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男装の令嬢  作者: kokusou.
闘技場編
11/27

令嬢、陛下と戦う




 

「どういうつもりです!王!」



 

 兄が身を乗り出すようにして声を張り上げる。その顔には焦りがありありと浮かんでいるのがルディからも窺えた。彼も自分の正体にはとっくに気づいているのだろう。

 その彼を見据えた王は、言葉もなしに視線だけで兄の言葉の続きを遮った。強い意志を湛えたその瞳をむけられ、その口を閉ざしてしまわない者などいない。臣下であれば、尚更。

 ぐっと言葉に詰まった兄が、心配の籠った視線をルディに向けた。ルディは静かにその瞳を見返す。

 もう、ばれているのだ。逸らしたりはしない。




 

 大丈夫です、兄さま。事情はよくわからないけれど、私は王であろうと負けるわけにはいかないの。




 ドルトナンドの娘として、負けることなんて大嫌い。

 それも今は人の大切なものを抱える身だもの。

 テルミアの涙にぬれた顔が脳裏を掠め、ルディは剣を握る手に力を込めた。




『し、しかし国王陛下、』

「別に商品を横取りしようという訳ではないよ。ただ、試合を望んでいるだけだ」


 

 前回の優勝者なのだから、実力は十分だろう?と司会の男性に問いかける。彼もまた、言葉に詰まったようだ。そのまま了承をもぎ取った王は、ルディと視線を合わせる。

 今の自分の視線は、きっと疑に満ち溢れているはずだとルディは確信している。その視線を向けられてもなお、気分を害した様子もなく彼は微笑んだままだ。

 まったくもって理解できない。なぜ自分と試合を。

 王は微笑のままで首を傾けて見せた。フェロモンただ漏れ。本人は自覚があるのかないのか。ルディは思いっきり顔を顰めた。仮にも王に向かって、という気持ちは彼女の中にはもうない。

 ・・・ごまかそうったってそうはいかないわよ。



 

「どうして私と試合を」



「そうだな、私に勝ったら教えようかな」



「全くもって私にメリットがないですね」





 

 すると王はさらに顔を崩して、ルディを見つめた。その目には好奇心がありありと浮かんでいる。自分の提案を受けたくない、と全身全霊で訴えるルディが面白くて仕方がない、といった具合だ。



 

「私との試合を断るというのか?」


「できるなら」


「この状況を見ても?それをいうのか」




 

 ルディがはっとしたように周囲に視線を巡らす。自身に集まっているのは、好奇と期待の混じった視線だ。

 先程異常な試合を展開して見せた優勝者と、前回優勝者の試合を見たいと―――


 

 信じられない!

 知らないうちに追い込まれてるじゃない!



 

 一気に顔色をなくした令嬢に対して王は涼しい顔で迫力抜群のスマイルを放った。




 

「この視線から逃れるのは、私でも難しいな」


 

 確信犯か!


 

 ルディは米神の血管がびきびきと嫌な音を立てるのを感じた。

 王に対して感情のままに行動すれば、血管どころか首が切れるのは百も承知なので歯を鳴らすだけに止めておく。

 黙っているルディに王は了承と取ったのか、剣を構えた。その顔は未だ笑みを張り付けたまま。

 何がそんなに楽しいのかさっぱり分からない。ルディがこんなに怒りを覚えたのは久方ぶりだというのに。




『は、はじめっ』




 若干困惑したような司会者の声が、闘技場に響き渡る。まさかの特別試合に、観客の熱気は否が応でも上がっていく。歓声が闘技場を満たし、それでも足りないと外にまで溢れ出す。まるで自身を押しつぶさんばかりの声に、ルディはその身を固くした。

 ・・・本当にどうしてこんなことに?

 テルミアの願いを聞き入れたのは自分。ここまで勝ち上がってしまったのも自分。あとは商品を受け取って、テルミアに渡せばそれで私は私の騎士道を全うしたことになるはずだった。

 しかし、その自分の、なんとか何事もなく、ばれずに終えようとしていたその道を遮るこの国のトップ。

 しかも今までなるだけ王族どころか貴族すら避けてきたルディが初めて見た、兄に匹敵する美形。王族は大体皆美形だと聞くが、全員が全員こうなのだろうか。

 ルディは正直美醜には興味がないが、とにかく貴族が関わるような面倒事には関わりたくなかった・・・筈だったのに。



 

「どうぞ」



 

 剣を軽く構えたまま王がほほ笑んだ。それはもう、闘技場の淑女たちからあられもない赤い液体が噴き出す程の、フェロモン全開スマイルで。実際どこらかしこで嫌な音や色が見えた気がしたが、気にしないことにしよう。それがいい。一つ溜息をついて、ルディはその目を細めた。

 全身から威圧のオーラを放ちながら王を見据える。

 ・・・突っ込むなんて本当はいやだけれど。



 

「遠慮しないわよ」



 女だとばれているなら、もう、女の口調で。

 ルディはゆっくりと剣を構えた。しかし、構えた両の手の筋肉がひきつるのを感じる。とうに限界は超えているのだから仕方がないが。

 引く道もないのに、どうしろというのだこの腕は。

 こういう時、女だということをまざまざと思い知る。足りないのだ、男に比べて何もかも。信じられないような訓練を超えてなお、何もかもが足りない。

 そう分かっていても、ここで引くのは完全にそれを肯定してしまうような気がして、ルディは自分すら知らずのうちに、恐れた。だから普段ならしない筈の突撃をかける。

 両の剣を構え、低姿勢で突っ走る。地面を蹴る足の感覚はすでに鈍い。

 しかしそれでも地を蹴り、右の腕を唸らせ剣を突き出す。

 レーナルトの長剣がそれを難なく受け止める。ちっと舌打ちをしたルディは、右の手を払うと同時に今度は左の剣を突き出した。剣が空気を切り裂き、レーナルトの喉元を正確に狙う。

 素早くレーナルトの剣が下段から放たれ、ルディの剣が逸らされた。あまりの勢いにルディの体がもっていかれる。若干浮いた体を捻り、体を縮めてごろごろと転がりながら距離をとる。

 片膝を立てて剣を構えた彼女を、王が首をこてんと傾けて見つめてくる。



 

 「だめだよ、舌打ちも、転がるのも。綺麗な体に傷がつく」




 「・・・そうさせているのは誰よ」




 

 困ったように眉根を寄せる王に、ルディが鋭い視線を向ける。彼女の目は完全に据わっている。

 普通なら視線をそらしてしまうその剣呑さに、しかし王は目を輝かせた。心なしか、いいな、なんて呟いているのが聞こえた気がしたが、いや、嘘だ。聞こえない聞こえない。

 ルディは聞こえない振りをそのままに、剣を構えなおした。途端レーナルトが一気に距離を詰めてきて、思わず息をのむ。

 最初の1打は両の剣でなんとか凌ぐ。しかし直ぐに踏み込んだレーナルトの剣が、再び彼女の胸元を狙って迫ってきた。

 弾いても弾いても柔軟に、縦横無尽に攻めてくる王の剣に、ルディは凌ぐだけで必死だった。両の剣を使ってでしか弾けない相手の剣に、ルディの足が、一歩、また一歩と下がる。

 秀麗な顔がにこりと笑ったのを確認したと思った次の瞬間に、両の手に衝撃が走る。本能的に体の前で防御の体制をとった剣に感じるのは相手の長剣と彼自身の重さ。

 なんて、重い剣。

 先程のバーデルードの剣は、確かに重かった。それは剣自体の重さと、相手のパワーだ。けれど今受け止めている剣は、剣自体の重さというより軸の重さだ。そして彼自身のー



「・・・っ」




 腹に力を入れて、耐える。彼の輝くスマイルが見えた。そのいっそ清々しいほどの笑顔に腹の底が煮えくりかえるのではないか、と思った。

 ここで火事場の馬鹿力でも出て気くれないかと期待したが、残念ながら、その怒りからはそれは出てこなかったようだ。




 

 まずい。




 

 腕が下がってきた。じりじりと追い詰められていく。ゆっくりと彼女の腰が地面に近づき、長剣を支える両の剣を持つ手がかたかたと震えた。彼女の白磁の頬を、汗が伝っていく。

 息が辛くなり、筋肉が悲鳴を上げた。

 腕が落ちる!と思った途端に剣が軽くなり、はっとして地面を蹴って後退する。

 手を抜いたのかと、しかしその隙を逃さずに素早く距離をとった自分の防衛本能に呆れつつ、レーナルトを見た瞬間に再び彼が目の前に迫る。

 ぎょっとして構えた剣を弾かれる。その衝撃に肺から空気が押し出された。



「かはっ・・・」



 思わず片目を瞑った彼女の足が目にも止まらぬ速さで払われ、地面が目の前に迫った。




 

 ぶつかる!




 

 本能的に目を瞑った彼女だったが、怖れていた衝撃は訪れず、おそるおそる目を開ける。

 体に回されるがっしりした腕。これ以上ないほど近いフェロモンの溢れる笑顔。



「嘘だぁー・・・」




 いろいろと信じたくない。負けたことも、この状況も。

 視線を散々に散らした揚句、現実逃避しかけたルディをアナウンスの声が引き止めた。



 

『ええっと・・・陛下の勝利です』



 

 しん、と静まった会場は、次の瞬間に沸き立った。ルディは耳を塞ぎたくなるようなその声に、嘆息し、負けたことは負けたのだから仕方がない、と立とうとしたが、なぜか体が動かない。つこうとした手も空をかくばかりで、地面に届かない。

 思わずあれ?と眉を顰めたが、未だ体に回された腕に思い当たり、思わず王を見上げた。そしてすぐにそれを後悔した。

 蕩けんばかりのその王の笑顔に、さっと目を逸らす。

 え、何?どうなってるの?なんでこんなに笑顔なの?

 ぐるぐると回る思考に、ルディが困惑していると体が不意に宙に浮いた。あっという間に遠くなる地面との距離。信じたくない、と心から思ったが、どうやら自分は陛下に、その、横抱きにされているらしい。

 先程まで握っていた剣はいつの間にか放り投げられて、手が届くところにはなかった。しっかりと抱え直されて、ここまで男性に密着したことがないルディは、思わず体を硬直させた。

 しかしなんとか気を持ち直し、王の固い胸板に手を突っ張って離れようともがく。顔に血液が集まるのを感じて、必死に首を反らした。それをかわいい、などとレーナルトが見ているとも知らず。




 

「は、離してください!」

「いやだ」




 

 間を置かずに返されたその返答に思わず瞠目する。なんていった?この人。いやだ?いやだって何?

 信じられないと言わんばかりに硬直するルディに視線を一瞬落とすと、レーナルトは司会者にその視線をやり、声を張り上げた。



 

「この試合は特別だ。私は正式な参加者ではない。勿論商品はすべてこのテルミオに譲渡されるものとする!なお、彼は足を挫いたため、私が医務室へ運ぶ!門を開けよ」



 

 何度目を見開かせればいいのだろう。思わず足など挫いていないと声を上げそうになったルディだったがレーナルトが視線を再び視線を落として、にっこりと笑うととんでもない爆弾を投下した。



 

「何か言おうものなら、その唇を塞ぐからね」



 

 僕のでね、と艶を滲ませて言われた為にルディは開きかけた口を速攻で塞いだ。勿論自力である。

 そして悠々と歩いて行く二人は、観客の盛大な拍手に見送られて扉をくぐった。




 

 

 それを反対側の客席で見ていたルイザスは唇を噛みしめた。握った陛下の座っていた椅子の背もたれに指が食い込み、今にも椅子からその柔らかいクッションを千切り取らんばかりだ。

 その腕には血管が浮かび上がり、怒りで全身がぷるぷると震えている。

 ルイザスはその血走った眼を近くにいた同期たちに向けた。思わず一歩二歩と後退する同期を責めることが誰にできただろうか。

 怒りのオーラを迸らせるルイザスは元々低音のその声を更に低くして、同期に言い放った。



 

「すぐに陛下を追いかけるぞ!」




 

 こくこくと頷く同期の何割が、彼の本心を悟ることができたのだろうか。その姿だけ見れば、君主の勝手な行為に怒り心頭の近衛の姿だが。




 

(私のルナディアを全力であの狼から守らねば!直ぐに行くぞ、ルナディア!)




 


 可愛い妹を主君から守ることしか、その時の近衛筆頭の頭にはなかった。








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