第30話 有為転変
ジリリリリと目覚ましのベルが部屋に鳴り響く。
パジャマ姿のまま俺は手をのばして目覚ましを止めた。
「ふぁぁぁあ」
大きなアクビをしながらぐっと両手を持ち上げて体を伸ばす。
そしてゆっくりと目覚まし時計を手にとって時間を確認する。
「へ!?」
思わず声を出してしまった。それもそうだ、時計のデジタル表示はもうすぐ八時になろうとしている!
やばい!寝すぎた!
俺はあわふたしながら着替えを開始した。
寒さを我慢し、乱雑にパジャマを脱ぎすてて、半裸状態になる。そしてふと横の姿見を見ると、そこには綾香の裸が映し出されていた。
鏡の中にいる綾香の半裸を見て思った。最近はもはや綾香の裸を見ても何も思わなくなったな。慣れとは恐ろしいものである。だからといって、他の女子の裸に慣れた訳では無い。
しかしあれだよなぁ…何時になれば元の姿に戻れるんだろうな…
そんな事を考えているとふと机の上を見ると赤い箱が目に入る。
そういえば…カウンターの数字。最近は確認してないな。
その時、確認しようか迷ったが、今は時間が無いし夜に確認する事にした。
そして俺は着替え終わると慌てて家を後にした。
登校路の田んぼ道で自転車を漕ぎなら俺は考えた。
昨日は色々と考えすぎてなかなか眠れなかった。今になって冷静に考えても、昨日は本当にいろいろな事が起こった日だったな。
偽装カップルが初日の朝からばればれだし。絵理沙には突然告白されるし。くるみが屋上に現れるし。そして大二郎とのデートの確定とか。
何だよこの異常なイベントフラグの立ち方は…
昨日はお風呂の中でも食事中でもずっとこんな事を考えてばかりだった。
ベットでもずっと考えて、気がつくと寝ていたのだが…結局寝坊だよ!
おかげで思いきり家を出るのが遅れたじゃないか。
すると何の前触れもなく。まぁ前触れなど無くて当たり前なのだが、ふと昨日の告白シーンの絵理沙の顔が頭に浮かんだ。そしてちょっと顔が熱くなる。
俺、絵理沙に告白されたんだよな…人生初めて女に告白されたんだよな。
でも俺は絵理沙を・・・やっぱりあれって振ったって事になるんだよな。
く…俺が女子を振るなんて…でも別に絵理沙が嫌いな訳じゃないんだよ…
いや、どちらかと言えば……好きかもしれないよなぁ…
それにあいつ、何気にスタイル良いし、美人系だし。多少性格には難があるかもしれないが、それをカバー出来る程の能力の持ち主だ。
このままいっそ絵理沙と付きあるとかいうのもありなのか?
……
……うぉぉぉ!馬鹿か!俺は何を考えてるんだよ!そういう事じゃないだろ!
あいつは魔法使いだぞ!?奥様は魔女じゃないんだよ!それに俺は茜ちゃんが好きなんだろ?
あれ?好きなんだよな?茜ちゃんの事?
やばい…まだ好きなはずなんだけど、何かこう、いつも一緒に居すぎて、ドキドキ感が無くなってるかもしれない。
うわぁぁぁあ!何だよ!もう!早く元の生活に戻りたい!
結局、悟は混乱していた。
学校へ到着。駐輪場へ何時ものように自転車を置くと、重い足取りで下駄箱へ向かう。
あああ!本当に何か気が重いよ…絵理沙はどんな表情で登校して来るんだろう…
そんな事を考えているうちに教室の入口に着いていた。
悟は考えた。絵理沙はいつも遅刻寸前だ。今日は出るのこそ遅れたが、まだ遅刻寸前では無い。
そうだ!きっとまだ絵理沙は居ない!とりあえず教室に入ってから考えよう。
悟は絵理沙は居ないと決め付けて教室のドアを開ける。するといきなり大きな声で誰かに挨拶をされた。
「おはよう!綾香」
え!?こ、この声は絵理沙!?
俺は声のする方を見た。するといつも遅刻ぎりぎりで登校する絵理沙が俺よりも早く登校している。それもすごい笑顔で俺に挨拶までしてきやがった。
昨日の事が嘘のそうに、爽やかな笑顔で俺を見ているじゃないか!
「お、おはよう」
俺は絵理沙に挨拶をし返した。
よく見れば絵理沙の周りには茜ちゃんや佳奈ちゃん。真理子ちゃんまでいるじゃないか。
何かちょっと嫌な感じはしたのだが、流石に無視をする事も出来ず、気も無い声で悟は皆に声をかける。
「ど、どうしたの?こんな朝から皆で集まって?」
「昨日は綾香が変だったけど、今日は絵理沙ちゃんが妙に明るいから何かあったのか聞いていたんだ」
茜ちゃんがニコニコしながら言った。
「え?そ、そうなんだ」
俺は顔を引きつらせて絵理沙を見る。
確かに…妙に爽やかな明るい笑顔だな…というかこっち見んな!
そんな絵理沙の笑みに頬を染めてしまう悟。それを見て絵理沙は「クス」と笑った。
「ねえ、綾香も今日の絵理沙ちゃんは変だって思うでしょ?」
茜ちゃんが聞いてくる。
変だよ!確かに変だよ!でも何で笑顔なんだよ。何で昨日あんな事があったばかりなのに笑顔でいれるんだよ!
昨日は俺に告白して、そして俺に振られたのに。平気なのか?絵理沙は平気なのか?それとも本気じゃなかったのか?冗談だったのか?
「絵理沙ちゃん、やっぱり綾香も変だって思ってるよ。ねえ、教えてよ。何があったの?」
茜ちゃんにしては珍しく、冗談っぽくも聞こえる強目の口調で絵理沙に向かって何があったのかを追求している。
「え?ま、まあそうは思うけど…でも別に無理に聞かなくっても…」
俺は無意識にそれを制止しようとした。
「ダメだよ!」
そう言って大きな声を上げたのは佳奈ちゃんだ。
「いや、ダメって…」
「佳奈は野木さんとお友達になりたい!」
いや、その理由はおかしい。
「でも、答えてくれないんだよね…」
茜ちゃんは少し困ったような表情で言った。
俺は絵理沙の顔を見る。すると絵理沙は再びニコリと微笑む。その笑顔を見て今度は『ドキ』っとしてしまった。
くそ…近くで見る絵理沙の笑顔は破壊力がある。今まで毎日がツンツンしてた絵理沙がこんなに優しい笑顔を出せるなんて…作った笑顔じゃない。本当の笑顔か…
そして思った。この笑顔を使えばどんな男なんてイチコロなんじゃないのか…そんな事を思ってしまう。
という風に考える悟も男だが、何故かそういう風に考えた。
「いいよ?綾香ちゃんも来たし話してあげる」
絵理沙は笑顔で俺の方を見ながらそう言った。
「え!?話してくれるの?やった!で、何があったの?」
茜ちゃんはニコニコしながら柄にもなく絵理沙の机の上に身を乗り出した。
佳奈茶の目もキラキラと輝いているように見える。
「私ね、昨日ね…」
「うん、昨日?」
「大好きな人に告白したんだ」
「「「えー!」」」
茜ちゃん、佳奈ちゃん、真理子ちゃんが驚いて同時に声を上げる。
俺も思わず驚いた。何でそんな事を言うんだ!?
「え?もしかして男の人に告白したって事?」
茜ちゃんが目をパチパチしながらそう聞いた。
「うん」
「だ、誰に?」
「それは流石に秘密だよ。ね、綾香」
絵理沙は俺に同意を求める。っていうか俺に同意を求めるな!
「え?あ、うん、そう…かな?」
俺はぎこちなく相槌を打った。
「え!?何?じゃあ綾香は絵理沙ちゃんが告白した相手を知ってるの?」
茜ちゃんは口を両手で軽く押さえて驚いた表情をしている。
「何で綾香が知ってるの!?もしかして野木さんと綾香って…」
佳奈ちゃんはなんとも言えないところで話を止めると、ちらりと絵理沙を見る。
「そっか…だから綾香は驚いてなかったんだね」
真理子ちゃんは妙に納得したように言った。
「綾香には前から相談してたんだ。それでやっと私も告白する勇気ができたの」
絵理沙は幸せそうにそう言う。
「確かにね。綾香ってちゃんと相談に乗ってくれるよね。私もそう思う」
茜ちゃんはそう言うと笑顔で俺の方を見る。
確かに、茜ちゃんの相談を…本物の綾香が聞いたはずだが実際の俺は相談なんか受けてない。いや、まてよ…夏休みに茜ちゃんが確か…
俺の脳裏には涙を流していた、あの夏の日の茜ちゃんが思い出された。
あれも相談なのかな…
今度は佳奈ちゃんが絵理沙に質問をした。
「結果はどうだったの?告白の結果だよ」
絵理沙は笑顔で答える。
「駄目だったよ」
「「「えー!」」」
茜ちゃん、佳奈ちゃん、真理子ちゃんが驚いてまたもや同時に声を上げる。
俺は何の反応もしなかった。
「え?駄目だったの?でも何でそんなに嬉しそうなの?」
茜ちゃんは驚いた表情で聞いた。すると絵理沙は落ち着いた様子で俺を含めた皆を見る。そして言った。
「だって、想いを伝える事が出来たんだよ?私が好きだって事をその人へ伝える事が出来たんだよ?だから…結果がどうあれ私はよかったと思ってる。それにね、告白の結果がダメでも、私がその人の事を好きな事には変わりないから」
「絵理沙ちゃん!」
突然、絵理沙の両肩を『ガシ』っと佳奈ちゃんが掴んだ。
「絵理沙ちゃんってすごいよ……私、感動しちゃったよ…ぐす…ぐす…うわーん」
そして佳奈ちゃんは突然泣き始めてしまった。
絵理沙と茜ちゃん、真理子ちゃん、そして俺は佳奈ちゃんを宥める。
そんな中で茜ちゃんが突然話を始めた。
「私もね…実は好きな人がいるんだ…でもまだ告白はしてない。でも…私もこの想いを、いつかその人に伝えたいと思ってる。今は無理なんだけど、絶対に…」
茜ちゃんはそう言うと少し目を潤ませると唇をぐっと噛んだ。そして胸に右手を当てて目を閉じる。
そんな茜ちゃんを見ていた佳奈ちゃんは泣き止み、優しい笑顔で茜ちゃんを見た。
「そっか、茜も好きな人がいるんだ。うん、大丈夫だよ!茜はやさしいし可愛いもん!私、応援するね。茜の事を応援してるからね!」
佳奈ちゃんとは思えない、そんな優しい台詞を佳奈ちゃんは言った。
茜ちゃんはそんな佳奈ちゃんを潤んだ目で見ている。
真理子ちゃんは少し驚いている様子だったが、絵理沙の時のように声はあげなかった。そしてだたただ茜ちゃんを見ていた。そして俺は…
こちらへ振り向いた茜ちゃんと視線があった。そして茜ちゃんはニコリと微笑む。
でも俺は何も言えなかった。『がんばれ』とか『大丈夫』とか言ってあげたかった。しかし、今、もしも茜ちゃんに告白されたとしても良い返事が出来る自信がない。好きなはずなのに素直に好きと言えない。そんな複雑な心境になっていた。
俺の心の奥には色々なものが入り乱れていた。
そして懸命に笑顔で返す。それが今の俺には精一杯だった。
「私も茜ちゃんの恋を応援するからね」
絵理沙は俺の方を一瞬だけ見ると、茜ちゃんに向かって笑顔でそう言った。
茜ちゃんは「ありがとう」と言葉を返した。
こうして騒がしく、朝の時間は流れていった。
俺は胸が痛くなった。苦しくなった。自分が嫌になった。
絵理沙…ごめんな…お前の気持ちに答えられなくって。
茜ちゃんごめん…俺はいまここに居るのに、教えられなくって。
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放課後の特別実験室
教室の中には野木と綾香の姿がある。
「何だよ。突然呼び出しやがって」
「いやね、前に今度話をしてあげようと言っていた、僕達の世界の話でもしてあげようかと思ってね」
野木は突然そんな事を言い出した。前まではまったく教えてくれる素振りも見せなかったのに。
何がどうしたんだ?と思いつつもその話にはかなり興味があったんだ。
昨日から色々とありすぎて、面白い事が無い。ここは気晴らしを兼ねて聞いてみたいな。そう思い野木に向かって言う。
「野木が話したいなら、仕方ないから聞いてやるよ」
まるでツンデレ少女の様な台詞を吐くと、俺は自分からソファーに座った。
そんな俺を見て野木は笑みを浮かべている。
「な、何で笑うんだよ」
「だって、君の態度が面白いから」
「面白い?面白いほど変で悪かったな!」
「その容姿とのギャップも楽しいんだよ。綾香君なのにその口調とかね」
「何を今更いってやがる!」
今日の野木は何時もと違う…いつもの笑顔じゃない。そう、本気で笑ってない。俺も付き合いが長くなったせいか、そう感じた。もしかして絵理沙と何があったのか?
とりあえず何があったのかは知らないが、あまり俺が深入りするべきではないな。
俺はそう思い、聞くのはやめておいた。
「コーヒーでいいかな?」
野木はそう言うと、いつもの様にコーヒーを入れてくれた。
そして野木は俺の目の前のソファーに腰をかける。
「よし…それじゃ僕達の世界の話をするよ」
「あ、ああ…」
野木達の世界の話が始まった。何だろう。ドキドキする。まるで初めて読む物語のような感覚だ。
「まず悟君…」
「な、何だよ」
「君はパラレルワールドって知っているかな?」
「パラレルワールド?」
「そう、パラレルワールドだ」
「聞いた事はある…」
「そうか…まぁ簡単に言うと並行世界という奴だ」
「並行世界?」
「そう、この人間の世界と並行して存在する他の世界って事だよ。そして僕達の世界はそのパラレルワールドの一つの世界なんだ」
ゲームや雑誌や小説では聞いた事のある呼び名。パラレルワールド。
しかし俺はその意味を細かくは理解していない。それに並行世界なんか存在するなんて信じてるやつは少ないだろう。
現代社会においては、そういう事は非現実的なものであって…とは考えたが、現に俺は魔法で生き返っている。そして女になった…
信じられない事なのだが…信じるしかないのか?
「そんな世界が存在するのかよ」
「ああ、存在する。だからこそ僕や絵理沙がいるんじゃないか」
確かにそうだな…
「僕らの世界は科学では無く、魔法が発展している」
「魔法…か?非現実的だな」
俺がそう言うと野木は少し呆れたような表情をした。
「僕達にとっては科学の方が非現実的だよ」
「科学が非現実的?じゃあ飛行機は無いのか?」
「魔法で飛べるからね」
「お湯を沸かすコンロとか、暖まるコタツとかは?」
「全てが魔法で対応可能だよ」
なるほど…確かに科学の力は必要ないか。
「…まぁお互いの世界にはそれぞれの特徴があるって事だよな」
野木はこくりと頷いた。
「僕と絵理沙はこの人間界に並行する魔法世界の人間なんだ」
「わかった。それは理解した…で?何でこの世界に来ているんだ?」
「それは未知なる力。科学の勉強の為かな?この世界自体の勉強の為もあるかな?」
「おい待て!さっきは科学が非現実的って言っただろ」
「今はだよ。でもあっても困る物じゃないだろ?魔法は魔法力が尽きれば使えなくなる。でも科学は違う。機械は人間のように疲労する事はない」
「確かにな…」
「それに、有り得ない話になるが、人間界に魔法があったら便利だろ?」
「確かに…便利というよりも、魔法なんてあったら大変な事になりそうだ。犯罪とか、戦争とか…」
そんな話から始まり、野木は色々な話をしてくれた。そして話は野木が先生としてやって来た理由についてへ変わってゆく。
「でも先生になるってどうなんだ?」
「どうなんだろうね?僕はあまりお勧めしないよ。もの凄く勉強しないとこちらの世界の理屈や原理を覚える事は出来ないからね」
「なるほど…そういや絵理沙はすごく頭がいいけど…あいつもすごい勉強したって事か?」
「ああ、こちらで言う所の某有名国立大学にも入学出来るレベルだよ」
俺は思わず『ぶっ』っと噴出した。
「ちょ、ちょっと待てよ何だよそれ…」
「まぁまぁ、そんなに驚く必要は無いよ」
「お前らエリートって奴なのか…」
「魔法世界ではね」
野木は簡単にエリートだと肯定した。
しかし何となく納得だ。その理由とすると、絵理沙は中間テストでなんと満点だったのだ。
現実的に考えても全教科満点などありえない…よってあいつは頭が良すぎる。
「もういい…お前らがパラレルワールドから来た魔法使いのエリートだって事は解ったから。はいはい、エリート様…早く俺を元に戻してくださいよ」
俺は少し嫌味ったらしくそう言った。
「ああ、責任もって元に戻すよ。まぁ…絵理沙にあの魔法がもう一度使えない場合は、時間がかかるけどね」
「え?な、何を言ってるんだよ!使えない場合って?使えるんじゃないのか?」
「絶対とは言ってない」
ああ言えばこう言う…野木の野郎……
しかし目つきは真剣だな…真面目に絶対じゃないって事なのか?でも俺は信じてる。俺は絶対に男に戻れるってな。
「そうだ…面白い話をしようか」
「面白い話?」
「知ってるかもしれないが、パラレルワールド、そう、僕達の住む魔法世界に存在する人は、この世界にも存在する」
「え!?な、何だそれ?」
「知らないのかい?君は小説とかあまり読まないのか?」
「文章を読むとか不得意な分野なんだよ!」
野木は再び呆れた表情で俺を見た。
「パラレルワールドは並行世界だ。要するにはこの世界そっくりのもう一つの世界。人間界に姫宮悟という人間が存在すれば、僕達の世界にも君は存在している」
「なんだと!?俺がお前らの世界に存在する!?」
「そうだよ。但し、名前も違うだろうし性別も逆転しているんだ」
「え?何?あれ?どういう事だ?」
「何でそんなに険しい表情になってるんだい?僕はそんなに難しい事を言った記憶は無いんだけどね…まぁいい…そういう世界なんだよ」
「は、半分は理解した…で…一ついいか?」
「なんですか?」
「絵理沙もお前も、こっちの世界にはお前と同じ別の人間が存在してるという事なのか?」
「まぁそうなるね。こっちの世界での僕と絵理沙と同じ固体という事になるね。だからこそその固体には干渉はしてはならないんだ。そういう決まりになっている」
何か話しが複雑だが、こいつらがこの世界では無い別の世界から来たっていう事実はちゃんと理解できた。
しかし、途中までは面白かったが、最後の方はあまり面白い話じゃなかったな。難しすぎるだろ。
「あと…たまに空間が歪んでパラレルワールドへ飛んでしまうケースもある。この世界で神隠しとして扱われたり、行方不明として扱われたりしている場合、僕達の世界へと飛んでいる可能性もある」
神隠し?そういや俺は神隠しになった事になっているよな?あれ?パラレルワールドに飛ぶ?
俺はふと一つの事を考えた。
「おい、例えばな、飛行機事故で行方不明のまま死体も見つからないのに生きている人。そういう場合はどうなんだ?」
そうだよ、綾香だよ。綾香は生きているのに見つかっていない。これはもしかすると…
「それは本物の綾香君の事だね」
野木は俺の一言で理解したのか「なるほど」という感じの表情になり、顎に右手を添えた。
「綾香がお前らの世界へ飛んでしまったケースもありえるのか?」
「あるね。悟君、君は馬鹿かと思っていたが、結構やるじゃないか」
「そ、そうか?」
褒められたのか?何か余計な一言を言われた気がするが…
「本物の綾香君はそうだな、その可能性はゼロじゃないな。こちらの世界でこれだけ探して貰っているのに見つからない。という事は魔法世界に飛んでる可能性も十分にありうる」
「なんか壮大なSFちっくな話になってきたな…でも、異世界から飛んできた人間が魔法世界に来ていたのなら、その情報も入ってくるんじゃないのか?」
「助けた魔法使いが連絡していない。記憶を失っている。そういうケースの場合は把握出来ないと思うよ」
「なるほど…」
「よし、早速僕達の世界に君の妹さんが飛んでいないかを調べさせるよ」
「ああ…」
野木は自分の机へと急いで戻ると、手を「パチン」と鳴らす。するとテーブルには便箋がいくつか現れた。そして矢継ぎ早に不思議な文字を便箋に書いてゆく野木。
その速度は尋常では無かった。あっという間に数十枚の便箋を書き上げたのだ。
「よし!これを魔法管理局へ飛ばすぞ!」
俺は便箋の内容を覗いて見る。日本語では無い何かが書かれていた。これは魔法語?
そして野木は目を閉じてその便箋の上に右手をかざす。
「リュセラム…オゴエ…」
聞き覚えの無い言葉をぶつぶつと唱える野木。不思議な光景だ。これが魔法なのか…呪文を初めて聞いた。とてもじゃないが俺には唱えられそうも無いそんな複雑な呪文だった。
野木がその不思議な呪文を唱え終わると、机の上にあった便箋は一瞬にして消えた。
その瞬間、『ガタン』と音がして野木が倒れて椅子から落ちた。
「の、野木!?」
俺は慌ててソファーを立ち上がると、窓際の野木の席の横へと走る。
「だ、大丈夫だよ…」
甲高い声?これは…
野木がゆっくりと立ち上がった。そしてその容姿は輝星花になっている。
「輝星花?」
輝星花は俺にそう言われて焦った様子で自分の姿を確認した。
そして小さく溜息をつくと椅子に腰掛けた。
「大丈夫なのか?輝星花」
「ああ、大丈夫だよ…少し魔力のバランスが崩れただけだよ…」
魔力のバランス?俺はその時になって気がついた。
そういえばこいつ…今日、俺の心を読んでないんじゃないのか?いつももなら俺の気持ちを先読みして言葉を言う前に答えてくるのに今日は一切それが無いぞ……
輝星花?何かあったのか?そんなに調子が悪いのか?
「輝星花…お前、調子悪いのか?」
俺がそう言うと輝星花は微笑んだ。どうみても無理をしている笑顔。
「ははは…隠してもダメだね。今の君にはどちらにしてもバレてしまいそうだから言っておくよ。僕の調子はよくない。今は薬で魔法力を回復させている。でもこの状態は一時的な物だから大丈夫だよ。それ程は心配しなくていい」
そう言った後で輝星花は机の右上の引き出しを開ける。
そしてそこから白い錠剤の入った大瓶を取り出すと、左手のひらにそれを何錠か出した。
輝星花はその錠剤を水の無しで一気に飲み込む。
見てただけでも喉につっかえそうな感覚になる。よく飲めるな…
しかし、一時的なものだとすれば輝星花の言う通り、大丈夫なのかもしれないな。
「ちょっとだけいいかな」
輝星花は椅子をくるりと俺の方へ向けて立ち上がった。
そして俺の両手をギュッと、しっかりと持つ。すると俺の姿は元の悟の姿へと変化する。
「な、何だよ?」
「いや、ちょっとだけ確認したいんだ」
俺の手に輝星花の柔らかな手の温もりが伝わってくる。そして目の前には輝星花の顔が。
俺は思わず緊張して顔が熱くなってゆく。そう!またしても赤面している!それも男の姿でだ!
か、確認したいって何だ?わ、わざわざ変身させる必要がある事なのか?
「悟君、顔が赤いぞ?」
「お、お前がいきなり手を持つからだろ!」
「それってもしかして僕を女の子として意識したとかなな?」
そう言われると否定は出来ない。意識はしたからだ。
「そ…そうだよ!お前は元々女だろ!」
「そうなんだ?ふふふふ」
輝星花は俺の手を握ったまま、まるで女の子のような可愛らしい笑い声を上げた。
その時に気がつた。輝星花も頬を染めている。そのうっすらと桃色に染まった頬がさらに俺の心拍数を上げた。
な、何でこいつが照れてるんだ?いや、照れている訳じゃないのかな…
「わ、笑うな!」
「ごめん、ごめん…でも、本当に男の心を取り戻してくれてよかったよ」
「え…あ…まぁ…絵理沙のお陰だけどな…」
「絵理沙のお陰…か…」
「ああ…」
輝星花は少し俯くと、唇をきゅっと噛んだ。
そして表情は笑顔から真顔にかわり、そしてまた笑顔へと戻った。
「さ、悟君」
何かを思っているのであろう。徐々に頬が赤みを増してゆく。
「な、何だよ」
「えっと…」
「何なんだよ」
「こ…」
「こ?」
「こ、これからも絵理沙を頼むよ」
「え?絵理沙?あ、ああ、わかった…」
輝星花は真っ赤な顔で何を言うかと思えば絵理沙の事。俺はすこし拍子抜けした。
「それと…」
しかしまだ輝星花の話は続く。
「それと?」
「いや、な、何でもない!」
「え?何だよ!そこでやめるなよ!気になるじゃないか」
「な、何でも無いっていってるだろ!」
真っ赤な顔で頬を膨らませる輝星花。
あのいつも冷静な輝星花が何だろう、すごく女の子らしく見える。
輝星花には言えないが、俺の心臓はすさまじく心拍数を上げている。
しかし、結局何の為に俺の手を握ったんだ?意味がわからない…何か言いかけていた事が気になって仕方ない。しかし追求したとしても無駄だろうな。
俺はとりあえず追及はあきらめた。
輝星花は突然パッと両手を離した。すると俺は綾香の姿へと戻る。
そして輝星花も一瞬にして野木の姿に戻った。
「これでよし……」
不思議だ…目の前で女が男になる…何度見ても不思議な光景だ。
「この姿に戻った事だし、綾香君の胸が成長したか確認するか」
野木は明るくそう言うと俺の両胸を躊躇も無く鷲づかみにした。
「へ?」
油断していた!まさかこの展開から胸を掴まれるなんて。
がっしりと野木の両手が、俺の両胸を掴んでいる。傍から見ると襲われる女子高生の図だ。
なんというセクハラ教師!
そして有無を言わさずずに野木はむにむにと俺の胸を揉みやがった!
久々のむにむにという胸を揉まれる感覚が神経を伝わって脳へと伝達される。
「あぅ・・・や、やめ・・・やめろ!野木ぃ!」
俺は懸命に野木の両手を振り解こうとするが何か力が入らない。
「あ…ん…んん…や、やめて…」
しまった!事もあろうか俺は女みたいな台詞を吐いてしまった。
その台詞を聞いて野木は胸から手を離す。そして俺はへたりとそのまま床に崩れ落ちた。
「いやすまん。久々だったからね。つい揉みすぎたよ。ははは」
「ついじゃねーよ!」
最悪だ…最低だ!くそ…まさかまた揉まれるとか…
「大丈夫だ、成長していたよ」
野木は嬉しそうにそう言う。しかし俺はまったく嬉しくない!
「何が大丈夫だ!何が成長していたよだ!何であんなに真面目な話をしてたのにいきなり胸を揉むんだよ!」
「だって…ほら、最近はまったく触ってなかったし…」
「いや!大宮に行った時も、この前だって触った!」
「それは両手でじゃない!」
「両手じゃなくっても同じだ!」
俺は久々に下らない事で輝星花、いや野木と言い合った。
でも何だろう?昔はすっごく嫌だったのに。やっぱり嫌じゃない。今は楽しい…
そんな事を思うと、俺はもう野木に怒る木も無くなった。
「もういい…俺は帰る!ここにいるといつ襲われるかわからないからな!」
俺はそう言うとスタスタと教室の入口へと進んで行った。
「綾香君」
名前を呼ばれて俺はゆっくりと振り向く。
「大丈夫。元に戻れるよ、いや、僕が責任をもって元に戻す」
「ああ…」
「妹さんの件も何かわかったら連絡する」
「わかたった。宜しくな」
『ガラガラ』『ピシャン』俺は特別実験室を後にした。
☆★☆★☆★☆★
野木が一人になった特別実験室
野木は変身を解き輝星花の姿に戻っていた。そして先ほど悟の手を握っていた両手を、しっかりと胸に抱え込んだまま俯き小刻みに震えている。
どうしてしまったんだ…僕の体は…何で悟君に対して…
生まれてこのかた味わった事の無い心の痛み。ぎゅっと胸を締め付けられるような苦しみが輝星花を苦しめていた。
前はほんの僅かしか感じなかったこの痛みと苦しみは、ここ数日のうちに耐え難い程に強く強く感じるようになっている。今は我慢するのも辛い。
これは魔法力の不安定からきたものかとも思った。絵理沙が悟君を好きになった影響を受けたのかとも思った。
そして確認する為に勇気を出して悟君と話をする事にした。そして手を握ってみた。
そして解った…これは魔法力が不安定になったのでも、絵理沙の影響を受けたのでもなかった。
もしかして僕は…
一筋の涙が輝星花の頬を伝わり、そしてポタリと床へ落ちた。
続く
次回予告:自宅に戻りカウンターの数値を確認する悟。するとその数値が!?次の日に学校へ行くとそこに野木の姿は無かった。そして…
2013/4/15
ぷれしすについてですが、続きの予定はあります!
現在は別の小説を完結まで走ってる途中です。
大変申し訳ございませんが、しばらくお待ちください。