令嬢、ダンスを踊る
ルディがなかなかに動いてくださいません。
君にときめきはないのか。
じっとまだ熱っぽく見つめてくるハバーニールと、彼の背の向こうにいる存在にちらちらと視線を向ける。どちらの視線も無視できないほど強い。
背筋を滑り落ちる汗。
なぜ自分がそんな目で見られているのか。
王は周りに集まった令嬢を捌き切ったらしいが、次は挨拶回りの貴族たちに捕まっている。
兄は令嬢を捌き切れず悪戦苦闘中の模様。
―――不幸中の幸い。とにかくこれを打破しなければ。
ごくりと唾を飲み込んで、ルナディアは無理やりに笑顔をつくった。
「ええ、私に答えられることなら・・・ですが少々お時間を戴いても?」
途端期待に目を輝かせたハバーニールが、思わずといった具合にぐっと腕を握る手に力を込めた。
ずぶりっ!と効果音がしたかのように錯覚するほど、彼の後ろから鋭い視線が突きささるのを感じた。
「っ・・・!!」
体をずらしたハバーニールによってその視線は遮られたものの、まだ嫌な汗が止まらない。
父に救いを求めようと視線をやったが、帰ってきたのは苦笑のみ。
父ですら匙を投げるってどういうこと――?!
視線をハバーニールに戻した時だった。
―――――腕が引かれる。
え?
と思った時にはもう、自分の手はしっかりと組まされていた。
レーナルト王の腕と。
「っぃ!!」
ここで悲鳴を上げなかった自分をほめてほしい!
「ああ、ルナディア嬢。この度は招待に応じてくれて感謝している」
王がにこりと笑う。
唖然としているのはルディだけではないらしく、傍にいたハバーニールもその目を見開き、固まっていた。
王にぎろりと睨みつけられ、ハバーニールははっとしたように一礼してその場を譲った。
―勿論その瞳が燃えるように輝いていたのを、レーナルトは見落とさなかったが。
「折角はじめての舞踏会だというのに、お待たせして申し訳ない」
再び笑いかけられて、にこりと愛想笑いを返したが、どうも効果音に濁点が付いた気がしてならない。
「お詫びといってはなんだが、私と踊っていただけるかな?」
周りで一斉に悲鳴が上がった。
勿論令嬢たちの。
ちなみにルディの心の悲鳴も。
王から指名されるとはこの上もない名誉。何より王妃への直通便。
我こそは!と思う令嬢ならば必ず狙うポジション。
「君を初めて社交界に連れ出したのだから、これは王としてでなく、主催者としての義務だと皆分かってくれているよ」
まるでルディの心情を見透かしたような言葉だ。
ルディは愛想笑いを浮かべる。
「いえ、そんなお気遣いなど・・・」
「ばらすよ?」
その言葉に愛想笑いも剥がれおちた。
視線も言葉も剣呑になっていくのを止められない。一度でも刃を交えた相手に、どうして他の令嬢と同じ反応ができようか。
そしてこの台詞。
喧嘩を売られているのか。
「・・・脅しですか?」
「そうまでしてでも君と踊りたいと取ってほしいな」
「無茶をおっしゃいますね」
先程とは比べ物にならない程ギスギスと言い返すルディに、レーナルトは微笑んだ。
・・・よく笑うわね。
とかなんとか思っていたら、とんでもない爆弾を投下された。
「君の初めてをいろいろと貰いたいだけだよ」
・・・・は?
なんですと・・・?
フリーズ。
いやいやいや勘ぐりすぎよ。落ちつけ私。
今のはほら、きっと初めていろいろと私が参加するから、気をつかって、ね?
って何が。
ただの変態発現―――間違えた変態発言。
いやいやいや王が私にそんなこというはずないじゃない。
イヤ、ていうか全力でお断りですけど。
だめだ、この人に付き合ってたら私の男装かつ女性ハーレムライフが―――
思考停止している間に、ぐいと体を引かれる。
え?
曲が始まった。
あら不思議。
どうして舞踏会場の中心にいるのかしら。
どうして見計らったように曲が始まるのかしら。
どうして目の前の方は笑っているのかしら。――――とんでもなく楽しそうに。
体を自然にひかれて、体が動き出す。
くるりとターンさせられて、周りから拍手が起こった。
当の本人は先程と同じ笑顔でルディを見つめている。
―――どうして?どうしてそんな目で私を見るのよ?剣を交えた。それ以外は何もないでしょう?
ルディの瞳には困惑しか浮かばない。
二人の踊りに加わる様に、貴族たちがある者は妻を、ある者は恋人を、ある者はその日限りの愛人を連れ、踊り始める。
ただしなぜか二人からは一定の距離を保っている。
ダンスは曲が終われば、パートナーを変える事が可能だ。
しかし曲が終わって手を離さなければ、そのパートナーと踊り続ける事ができる。
ルディの手を握りつぶすほどではないが、離すなど考えてもいない、といわんばかりにレーナルトは力を込めていた。
――――曲が半分踊る頃には、ルディの心に一つの決意が芽生えていた。
自分は初めて社交界に参加した遅れ花。
咲き遅れにいき遅れだ。
元々周りからの評判は良くないだろう。これ以上落ちる名誉もない!
ならば粗相を犯して二度と王にこの顔を拝ませないでくれよう!とルディはいきりたった。
自分が粗相を犯せば、王は誘いにくくなる。自分の醜聞につながるからだ。ただ、実家に迷惑のかかる大規模なものは避けたい。
程ほどでいこう。
可愛らしい初心者のミスを犯すのだ。
そう、間違ってパートナーの足を踏みつけるというのを!
王相手になんてマネ!と他の令嬢なら絶対にしないし、かつそんな女と王は踊らない。
ルディもそんな粗相を犯すような教育は受けていないし、この運動神経でそんなことは(普通)しない、が。
いや、私は私。余所は余所。
今は異常。普通じゃない。
とルディは納得した。
タイミングが大事だと、ルディは王を窺った。
王がルディをリードしてターンさせようとその手を引いた。
―――今よ!
「あら、スミマセッ・・・!!」
ぎらりと目を輝かせ、ヒールを渾身の力で叩きこもうと足を上げるー!
怪しくないように、少しターンをミスりました!という感じを出して―――
ヒールが王の足につきささる直前。
「っ・・・!」
ぐいと体を引かれ、崩しかけた態勢を華麗なさばきで立て直される。
「・・・くっ!!」
「何か?」
・・・ムカ。
「いいえ、何も。わたくしの拙いダンス、陛下のリードがあってこそです・・・わっ!」
「そうかい、それは嬉しい・・・ねっ!」
「本当にこんなわたくしをお眼鏡にとめていただいってっ!!」
「君の美しさ、わたしでなくとも目をとめたはず・・・さっ!!」
三度目のヒールを避けられて、さすがにルディは顔を顰めた。
「おや、もうやめかい?」
「・・・何のことですの?」
にっこりと笑う両者。
どうやらこの相手、やっかいなようだとお互い心中で呟いたのだった。
舞踏会編はなにしてんだこいつら、みたいな目でみてあげてください。
誤字脱字、感想などございましたらよろしくお願いいたします。
ちなみにここは我慢のしどころです。