陛下、その心のうち
レーナルトは思った。
裏に貴族の誰かがいる以上、レーナルト自らが行動せねばならないと。
村を潤し、鉱山を整備でき、かつ何か策略を巡らす者。貴族の中でも上位。そしてそれを一切見せずに今でもレーナルトの機嫌窺いに来ているだろう厚顔者。
貴族に絞れる理由はレーナルトが失脚して、最も得があるのは・・・やはり身分があるものだ。
国境で起きている事件である限り、隣国との繋がりが十分考慮される。
浅はかな考えで上位の者がもし隣国と繋がっているのなら、このままでは相手の手札を増やしてしまうだけだ。早いところ積んでしまいたい。
頭に押しこんだ貴族のリストがざっと頭を廻った。
さぁどいつだ?
レーナルトがその目を細めた時、コンコンとノックの音が響いた。
「誰だ」
「陛下、お話し中失礼いたします。宰相さまがお見えに」
近衛の声だった。先程宰相へ使いに行かせた者か。
三人は同時に目くばせすると、頷いた。
「入れ」
「失礼いたします」
近衛が開けた扉から、悠々と宰相が入ってきた。
「・・・陛下もお人が悪い。大切なお話でしたら、私を呼んでくださればいいものを」
宰相はその場に足を踏み入れるなり、そう言った。
「話していただけますよね?」
「・・・勿論だとも。この国の宰相である貴殿に話さない訳はないだろう?」
薄く笑った宰相に、レーナルトはにやりと返す。
その二人の姿に他の二人が確認を取るかのようにレーナルトを見つめたが、それにレーナルトは答えない。
視線を宰相に留めたままだ。彼の判断ならばと二人は口を噤む。
それを確認してレーナルトは口を開いた。
「・・・彼の方からの情報だ。どうやら国内に不穏な動きがある」
レーナルトは極手短に事の概要を話した。
なるほど、とオレッド宰相はその短い鬚を撫で付けながら思案するように眼を伏せた。
少しの間のあと、やがてその口を開く。
「私の方から一つ提案がございます」
「・・・ほう?言ってみよ」
オレッドはその顔に笑みを刻んだ。
「新しく後宮に女性を入れるのです」
ルナディア嬢を。
その言葉を言った途端、ルイザスが目を剥いた。ライアスは眉を顰めて眼を反らした。レーナルトは黙したままだ。
何も言わない彼らに、オレッドは手を開いて語る。
「陛下、分かっていらっしゃった筈です。今まで公には姿を現さなかった彼女を、陛下の名前で引っ張りだした。それがどういう結果になるか」
「・・・やけに贅舌ですね。何が言いたいのです」
その言葉を放ったのはレーナルトではなく、ルイザスだった。隠しもしない怒りをその身に宿し、彼は唸る様に言葉を絞り出した。
その彼を横目で見て、やれやれとオレッド宰相は首を振った。
「彼女を使えばよろしいかと」
「つか・・・うだと?!」
ルイザスの瞳が燃えるように輝いた。怒りを更に露にして宰相を睨みつける。ざわりとその場の雰囲気が掻き立てられた。
「ルイザス、黙れ。今は政の話をしている。私情を挟むようならお前とて赦さん」
レーナルトの言葉に冷えた水を頭からかけられたかのような表情をしたルイザスが、その歯を食いしばった。
「っ・・・失礼を」
言葉だけは無礼を詫びたルイザスだったが、その目は全く詫びていない。ぎらぎらと輝き、宰相を射殺さんばかりだ。
「王の剣、だからといってしゃしゃり出てはいけませんよ?」
そのルイザスの姿にオレッドが薄く笑う。
「ドルトナンドは別名王の剣。だからこそ彼女が適任なのです」
「しかし彼女は普通の王の剣たちとは違います。体が弱いのですよ」
今度口を挟んだのはライアスだった。眉を潜めて宰相を見つめている。
「ならばそれ相応の護衛を付ければよろしいのでは?」
「それ相応とは?」
「聞けば闘技場での今回優勝者、ドルトナンドの血筋のもののようですね」
「・・・それは聞いたことがないな?」
「息子の話を聞く限り、そうだという確証ばかり得られましたが?」
「息子の話とやらのどこに私たちが信じる要素が?」
なおも言いつのるライアスに、宰相ははっと微かに笑い、決定的な一打を打つ。
「王、残念ですが私は彼女が病弱だとは思っておりませんのでそこはよろしくお願いいたします」
その言葉にはっとしたライアスが言葉を飲み込んだのを確認して、宰相は王へと視線を向けた。
その姿を横目で見つめるルイザスは母の言葉を思い出す。
―――気をつけなさい。あの子にも言ったけれど、あの宰相はルナディアのことをとっくに知っているかもしれない。誰があの闘技場で優勝したかをね。
母の言葉が何より重く圧し掛かった。
「・・・ふ。お前の意見なら私も聞き入れよう。ただし今回の件は彼女の了承がない限り通さない。それは覚えておけ」
「王のお心のままに」
「くそっ!どういうことだ、説明しろレーナルト!」
「ルイザス、私から説明します」
宰相が去った一室で、食ってかからんばかりにルイザスがその声を荒げたのを受けて、ライアスが重そうに口を開いた。
「今回王はルナディア嬢をデビュタントさせました」
「だからどうした」
「王の名前でそれを行っておいて、それを王と関わりがありません、などと言いきれますか」
はっと息を呑んだルイザスに、「無理ですね」とライアスは言い切る。
「それどころか、普通王が目を付けていると思われるのが正しい。・・・まぁそれも狙っていたのでしょうが」
「否定しない」
ちらりと視線を向けたライアスにレーナルトがはは、と笑った。それをぎろりと睨みつけたルイザスだが、彼とてそんな事は分かっていた。
この目の前にいる国のトップは、妹を自分の元に引き寄せようと躍起になっているからだ。
そういうことには疎いルイザスだが、目の前の男からははっきり宣言されている。
顔よし立場よし剣の腕よしの弱点など見当たらないこの男の求婚の中で、ルイザスにとって唯一の救いは妹が彼に靡くどころか毛嫌いしているところだ。
ルイザスは鼻を鳴らしてライアスに視線を戻した。
「・・・ならば今回の黒幕と思われる輩はどうするか?」
「・・・危険視するな」
「そうです。はっきり言えば相手は王の椅子を狙っているかもしれないのです。それだけの力、爵位があるものと考えていい。そこへ王が懇意にしている可能性のある娘。しかも王の剣、ドルトナンドの娘です。ここまで計画通りだとすると、不穏な芽は潰したがるでしょう」
「っ・・・!」
「宰相はそれを利用して黒幕を引っ張り出せと言っているのです」
暗に自分は彼女の正体を分かっているとも言っていましたしね。
「ここで王が彼女を後宮に入れたとしても、やはりとしか思われません。逆に餌だと分かるような急ごしらえを入れても、引っかからない可能性が高い」
「餌・・・だと」
「これは失敬」
野獣のような唸り声を上げたルイザスに、ライアスは肩を竦めた。
この男はルディのことなどどうでもいいのか、という思いを込めて睨みつけると「そうではありません」とライアスはあっけらかんと言い放った。
なぜ、言いたい事が分かった。といわんばかりのルイザスにライアスは苦笑した。
「とても分かりやすい顔をしていますよ。いつもの冷徹な顔はどこにいったのです?・・・私とて彼女がどうでもいいとは思っておりません。なにせ妹分ですから。・・・ジェスティナも悲しみますしね」
最後にぼそりと付け加えられた声は、それまでよりも小さかった。
次にライアスが視線を向けたのはレーナルトだった。
「王はルナディアが利用されることをどう思っておられるのですか」
「・・・ただ私が何も考えずに彼女を舞踏会に呼んだと思うか?」
「第一に自分の欲望があったのは間違いな・・・」
「何か言ったかルイザス」
「いいえ。何も陛下」
「そうか、ならばいい。・・・私とてそれを必ずしも望んだわけではない。それに先程決まったこと、彼女が了承しない限り押し通すつもりはないという言葉に嘘偽りはない」
淡々としたレーナルトに、ルイザスが鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「・・・わかっていたのか!」
こうなることが!ルディが利用されるかもしれないということが!
「このような問題は想定していなかった。ただこの問題を聞かされた時点で、彼女の立ち位置を分かっていなかったといえば嘘になるな」
はっきりとルイザスの眼を見て言い切るレーナルトに、彼は悔しげにその顔を歪めた。
そして未だ兄と呼んだことのない男にもその矛先を向ける。
「・・・貴方は?我が妹を利用することも考えていたのか」
「・・・」
沈黙こそが肯定だった。
しかし彼は次いで小さく首を振った。
「できるならこの件は口にしたくなかったのです。先程も言いましたが、妹分です。それは変わらない事実」
ライアスもどこか苦しげに呟いた。
その二人の様子に、自分だけがわかっていなかったという悔しさか、どろどろとした行き場のない怒りを抱えたルイザスは叫んだ。
「お前はっこのままでいいのか?!ルディを利用するのか!お前は」
「・・・私はルディを愛している」
「その首掻き切ってくれる!」
「待て待て待て待ってください!!!話がそれるっ!!」
レーナルトの言葉に顔を真っ赤にして暴れ出したルイザスをライアスが抑えにかかる。
先程の緊迫した雰囲気はどこへやら。別の緊迫した空気がその場を満たした。
なんという早業。そしてこれを抑えている近衛兵たちを褒めたたえたいとライアスは心から思った。この状況に呆れという感情よりも、何より安心していた。なぜかは彼自身もわかってはいなかった。
レーナルトが立ちがったのを、二人は視線で追う。
「・・・しかし同時に・・・私は王だ」
ルイザスはぴたりと動きを止めた。
静かに言い切ったレーナルトに、彼はまだ何か言いたそうだったが、その口を噛みしめたままだった。
立ち竦んだままの二人にレーナルトは口を開いた。
「・・・もういい、今日はさがれ」
「は」
「ルイザス、先にどうぞ」
「私は近衛です。貴方と王を一瞬たりとも二人きりになどできはしません」
「・・・私としては君と二人きりの方が心配なのですが」
「何をおっしゃる。あいつは少々では死にませんので大丈夫です」
「そういう問題ではなく。あとあいつといっては駄目でしょう」
「あ、言っておきますがルディに手を出したら貴方でも容赦しませんから」
「話を聞け。そして私はジェスティナ一筋です」
「ああ、浮気したら殺されますものね。かなりサクッとやってくれると思いますので、痛みはないと思われます。あ、しかし姉なら苦しんで殺すという選択肢をとるやも・・・」
「・・・否定できない悲しさをなんとしましょう」
何か扉の前で一悶着あったようだが、気にしないようにする。
一人きりになった部屋で王は思う。
舞踏会に呼んだのは、彼女を自分に近づけるためだった。
彼女が病弱だと噂されるようになってからは、どう彼女をこちら側に引き寄せるかを考えあぐねていたが、思いもよらないところで彼女に会い、健康だとしった。
そこからは戸惑わなかった。
後悔はしていない。
今回のことは確かにレーナルトにとっても予想外であった。こんな形で彼女を更に自分の下に引っ張り寄せる事になろうとは。
危険が伴う可能性もある。
それでも恐らく自分は今回の話も、彼女の了承さえ取れれば周りからなんと言われようと押し通すだろう。
彼女の安全のために、などと綺麗事を並べて自分から遠ざけるなど、今のレーナルトにはできなかった。
十六年だ。
彼女を傍にと自分に誓ってからそれだけ経った。彼女に会おうと躍起になっていたのだから、今回のこれを手放すわけにはいかない。
自分の傍に置かない限り、きっと自分は安心できないと分かっているから。
王としてこの問題の解決を急がなければならない。
男として彼女が欲しい。
結果として弾き出される答えは、ひとつだった。
「・・・それでも、そうまでしても君が欲しいんだ」
ルナディア。
・・・すまない。
だから僕の傍に来てくれ。
ぞわり。
背筋が泡立つ感覚にルナディアは思わず両の手で体を包んだ。
激しく上下させて鳥肌を抑える。
「・・・何?今とんでもない悪寒が・・・」
当の本人が知らないまま、事態はまた転がっていく。
長らく更新せずにすいませんでした。
これにて舞踏会編終了となります。ありがとうございました!
詳しいことは報告にて。
次は過去編となります。短い予定です。
この作品を読んでくださる皆様に感謝を!