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第26話 心の色 前編

お待たせ致しました。久々の更新となります。後編も早めに執筆を目指します。宜しくお願いします。

 色々な事があった祝日は終わった。そして今日からまた学校が始まる。

 今日は朝から気分がいい。俺は綾香になって初めて学校に行きたいと思っている。

 こんな気分になった事は綾香になってからは一度も無かった。

 綾香になってから今日までは学校をサボる事は無かったが毎日が面白いって訳でも無く、茜ちゃん達と話すのは楽しかったが、たまに女子特有の会話に理解ができずに疲れる事もあった。

 今までで唯一楽しいと思えたのは……あれ?楽しいと思えたのは?

 俺の脳裏には野木の顔が浮かぶ。

 まてまて!何でアイツの顔が……

 そりゃまぁアイツは女の癖に男の事もよくわかってるから話やすかったけど……だけどすぐに胸を触るし、イヤラシイ発言はするし!

 俺は頭をプルプルと左右に何度か振り深呼吸をした。

 折角気分が良いのに野木の事を考えるなんて俺って何さ。

 しかしその件は別にして朝からとても気分がいいな。何かがふっきれたような感じがする。

 それはきっと昨日のあの出来事のせいだな。

 そのお陰で俺は今日から気兼ねなく正雄と話しをする事が出来る。

 親友と気兼ねなしに付き合えるというのがこれ程までに嬉しいとは思って無かったな。

 

 しまった。もうこんな時間じゃないか!

 俺は自転車に乗ると鼻歌交じりに通学路を学校へと向かった。

 

 ☆★☆★☆★☆★

 

 俺は教室の中へと入った。教室を見渡すと少し家を出るのが遅れたせいかクラスメイトのほとんどが教室の中にいて室内はガヤガヤと賑わっていた。

 今日は気分もいいし…よし、ここは一発元気に挨拶でもしとこっと。俺はそんな事を考えながら教室を見渡した。

 ええと…一番近い場所にいるのは…佳奈ちゃんかな。

 俺は友達と話をしている佳奈ちゃんの後ろにそっと立つ。そして佳奈ちゃんの背中をドンと押しながら挨拶をした。

 

「おっはよう佳奈ちゃん!」

 

「うわぁ!え?」

 

 突然挨拶をされた佳奈ちゃんは驚いた表情で俺の方へ振り向いた。

 

「おはよう佳奈ちゃん」

 

「あ、綾香かぁ…びっくりしたなぁ…」

 

「あ…ごめんね、別に驚かそうと思ってた訳じゃないんだけど。あ、話しの途中だったかな?邪魔しちゃったね。じゃあまた後でね」

 

 俺はそう言って今度は真理子ちゃんの席へと移動した。

 

「おはよう真理子ちゃん!」

 

 今度は真理子ちゃんを驚かさないように普通に挨拶をした。

 

「おはよう綾香。今日はやけに元気だね?」

 

「え?そうかな?あ、茜ちゃんにも挨拶しないと。またね」

 

 茜ちゃんを探すと茜ちゃんは窓際で外を眺めていた。俺は茜ちゃんの横まで移動する。

 そんな俺を真理子ちゃんはずっと目で追っている。何だろう?まぁいいか…

 俺は茜ちゃんの横まで行くと肩をぽんと叩きながら挨拶をした。

 

「茜ちゃん!おはよう!」

 

「あ、え?お、おはよう」

 

 不意をついた訳でもないが、茜ちゃんも佳奈ちゃんと同じく俺が突然挨拶をして驚いた様だ。

 

「あれ?驚いた?ごめんね。で、茜ちゃんは何を見てたの?」

 

 そう言って俺は茜ちゃんが見ていたであろう中庭を覗いて見てみた。しかし中庭には誰もいない。

 

「誰も居ないよ?」

 

「べ、別に何も見てないよ。ちょっと考え事をしていただけ」

 

「考え事?って何を?」

 

「な、何でもないよ」

 

 茜ちゃんは少し動揺した口調でそう言って微笑む。

 

「そ、そういえば綾香、今日はやけに元気だね?」

 

「え?そうかな?」

 

「うん」

 

「今日は気分が良いからかな?」

 

「確かにすごく気分が良さそうに見えるけど…もしかして何かあったとか?」

 

「え?何かって?」

 

 鋭いな、茜ちゃんは…何かあったといえばあったけど、ここで話すのはちょっと早いよな。

 

「昨日とか良い事があったとかさ」

 

「いや別に無いよ。あ、えっと私は席に戻るね」

 

 俺はそう言ってその場から逃げ出した。自分の席へ戻る途中に再び教室の中を見渡した。まだ絵理沙が来てない。

 絵理沙にも挨拶したかったけど来てないものは仕方ないか。そう思って席につくと、それと同時にタイミング良く教室の入口から絵理沙が入って来た。

 お、やっと絵理沙が来たぞ。それにしても相変わらずギリギリだよな。

 家はここから数分もかからない場所なのにな。って…毎朝あそこから出て来てよくバレないよな…

 そんな下らない事を考えているうちに絵理沙は自分の席についている。

 おっと、挨拶、挨拶…

 俺は絵理沙の方を見る。絵理沙は『何よ?』と言わんがばかりの表情で俺を見る。

 

「絵理沙ちゃん、おはっよー」

 

 俺は満面の笑み(自称)で挨拶をしてやった。すると絵理沙は今度は『本当に何があったのよ?』言わんがばかりの苦笑を浮かべる。そして絵理沙の表情は苦笑から徐々に疑念の表情へと変化する。

 あれ?何だよその顔は…俺は折角満面の笑みで挨拶してやったのに何故そんな顔をする。

 絵理沙は鞄を席の横にかけると俺の肩をポンポンと叩く。

 

「何だよ?」

 

 俺が思わず男口調でそう言うと絵理沙は椅子からのり体を出して、小声で話かけてきた。

 

(ちょっと口調…っていうか何よ、挨拶するなんて気持ち悪い…)

 

 やっぱり口調を突っ込まれた…やばいな。昨日あんなに男口調で話をしたからか油断をすると男口調になるな。注意しよう…っていうか気持ち悪いって失礼だな。

 

「ごほん…挨拶したら何か問題でも?」

 

 絵理沙の小声に対して俺が普通に答えると絵理沙は首を傾げる。

 そして絵理沙も普通通りに話しを始める。

 

「……問題でも?じゃないわよ。どうしたのよ?何だかいつもと様子が違うし」

 

「え?そうかな?別に普段と同じだと思うけど?」

 

「全然違うわよ…そう…何かこう…」

 

 あれ?絵理沙も今日の俺が変だと思ってるのか?でもまだ正雄との事は話したくないし、ここは誤魔化すか。

 

「全然違う?そうかな?ああそっか、今日は気分が良いからかな?」

 

 絵理沙は眉間にしわを寄せて俺を更にじっと見ている。

 

「綾香、その気分が良くなった原因って何なの?」

 

 突然茜ちゃんの声が聞こえた。

 

「え!?」

 

 俺は慌てて声のした正面を向いた。するとそこには茜ちゃんが立っている!?

 

「ねえ綾香、やっぱりそのハイテンション具合はおかしいよ。何かあったんでしょ?」

 

 何だこれ…茜ちゃんのまさかの追撃!?

 

「え?いや、え?茜ちゃんこそどうしたの?腰に手なんかあてちゃって」

 

「今は私が質問してるの。ちゃんと答えて。何かあった?もしかして私には言えない様な事なの?」

 

「え?な、何でそうなるのかな?」

 

 茜ちゃんは今度は俺の机に両手を『ドン』とついて尋問を…じゃない質問を始めた。

 

「綾香!隠しても無駄よ!さあ吐きなさい!何があったの?」

 

 ちょっと待って!どうしてこうなったんだ?何で俺が取り調べみたいな事をされなきゃいけないんだよ。

 どうしよう…何かあったの?と言われれば何かあったのは事実なんだけどな…

 このシチュエーションで正雄と偽装カップルになったとかすっごく話ずらい。

 別に茜ちゃんに秘密にしたいと思っている事じゃないけど、まだ話したくないんだ。よし、ここは適当に誤魔化すぞ。

 

「え?別に何も無いよ?」

 

 俺がそう言うと茜ちゃんは目を細めて俺を見る。

 

「綾香…私は誤魔化されないよ?」

 

 げふん!誤魔化されないって…俺が誤魔化そうとしているのがバレてる?

 

「そのテンションの高さの原因は何なのかなぁ?今日の綾香って絶対に怪しいよ」

 

 何か茜ちゃんがシツコイぞ…しかし今日の俺ってそんなに言うほどハイテンションか?そりゃ昨日は正雄と遊べてすっごく楽しかったし、これから先は気兼ね無く正雄と遊べるから嬉しいけど…

 だから今日は朝から元気なのは本当の事…だから皆にも元気に挨拶しただけなのに。もしかしてそれがマズイかったのか?

 

「だから、何も無いって言ってるでしょ?」

 

「ねぇ綾香、もしかして彼氏が出来たとかじゃないわよね?」

 

 今度は真理子ちゃんの声が聞こえた。

 いつの間にか真理子ちゃんまでもが俺の机の前に来ているじゃないか。

 そして真理子ちゃん後ろには、心配そうな顔をした佳奈ちゃんの姿まで見える。

 綾香の仲良し四人組が全員集合かよ。しかも何て質問をするんだ真理子ちゃんは!

 

「あれ?否定しないって…まさか本当に彼氏が出来たの?」

 

 し、しまった!すっかり否定するのを忘れてた!

 

「い、いや、そ、そんな訳ないじゃん」

 

「で…相手は誰なのかな?」

 

 ちょっと真理子ちゃんまでシツコイぞ。

 

「ま、真理子ちゃん…」

 

「誰なの?」

 

「茜ちゃんまで…」

 

 真理子ちゃんに茜ちゃん、俺に彼氏が出来たってもう確定なんですか。

 

「だ、だから彼氏なんて…」

 

 俺の話し中に真理子ちゃんの後ろから佳奈ちゃんの大きな声が聞こえる。

 

「あ、綾香にか、か、彼氏なんて出来るはずないでひょ!ふ、二人とも何を言ってるの」

 

 顔を真っ赤にさせてそう言った佳奈ちゃんの声は途中で裏返り、そしてクラス中に響いた。必然的に俺はクラス中の注目の的になる。

 ま、待て!佳奈ちゃん突然何を言うんだ。もしかしてそれはフォローのつもりなのか!?しかし全然フォローになってないよー!

 

「か、佳奈どうしたのよ?声が裏返ってるし。それにおもいきり動揺してる?何?あ!もしかして綾香に彼氏が出来たっていう事実を隠そうって思ってる訳なの?」

 

 真理子ちゃんは佳奈ちゃんに向かってそう言った。

 すると佳奈ちゃんは何も答えられずに顔を赤くしたまま口をパクパクとしている。

 何かもう隠してても駄目な気がしてきた…しかし偽装とはいえども俺に彼氏が出来たのは間違いないんだよな。っていうか正雄を彼氏とか考えるのはキモイか。でも恋人よりはマシだよな?正雄に対して恋なんてしてないしな。

 もういい。今日は話すのは止めておこうと思ったけど、いつかは話さないと駄目な事だったんだ。覚悟を決めて言うぞ!小声で…

 

「えっと…出来たかも」

 

 俺が小さな声でそう言うと四人は驚きの声を上げた。佳奈ちゃんは何で言っちゃうのって顔をしている。というかあんなに疑っていたのに何故驚くんだよ!

 

「ちょ、ちょっと!そんなに大声を出さないでよ」

 

 俺は慌ててそう言った。

 くそ、ヤバイ位に顔が熱くなってきたぞ。きっとまたしても赤面してる。

 

「綾香!?彼氏って意味わかってるの?」

 

 真理子ちゃんが俺の机の上に両手をついて問いただしてきた。

 

「意味?わ、わかってるよ」

 

「ちょっと待ってよ。いつの間に彼氏なんて出来たのよ?相手は誰なの?もしかしてあの空手部の…えっと、そう、清水先輩なの?」

 

「え?えっと…」

 

 おかしい…俺が彼氏が出来たと言った途端に佳奈ちゃんを除く三人の態度と表情が明らかに変化してる。

 という事は『彼氏が出来たの?』って言われたのは単純に吹っかけられてただけなのか?そう考えるとこれはいわゆる自爆って奴ですか!?

 

「綾香、相手は誰?私も知りたい!」

 

「あ、茜ちゃん…」

 

 茜ちゃんも机の上に身を乗り出して俺に迫ってくる。完全に自爆らしい…

 しかしここまで驚かれると顔の熱さも引いて妙に冷静になってくるな。

 相手ね…ここまで来たらここはきちっと正雄だって言うべきかな?

 その時、俺の脳裏に大二郎の顔が思い浮んだ。

 そういえば大二郎はどうするんだ?考えてみればまだ大二郎とまだデートしてなかったじゃないか。ここで彼氏が出来たって宣言をしてしまった今、否応いやおうでも大二郎の耳には入るだろう。

 大二郎が俺に彼氏が出来たとか知ったらどう思うんだろう?

 付き合えない!とか言ったのに正雄とは付き合うとか。俺が大二郎の立場だったらすっごく嫌だな…っていうかムカツクかもしれない。

 そう考えるとやっぱり大二郎とのデートが終わるまでは彼氏は居ないって事にした方がよかったのか?そうだ。その方が良かったに決まってる。でも今からやっぱり嘘とか言っても信じてくれるのか?

 考えるよりは行動か?実際に言ってみるしかないか。

 

 よし…がんばって作り笑顔…で…

 

「皆、騙されたね!彼氏が出来たなんて嘘に決まってるでしょ!私に彼氏なんて出来るはずないじゃん!ははは」

 

 俺は満面の作り笑顔でそう言った。俺がそう言うと絵理沙を除く三人がきょとんとした表情で俺を見る。

 

「へ?嘘なの?え?あ…そ、そうなんだ」

 

 真理子ちゃんは力が抜けたのか、そう言うと『ふぅ』と溜息をついた。

 よし、真理子ちゃんは嘘だと信じたみたいだぞ。

 

「綾香?え?嘘なの?そ、そっか。そうだよね!」

 

 茜ちゃんもクリア出来たかも。よし、このまま嘘だと押し通そう。

 

「でも、佳奈のあの動揺は何だったの?」

 

 茜ちゃんは佳奈ちゃんに向かって聞いた。

 

「え?あ…な、何でだろ?ハハハ?あれじゃん?人間は考える動物だし」

 

 佳奈ちゃん、それって意味わかんないよ…そっかいまだに動揺してるのか。ここは俺がフォロ-を。

 

「まぁまぁそれは置いておいてさ、私に彼氏が出来たら皆にちゃんとみんなには報告するから」

 

「うん、わかった。でも本当にびっくりした。綾香に彼氏がマジで出来たのかと思った」

 

 茜ちゃんは腕組みをしながらそう言った。

 

「そうよね、男の気配がまったく無かった綾香だもんね。本当にびっくりしたわ」

 

 真理子ちゃんは笑顔で俺を見ている。

 

「でも何で私に彼氏が出来たんじゃないの?とか聞いたの?」

 

「え?だって髪を切ったとか、化粧品を変えたとか、やけにハイテンションとか、何か変化があった時にはまず彼氏が出来たのかを疑うのが一般的でしょ?」

 

 真理子ちゃんはそう言って茜ちゃんと顔を見合わせる。茜ちゃんもこくりと頷いた。

 

「へ?そんなもんなの?」

 

「うん。だって何かのイベントが発生していないのに今までやってきた事が急に変化するはずないでしょ?」

 

「そっか…なるほどね…でも私は今日たまたま調子が良かったから挨拶しただけだから」

 

 その時、突然『ガタン』と大きな音がした。俺は音の方向を見た。すると絵理沙が真剣な顔をして立ち上がっている。

 

「さっきの綾香ちゃんの彼氏の件だけど…私には嘘には聞こえなかったよ…」

 

 絵理沙は俺をまるで睨むような強い目つきでそう言った。その顔は何かを確信したような顔にも見える。

 

「な、何を言ってるの?私に彼氏とか出来るはずないでしょ」

 

「へぇ…それじゃ何で最初から『違うよ』って言わなかったの?綾香が先に私達に『彼氏が出来たよ』とか言った上ですぐに『さっきのは嘘だよ』って言うのなら信じられるけど、あの時の綾香は『出来たかも』とかすごく半端な答え方をしていたでしょ」

 

 やばい…何でそんなに冷静に突っ込むんだ。絵理沙は俺の味方じゃないのか!?

 それに綾香って呼び捨てになってるじゃないか。ってそれは関係ないか…しかし、くそ…どう答えればいいんだよ。

 

「え、えっと…それは…そう言った方がより嘘だとバレないかと思って…」

 

 やばいな…俺は今すごく動揺してる…

 

「の、野木さん、そ、それは綾香が恥ずかしがりやさんだから。あれ?」

 

 佳奈ちゃんがまたフォローを入れてくれているがまたもや意味がわからない。まったくフォローになってない!逆に危険になっている気がする。

 

「杉戸さん。もしかして杉戸さんは綾香に彼氏がいるって知ってて綾香をフォローしてあげているの?」

 

 絵理沙の一言で佳奈ちゃんの顔は再び真っ赤になった。

 駄目だ、そんな顔をしたら駄目だよ佳奈ちゃん!そうだよって言ってるようなもんだぞ!

 

「わ、わ、私は別に、綾香のとかれれあ、ああの知らない!」

 

 動揺した佳奈ちゃんはまったくろれつが回らなくなっている。

 ああ、もう駄目なのかもしれない……っていうか駄目すぎ。

 そしてその時、俺に止めを刺す人物が教室の入口に現れた。

 

「おい!綾香いるか?」

 

 この声は…ま、まさか!

 そう!教室の入口に現れたのは正雄だった!それも俺の事を綾香とか呼び捨てにしてるし!

 教室にいたクラスメイトは一斉に正雄の方を見る。

 

「綾香?いないのか?」

 

 何でこんなタイミングで来るんだよ!

 やばい、顔がどんどんと熱くなってきた。また赤面してるよ…どうしようこれ…

 とりあえず俺は正雄に見つからないように真理子ちゃんの影に隠れる。

 しかし正雄は教室を見回すとすぐに俺を発見したらしく手を振った。

 

「いるじゃないか。おーい綾香」

 

 正雄は笑顔で俺に向かって手を振っている。

 くそ恥ずかしいから手を振るな!

 俺は慌てて正雄の元へと走って行った。

 

「ちょ、ちょっと何で教室に来るんだよ!」

 

「ん?自分の彼女の教室に来たら何かまずいのか?」

 

「ば、馬鹿!今ここで彼女とか言うな!今ちょっとヤバイんだよ!修羅場なんだよ!誰かに聞かれたらどうする気だ…」

 

「え?そうなのか?でももう遅いと思うけどな」

 

 正雄はそう言うと俺の背後へ視線を移した。俺も正雄の視線を追う。すると後ろには真理子ちゃんが立っていた。

 

「へぇ…そうなんだ…さっきの彼氏がいないって言うのは嘘だったんだね…」

 

 俺の後ろには真理子ちゃんだけじゃなく、茜ちゃんも絵理沙も佳奈ちゃんも立っていた。そしてクラスメイトの全員がそうだったのかという目で俺達を見ている。俺は慌てて視線を正雄に戻した。

 

 くそ…終わったな…

 

「…ちょっと空気が読めてなかった。綾香、すまん」

 

「もういいです…」

 

 正雄はゆっくりとクラスを見渡した。

 

「しかしいずれバレる事なんだ。思った程は騒ぎになってないようだしいいだろ」

 

「俺、じゃない…私は全然よくないんだけど…」

 

 ああ、この後で俺はどうなるんだろうか…思い切り嘘をついてしまったのがバレたし。

 

「とりあえずスマンな…」

 

 もう謝っても遅い。

 

「で、何の用事でしょうか…」

 

 正雄は周囲の雰囲気を気にしたのか、中腰になり俺の耳元で「要件は放課後に特別実験室に来た時に話す」と言って去って行った。

 正雄は気を利かせて耳元で話したのかもしれないが、その動作はクラスメイトには彼氏が彼女に何かを語ったようなシチュエーションにしか見えていないはず。

 後ろから聞こえるクラスメイトのどよめきがそれを物語っている。

 いいさ、いいさ、どうせバレる事だったんだ。しかしこのバレ方は無いよな…

 

「ふぅ…」

 

 自然と大きな溜息が出る。

 くそ…教室がガヤガヤと騒がしいし。あー振り返りたくねー!

 俺は恐る恐る体を反転させた。すると知らない間に真理子ちゃん達ではなくクラスメイトに囲まれているじゃないか。

 

「お、おい!姫宮って桜井先輩と付き合ってるのかよ?」

「ねえ!いつから付き合ってるの?先輩、綾香ちゃんを彼女って言ってたよね?」

「何、何?どうやって桜井先輩と付き合えるようになったの?教えてよ!」

「すごーい!綾香って進んでるんだね!」

「姫宮ってやるなぁ!」

「綾香、やっちゃったの?ねえ!もうやっちゃった!?」

 

 俺はクラスメイトの怒涛の質問及び無駄な下ネタ含みの攻撃を受ける。

 

「ちょ、ちょっと待ってぇ!」

 

 俺は何とかその場から移動しようとしたが、取り囲まれて移動すら出来ない。

 その時、真理子ちゃんの声がクラス中に響いた。

 

「煩いわよ!もう直ぐホームルームが始まるんだから全員席に戻ってください!綾香がだれと付き合おうが皆には関係ないはずです!はいはい!終わり終わり!」

 

 先ほどまで俺に彼氏が出来たんじゃないのかって言っていたはずの真理子ちゃんが、知らない間に教壇に立ってクラスメイトの皆に向かって怒鳴ってくれた。

 茜ちゃん達も知らない間に自分の席へと戻っている。

 真理子ちゃんの掛け声で俺を取り囲んでいたクラスメイトの皆も渋々自分の席へと戻ってゆく。

 ふう…また真理子ちゃんに助けられた。

 真理子ちゃんは自分の席に戻る途中で俺の横まで来る。そしてこう言った。

 

「綾香、後で詳しく聞かせて貰うからね」

 

 俺は苦笑のまま頷いた。

 やっと自分の席に戻れた。しかし何か横からの視線が痛い…

 視線の元であろう絵理沙を見ると、すごい形相で俺を睨んでいる。超機嫌が悪そうだ。

 絵理沙だけじゃない、真理子ちゃんも、茜ちゃんも、自分の席から俺の方をじっと見ていた。

 やっぱり変に問題が大きくなった気がするぞ。途中から嘘なんてつくんじゃなかった…

 これだったら彼氏が出来たって言い切った方が楽だったな。

 

 そして昼休み。

 

 俺は真理子ちゃん達に呼び出されて中庭のベンチへ行く。そこで正雄との経緯を話すはめになった。

 もちろん正直にあったままを話した訳ではない。教えたのは成り行きで正雄から告白されてOKしたという嘘だ。流石にこの嘘はバレなかった。

 佳奈ちゃんは真理子ちゃんと茜ちゃんに責められつつももう少し上手にフォローしなよと言われていた。俺もそう思った。

 しかしそこに絵理沙の姿は無かった。誘わなかった訳では無い。茜ちゃんがちゃんと誘っていた。それを俺も横でちゃんと聞いていた。そして『行くね』と言っていたはずなのに…

 俺は妙にその事が気にかかった。

 そして放課後を迎える。

 

 今日の授業はまったく頭に入らなかったな。

 普段の授業も頭に入らないが、今日はそれとは比にならないくらいに頭に入らなかった。

 俺は絵理沙が昼休みにあの場所にいなかった事が気になったままだ。

 ちらりと絵理沙を見るが朝から一度も目を合わせてくれない。怖い…

 今日はもう話も出来ないのだろうと気持ちが落ち込んだまま帰り支度を始める。すると突然グイ!っと俺の手を誰かが引っ張った。

 俺は慌てて手を引っ張っている人間を確認する。それは絵理沙だった。

 絵理沙はムッとした表情で俺の手を強引に引っ張っている。その力はかなり強く、俺はこけそうになりながら席から立ち上がった。

 

「え、絵理沙?何だよ!まだ帰り支度が済んでないのに!」

 

「そんな事は今はどうでもいい!」

 

 先ほどまで顔すら見てくれなかった絵理沙が、いつもであれば俺の事なんて無視して真っ先に教室を後にする絵理沙が、今日は真っ先に俺を教室から連れ出す。

 

「来て!」

 

「ちょっと引っ張らないでよ!」

 

 廊下に出ても絵理沙はグイグイと俺を引っ張る。目的地はだいたい予測がつく。

 絵理沙は俺の手をぐいぐいと引っ張ったまま予想通りに特別実験室に俺を連れ込んだ。

『バシャン!』

 絵理沙は力任せに入口の引き戸を閉めた。相当に機嫌が悪そうだ。

 俺はとりあえず特別実験室を見渡した。特別実験室には野木の姿は無く、蛍光灯もついていない。

 

「こっちに来て!」

 

 絵理沙は俺を再びグイ!っと引っ張った。そして中央にあるソファーの横まで移動する。

 少し薄暗い部屋の中央で絵理沙は俺の両肩をぐっと掴む。そして俺はそのままソファーに押し倒された。

 

「な、何するんだよ」

 

 絵理沙は両肩を持ったまま俺を押さえつける。ソファーが俺達二人の重さでふわりと凹んだ。そのせいもあり俺の体はソファーにめり込んで動かせない状態になる。

 この状態って何だよ…俺は自分がかなり動揺しているのがわかった。

 

「え、絵理沙どうしたんだよ?」

 

「じっとしててよ!」

 

 絵理沙はそう言うと俺の額に自分の額をつけて目を閉じた。

 

「な、何する気だよ」

 

 俺は体をジタバタと動かしながらそう言うと絵理沙は小さな声で言った。

 

「黙ってじっとしてて…お願い…」

 

 俺は絵理沙のその悲しそうな声を聞いて抵抗するのを止めた。そして俺も目を閉じた。

 額から絵理沙の額の温もりが伝わってくる。そしてその温もりは不思議に全身を巡る。

 何だろう…この感じ…前に一度体験した事がある…

 いつだったっけ…そうだ…夏休みだ…確か小学生くらいの女の子に今の絵理沙と同じような事をされた気がする…

 何でその時と同じ感じがするんだろう…不思議だ…

 俺の脳裏にその時の女の子の姿が思い出される。

 茶色の髪に茶色の瞳…絵理沙に似た確か女の子…え?絵理沙!?いや、違う…あれは小学生だったはず…他人のそら似って奴だよな?

 そうだ…その時にその女の子は俺に言ったんだ。

『澄んだ心をしてるね!』って…

 

「澄んだ心のままだね…」

 

「!?」

 

 絵理沙の台詞に俺は動揺した。そしてあの時の女の子と絵理沙が重なった。

 

「え、絵理沙?今の台詞…」

 

 今確かに絵理沙は『澄んだ心のままだね…』と言った。ままだねって言う事は…

 まさか…本当にあの時の?聞くべきか?いや…どうする…

 

「でも…色が違うの…」

 

 俺が質問をするか迷っていると絵理沙が変な事を言った。色?色が違うって何だろうか。

 

「え、絵理沙、あの…」

 

「綾香に、いいえ、悟に聞きたい事があるの!」

 

 絵理沙は俺の台詞を打ち消すような大きな声で俺の話しに割り込んできた。

 俺もその大きな声に言葉を失った。

 

「き、聞きたい事?」

 

「そう、今朝の……桜井が言ってた…彼女って何よ…」

 

 その事か…その事が気になったのなら何で昼休みに一緒にあの場所に来なかったんだ。

 まぁ今考えても仕方ないかな…でも絵理沙に経緯を話しておく必要はあるかもしれないな。

 

「丁度いいや…絵理沙にも話しておかないと駄目だと思ってたんだ」

 

 俺は絵理沙に昨日の出来事をすべて話した。

 

「どうだ?納得したか?」

 

「……内容は理解したけど納得は出来ない」

 

 絵理沙は悲しそうにそう言う。

 

「何だよそれ…」

 

「だってそうでしょ!何でアイツが悟の恋人なのよ!」

 

 そして再び強い口調に。今日の絵理沙は荒れてる。

 

「だから偽装だって言ってるじゃないか。それにあいつは恋人じゃない」

 

「それ何?何を自分の都合の良い解釈してるのよ?彼氏って恋人じゃないの?」

 

 一般的に考えると…あれ?

 

「え…と…」

 

 やばい…絵理沙の言ってる事は正論だ。確かに世間一般的に彼氏は恋人だ。

 

「なんであいつを恋人にするのよ!別に友達でもよかったじゃないのよ!」

 

「だから彼氏って事にすれば俺に悪い虫が寄ってこないって思ってだな…」

 

「そんなの悟がしっかりしていれば良かっただけの話でしょ!そんな事をする必要ないじゃないの!」

 

 絵理沙は『はぁはぁ』と息を荒くして顔は真っ赤になっている。

 絵理沙がこんな状態になるなんて俺を生き返らせた時。北本先生の姿で焦っていた時に見て以来かもしれない。

 しかし絵理沙は何でこんなにムキになってるんだ?たかが偽装カップルになっただけじゃないか?絵理沙がどうこう言う問題でも無いだろ?

 思ってるだけじゃ駄目だな。ハッキリと言ってやらないと。

 

「俺がどうしようが絵理沙には関係ないじゃないか。何でそんなにムキになるんだよ」

 

「それは…」

 

 先ほどまで強気だった絵理沙が途端に言葉を詰まらせる。

 

「それは何だよ」

 

「……悟の心の色が…変化してたから」

 

「え?心の色?心の色って何だよ」

 

「…」

 

「黙っててもわかんねーよ!」

 

「…」

 

「何なんだよ?教えてくれよ…」

 

 俺はその時に気がついた。絵理沙の瞳が潤んでる…

 どうしたんだ?どうしてそんなに悲しそうなんだよ。

 

「……もういい」

 

「もういいって…聞かせてくれよ…ちゃんと聞きたい…色って何だよ」

 

「だからもういいって言ってるでしょ!」

 

 絵理沙は俺に向かって怒鳴ると突然立ち上がる。そしてすごい勢いで教室を出て行こうとする。

 その時、『ガラガラ』と入口のドアが開いた。そしてそれと同時に絵理沙は入って来た人間と『ドン』とぶつかり尻餅をついた。ま、正雄なのか?

 

「おや?絵理沙に綾香君?」

 

 聞き覚えのある嫌な声だ…見れば教室に入って来たのは正雄では無く野木だった。

 

「お兄ちゃん!そこどいてよ!」

 

 絵理沙は尻餅をついたまま野木に向かって怒鳴った。

 

「ふむ…一体何があったのですか?絵理沙の心が相当乱れている様子ですが」

 

 野木はそう言いながら俺の方を見る。

 

「お、俺は別に何もしてないぞ!?ただ正雄と偽装カップルになった事を説明しただけだ。あと絵理沙が俺の心の色がなんとかかんとか言ってて…」

 

「偽装カップル?心の色?ほほう…面白そうな話ですね…」

 

 野木は怪しい笑みを浮かべながらそう言った。

 

「わ、私はもう帰るから!」

 

 絵理沙は立ち上がると教室を出ようとする。しかし野木は絵理沙の手首を掴んで教室から出さない。

 

「絵理沙、逃げたら駄目でしょ?ちゃんと話をしましょう」

 

 野木がそう言うと絵理沙の体は空中に浮き、そして中央のソファーへ、俺の横へと強引に移動させられた。

 

「さぁ、私にも話してくれますか?綾香君、絵理沙」

 

 続く

後編は現在執筆中です。早めを目指しますが既に11月中旬。時間の経つのは早いものですねぇ…という訳でしばしお待ちください。にしてもコメディーにならないなぁ…

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