陛下、舞踏会に登場する
陛下のキャラが大変なことに。
そして登場だけでこの回ry
・・・どうぞっ!
ああ、もうすぐだ。
愛しい女の晴れ舞台を自分が整えた。
そのことがどれだけこの胸を躍らせていることか。胸を躍らせるようなことなど、彼女に会ってからだ。
それまでは政務、政務、政務で埋め尽くされていた日々。
急にこれを催すに当たって突きつけられて政務も、今回ばかりは苦もなく消化した。完成した書類を束ねて渡してやったら、やたら驚いた眼をしていたのは痛快だったな。
正装とは名ばかりの、ただの重荷でしかない衣装も今日ばかりは気にならない。
その美麗な顔に微笑を乗せる。それが誰を想ってかを問い詰めようなどという猛者はここにはいない。問い詰める必要もないのだが。
しかし唯一、近衛騎士団であるルイザスはその瞳に確かな敵意を滲ませて王を睨みつけた。そこに宿るは愛しい妹を思う兄の心か。
「・・・王、貴方には、あの子を譲るわけにはいかない・・・!」
周りの人間になるだけ聞こえないようにと零した言葉だが、地を這うような低さと威圧感を兼ね備えていた。
ぎらぎらと燃える彼の騎士の視線を真正面から受けて、それでも王は笑った。
「・・・残念だが、私が貰う」
途端に火花が散りだすのを止める人間が、今回はいた。
「王、お急ぎになられませんと。想いのお方が、他の方とのお話に花を咲かせているとも限りませんよ?」
珍しい、秘書というー政務の補佐をする立場の人間らしいー女が、その長い前髪を耳にかけ、王に催促とも脅しともとれる言葉を伝えた。
無表情なのが若干気になるところだ。
ここで普通の王ならば「なんと無礼な女か!この私に向って」などと首切り!とまでされるかもしれない。
まあここまでいったらだたの暴君だが。
しかし、王には効果覿面だったらしく、「それは困る!」と叫びにも懇願にも似た声をあげてその顔をきっと引き締めた。
・・・この国の王は、少しずれている。
彼の視線の先には、もう一人しかいないのだ。それが気に食わないルイザスは、その秀麗な顔を顰めた。
その様子を、事情をそこまで知らないのか、それとも知っていてなのか、至極楽しそうに秘書は見つめていた。
とにかく今の彼はふざけている時の顔ではない。
人の上に立つときのそれだ。
その眼に宿るは絶対的な『力』。
人を従わせ、跪かせ、頭を垂れさせる。
ただ美しいだけでは人は従わない。
カリスマとは、外面だけでなく、内面からでるものだ。
それは生まれもったものを磨かねばならない。甘やかされ手入れを怠ったくすんだ珠を、誰が崇めようか。
それが人の中で顕著に現れるものこそ、目である。
人は最初に目を合わせた瞬間に推し量るのだーその者の技量を。自分より上位か、下位か。はたまた比べるまでもないものなのかー
相手には知性があるのか?それとも愚者なのか?
賢い人は、一目でそれを見抜くという。
口のように音を出すことはないが、口よりも雄弁に語るのが眼だと、レーナルトは剣術の師に教わった。
だからこそ眼を逸らすのはー負けを認めたも同じ。レーナルトは、だからこそこの欲の塗れた世界ではその眼に常に力を宿す。
・・・その力を得るためにどれだけの苦労を彼がしたのか。埋もれていた才能はある時を切欠にその身を結ぶことになった。
それを知っているのは本当にごく一部の者だけだ。
ただその切欠の中心にいたものは、まるでそのことを分かっていないのだが。そう、台風の目のように。
「扉を開けよ」
先程の軽口など微塵も感じさせない、威厳を伴ったその言葉に従って兵士たちが扉を開ける。ゆっくりとー静かに。
開けた瞬間にその嫌味なまでの眩しさに顔を顰めたのは、王である自分だけではないはずだー
目に毒なような光が満ち溢れる会場。そこにいるのが彼女だと思えば、まだ、苦痛ではない。
踏み込んだ先に溢れるのは、輝かしいものだけではない。
そこを威厳をもって見渡す。
王は自分であるということを示すために。
しかし自分の眼は確かに一人を探していた。
ー自分でもどうしようもなく、ただ本能的に。
そして、見つけた。
ああ。
確かに。
「・・・ルディ」
囁きにも近い声は、誰にも聞きとられなかったはずだ。
なんて美しいのか。しっとりとした印象を与えるドレスは、彼女自身の抜き身の刀のような美しさもあいまって、まるで三日月のようだ。
彼女のこの姿、見せびらかしたいと同時に閉じ込めてしまいたくなる。あれを視界に収めているすべての目をくりぬいてまわったっていい。
しかし気付いた。
彼女の傍をちらつく紅。
自然と綻びかけていた口元が引き攣り、一瞬にして視界が赤く染まった気がした。
なぜ、お前がそこにいる?そこは僕のー
「ルイザス、すぐにでる」
「仰せのままに」
ぼそりと本当に小さな声だったそれを、己の親友かつ近衛かつ敵は、正確に聞き取り、頭を垂れた。
二人揃って邪悪なオーラが出ている、とは舞踏会場には入れないため、扉の手前で立ったままの秘書には伝える術がなかった。
そして事情を知っている近衛たちですら、知らぬ存ぜぬを通している。
彼らの中では事前にS級重要事項として近衛兵特別緊急会議(仮)により可決されていた事実である。このことは隊長であるルイザスは知らない。
「おれたちの仕事は、あくまでも陛下をお守りすることであって、人様の恋愛事情で殺されることではない」
というのが満場一致の結果であった。
かつん。
いつの間に扉を開けたのか。
羽のようにふわりと王は席に着いた。王の後ろにすっとルイザスが控える。
その瞬間に水を打ったように静まる会場。まだ若い王であるというのに、その美貌からか、それとも実力からか。彼はその存在だけで周りの人間を黙らせたのだ。
ちらり、と視線を巡らす。
そこにあるのは、好奇、羨望、嫉妬、欲望、侮蔑。
全てがいいとは決して言えない彼に浴びせかけられる視線。誰が上に立とうとも、必ず反発派はいる。
それでも彼はまるでその視線には臆することもなく、ゆるりと笑った。
「ようこそ。会は楽しんでいただけていますかな?」
その笑顔は、遠くから見てもキラキラしていた。そう、きらきらだ。きらきら。あれね、顔の無駄遣いってやつだわ。
思わず顔を顰めたのは、ルディだけかもしれない。
起こった拍手を手を挙げて王は制す。
「・・・では、杯を」
その言葉と共に彼が手をあげる。その手に握られているのはグラスだ。中に注がれたのは上等なワイン。
皆がそれに従い、各々の手を持ち上げていく。ジムナスもハバーニールも宰相も、勿論ルディもフットマンから渡されたグラスを持ち上げる。
「乾杯」
にこり、と笑ったその視線が、自分のそれと絡み合った気がした。
乾杯の直後、グラスを置くとすぐに彼は椅子から降り、そのまま舞踏会の真っただ中へと進んでいった。
ルイザスも付き従うかのように階段を下りていく。
途端にまるで群れるように集まる令嬢たち。
彼は一瞬引いたようだったが、なんとか笑顔を作って対応する。それでも何か焦る様に、じりじりと前に進んでゆく。
彼に訝しげな視線を向けていたルディだったが、そこだけまるでホットスポットのように熱しあがっている令嬢たちが、彼の行く手を阻んでいる以上安心である。
兄のルイザスまでもがどさくさに紛れて腕を掴まれているのは、まぁ・・・いつものことだ。
宰相との挨拶もすんだことだし、父ジムナスに風に当たりたい、とでも旨を伝えようとした時。
突然だった。
「あなたにききたいことがあるのです・・・っ!」
何やら必死のハバーニールに急に腕を取られ、ルディは驚きに目を見張る。何かに焦る彼は、若干顔を朱に染めている。
自分のサテンのグローブが、ぐっと掴まれて皺が寄るのが視界の端に映った。逃がさない、と言わんばかりである。
な、何?
一瞬訳が分からず困惑したルディは目を見開いて固まる。
彼の蛇のようだと思った瞳は、今や子犬のそれ。
そんな目を向けられる理由が分からず、ルディは眉根を寄せた。
淑女らしい対応を、と口を開こうとして突如感じた、視線。
思わず、巡らしてしまった。
ハバーニール越しに合ってしまった、それ。
にやり、と笑う、彼。
突如人を寄せ付けないオーラを放ちだした二人に、危機感を感じてか傍にいる人間がすっと道を開けていく。
じわりじわりと人混みをかき分け近づいてくる、彼の王レーナルトの目に宿っているのは、穏便な光ではない。
目の奥でちろちろと揺れている光を直視してしまった。その途端にまるで電流の如く背筋を駆け上がる何か。口から悲鳴に近い声が僅かに漏れた。顔も真っ青だったかも知れない。
憎悪でも、軽侮でもない。楽しいものでもないそれ。
腕を掴むそれよりもより深く、まるで中身が雁字搦めにされてしまうようだー
いうなればそれは、底知れない『熱』だった。
結婚したくない意志は変わらない。面と向かってだっていう自信はあった・・・はずだった。
けれど自分の本能が告げる。
逃げろと。
この男は危険だわ!!
私の貞操的な意味で!!!
令嬢が決して口にしてはいけない部類の言葉を、心内でぶちまけ叫んだルナディアであった。
なかなか更新ができずすみません。
それでも待ってくださる方がいると信じて・・・
誤字脱字があればこっそり教えてくださるとありがたいです。
アクセス22万いきました!ありがとうございます!
こっそり喜んでいます!