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第27話 心の色 後編

 野木は足を組み怪しげな笑みを浮かてソファーに座っている。そして絵理沙の方をジッと見ていた。

 そんな絵理沙は野木とは視線を合わせずに、ムッとした表情のまま無言で俺の横に座っている。

 お互いに何の言葉も交わさない。そんな状態で数分が経過した。

 シーンとした教室の中はなんとも居心地が悪い。

 

「おい、この沈黙が嫌なんだけど…」

 

 俺は我慢できずに小声でそう言った。すると野木が俺を見る。

 

「確かに…」

 

 野木はそう言うと『ごほん』と小さく咳をした。

 

「絵理沙?このまま黙っていても仕方ないだろ?なんで話をしてくれないんだい?それとも僕には話せない事なのかい?」

 

 野木が優しくそう聞いたが、絵理沙はまったく答えようとしない。それ所か遂には目を閉じてうつむいてしまった。

 それを見た野木は小さく溜息ためいきをつく。

 

「わかったよ絵理沙。話したくないんだね」

 

 野木はそう言うと今度は俺の方を見た。

 

「綾香君、偽装カップルの件は話して頂けますよね?」

 

 真面目な表情で野木はそう言うとソファーからゆっくりと立ち上がった。

 

「あれ?野木?何処に行くんだ?話は?」

 

 俺は野木が何処かに行ってしまうのかと思い声をかける。

 

「ああ、何処にも行きませんよ。コーヒーを入れるだけです。綾香君も僕が見ていると話ずらいでしょ?だからコーヒーを入れている間にでも話してください」

 

 そう言うと野木は俺と絵理沙に背中を向け窓際の方へ、自分の机の方へと歩いて行った。

 

「別にそんな気を回さなくってもお前には話そうと思ってた」

 

 俺がそう言うと野木はこちらを見て笑顔で頷いた。

 そう、別に俺は野木に対して別に隠すつもりは無い。逆に隠す方がリスクがあると思っている。だから俺は絵理沙に話した事と同じ事を野木に話した。

 野木はコーヒーを入れながら『ほほう…』と興味を示す。そして俺の全ての話しを聞い後に少し考える仕草は見せたが、何も言われなかった。

 絵理沙はというと、無言で俺の話を聞いていた。

 

 コポコポとコーヒーメーカーから音が聞こえる。教室中にコーヒーの香りが漂う。いい香りだ…

 野木は出来上がったコーヒーを手際よくカップに注ぐと中央のテーブルまで持って来た。

 

「絵理沙は紅茶が好きだと思うけど、今日はコーヒーで我慢してくれるかな。綾香君はコーヒーで良かったよね?」

 

「ああ、いいよ」

 

 絵理沙はうつむいて黙ったまま何も答えない。

 

「絵理沙、綾香君の話しを聞いてだいたい想像はついたよ。でもそれは仕方無い事なんだ。解るよね?偽装カップルは一つの選択肢に十分入ってい…」

 

「そんなの嫌だ!」

 

 絵理沙は突然大きな声を上げた。野木の言葉が途中で途切れる。

 そして野木は少し驚いた表情で絵理沙を見た。

 

「え、絵理沙?」

 

「嫌だ!認めない!私は絶対に認めないんだから!」

 

 絵理沙は目に涙を浮かべながら大きな声で叫ぶ。

 何時もの冷静な絵理沙からは想像もつかない程に取り乱した絵理沙が俺の横にいた。

 

「絵理沙、落ち着きなさい。今日の絵理沙はおかしい。感情が高ぶりすぎている。どうしたんだい?いつもの絵理沙に戻ってくれよ…」

 

 野木は心配そうにそう言った。

 絵理沙は中央のテーブルを感情的に『ダン!』っと叩くとその場に立ち上がった。

 絵理沙の叩いた振動でテーブルの上にあったコーヒーがこぼれている。そして絵理沙はこぼれたコーヒーを見て、何かをぐっと抑え込むように目を閉じた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 絵理沙の息が荒くなっている。野木はそんな絵理沙を心配そうに見ている。

 そして、絵理沙は両手で顔を押さえて再び俯いた。

 

「ごめん…」

 

 絵理沙の震える小さい声が聞こえた。

 野木の言う通りだ。本当に今日の絵理沙はおかしい…

 俺が正雄と偽装カップルになった事がそんなに嫌だったのか?それとも何か別の理由でもあるのか?絵理沙に何て声をかけていいのか解らない。

 

「絵理沙…」

 

 野木はゆっくりと立ち上がり、そして絵理沙の横へ行くと絵理沙の肩に優しく手をおいた。

 

「お姉ちゃん…何でだろう…どうしてこうなったんだろう?私おかしいよね……解ってるの……こんな事じゃ駄目なんだって。だからこそ私はこうならない様に努力してきたのに…何で?何で今日の私はこんなに変なの…」

 

 その時、教室の入口が『ガラガラ』と勢いよく開く。

 俺は入口の方へと視線を移す。するとそこには正雄が立っていた。

 正雄?なんてタイミングで来るんだよ…

 正雄は教室内の只ならぬ雰囲気に一瞬は驚いた様子だったが、すぐに冷静な表情に戻り扉を閉めて中に入る。

 

「綾香、何だよこれ」

 

 正雄は絵理沙達をじっと見ながら言った。

 

「正雄…いや…ちょっと色々あって…」

 

 正雄に何だよと言われても俺はうまく説明が出来ない。

 その時、野木は正雄に気がつき、顔を正雄の方へ向ける。

 

「誰かと思えば桜井君じゃないか…どうしたんだい?」

 

 野木はわざとなのか、普通にそう言った。

 その時、絵理沙が手の隙間から涙目で正雄を睨んでいるのに俺は気がついていた。

 やっぱり俺と正雄が偽装カップルになった事が嫌だったのか?

 

「綾香に用事があったんだが取り込み中か?それなら俺は今度にするが」

 

 正雄はそう言うとくるりと反転して教室のドアに手をかける。すると絵理沙が正雄を制止する。

 

「待って、貴方に話しがある!」

 

 絵理沙が強い口調でそう言うと、正雄は無言で再びこちらへ振り返った。そして絵理沙の横まで歩いて来る。

 

「話し?何だよ…」

 

 正雄は固い表情で絵理沙に向かってそう言った。

 すると絵理沙は野木の手を無理やり振り払い、そして体を左に回す。

 そして正雄の正面に立ったかと思うといきなり正雄の顔を両手で持った。

 絵理沙の突然の行動に正雄は焦った表情を浮かべる。

 

「おい、何をする気だ!」

 

 正雄は真っ赤な顔になりながら怒鳴った。だが絵理沙はまったく動じない。

 絵理沙は正雄の顔をぐっと自分に引き寄せると正雄の額に自分の額を付けた。

 

「おい、離せよ!」

 

 正雄はすぐに絵理沙の手を持ち離させようとしたがまったく絵理沙の手は動かない。

 そして二分が経過した時、絵理沙は『ふぅ』と溜息をつくとやっと正雄から手を離した。すると正雄は少しホッとした表情に戻る。

 

「おい…野木の妹…俺に何をしたんだよ…」

 

 正雄は自分の額を右手で触りながら言った。

 

「何って、貴方の心を見たの」

 

「心?」

 

「そう、心」

 

「……魔法かよ」

 

「似てるけど違うわ」

 

 絵理沙はそう言うと正雄に背を向けた。

 

「魔法じゃないのか?で、それで……何がわかるんだよ」

 

「……悔しいけど貴方の心は綺麗だった……私の想像していたよりもずっと良い人間だって解った。そして貴方には想い人がいるのも解った」

 

 正雄の眉が一瞬だがヒクリと動いた。

 俺は絵理沙の言葉に驚いた。正雄に好きな奴が居る?今まで正雄に彼女がいた気配はなかった。それはもしかして好きな女がいたからなのか?誰なんだ?

 俺の考えなど無視をして会話は続く。

 

「それで?」

 

「相手は悟じゃないわ」

 

「それがどうした」

 

「想い人がいるのに何で悟と偽装カップルになるの?そんな事をしても貴方の為にもならないでしょ」

 

 絵理沙は真剣な顔でそう言った。

 

「悟の為だ」

 

「何それ?自分の気持ちよりも悟を優先するの?」

 

「そうだよ……悪いのか?」

 

「悪いわよ!」

 

「何処が?」

 

「貴方が悟の為だって思っているその行動が…悟の心を……」

 

 絵理沙は言葉に詰まった。

 

「ふん……悟をこんな姿にしたお前がとやかく言う筋合いは無いだろ!」

 

 正雄は強い口調で言った。

 

「そ、それは……」

 

「お前は悟を一度殺しかけたんだぞ!」

 

「う……」

 

 絵理沙は何も言い返せない。そしてうつむおびえるように後すだりをする。

『ガシン』と音が聞こえたと同時に絵理沙は体勢を崩した。

 ソファーの角に足をぶつけてバランスを崩したらしい。

 絵理沙はその反動でガタンと床へ転がった。

 

「絵理沙!」

 

 俺は慌てて絵理沙を抱え上げた。どうしてだろう?体が勝手に動いた。

 床に倒れた絵理沙がとてもか弱い女の子に見えてしまった。

 

「大丈夫か?」

 

「悟……大丈夫…」

 

 いくら本当の事であってもそんなに直接的に言わなくってもいいじゃないか。

 正雄の言っている事は正しいかもしれない。でも……

 俺は正雄に言動に腹がたった。

 

「正雄、お前言いすぎだ!」

 

「なんだよ悟?まさかそいつをかばうのか?」

 

「ああ、俺は絵理沙をかばう!」

 

 正雄は呆れた表情で俺を見る。

 

「まったく……悟は甘すぎる。今お前が何故そんな姿になっているのかを冷静に考えろ。こいつらのせいだろ?そんな奴らに俺達の行動や気持ちまで干渉されたいと思うのか?俺は嫌だね。正直こいつらは信用が出来ない」

 

 野木はその台詞を聞き表情が一変した。

 そしてツカツカと正雄の前まで歩いて行くと胸倉をグッと掴む。

 

「桜井君、君の言っている事は正しい。確かに絵理沙は悟君に大変な事をしてしまった。それはお詫びをしても許して貰えないかもしれない。けれど絵理沙が悟君を元に戻したいという気持ちは本物なんだよ。絵理沙はあの事故をずっと悔やんでいたんだよ」

 

「悔やむだけなら誰でも出来る」

 

 正雄の首元を掴んだてがプルプルと震えている。野木が怒っている…

 

「絵理沙はな、自分の命を引き換えに悟君は元に戻れる方法は無いのかって魔法管理局に僕に内緒で問い合わせていたんだぞ!命を投げ出してまで悟君を元に戻したいって考えてるんだぞ!そんな事が誰にでも出来るのか?」

 

 知らなかった……絵理沙がそこまであの事故を悔やんでたとか……自分の命と引き換えに俺を元に戻せるか聞いていたかとか……

 抱きかかえた絵理沙の目を見ようとしたが、絵理沙は右腕で目を覆っていた。

 そしてすすり泣いている声が小さく聞こえる。

 

「野木先生、離して下さいよ……出来る出来ない以前に、悟を元に戻すのは当たり前の事じゃないですか?そうやってその女を哀れな女に仕立て上げるのはやめて貰えませんか?」

 

 正雄は冷静にそう言い返した。

 

「君はもっと理解力のある人間だと思っていた」

 

「俺は理解力はあると思っている。ただ、許されない事だって言っただけだろ。なあ悟。お前だって完全に許してる訳じゃないんだろ?」

 

 正雄にそう言われて、俺は泣いている絵理沙をじっと見た。

 確かに事故の後は確かに絵理沙がすごく恨めしかったし許せないって思っていた。でも徐々にそれは消えていった。

 逆に男に戻る為の努力。俺の妹まで探してくれている絵理沙や野木を見て、今は許してもいいと思っていた。

 そう、今の俺はこの絵理沙を完全に許しているんだ。

 

「お前らは悟の人生をボロボロにしたんだ!」

 

 正雄は野木を睨みつけながら怒鳴った。

 

「正雄、やめろ!」

 

「悟?」

 

「あれは事故だった!俺も悪かったんだ!入ったら駄目な教室に勝手に入った!正雄、聞け!俺はもう絵理沙や野木を恨んでない。許しているんだ」

 

「悟…お前…」

 

「だからもういい。言い合いしてる正雄や野木を見てると…俺が辛い…」

 

 やばい、目頭が熱くなっている。我慢しないと泣いてしまいそうだ。

 

「甘いな…馬鹿野郎が…情が移ったのかよ…」

 

「正雄…」

 

 いきなり俺の肩に重みがかかった。見れば絵理沙の左腕が俺の首を回っている。そして絵理沙は目を覆っていた右腕を退けると真っ赤な目で俺を見つめた。

 

「悟、桜井君の言っている事は正しいよ……いくら私が謝ってもそれで許される問題じゃない。そして私が悟達の行動に意見するのもおかしいし、気持ちに干渉するのもやってはいけない事……」

 

 絵理沙はテーブルに右手をかけて立ち上がろうとする。そして俺の首に回していた左腕を退けると絵理沙はゆっくりと立ち上がった。

 

 絵理沙は涙目のまま俺を見た。俺は絵理沙と視線が合った。

 すると絵理沙は頬を赤らめて俺に向かって微笑む。そして…

 

「私は悟が好き。大好きです」

 

 絵理沙の突然の告白に衝撃が走った!

 え?絵理沙?な、何を突然!?

 正雄もそして野木も驚いている。いや、野木は慌てていると言った方が正しいだろう。

 野木は正雄を掴んでいた手を離すと体を方向転換して絵理沙の方へ向ける。

 

「絵理沙!?」

 

 野木が動揺している。

 

「私はね、悟の心の色が変化するのを見てられなかったの…」

 

 え?俺の心が変化するって?何だ!?

 

「だからって…何でここで悟君を好きなんて言うんだ」

 

 野木は焦った口調で絵理沙に向かって言った。

 しかし絵理沙はまったく動じない。先ほどまでとは打って変わり、絵理沙の表情は何かを覚悟しているかのような落ち着いた表情になっていた。

 正雄はそんな絵理沙を無言でじっと見ていた。

 

「悟は茜ちゃんが好きなんでしょ」

 

 絵理沙は俺を見ながらそう言う。

 俺は絵理沙の突然の振りに驚いた。そして慌てて誤魔化そうとする。

 

「え!?な、何を言ってるんだ!?」

 

「誤魔化しても無駄だよ。だって私は魔法使いだよ。最初から悟が茜ちゃんを好きだって知ってたから」

 

 絵理沙はそう言いながら優しく微笑んだ。

 何てこったい…最初から俺が茜ちゃんを好きだってばれてたなんて…

 待てよ…という事は?絵理沙はそれを知っていて俺に?

 

「絵理沙?お前、俺が茜ちゃんを好きだって知っているのに…」

 

「そうだよ。知っているのに告白をした」

 

「えっと…」

 

「あのさ、私は悟君に屋上で告白した事があるよね」

 

「え?そうだっけ!?」

 

「悟は本気で受け止めてくれなかたけど、あの時も私は本気だった…ううん…私はずっと前から悟を本気で好きだった」

 

 ずっと前?何時から?

 

「で、でも…野木の言うとおりで何で今俺に告白とかするんだよ…」

 

 顔が熱くなる。またもや赤面だ。やばい、何だか冷静に考えられない。

 

「それはね…」

 

 絵理沙は今度は正雄の方を向いた。そして真剣な表情で話しを始める。

 

「桜井君、偽装カップルは選択肢としては間違っていなかったわ。貴方は悟を好きではないから偽装カップルが成立した。でもね、悟はそのせいで心が…」

 

 絵理沙はそれ以上言葉が続かない。そして両目を閉じて顔を俯けた。

 絵理沙は両手の拳をぐっと握りしてると体を震わせている。

 ぽたり…床に雫が一滴おちた…

 

「貴方のせいで悟の心は女に変化したのよ!」

 

 俺はその一言を聞いて焦りを感じた。

 

「俺の心が女にって……それってどういう事なんだ?」

 

「悟は…悟はね、知らず知らずに桜井君を好きになってたの……」

 

「え!?まさかそんな事は…」

 

 俺が?正雄を?俺は正雄を見た。正雄はまったく動揺していない。

 まさか…正雄は俺の気持ちに気がついていたのか?

 俺だけが気がついていなかった?自覚してなかった?でも俺は正雄の事は親友としか思っていない…

 正雄の顔をもう一度見る。

 おかしい、先ほどまで普通に見れていたのに顔が先ほどよりももっと熱くなった。そして鼓動までもが高まってゆく。

 え?何で?意識したら急に胸が苦しくなった……これって…俺は正雄が好きって事なのか?

 

「そんな表情かおをしないで!お願い!悟、心まで女の子になったら男に戻れなくなる気がする!だから男の気持ちを持った悟に戻って欲しい!その為だったら私はどんな協力でもする!だって私は悟が好きなんだもの!悟の役にたちたい!」

 

 絵理沙はそう言って俺に抱きついて来た。

 

「え!?絵理沙?」

 

 俺は動揺して動けなくなった。どうすればいいのかわからない。

 冷静な対応を取ろうとしても何も考えつかない。

 

「悟、悟…」

 

 絵理沙の告白。俺の心が女になる。俺は正雄が好き?絵理沙が抱きつく。

 あり得ない状況が連続で続いている。

 

「え、えっと……」

 

「戻って…戻ってよ…」

 

 絵理沙は俺の背中に回した両腕にぎゅっと力を込めた。

 

 絵理沙は一生懸命だった。一生懸命に俺の心を戻そうとしている。

 俺はぎゅっと絵理沙を抱き返した。

 

 絵理沙が、いや、女の子が俺を抱きしめて泣いている…

 こんな事は始めてだ……

 いい匂いかする……

 女の子の匂いだ……

 柔らかい……

 女の子の体だ……

 絵理沙の鼓動が俺の体に伝わる。絵理沙が緊張してるのが解る。

 俺の鼓動もそれにリンクしてどんどんと早く、そして強くなる。

 なんだろうこの気持ち…

 絵理沙は俺を好きだと言った。

 俺は…絵理沙の事をどう想っているんだ?

 

 どうなんだ?

 

 それから数分が経過した。

 絵理沙は落ち着いたのかゆっくりと腕を放した。

 

「悟ごめんね…私は駄目な魔法使いだから迷惑ばっかりかけてる」

 

「いや…別に…」

 

 俺は絵理沙の顔をまともに見れなかった。

 

「本当にごめんなさい…」

 

 絵理沙はそう言って教室を飛び出して行った。

 しかし俺は動けなかった。絵理沙を追っかける事が出来なかった。どうすればいいのか解らなくなっていた。そしてただ唖然として見ているだけだった。

 

「悟君」

 

 いつの間にか野木が目の前に立っている。

 

「一つ言っておくよ。絵理沙は君の事が好きだからこの世界に留まったんだよ」

 

「え?」

 

 好きで?それじゃあ夏休から絵理沙は俺の事が好きだったのか?

 おかしいだろ?だって好きになった原因がわからない…

 

「絵理沙は言ってた。悟君はすごい人なんだよって。上っ面だけ良い事を言うような人間じゃないんだ。心がとても綺麗でとっても強い人なんだって」

 

 心が綺麗……それって…ま、まさか…

 俺は夏休みに体験したある出来事を思い出していた。

 

「野木、ちょっと聞いてもいいか?」

 

「何だい?」

 

「もしかして……絵理沙って…夏休みに小さな女の子の姿で俺に逢った事があるか?」

 

 野木は小さく頷いた。

 

「そうだよ。君が夏休みの夜にコンビニで不良に絡まれている所を助けてあげた小学生の女の子。あれが絵理沙だよ。僕の薬で変身していたね…」

 

「やっぱり…そうだったのか…」

 

 そう…あれは俺が綾香になってから一週間位が経った頃だな。

 俺は綾香になってしまい家に引きこもっていた。

 しかしずっと引きこもっていると小腹も減る訳で…

 それで俺は少し離れたコンビニまで自転車で買い物に出かけた。

 近くにもコンビニがあるのに、何故かその時はそこに行きたいと思わなかった。

 

 少し遠めの学校近くのコンビニに着くと何処からとも無く子供の声が聞こえた。そして男の声も。

 まさか?俺は声の聞こえる方へ行く。すると小学生位の女の子が高校生位の男二人に絡まれている。

 高校生はどうやらうちの学校の生徒じゃなさそうだ。

 そして俺は助けるなんてしなきゃいいのについその子を助けてしまった。

 運よくその不良っぽい高校生二人はめっちゃ弱くって、俺の放った突き二発で終わった。

 

 助けてあげた女の子は俺をじっと見ていた。そしてまるで俺を知っているのかの様に驚いていた。でも俺には見たことも無い女の子。

 女の子は俺と目が合うと、すぐに視線を逸らす。そしてソッポを向いたままお礼を言うとその場を立ち去ろうとした。

 しかし何故かまたその場所に戻って来た。そして俺に聞いてきた。

 

「明日もこの時間にここに来る?」

 

 俺は変な子だなと思ったが、どうせ暇だし……「来るかもね」と答えた。

 

 翌日の夜。俺は再びそのコンビニに行った。

 俺って何て律儀なんだろう。もしかすると女の子は来ていないかもしれないのに…

 コンビニに到着。するとまたしても不良に絡まれている小学生が……昨日も絡まれて、また今日もか…

 俺はかなり呆れたが、その女の子を再び助けた。

 だいたい夜の十時にコンビニに来るからこんな目に合うんだよ。

 その女の子に俺は少し強い口調で『こんな時間に来るから駄目なんだ』と言った。

 しかし女の子にまったく反省の色は見えない。

 それ所かその女の子は俺に変な事を言ったんだ。

 

「頭を下げて」

 

「頭を?」

 

「うん」

 

 俺はその子の言う通りに頭を下げた。するとその子はいきなり自分の額を俺の額につけた。

 

「何をするんだ?」

 

 俺がそう聞くと女の子は言った。

 

「お姉ちゃんの心が見たいの」

 

 心?心ってそんな簡単に見れるものなのか?まぁ小学生だし、変な占いでも信じているのか?

 その時はそんな事を考えていた。

 

「目を閉じて…」

 

 女の子に言われるがままに俺は目を閉じた。

 すると不思議な気持ちになる。暖かい気持ちに…女の子の額から俺の額へと温もりが伝わってくる。そしてその温もりは不思議に全身を巡った。

 女の子はゆっくりと額を離す。そして俺も目を開けた。

 目の前の女の子はきょとんとした表情で俺を見る。そして言った。

 

「最近、何か悪い事はなかった?」

 

 悪い事?何で突然?やはり占いか?

 

「あったと言えばあったかもしれない」

 

「それって辛い事じゃないの?」

 

 また変な質問をされた。俺はあの事故を思い出す。

 確かに辛いが、くよくよしてはいられない。

 

「そうだね。でもそれを乗り越えて行かなきゃいけないの」

 

 俺は小学生相手だと思ってかっこよくそう言った。

 すると目の前の女の子は笑顔で言った。

 

「すごいね!」

 

「え?」

 

「だからこんなに澄んだ心をしてるんだ!」

 

「え?澄んだ心?」

 

「うん…澄んだ心をしてる…」

 

「あ?そうなんだ?」

 

 澄んでいる心の意味が解らなかった。

 それって何だろうか?いい人って意味なのか?小学生相手に追求する気にもなれず、俺はその時は軽く受け流した。

 

 その後に少し聞こえてきた言葉…

 

「貴方は強いんだね…私よりもずっと…」

 

 わずかに聞こえた言葉は大人っぽい口調だった。

 

 それから俺はその女の子と仲良くなった。

 女の子はそのコンビニに、それも夜の十時になると何度もやって来た。

 俺も何故だか狙うようにその時間にコンビニに行った。

 逢うようになって五回目だっただろうか?女の子は寂しそうな笑顔で言ったんだ。

 

「もう逢えないんだ」

 

「え?引っ越すの?」

 

「ここへ来るのも今日で終わり…私は遠くにいっちゃうから」

 

「そっか…」

 

「……今までありがとう!お姉ちゃんのお陰で私…がんばれそう…」

 

「そ、そう?」

 

「うん…じゃあね…バイバイ」

 

 その言葉通り、その子とはそれから二度と会う事は無かった。

 

 まさかその女の子が絵理沙だったなんて。

 コンビニで助けた時に俺を知っていたのは当たり前だ。そして目を合わせなかったのも納得だ。

 でも何故だ?何故あの時に「明日もこの時間にここに来る?」って聞いたんだろう。

 もしもあの日、俺がコンビニに行かなかったらどうなっていたんだろう?

 絵理沙はこの世界には残ってなかったのか?

 俺を好きになったりしなかったんだよな?

 複雑な気持ちになる……

 

「悟君、絵理沙は君が好きだ。でも僕達魔法使いはこの世界の人間とは結ばれる事は出来ないんだよ。だから…僕は絵理沙を魔法世界へ戻そうとした」

 

「でも絵理沙は今現にこの世界に残っているじゃないか」

 

「ああ、それが絵理沙の出した答えだったから」

 

「答え」

 

「絵理沙は君が元に戻るまで、この世界に残りたいと言った」

 

「野木!俺ってどうすればいいんだ?」

 

「そうだね…」

 

 野木は腕を組むと天井を見上げる。

 

「あの子は強情だ。僕が説得しても魔法世界には戻らないだろう。だから…絵理沙を今まで通り見守ってやって欲しい」

 

「でも…そんな簡単に言われても」

 

「大丈夫、君なら出来るよ……おや?」

 

 野木が俺を見て首を傾げた。

 

「何だよ?」

 

「いやね…ちょっといいかな?」

 

 野木は俺の横までやってくると絵理沙と同じように額を俺の額につけた。しかしそれは一瞬で、すぐに野木は額を離した。

 

「な、何するんだよ!また心の色とかを見たのか?」

 

「嘘だ…何でまた心の色が元に戻ってるんだ?何でこうも簡単に変化するんだ?」

 

 野木は信じられないという表情で俺を見た。

 

「色が戻った?それってどういう事だ?」

 

 正雄は冷静に言った。

 

「それは悟の心がまた男に戻ったって事だろ?」

 

「え!?そ、そうなのか?」

 

「そうなんだ…確かに戻っている…何故だ?僕達魔法世界の人間はこんなに簡単に心の色が変化する事は無いのに」

 

 頭を抱える野木を見て正雄は言った。

 

「俺達は野木先生の言うこの世界の人間です。野木先生の世界の常識が俺達の世界に全てが通用するとは限らないでしょ」

 

 野木はハッとした表情になる。

 

「そうか…なるほど…僕達は容姿で人を好きにはならない…その人の持つ心に惹かれる…しかしこの世界の人間は人の心なんて見えない。だからこそ容姿や相手の反応、そして他の数多くの要因によって恋愛をするんだ…」

 

「そう、野木先生達、魔法使いと俺達は違うんですよ」

 

「理解が出来たよ……そうか!これで…絵理沙は喜ぶよ。そして僕も嬉しい」

 

 野木は笑顔になると俺を見ながらそう言った。

 

「え?な、何で野木まで嬉しいんだよ」

 

 野木に笑顔で見つめられて、俺は少照れた。

 そしてついし下らない質問をしてしまった。

 

「え?あ、えっと、僕は絵理沙が喜ぶから嬉しくって…あれ?僕は何でそんな事を言ったんだろう?」

 

 野木は少し頬を赤く染めてそう言った。

 

「まさか野木先生まで悟を好きになったなんて無いですよね?先生は男ですし」

 

 正雄がそう言うと野木は一瞬ビクリとした。俺はそれを見逃さなかった。というか見逃せばよかった…何だ?あの反応は…

 

「変な事を言うな、僕が悟君を好きになる訳が無い」

 

 野木は真顔でそう言った。

 そして「僕は絵理沙を追いかけるよ」と言って教室を後にした。

 

 教室には俺と正雄の二人が残った。

 

 続く

魔法使いと人間との恋愛感情の違いに気がついた野木。そして野木は絵理沙を追ってゆく。特別実験室に残った綾香(悟)と正雄、そして野木と絵理沙。また、ここに何者かが!?そして告白した絵理沙と綾香(悟)はどうなるのか?次回以降のお楽しみ!と予告っぽいものを書いてしましました。

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