令嬢、姉と会う。陛下、その夫と会う。
「お姉さま、申し訳ありません」
「良くてよ。初めての子には相手が悪すぎるわ」
ハバーニールが意味深な笑みを残して去った後、ルナディアは久しぶりに会った姉への申し訳なさにその眉尻を下げた。それを彼女は一蹴したが。
笑う彼女はバルコニーの端へと歩みよる。ルナディアもそれに続いた。
剣の方面ではかなりだと思うのだが、やはりジェスティナのように自分はふるまえない。
しゅん、としたルナディアを見てジェスティナがぷるぷると震えた。
あれ?なに?
「・・・~~~!!そこが可愛いの!あなたは永遠に天然でいて頂戴!!!」
耐えきれないといわんばかりにがばりと抱きついてきたジェスティナに、ルナディアはぎょっと目を見開く。
そのままぎゅーっと抱きしめてくる。コルセットプラスαのそれに胃の中のものが全て出てきそうだ。
ギブギブギブ!
ばしばしとその背中を叩くとしぶしぶと言わんばかりに放してくれた。がちでやめてください。細そうに見えて素晴らしい筋肉がその腕にはついているのですから。
けほりと咳をして、ルディはやっとのことで解放された自分のお腹を摩った。やばい、コルセットって凶器だわ。
「そういえばいつまでいれるのですか?家にはよっていくんでしょう?」
ジェスティナは視線だけルナディアに向けると、首を横に振った。
「寄っていかないの?!」
「本当は寄りたいのだけれど、今夫とやっている仕事は急を要すの」
すぐに戻らなければ、という彼女はやや寂しそうに笑った。
「・・・何か問題があったのですね?」
「興味本位で引っかきまわしてみたら驚くほど深かったのよ。芋蔓式に引っ張り上げたはいいんだけれどね・・・」
そこで彼女は言葉を切って、眼を反らした。真剣な瞳で暗闇を見つめる彼女は、妹の自分から見ても美しかった。父親譲りのヴァイオレットが輝いている。それが憂いを帯びていることに、ルナディアは気付いた。
いつも悠々とした姉を何がそうさせているのか。
探る様にルナディアが姉の瞳を見つめようとした時、姉がそれを避けるように眼を伏せた。
「どうにも、まだ奥があるみたい。それも最大級のがね」
「・・・どうしてそれを私に言うのです?」
姉の仕事に自分が首を突っ込めるとは思っていない。
「貴女は知っておいた方がいい」
「どういうことなのです?」
「あまり多くは言えないけれど・・・」
ジェスティナは慎重に言葉を選んでいるようで、考え込むようにそっと唇に指を添えた。
「貴女はこのままだと・・・立場的によくないことになると思う。慎重に行動して頂戴。でも逃げれないわ。もう逃げるときは逃してしまった。・・・危険にあうこともあると思うわ」
だから道を間違えてはダメ、と繰り返す姉の占い師のように断片的な言葉を拾い集め、ルディは自分の中でなんとか形成しようとした。
それでも訳が分からないと思う心が表情に表れていたのか、ジェスティナが悲しげに顔を曇らせた。伝えられないもどかしさを持て余しているかのように。
「ごめんなさい、これ以上は言えない」
「・・・じゃあ私ももうきかないわ。お姉さまの立場が悪くなるようなことは、したくないもの」
ジェスティナはくしゃりとその相貌を歪め、ルナディアを抱きしめた。背に回された手に、ぎゅっと力が入った。先ほどとは違う、やさしい抱擁だった。
「私のルナディア・・・!私は常に貴女を想っているわ」
感極まったジェスティナの様子に、今度はルナディアも振り払うようなことはしなかった。その背中にそっと手を回し、少しだけ力を込めた。
「姉さま、私もよ」
「必ずあなたの為になんとかしてみせる」
「・・・ええ」
さっぱり事情は分からないが。
またもや自分でも知らないうちに厄介事に巻き込まれているのだろうか。
しかも姉の言葉のあちらこちらに含まれる警戒を促すものがどうも物騒だ。貴族関係ならば、どう考えても『あのお方』関係だろうなぁ。
「・・・お姉さまに危険は」
「あると思って?」
「愚問でございました」
「さて、場は整えたぞ。話してみよ」
王城の来客室に入った王はマントを脱ぎ捨てると、ソファにどかりと座り込んだ。くいっと手でライアスを呼び、口角を上げる。
ライアスは彼に指されたソファに座り、すっとその顔を上げると、その顔から笑みを取り払った。
「事の始めから申します。わたくしども夫婦が旅を好んでいるのはご存知ですか?」
「ああ」
「おかげでただでさえ破天荒な姉が好き勝手に各地でドルトナンドの名を売りさばいていることになっていますよね。ライアス殿」
他に人がいなくなったルイザスが敵意も露にライアスを睨みつけた。どうやらこの義兄をライアスは嫌っているようだとレーナルトは苦笑した。
するとライアスはにやりと笑った。先程レーナルトを霞に巻こうとしたあの笑顔だ。
「あれも、貴方と同じ目的のため」
ぴくりとルイザスが眉を動かす。その攻撃的だった視線に、訝しむそれが混じる。
この二人の静かな戦いも面白いが、このままでは話が進まない。レーナルトは手をあげ、二人の会話を止めた。にやりとライアスは笑い、ルイザスはばつが悪そうに顔を反らした。
「身内の話は後にしろ」
「はっ」
「続けろ」
本当は本品を持ってこれれば良かったのですが、と前置きしてライアスは話し始めた。
「最初は立ち寄っただけでした。新領主殿の手腕を拝見させていただいて、そのまま旅行を続けようと思ったのですが・・・興味本位でいろいろと見せて回らせていただきましてね。最もおかしかったのは計帳です。時期的に考えても宿が潤いすぎているし、鉱山に囲まれたあの国境地帯に観光客があるとは思えませんでした」
「行商人が来る時期でもないし、あそこは選ばない・・・ということか」
鉱山を越えて行商人が来るなど聞いたことがない。通常は国境を跨ぐように流れる川を下ってやってくる。隣国とはあくまで和平の状態を貫いているが、向こうの動きが怪しいのもあり検問も置いてある。
多少面倒だが、こちらの国は雪に覆われた隣国よりも多くのものが集まる。だからこそ行商人も集まり、王都が栄えているのだ。それを疎ましく思うことも自然なことだ。こちらの方が国が巨大だからこそなんとか今の均衡状態を保っている。
「それとですね、鉱山の方ですが村からやや離れた地点のものに、使用形跡がありました」
「どこだ」
「ハルモナという鉱山です」
「あそこはもう十年も前に廃坑になった筈ですね」
ルイザスが考え込むように顎に手をあてた。レーナルトも頷く。十年も前の鉱山など、今更どうしようというのか。新たな鉱物が見つかったという報告もない。
「・・・形跡とはどういったものだ」
「入口は全く整備されているとは言えませんでした。見た目にも崩れそうなほどに・・・。しかし中に入ると整備が行き届いていました。細い坑道の奥のスペースも含めれば、一個中隊ならばぎりぎり入るほどの広さがありましたし」
「ほう・・・どうしてそれに気づいた」
普通なら見た目でまずいなら入ろうとは思わないだろう?とレーナルトが意味深な笑みを浮かべる。
おや?とライアスは眉をあげ、口元を歪めた。
「私を疑っていらっしゃるのですか?」
「すぐに飲み込めという方がおかしいだろう?」
「・・・ふっ。その通りですね。単純ですよ、土の痕がおかしかったのです。何年も前に廃坑になったはずなのに、土が真新しく、そこらの草が刈られていました」
何かを運んだ痕でしょう?とライアスが言うのに、レーナルトは納得した。
「・・・・なるほどな」
「なにを企んでいるやら」
「その鉱山の所有権は誰にあるのだ?」
「村の男のものでしたが、その男は既になくなっていました」
「誰も後継ぎがいないということか。廃坑になったと言えど鉱山だろう。管理不行き届きとは笑えるな。実質誰に漁られてもおかしくない状況というわけだ」
「しかしあの規模を考えると・・・どうもただのお遊びということでもなさそうです。資金繰りも今はなんとか持ち直しましたが、領地のどこと通じているか分からない以上、いつまた流れ出てもおかしくありません」
ここ最近潤いすぎている宿。整備された鉱山。代替わりせねばならない程困窮した領主。立て直したはずだが、いずれまた崩れる事が見えているとライアスに言わしめた資金。
裏にいるのは・・・貴族か。しかも大物だな。
恐らくレーナルトと同じ意見に達しているのだろうライアスが、そういえばと呟く。
「・・・あそこの元貴族、ハッケンベルドといいましたか。子供が二人、王都に出てきているらしいのですが、居場所が掴めないのです」
「王都にか?」
「ええ。どうやら賊に入られたらしく・・・すっからかんでしたよ。主人の方もすっかり意気消沈していましてね。どちらにしろ有力な情報は掴めそうになかったので放置していますが」
「構わない。情報が得られそうであるなら、ハッケンベルドの子息達も探しておくとしよう」
あそこの領主、聞く限りでは良人だったようだが。一体何が起きているのか。
「ライアス、お前に勅命を下す。私の名において国境の地を探って来い」
「畏まりました」
ライアスの頭を垂れたその口が、確かに笑った。