、やがてゆっくりと小さい方の手を取って、ゆっくりと下ろさせた。

 何かを噛みしめるようにその目を伏せ、大きい方は小さく呟く。

「・・・僕に触った人なんて、何年ぶりかな・・・」

 きょとんとしたように小さい方は首を傾ける。

「君、は、どうしてここにきたの」

 本当は、一人で終わらせるつもりだったのに、と。

 



 

「・・・モルガナ、という植物を知っているかい?」



 

 大きい方が小さい方に話しかけた。小さい方を帰すことを諦めたらしい。

 小さい方は首を振る。

「知らなくて当然なんだけどね、毒薬なんだよ」

 ―――希少種のその植物は分からないことが多く、ごくわずかな量で死に至るということ。そしてそれを治す手立てがたった一つしかないことで知られる怪奇な植物。

 小さい方は分からない言葉の羅列に、眉を顰めた。説明しろと言わんばかりにその手を引くので、大きい方は苦笑した。

「分からなくていい、分からなくていいんだ」

 聞いてほしい、だけなのかもしれない。

 大きい方は漠然とそんなことを考えていた。

 自分よりずっと幼い相手で、よかった。これから自分が何を言おうと、きっとこの子は理解できない。いや、理解してほしくないことだ。

 けれど、言ってしまいたい。

 すべてを抱えるには、自分は弱すぎたのだ。



 

 

「僕の兄はね、一年前死んだんだ。流行り病だった」

 



 

 一息で言った大きい方に、死、という言葉を知っているらしい小さい方はびくりと肩を揺らした。どこか気まずげに視線を動かしていたが、おずおずとその手を伸ばしてまた大きい方の頭を撫でた。

 驚いたように大きい方は目を見開き、苦笑した。

「気にしないで、兄と言っても僕は会ったことだって両手で足りてしまう程でね」

 棺の中の顔を見ても、ぴんと来なかったのだ。

 それどころか―――これが、自分の兄。

 その時初めて自覚したかもしれない。すっかり血色を失い、唇は青く乾燥して、二度と開かれることのないその瞼の下にあったのは、本当に自分と同じ紫の瞳だっただろうか。

 それすら、分からない。

 けれど目を閉じたその姿は、酷く、自分に似ていた。



 

 

「僕はね、兄の机の中からこれを見つけたんだ」




  

 これが、モルガナ。

 小さな瓶の中に入っているのは、それよりもさらに小さい、白い花だった。

 小さい方と大きい方の座っている丘に生えているのと変わらないくらい白く、小さく、なにより美しかった。

 月の光を吸収するかのように、その白い花は光っているが、中心だけがぼんやりと黒ずんでいる。その白と黒のコントラストに、小さい方は目を見開いた。

 思わず手を伸ばした小さい方に大きい方は慌ててその手を引いた。

「触っちゃだめだ!僕にも分からないことが多いんだから!」

 びくりと小さい方は肩を竦ませた。

 ごめんなさい、小さい声で謝る相手に、大きい方はなんとも情けない気持ちになった。

 自分より年下に、何を叫んでいるのか。

「いや、僕の方こそ、すまない」

「・・・・」

 しょんぼりとした小さい方の頭に、置こうとした大きい方の手がびくりと揺れた。戸惑ったように瞳を揺らがせ、やがて大きい方はゆっくりと手を下した。

 視線をそらした大きい方は、幾分か残念そうな小さい方には気づかない。

「・・・・・最初に見つけた時には、なんでこんなもの持っているんだって思ったよ」

 小さく張られたモルガナの文字が、生真面目だと聞いていた筈の兄の戯れなのかと。

 しかしその兄はもういない。確認する術はなかった。

 けれどもなぜか自分はその瓶を兄の部屋から掠め取ってしまった。

 ちょっとした悪戯のつもりだったのかもしれない。

 こんなものを後生大事に持っていた兄の気持ちを、分かりなどしなかったのだから。


 

「でもね、直に分かった。分かってしまったんだ」


 

 ぎゅっと自分を抱きしめる大きい方は大きく息を吐きだすと、吸い込む。

 そして一気に言葉を放った。

「僕は今まで一切教育を受けてこなかった。最低限の帝王学、政治学、経済学、心理学、社会学・・・かじった程度で、後は勝手気まま。自分の好きなことを学び、過ごしていた」

 剣術だって疎かで。真面目にやっていたのは恐らく馬術とか、市居の勉強とかその程度。貴族社会にもあまり興味はなくって。

 だから気づかなかった。


 

「―――こんなものを始終持っていないといけないくらい、辛いものなんだってね」


 

 そう言った大きい方の顔は、酷く歪んでいた。


 

 

「・・・しにたいの?」


 

 小さい方が放った言葉に大きい方はひゅっと息を吸い込んだ。

 何かを確信しているのか、小さい方は言葉を募る。

「どうして?」

「っ辛いからさ!馬鹿みたいに重荷ばかりつけられて・・・!!」

 無垢な問いに、大きい方はその顔を引きつらせて叫ぶ。

「顔も分からない国民のために自分の全てを費やせという!はっ、笑ってしまうよね・・・!僕は僕だ、兄と違うんだよ!!優秀でもない、”国民の為に”という精神を培ったわけでもない、何か期待されてきたわけでもっ・・・僕は弱いんだよっ!だってただの・・・」

 ただの情けない、子供だから。

 兄が何年も耐えてきたことに、たった一年耐えられない。

 自分で放とうとした言葉が、ずしりとその身にのしかかってきた。

 ―――本当にどうしようもないな、僕は。

 項垂れた大きい方の上から、静かに言葉が降ってきた。


 

「”弱きものを守る、その力があるならば、それは惜しまずにその為に振るうべきである”」


 

 小さい方から、先程の口足らずな言葉からは想像もできないほど滑らかに言葉が流れ出た。


 

「うちの・・・教え」

「う・・・ち・・・?」


 

 怪訝そうに顔を上げた大きい方に、小さい方がぽつりと呟く。


 

「・・・”己が信じた主を信じよ。我等は『王の剣』である”」

「なん、て?」

 言葉が上手く聞き取れなかったのか、大きい方が顔を寄せてきた。

 それを避けるように小さい方は立ち上がった。

「よわいなら、とっくんしてあげる!」

「へっ?」


 

 にっこりと笑んだ小さい方が、白い花の咲き乱れる丘を走っていく。

 きょろきょろした後、お目当ての物を見つけたのか、それを屈んで引っ掴むと満面の笑みで戻ってきた。


 

「ほらっ!」

「うわっ何?!」


 

 何かをこちらに向かって放り投げてきた。慌てて手を伸ばして掴む。

「・・・棒?」

「立って!」

 催促する小さい方に戸惑いながら大きい方は立ち上がる。モルガナをポシェットの中にしまいこみ、視線を戻すと小さい方が構えているところだった。

 ―――その年に見合わないほど、大人びた雰囲気。自然な立ち姿。

 にこりとその顔を綻ばせて。

「いっくよ―――っ」

「えっ」



 

 

 ―――小さい方が大きい方をのしたのは、数分後のこと。


 

 そしてこの出会いが、後に黒獅子と呼ばれる国王の根底を作ることになる。




 

 

 

 


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