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第25話 弱い心と強い気持ち 後編

お待たせしました!後編です!今回はおまけ付きです!って本当におまけですけどね。

 俺はファミレスを出て、正雄の後を無言で歩いて付いて行った。

 正雄はファミレスを出てからずっと何かを考えているのか、ずっと無口で俺には何も話しかけて来ない。

 しかし俺になんの話があるというのだろうか?お店の裏で話したいという事は人気を気にしているという事だよな。やっぱり内緒の話っていう事なんだろうか?

 そんな事を考えながら歩いていると古本屋の裏に到着した。

 この古本屋の裏には一応道路が通っているが、抜け道に使える訳でも駐車場へ入れる訳でも無く、交通量はまったく無いに等しい。その結果人通りも無く人気も無い。

 確かにここは内緒話をするには丁度いいかもしれない。

 

 俺の額から一筋の汗が流れた。しかし日差しが暑いな。

 家を出る時に今日は陽気は良いと予測してそんなに厚着をしたつもりは無かった。それでも額に汗が滲むのがわかる程に日差しが暑く感じる。

 

 俺は右手で日差しを遮りながら空を見上げた。

 朝の肌寒さが嘘のように太陽が俺達を照りつける。そしてぐんぐんと気温も上がっている。

 この日差しの下で話すのはちょっときついな……

 立ち止まりそんな事を考えていると俺を呼ぶ正雄の声が聞こえた。

 

「おい姫宮、こっちだ」

 

 声の方を見ると正雄は十メートルへ進み先で俺を呼んでいる。

 

「あ…」

 

 俺は小走りで正雄の元へ向かった。

 

「姫宮、ほら、こっちだ」

 

 俺が横まで来ると正雄は店舗の裏口にある社員用の駐輪場らしき場所へと入って行く。

 

「よし、ここならそんなに暑く無いな」

 

 正雄は俺の考えた事が解っているかの様に日差しを遮る場所へと俺を誘導してくれた。

 

「あ、うん、そうだね」

 

 確かに、この場所は時間的に日陰になっているし屋根もつている。

 ここであれば日差しも暑さもそれ程は気ならない。

 ただ座ってゆっくり話しが出来るような場所では無い。

 俺が周囲をキョロキョロと見渡していると、正雄も周囲を見渡している。

 そして人気が無いのを確認すると話しを始めた。

 

「よし、誰もいないな」

 

「はい」

 

「姫宮、あのな…」

 

「はい…」

 

「ちょっと聞きたい事があったんだ」

 

「…はい…でもその前にちょっといいですか?」

 

 駄目だ!何と言うか、正雄と二人きりで人気も無いのに女口調で話す必要はあるのか?すっごく話しずらいし!

 ここは正雄に今だけでも普通に話していいか言ってみるか。

 

「桜井先輩、人気も無いのにこんな口調で話さないと駄目ですか?普通に話してもいいですか?」

 

「あ……そうだな」

 

 正雄は腕組みをして少しだけ首を傾けて考えた。しかし悩む事無くすぐに返事が来た。

 

「お前も普通に話したいだろうし、ここならいいぞ。実は俺もお前の女言葉は違和感あるんだよな」

 

 よし!正雄の普通でOKを貰った。これで心置きなく悟として話しが出来るぞ。

 

「そうだろ?俺も女言葉はあまり話したくないんだよな。特に正雄とはな」

 

 俺がそう言うと正雄は笑みを浮かべた。

 

「で、正雄、話って何だよ」

 

 そう聞くと正雄は先ほどまで浮かべていた笑みが消え真面目な表情になる。

 

「悟……お前はこの先の事をちゃんと考えてるのか?」

 

「え?この先の事って何だよ」

 

 この時、正雄の質問の意図がまったく理解出来ていなかった。

 

「そのままだ。これからの生活、妹が見つかった時の事、男に戻った時に事、色々と考えておくべき事はあるだろ?お前は何も考えてないのか?」

 

 俺は何か答えようと思ったが何も答えられない。

 あまり深く考えずに生活をしてきた俺に突然そんな事を聞かれても何も答えられるはずもなかった。

 

「ええと…」

 

 懸命にこれから先の事を考えてみる……これからの生活?現状維持?妹が見つかったら?あれ?どうすればいいんだ?ええと、綾香が見つかったら戻って来てもらって…来年の七月位には魔法力が溜まって、俺が元の男に戻る…それじゃ駄目なのか?

 俺が考えているとそれを見かねてなのか、正雄が話を始めた。

 

「どうせお前の事だ。今の生活は現状維持で、妹が見つかれば戻って来てもらえばいい。そして時期が来たら元の男に戻ればいいやなんて軽く考えてるんだろ」

 

 正雄はまたもや俺の考えをほぼ正確に当てて来た。

 

「な、何で俺の考えがわかるんだよ!?」

 

「まったく……やっぱ悟だよな」

 

 正雄は呆れた顔で俺を見る。そして笑みが少し戻った。

 

「何だよそれ?それじゃ悪いのかよ?」

 

「いや、悪くない。お前の思考レベルだと考えもそんなもんかなって最初から思ってたからな」

 

「ちょっと待てよ!お前の思考レベルだと考えもそんなもんかなって何だよ!俺を馬鹿にしてるのか?」

 

「まぁまぁ怒るなって。逆に変な事を考えていないから良かったと思ってるよ」

 

「はぁ?変な事?正雄が言ってる意味わかんねー」

 

 俺はその時は正雄の言っている意味が本当にわからなかった。

 しかしその後の会話で正雄が俺の事をすごく考えてくれていた事がわかる。

 

「悟、お前は優柔不断の癖にその場凌ぎな性格だ」

 

「今度は性格!?俺の性格なんてお前に関係ないだろ?」

 

「ああ、無いよ。でもお前にはすごく関係のある事だ。どうなんだ?お前の性格は優柔不断でその場凌ぎじゃないのか?」

 

 正雄に真面目な顔でそう言われると否定出来ない。確かに俺はあまり考えて行動するタイプじゃない。

 

「まぁ…そうかもしれないけど…」

 

「だろ?だからこそ予想の出来る事であればきちんと考えて行動する事が大切なんだ」

 

「でも考えて行動ってどうするんだよ?」

 

 俺がそう質問をすると正雄は既に考えが纏まっているかのようにすぐに答えて来る。

 

「まずは妹が見つかったら。見つかってもすぐにこっちへ戻って貰うのは得策じゃない。お前が男に戻るまでは妹にはまだ戻らないようにしてもらう方が良い。それが出来ない場合には事前にあの魔法使い、絵理沙っていう女と野木先生に相談をするべきだ」

 

「そ、そうだな…」

 

「そしてお前が男に戻るべき時期が来れば妹に戻って来てもらう。これがベストだ」

 

「確かに…」

 

「そしてこれからの生活において重要なのは交友関係だ。お前の妹の為を考えるのであれば変な交友関係は持つべきじゃない。現状の知人や友人関係は最低限維持して、その他の関係はなるべく作らない。関係が多くなればなるほど後が面倒だ」

 

「あ、ああ…俺もそう思うし、なるべくそうしてる」

 

「よし、お前でもそこは考えてると思ってたよ」

 

「そして異性との関係。そう、今だと一彦とか大二郎とかとの関係だな」

 

「えっと…それもちゃんと考えてるぞ?だから一彦君にも付き合えないって言ったし、大二郎にもちゃんと付き合えないって言った」

 

「ほう…でも一彦は高校に入ればお前と、いや姫宮綾香と付き合えるって今でも思っているぞ?」

 

「あ…あれは一彦君が勝手に勘違いをしただけで……今度ちゃんと誤解を解こうと思ってるし」

 

「馬鹿!何が今度だ!お前はそうやって物事をすぐ後回しにするだろ。一彦には即日断るべきだったんだ。勘違ってお前が思っているだけで一彦は思ってないんだぞ?」

 

 俺は久々に正雄に怒鳴られた。

 

「……俺だってあの時に一彦君に勘違いだって知らせようって思って…」

 

「思って?思って何をした?結果的には何もしてない。そうだろ?」

 

 返せない…正雄の意見に対して俺は何も言えなかった。

 確かに正雄の言う通りで、俺は考えはするが行動が後回しになる事が多い。

 それが駄目だとわかってても結果的にそうなるケースが多い。

 現にあの日、佳奈ちゃんとのアクシデントで一彦君の誤解を解くのに一度失敗した。だけどあの後で正雄が俺が悟だって知ってくれた。その時に正雄にすぐに一彦君の誤解を解くようにお願いだって出来た。

 自分で行動が出来なくても頼む事だって出来たんだ。だが俺は何もしなかった。

 そして最悪なのはその後もずっと何もしていない事だ……だから一彦君は今だに勘違いしたまま…

 そうだよ、結局は俺はどうにかなるなんて甘い考えを持っている……正雄の言う通りだな……

 

「おい、そんなに落ち込むな。もう終わった事だ」

 

「でも…やっぱ正雄の言う通りだし、一彦君の誤解は今でも解けてないし…」

 

 俺はそれ以上言葉が続かなかった。

 

「悟、大丈夫だ。これからは俺がちゃんとフォローしてやる。お前に言って無かったが一彦にはあの日のうちに俺から電話でお前の勘違いだって伝えた。あいつはかなり残念がってたが仕方ないよな」

 

 俺はその言葉に驚いた。

 

「え?じゃあ一彦君の誤解はもう?」

 

「ああ、完全に諦めたかは知らないが、お前が、いや、姫宮綾香が一彦に対して特別な感情は持って無い。あれは一彦の勘違いだって伝わってる」

 

 知らなかった…俺の知らない所で正雄は俺を助けてくれていた。

 

「正雄…」

 

「今までの事はもういい、これから先の事を一緒に考えて行こう」

 

「…」

 

 くそ、何も言葉が出ない……正雄に何か言わないと駄目だろ……

 ぶっちゃけお礼とか言うのがとても恥ずかしい。俺のキャラでも無い。

 でも今回はちゃんと感謝を伝えなきゃ駄目だろ!

 

「正雄、ありがとう…」

 

 俺は小さな声でそう言った。

 

「いや…お礼なんていいよ」

 

 正雄は少し照れた表情でそう言った。

 そんな正雄を見ていると緊張でなのか、俺の心臓が『バクバク』と強く鼓動し始める。

 あれ…俺は正雄に対して緊張してるのか?落ち着けよ悟……

 そう思っても俺の心臓の鼓動はさらに強さを増す。そして胸が締め付けられるような感覚…この感情ってもしかしてまた…くそ!顔が熱い!

 俺は思わず俯いた。

 

「おい悟?どうしたんだ?」

 

 正雄は心配そうに俺の顔を覗き込む。

 俺は俯いたまま上目づかいで正雄は俺の目をじっと見た。すると正雄と視線が合った。

 思わず首を横に向けて視線を反らす。『ドキドキ』と俺の心臓音は更に高鳴る。そして顔は火照るように熱くなる。

 駄目だ…意識してる…このままじゃ…

 

「おい?お前変だぞ?どうした!?」

 

 くそ…何でお前はこんなに優しいんだよ…何で俺の事をこんなに考えてくれるんだよ…何でこんなにも頼りになるんだよ…

 そして…何よりも俺の事を想ってくれている正雄…やばい…俺は正雄の事が……

 待て!な、何を考えてるんだよ!俺は男だぞ!?強く意識を持てっていつも思ってるじゃないか!

 男なんだ!男なんだよ!俺は男なんだ……でも…今は…女…なんだよ…そう…女だ…

 そうだよな…今の俺は女で正雄は男なんだ…だからこんな気持になるのも当たり前なんだ…

 いいんじゃないのかな…正雄なら私が元男だって知ってるし…うん…正雄ならきっと私を受け入れてくれるよね…

 私はゆっくりと顔を上げて正雄の目をじっと見た。

 あれ?何だろう『ドキドキ』しているのに『フワフワ』と酔っているような気分になってきちゃった…

 

「悟?おい!」

 

 ちゃんと伝えよう…正雄に…私の今の気持ちを…

 

「正雄……私は…正雄の事が…」

 

 正雄の表情が一気に険しくなる!そして正雄は俺の台詞に割り込むように怒鳴った!

 

「悟!やめろ!」

 

 そしてそれと同時に左手で俺の右手首をぎゅっと強く掴む。

 

「痛い!」

 

 強く握られた手首に痛みが走る。

 

「悟!正気になれ!」

 

 そして俺は正雄の怒鳴り声と手首の痛みで我に返った。

 

「あ…あれ?お、俺は何を…」

 

「ふう」

 

 正雄は大きな溜息をついた。

 

 俺は何をしてるんだ!あれほど男だって言い聞かせてたのに…

 やばかった…俺はとんでもない一言を口走りそうになっていた。

 何してんだ…俺は男で正雄も男だぞ……なんで変な気持ちになるんだよ…

 そう、さっきもそう念じたんだ、俺は男だって。でも…くそ…やっぱり俺は女になって来てるんだ。このままじゃ完全に女になっちまう。

 俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。すると正雄の声が頭上から聞こえる。

 

「悟、しっかりしろ。お前は男だ。姫宮悟なんだ」

 

 正雄の声が俺の頭に響いた。そして俺はゆっくりと頭を上げる。

 俺の視界に真剣な表情の正雄が映る…

 

「悟、気持ちを強く持て」

 

 正雄のその言葉は俺の心に響く。そして正雄は言葉を続ける。

 

「お前は妹の代わりに妹らしく、そして女らしく生活が出来るようにがんばった」

「妹の友人関係も壊したくないと、友達の前でも妹になりきるようにがんばった」

「でもな、お前はがんばりすぎたんだよ」

 

「お前は昔からゲームでも何でもキャラクターに対する思い入れが強すぎた。すぐに感情移入しすぎていた。そのキャラになりきってっていた。だから今回も自分が女として生活をする為に自分を本当の女だと、そう、まるで催眠術の様に自分に対して念じて女になりきろうとしていたんだ」

 

「待てよ、俺は女になりきるつもりなんて…」

 

「無意識だろうな……さっきのお前の変化を見たら完全に男から女に変化していた。お前は女になりきっていた。でもそれは本当のお前じゃない。偽物だ」

 

「でも正雄、聞いてくれよ!確かに俺は女じゃない、元は男だ!でもこの体の全てが完全に女になってるんだよ!生理だって来たんだ……俺の体は女なんだ!そして心まで女になりかけてるんだよ!俺の意志じゃどうしようも無いんだよ!」

 

「それは違うぞ悟、俺の話を聞いてくれ」

 

 正雄はそう言うと俺の目をじっと見た。

 

「あ、ああ…」

 

「今日は久々に男のお前を見たよ……古本屋で漫画を読んで大笑いしてさ……そしてファミレスじゃあ何時もの遠慮をしらないお前を見た……俺は思ったよ。やっぱりお前は悟なんだってな。格好こそ女になったけどやっぱ俺の親友の悟なんだってな」

 

「正雄…」

 

「さっきお前が話してくれた事は全て野木に聞いてた。体も、染色体も、そして生理も。お前は完全な女の体になってるってな。それでもお前は姫宮悟なんだ。男なんだ。今日のお前を見て俺はそれを確信した」

 

「…」

 

「大丈夫、お前は悟だ。今日のお前は昔の悟と同じだった。女なんかじゃ無い」

 

「…」

 

「負けるな。お前は本当の女になる必要なんてない。必要以上に女らしくする必要もない。女の格好をしているが男。お前は生きて十七年も男だったんだぞ。それがたかが数ヶ月ほど女だった位で女になりきるなんて無い。お前の心まで女にする魔法なんて存在しない」

 

正雄の最後の一言がすごく俺の心に響いた。心までは女になってるはずはない。そりゃそうだ…蘇生したのは肉体だけなんだ…


「そうか…そうだよな」

 

「もっと悟らしく生活してもいいんじゃないのか?もし漫画が読みたいなら俺が貸してやる。ゲームがやりたいのなら俺の家に来ればいい。貸してやってもいい。男らしい話がしたかったら俺がいくらでも相手になる。買い物だって付き合ってやる。何でも言え!出来る事ならやってやる!だから悟は悟でいろよ!解ったな!」

 

 正雄はそう言うと顔を上に向けた。

 

「正雄…」

 

「大丈夫…これからは俺が…いる…」

 

 俺は初めて見た。正雄の頬を僅かに伝わるものを…

 

「やべ……俺ともあろう者が…ちょっと感情的になりすぎた」

 

 正雄は上を向いたまますこし篭った声で言った。

 

 そうだよ、俺は姫宮悟なんだ。俺は綾香の真似をすればいいだけなんだ。

 フリをしていればよかっただけなんだ。体がどうであっても心まで女になる必要なんてこれっぽっちも無い!

 

 俺はゆっくりと立ち上がる。

 

「正雄、ごめん……俺は男だよ、姫宮悟だよ!なのに何してんだろうな…馬鹿だよな」

 

「お前は馬鹿なんかじゃない…」

 

「でもな、こういう風に言うとまた正雄に怒られるかもしれない、だけど言っておくよ。俺にまた変な感情が沸くかもしれない……正直いうとそうならないという自信が無い…」

 

 正雄は右手で何かを拭う。そして顔ゆっくりと俺の方へと向けた。

 

「その時は俺を殴ってでもいいから目を覚まさせてくれ!お願いだ!」

 

「ああ…解った。これからは俺がお前を出来る限り監視してやるよ」

 

 少しだけ目を赤くした正雄は本当に満面の笑みでそう言ってくれた。

 

「サンキュ!頼んだぞ正雄。でもまぁそれほどずっと監視はしなくっていいぞ?」

 

「いや任せておけ、何ならお風呂とかも監視してやろうか?」

 

「へ?風呂!?」

 

「男同士だし、別に問題無いだろ?」

 

「ば、馬鹿!中身は男でも体は女なんだ!?そんなの監視しなくっていい!っていうかもしかして俺の体に興味あんのか!?」

 

「馬鹿か?冗談に決まってるだろ?だいたいそんな貧弱な体に興味なんて無い」

 

「だ、だよな……っていうか貧弱は余計だろ!」

 

「あははは」

 

 正雄は目の前で声を出して笑いだした。

 

 俺の目の前で目を真っ赤にした正雄が大声で笑っている。

 そんな正雄を見てたら俺の目から何かが溢れてきた。

 やばい……くそ…涙が…男になるって言ったばかりなのに…でもこれは…

 

「おい悟?お前…」

 

「馬鹿!これは男泣きだ!」

 

 目から涙がどんどん溢れてくる。

 

「そうか、男泣きか、そうだな、俺も人の事は言えないしな」

 

 俺は思わず正雄に抱きついた。そして声を出して思いっきり泣いた。

 

「さ、悟!?な、何やってるんだ」

 

「だ…黙れ…ちょっとくらい…いいじゃないかよ……男だって…涙は出るんだよ…親友の胸で泣きたい時だって…あるんだ…く…」

 

 正雄はゆっくりと俺の背中に手を廻した。

 

「……仕方ねーな……今回だけだぞ…」

 

 俺の正体を知ってくれたのが正雄でよかった…

 正雄が親友でよかった…もっと早く教えればよかった…

 俺はこんなに想ってくれる最高の親友に何で相談もしなかったんだ…

 後悔と感謝と入り乱れた感情で俺は涙が止まらなかった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆★

 

 

 何故か成り行きで正雄が俺の自宅へと遊びに来る事になった。

 正雄が今までにあった事なんかの話をしようと言ってきたからだ。

 しかし、ファミレスなんかじゃ話せないような内容も多々ある。それで家で話をしようという事になったのだ。

 本当は正雄の家に行こうかとしたのだが、今日は親戚が、もしかすると一彦君も来てるかもしれないという事で俺の家という事になった。

 うちの親は今は買い物に行っているので家には誰も居ないはずだし、、あぁもしも見つかってももはやどうでもいい。正雄は俺の親友なんだからな。

 

 自転車を漕いでやっと家に到着。

 俺は自転車を駐車場へ置くと玄関まで行きドアを確認すと予測どおりしっかりと鍵がかかっている。

 よし、誰も居ないみたいだな。俺は鍵を開けて家へ入った。

 家の中には誰も居ない。そのまま俺は正雄を引き連れて階段を駆け上がった。

 そして俺は綾香の部屋に入る。

 その時、正雄が一瞬『あれ?』という表情に変わった。しかしすぐに理由がわかったらしく、横で勝手に納得をしている。

 

 そして綾香の部屋の中

 正雄は部屋を見渡し不満そうな顔をしている。

 

「おい悟」

 

「何だよ」

 

「なんか女の子の部屋みたいだな」

 

 正雄はそう言うと色々な場所を漁り始めた。

 

「仕方ないだろ?俺は今は綾香なんだしここは元々綾香の部屋なんだ。って正雄、あんまり弄るなよ?俺のマジで部屋じゃないんだからな」

 

「解ってるよ。でも何だ?部屋は綺麗だし、化粧道具とかはあるのに漫画もゲームも何も無いじゃないか」

 

「だから仕方ないだろって言ってるじゃないか。綾香はそういう趣味を持ってないんだよ」

 

 正雄は大きな溜息をついた。

 

「こういう事をしてるから悟は女になったとか勘違いするんだ」

 

「俺は俺なりに綾香になろうと努力した結果なんだよ!別に女になりたいって思った訳じゃないんだ」

 

 正雄は再び溜息をつくとベタンと床に座り込んだ。そして俺を見上げながら言った。

 

「もう一度ハッキリ言っておくぞ?お前は姫宮綾香になってるつもりだろうが全然違うからな?前にも言ったが口調から性格から成績まで全然違う。お前は妹の真似なんかしなくってもいいんだ。そりゃ部屋をグチャグチャに汚せとは言わないがやりたい事くらいやれよ」

 

「まぁ…そうかもしれないが…」

 

 確かに正雄の言う通りで俺は綾香じゃない。だから色々な面で綾香とは違う。

 でも俺は真似が可能な部分だけでも真似ようとしていた。

 しかし勉強なんて俺が出来ない部分は真似しなかった。いや出来なかった。

 そうだよな、真似が出来る所だけするとかやっぱ無意味だよな。

 

「でもな、別に男らしく振舞えって事じゃないぞ。ようするには要領よくやれって事だ。漫画でもお前の部屋から数冊ほど持って来てここで読む。それを元の場所に戻す。これでいいんじゃないのか?」

 

「でも綾香は少年漫画なんて読まないぞ」

 

「親に見られても『興味があったから読んでる』でいいんじゃないのか?ゲームだって同じだろ。興味があるからやる。飽きたら辞める。それが普通じゃないのか?」

 

 何だか正雄の言ってる事が半分説教じみてきてる気がする。

 言い返せない分ちょっとムカついてきた。

 

「あー解ったよ!どうせ俺は要領が悪いよ!正雄みたいに頭よくねーからな!」

 

「何だよその言い方は。俺はお前の事を考えて話しをしてるだけだぞ」

 

「解ってるよ!」

 

「だったら何でそんなに怒ってるんだよ」

 

「お前が説教じみた言い方するからムカツクんだよ!よし!こうなったら!」

 

 俺は座った正雄に向かって思いっきり抱きついてやった!

 

「うお!悟!何するんだ!」

 

「今の俺の超必殺技!女体攻撃だ!」

 

「何だよそれ、意味わかんねー!」

 

 俺が抱きつくと冷静だった正雄は顔を真っ赤にして取り乱しだした。

 こいつって何気に女に対する抵抗が無いみたいだな。

 俺の腕の中で正雄がジタバタと暴れている。よし!更に追い打ちだ!

 

「さらにコンボ攻撃だ!」

 

「悟、待った!離せ!やめろ!」

 

「謝ったら許してやるよ!いくぞ!悟必殺!胸押し当て!」

 

 俺は自分の胸をぎゅっと正雄の顔に当てた。

 すると正雄は『うわ!』と驚きの声を上げて俺を突き飛ばすと、後ろに向かって飛んで下がった。

 

「痛いだろ!突き飛ばすなよ!」

 

「お前が変な事するからだろ!」

 

 あれ?何だろう?前はこうやって男に触れるとすっごく緊張してドキドキしたのに…さっきは正雄にもすっごくドキドキしてたのに…今は全然ドキドキしないぞ?それ所がすっげー面白いし楽しい!何か吹っ切れたかも!?

 という事で全てにおいて俺より上な正雄を今日の俺は追い詰めている!

 更に追加攻撃をして謝らせてやる!

 

「正雄、逃げるな!せっかくこんなに可愛い子が抱きついてやってるんだぞ?」

 

「何が可愛いだ!お前は悟だろうが!中身は男だろうが!」

 

 あの正雄が顔を赤くしてオドオドしてる!

 これって俺の圧倒的勝利か!?

 

「だから謝れば許すって言ってるだろ?」

 

「俺は何も間違った事は言ってないだろ?何で俺が謝るんだ?お前こそイキナリ抱きつきやがって!俺に謝れよ!」

 

「フフフ…どうやらもう一度おしおきが必要な様ですね」

 

 俺はそう言って再び正雄に向かって飛びついた!

 

「正雄!覚悟!」

 

 俺は避けようとする正雄を予測して抱きつく事に成功!

 しかしその瞬間!部屋の扉が開き母さんと佳奈ちゃんの声が聞こえた。

 

「綾ちゃん、佳奈ちゃんが遊びに来てくれ…たわ…よ…」

 

「綾香!今日さ、古本屋に行ってたで……え…えぇぇ」

 

 俺は正雄に抱きついたままゆっくりと後ろを振り返った。

 するとそこには母さんと佳奈ちゃんの姿が!

 や、やばい!思いっきり正雄に抱きついているのを見事に母さんと佳奈ちゃんに見られてしまった!っていうかノックくらいしてくれよ…

 正雄を見ると顔が俺の胸の辺りにしっかりと埋まっている。

 いや埋まる程の胸は俺には無かった…ってそんな問題じゃない!

 俺は慌てて正雄から離れた。正雄は目の前で硬直してる…

 再びゆっくりと後ろを振り向くと、後ろでは母さんと佳奈ちゃんまでもが硬直してる。

 そして二人とも顔を赤らめて口を大きく開けていた。まるで金魚だな…

 っていうかさ…これってかなりヤバイ感じか?いや、ヤバイだろ。

 

「何だ、ま、正雄君が遊びにきてたのね…お、お邪魔しちゃったね、ごめんね」

 

「お母さん!違うの!正雄は遊びに来てただけで…」

 

 と俺の説明も聞かずに母親の姿は既に消えていた。

 

「ええと…綾香、ごめんね…まさかここまでの仲になってたとか知らなかったんだ。私もお邪魔だったみたいだし帰るね」

 

「佳奈ちゃん?違うの!これは違うから!さっきのは事故なの!正雄からも何か言え…じゃない…言ってよ!」

 

 しかし正雄は無言で佳奈ちゃんをじっと見ている。

 

「エヘヘ!お邪魔しましたーっとねー!それじゃバイバイキーン!」

 

「バ、バイバイキン…って佳奈ちゃん!」

 

 佳奈ちゃんは部屋から廊下へと後ずさりをして出て行く。。

 そして部屋を出た所で俺達に向かって敬礼をした。

 

「杉戸佳奈は姫宮綾香と桜井先輩の幸せを願っております!」

 

「え!?ちょっと何それ!」

 

 そう言って佳奈ちゃんは『バタン』と扉を閉めるとすごい勢いで階段を下りて行った。

 何だよあれ!幸せなんか願わなくっていいし!っていうか最悪だー!予想外の展開すぎる!正雄はなんで何も言ってくれねーんだよ…

 俺は慌てて窓際まで走った。そして外を覗くとすごい勢いで自転車を漕いで去って行く佳奈ちゃんが見えた。

 ああ…佳奈ちゃんが行ってしまった…

 俺は壁に寄りかかって座り込む正雄を睨んだ。

 

「おい正雄!何でだ!何で何も言ってくれねーんだよ!変な誤解を生んだじゃないか!」

 

 俺がそう怒鳴ると正雄は冷静に言い返してきた。

 

「その原因を作ったのはお前だろ?」

 

「く…た、確かにそうだけど…でもあれだろ!少しはフォローしてくれてもいいんじゃないのか?」

 

「フォロー?いいじゃないのか別に?きっと俺とお前が付き合ってるとでも思われたんだろ?」

 

 正雄は平然とした顔でそう言った。

 

「な、何を言ってるんだ!?解ってるのか?お前が言ったんじゃないか!交友関係には気をつけろって!なのに何が別にいいんだよ?意味わかんねー」

 

「俺はお前が悟だって知っている。だから俺はお前とは正式には付き合うって事はありえない。しかし、俺とお前が付き合っているって事になれば一彦を含む男達はお前には近寄らなくなるだろ?」

 

「え?それって?」

 

「偽装カップルでいいじゃないか。妹が戻ってきたら事情を説明して別れた事にすればいい」

 

「待て!妹に説明とか……出来ると思ってるのか?」

 

「出来るも何も、お前はこんなに妹の代わりに生活をしてきているのに、逆に妹にこの事を隠し通せるとでも思ってるのか?」

 

 確かに…妹が戻ってきて俺と入れ替わったとしても茜ちゃん達の記憶を消すなんて出来ない。要するには今のこの生活、俺のやって来た事はどちらにせよ妹にはばれるんだ…

 そうか…戻って来たら説明しないと駄目なんだな…俺が死んで生き返った事も、綾香として生活をした事も…

 

「どうやら悟も理解したようだな」

 

「ああ、そうだな…正雄の言う通りだ…」

 

「だからいいだろ?俺とお前が偽装カップルになれば俺はこの家にも普通に遊びに来れる。お前も俺の家に遊びに行ける。外にも一緒に遊びにも行ける。漫画もゲームも俺の趣味に興味があるから読んでるとかプレイしてるとか言い訳も出来るんだぞ?」

 

 なるほど、そうか!流石正雄だ!俺はそんな事はこれっぽっちも思いつかなかった。

 正雄はしっかりと先の事を考えていたんだな…すげー…

 

「よし、正雄、今日から俺達は恋人同士だ!但しいつわりりのな!」

 

「ああ、俺はお前の彼氏だ。妹が戻るまでのな。っとそうだ、一言だけいいか?」

 

「え?何だよ」

 

「今度俺に抱きついたりして来たら…ただじゃ済まないからな?二度とするなよ?」

 

 そう言う正雄の目は本気だった…怖えぇ…

 

「わ、わかったよ…」

 

 こうして姫宮綾香・桜井正雄の偽装カップルが誕生した。

 

 続く

 

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 おまけ

 偽装カップル誕生前の出来事

 

 私の名前は杉戸佳奈。今日私はまた見てしまったの!

 そう、古本屋で桜井先輩と待ち合わせをしていた綾香を!

 私は朝から暇だったので隣町の古本屋で少女漫画を読んでいた。

 するとそこになんとお出かけモードの綾香が登場!古本屋にお出かけ洋服、化粧バッチリ、本気モードで登場したの!

 そうして私は思ったわ、何かあるって…そう!何も無いのにあんな格好で来るはず無い!

 そうしたら当たった!その後に桜井先輩が登場!やっぱり待ち合わせだったみたい。

 でも…何であそこで桜井先輩と待ち合わせするかな?古本屋なんてなんて渋い…

 まぁ私にはどこで待ち合わせようと関係ないけどね。っと結局は二人で出て行ってしまったんだけどね。

 流石にその後は追わなかったよ?だってストーカーじゃないし、読みたい漫画もあったしね。

 

 っていう事で私はお昼になったので家へ戻ってる最中なんだよね。

 家に帰るついでに綾香の家の前を通ってみよっと!

 

 そんなこんなで綾香の家の前までやって来てしまった。

 あれ?綾香の家には綾香の自転車ともう一台自転車が…

 これって桜井先輩のかな?たぶんそうだよね?って何?家に一緒に居るの?え?じゃあなんで古本屋で待ち合わせ?うわ…意味不明…何でだろ…


「あれ?佳奈ちゃんじゃないの?」

 と声を掛けてくれたのは綾香のお母さんだ。


「あ、こんにちは」

「こんにちは」

 っと挨拶は済ませて…帰ろうっと。


「遊びに来てくれたの?綾ちゃんはもしかしすると居ないかもしれないけど…ちょっと待ってね」

「あ、いいです!私はもう帰りま…ってもう家に入ってる…早い」

 このまま無視して帰る事も出来ずに玄関の前にいると、綾香のお母さんが出て来た。

「綾ちゃん居るみたいよ?誰かお友達も来てる見たいだけど、寄っていく?」

 お母さん、それってお友達じゃなくって彼氏だと思うのです。

 寄っていくって言っちゃ駄目だと思います。


「いや、私は…」

「さあ、どうぞどうぞ!」

 って…何で手を引っぱられて中に入れられてるのかな…

「上がって」

「いや、やっぱり…」

「綾ちゃん!綾ちゃん!もうあの子ったら…佳奈ちゃん来てるのに」

 何でお母さんは私の話を聞いてくれないかなーお邪魔なだけだし帰りたいのにぃ!

「早く上がって、どうぞ」

 あーもういい!上がってやる!それで綾香に挨拶だけして帰る!

 桜井先輩が居てもいいや!『あ、こんにちは先輩、あ…お邪魔でしたね。ごめんなさい』よし!これだ!これでOKだわ。

 私はお母さんと一緒に階段を上がった。

 お母さんは軽くノックをした。しかし返事は無い…っていうか中から騒ぎ声が聞こえますが…

「もう、綾ちゃんったら…入るわよ」

 ああ!お母さん!もう少し確認してからの方が…って遅いみたい!

 こうなったらシミュレーション通りに行くしか!

 お母さんは綾香の部屋のドアを躊躇もなく開けた。

 よし!仕方無い!入って速攻で一言だ!

 

「綾ちゃん、佳奈ちゃんが遊びに来てくれ…たわ…よ…」

 お母さんが固まった。

「綾香!今日さ、古本屋に行ってたで……え…えぇぇ」

 私も固まった。

 

 ダッテ…目の前で綾香が桜井先輩に抱きついていたんですもの…

 ああ…見ては駄目な物を見てしまった…ごめんね綾香…

 

「何だ、ま、正雄君が遊びにきてたのね…お、お邪魔しちゃったね、ごめんね」

 

 お母さん、それは入る前から私は解ってました!っていうか靴のサイズで理解して下さいよ。どうみても男ものじゃないですか…

 

「お母さん!違うの!正雄は遊びに来てただけで…」

 

 うわ!綾香が動揺してる…桜井先輩が固まってる…

 っていうかお母さんいない!もう居ないし!わ、私も撤退しないと…

 

「ええと…綾香、ごめんね…まさかここまでの仲になってたとか知らなかったんだ。私もお邪魔だったみたいだし帰るね」

 

 全然駄目だ!何を言ってるのよ私は…

 

「佳奈ちゃん?違うの!これは違うから!さっきのは事故なの!正雄からも何か言え…じゃない…言ってよ!」

 

 ほら…綾香がすっごく動揺してるじゃん…

 桜井先輩も私を無言でじっと見てるし!

 に、逃げよう…早く逃げよう…何か言って逃げよう…

 

「エヘヘ!お邪魔しましたーっとねー!それじゃバイバイキーン!」

 

「バ、バイバイキン…って佳奈ちゃん!」

 

 ギャアア!何よ!何を言ってるのよ…もういい…終わった事…

 ゆっくりと後ろに下がって…出てから…きゃあ!また桜井先輩と目が合った!

 こ、ここは敬礼しかない!※パニック中

 

「杉戸佳奈は姫宮綾香と桜井先輩の幸せを願っております!」

 

 え?ええええ!何だこれー!何をまた言ってるのよ!もうやだー!

 私は勢いよくドアを閉めた。そして階段を夢中で下りた。

 そしてお母さんにも挨拶せずに玄関を飛び出した。

 

 ごめんよ綾香…この事は絶対に秘密にするから許して…

 

 私はがむしゃらに自転車を漕いで家へと戻った。

 

 終わり

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