令嬢、再び逃げる
「見てあれ・・・アレンジかしら。面白いわね」
「時折なんだか違うステップを踏んでいるよう・・・」
「さすが王。凝ったことをなさる」
「ドルトナンドも凄い娘を隠していたようだな」
「王にご寵愛されているようですわね」
「どうだろうな・・・ただドルトナンドは」
「ええ、『王の剣』ですものねぇ。異例ですわ」
「それでもよいのではなくて?」
「どうするんだ、侯爵家の三人は・・・」
まわりから聞こえてくる声から逃げるようにエルルマリアは窓際に移動した。フットマンが運んできたワインを半ば引っ手繰るようにして奪い、煽る。
はぁ、と息を洩らし、口元をハンカチで拭く。
自分という女がいながら、どうして誰も声をかけてこないのか分からず、エルルマリアの機嫌は最悪だった。ここで男たちに囲まれでもすれば少しは気分が上がるかと思ったのに。誰もかれもが王とそのパートナーを見つめている。
王もひどい・・・わたくしの立場を分かっていらっしゃってるの?!
他の取り巻きたちは我先にとダンスに参加していった。
しかしなぜか今日は参加する気にもなれない。
黒とともに舞う銀を見つめながら、エルルマリアは唇を噛みしめた。その赤いルージュのせいで、まるで唇から血が流れているようだった。
反射する光が眩しくてルナディアは目を細めた。
気づけば周りではさまざまな貴族が躍っている。
そのど真ん中にいる事がとんでもなく苦痛だ。
・・・貴族は嫌いなのに。
だから逃げようと思っての行動だったのに、とルナディアは眉を顰めた。
そろそろこの戦法も無理ね。
さすがに5回やって5回避けられれば諦めも出てくる。
しかもなれないヒールは着実にルディの体力を奪っていた。
もう、どうでもいい。
とにかく帰りたい。女性に癒されたい。男装したい。
結論、面倒くさい。
曲も終わりを迎えようとしている。
ルディははっきりしないことは嫌いだった。一体なぜ自分がこんな目にあっているのかハッキリさせておきたくなった。
更に言うならこのまま二曲目にでも持ちこされることがあれば、心が折れてしまう。色んな意味で。なのでさっさと聞いてしまおう、とルディは口を開いた。
「・・・直球でいかせていただきますわ」
「何かな?」
踊る足を止めずに王は返事をした。一国の王だというのに、会ったばかりの女の質問を許すのか。とルディは自分から言い出したことだが呆れた。
ここで嫁にしてくれ!とでもいいだしたらどうするのだろう、と思ったがやめておいた。もし受け入れられたら自分の男装ライフがサヨナラだ。それは本当に嫌だ。心が折れる。女性は私の心のオアシスだ。奪われたらたまったものじゃない。
「どうして私なんです」
「意味を量りかねるな」
「・・・社交界に出ていなかった、珍しい娘だからかまうのですか」
ルディの碧色の目が探る様に輝く。レーナルトの顔から笑みが消え、ルディの視線を真っ向から受け止める。
「違う」
「兄に似ているから」
「違うよ」
少し不機嫌になってきたらしく、彼の眉間に皺が寄った。ルディの方も溜息をつき、本当なら出したくなかった話題を口にする。
「あの件で・・・戦ったからですか」
これであの剣士が自分である、と完璧に認めてしまった。言い逃れはできなくなった。しかしやはりこの話題だったのか、彼の眉がぴくりと動く。
「・・・それはすこし」
視線を伏せる彼は言葉を選んでいるようだった。その言葉を聞いてルディは声を荒げた。
「私のドルトナンドの力が欲しければ、父にいってくださいませ。力をお貸しできるかと。ただし男装でお願いしますが」
こんなことはまっぴらだ、という気持ちを盛大に込めて、睨みつけながらいってやる。
けれどもこちらの期待に反して今度は彼の雰囲気ががらりと変わった。
「それはかなり違う」
完璧に怒っている。美形、しかも一国の王のそれはかなりインパクトのあるものだったが、整った顔なら毎日家で見ているし、怒りを買うこともしょっちゅうのルディは怯まずに逆にその声を低くした。
「・・・何が違うんですか」
ルディの視線うけて、はっとしたようにレーナルトが目を見開いた。戸惑うように揺れる瞳からは先ほどの怒りは消えている。じっとルディを見つめてくるので、気まずくなって視線をそらしたくなったが、何となく負けな気がして更に睨みつける。
彼はやはり言葉を選んでいるらしく、何度か目を瞬かせた。
いつまでも口を開かないレーナルトに、ルナディアが痺れを切らして口を開こうとした時。
「私は・・・僕はそんなことを求めていないんだ」
すごく優しげに微笑まれて。
ぼっと顔が熱くなった。
な、何?!
王も驚いたように眼を見開いた。
きつく握られていた手が緩む。
―――そして丁度曲が切れた。
ルディはその隙を見逃さず、するりと王の腕から抜け出した。あまりの速さに王もついてこれず、あっけに取られている。
「っっっし、失礼しますっ!!!」
「え、待っ・・・!」
叫ぶようにして去っていくルディは、あっという間に人ごみに紛れて見えなくなる。
慌てて一歩踏み出したが、残されたレーナルトの手を我先にと争うようにしてあっという間に令嬢が集まり、ルディを追うことを不可能にしてしまった。
あの後淑女たちに散々囲まれ、踊らされ、レーナルトは精神的に疲労困憊だった。
踊っている間もルディを探したが、見つけられなかったし。
このときばかりは自分の容姿が泣く子も黙る鬼のようであればいいと思うのだ。下手に目尻が下がっている(他の人間に言わせればフェロモンたれ流し)の顔をしているから、皆容赦なく寄って来る。
そしてそれを断れない。妻がいない自分には断る理由がないからだ。誰もかれもが王妃の座を狙っているというのに、そしてそれをその中の誰に渡すつもりもないというのに全く面倒なことだ。
王座に戻ってそろそろ酔いが回ったダンスの輪を見つめる。レーナルト自身はそこそこ酒に強いので、酔ってはいない。
更に一口酒を口に含んだところで、一人の男性が挨拶のためにか、自分から離れたところで頭を垂れた。
それを手を挙げて許可すると、彼は微笑んでレーナルトの傍に寄った。
「王、お久しぶりです」
「ああ、ボルチェニカの次男か」
本当に久しぶりに見た顔だ、とレーナルトは頷いた。レーナルト自身が会を開いたのが久しぶりだし、彼自身は各国を飛び回っているという。次男坊だからこそできる技だ。
「はい、挨拶が遅れた上に、妻を連れずに参ってすみません」
「妻?」
「はい、ジェスティナといいます。今は別件で席を外していまして」
「ジェスティナ・・・?」
「旧姓はジェスティナ・ドルトナンドです」
「!」
彼は空色の瞳を細めて、人好きのいい笑みを浮かべた。
「王、ルナディアにしか本当に興味がないのですね」
言っていることは腹黒だが。レーナルトが返事に窮しているのを満足げに見つめ、彼は更に声を低めた。
「・・・先ほど彼女が、私の義妹が北の外れの方のバルコニーに行くのを見ました」
「?!」
「ハバーニール殿もそちらに向かっていかれましたよ」
「っっ」
慌てて立ち上がった王の手をライアスは掴んだ。彼の行動にルイザスが剣の柄に手をかけるが、それをライアスは目で止めた。王を害するつもりはない、と。
そしてその視線を王に向け直す。
「どちらにいかれるのです」
「なにを・・・!」
王の何時になく冷静さを失い、鋭さを増した視線を真正面から受けてもライアスはひるまない。逆に面白そうにその双眸を細めた。
周りにいる近衛たちはびくりとその体を揺らしたというのに。
「あなたは分かっていらっしゃると思っていましたが?あなたは王です」
「・・・」
「はっきりいいましょう。今日の行動は度が過ぎている。これは私が彼女の親族だからということではなく、一貴族としての忠告です」
「・・・分かっている」
「・・・ジェスティナに、行かせましたのでご安心を」
「・・・感謝する」
すとん、と腰をおろした王は、再びぐいとワインを煽った。
「飲み過ぎな方は嫌われますよ」
と、言われた途端ぴたりと行動を止めた王に、ライアス・ボルチェニカは「からかいがいがあります」などとのたまった。
「らしくないですね、陛下。女性の扱いは慣れたものでしょう?」
「・・・」
「ダンス中にももっと話しかけるチャンスもあったでしょうに。何をしているんです」
きみはどっちの味方なんだ、と呟いたら彼はふふんと鼻を鳴らした。
「私は面白いことが好きなだけです」
「・・・奥方にそっくりだな。彼女はよくルイザスをからかっていると聞いた」
「あれよりはまだ私の方が可愛いですよ。正直ですから」
それで?と先を促すライアスに、レーナルトは少し気まずげに視線をそらした。
「・・・見つめたら」
「?」
「そしたら、なんか幸せで」
もっと話しかけるとかそこまで思考が辿り着かなかった。
などとのたまう王に、ライアスはだめだコイツ、などと思ったが口には出さなかった。
ありがとうございました!
舞踏会編は出てくるメンツもいろいろと付箋ばかりになっているのでテンポは遅いです。読みにくいかもしれませんが・・・許してくださいっっ!!
あと1、2話程度で舞踏会編終了予定です。
もし誤字脱字ありましたら教えてください。