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第24話 弱い心と強い気持ち 前編

 一彦君の告白、そして正雄に俺の正体をばらしてから二日が経過した祝日の朝。

 

 俺が心配していた一彦君とのやりとりを佳奈ちゃんに見られた件は、昨日学校で佳奈ちゃんと話をして内緒にしてもらえる事になった。

 何故か佳奈ちゃんの方から謝って来た時はすこしびっくりしたがとりあえずよかった。

 佳奈ちゃんはマジで動くラジオな子だから一時はどうなる事やらと心配したんだよな。

 

 ちなみに今日は祝日だからもちろん学校はお休みだ。

 しかしこういう日に限っていつもよりも早く目が覚めてしまう。

 目覚まし時計を見るとまだ朝の六時だ。

 

「早すぎる…」

 

 俺は布団を頭まで被り二度寝を試みた。しかし眠くないものは眠くない。

 ベットの布団の中で考える。俺って綾香になってからゲームもやらないし漫画も読まなくなったよな……だから夜にはやる事が無くってすぐ寝てしまう…

 でもそのお陰もあって朝は早い時間に目が覚めるようにはなった。

 まぁ健全な事だし良いといえば良い事なんだが……何か物足りない…

 

 俺は布団を足で蹴りベットの下へと落とす。そしてベットから起き上がり窓際へと歩み寄ると窓を開けて顔を出した。

 丁度夜明けの時刻も重なり、空を見上げると夜と昼とが混じったような不思議な茜色の空が広がっている。

 窓から吹き込む外気は肌寒く、冬が近づいているのだなと実感するには十分だった。

 

「今日もすごく良い天気になりそうだな……」

 

 俺はなんとなくパジャマ姿のままで玄関から外に出た。

 多少肌寒いがすごくなんか爽やかな気分だ。

 俺は「うーん!」と声を出しながら大きく背伸びをして軽く柔軟体操をした。

 すると『ガチャン』と自転車を動かす音がどこからともなく聞こえる。

 俺は背伸びをしたまま体を音のした方向へ向けた。するとそこには学生服姿の【くるみ】が立っている。

 あれ?今日は休みなのにこんな時間からお出かけ?学校に用事なのかな?

 そんな事を考えながらくるみを見ていると、俺に気がついたのか自転車を押して俺の横までやって来た。

 

「綾香ちゃん、おはよう!早起きだね」

 

 くるみは笑顔で俺に挨拶をしてきた。

 

「あ、おはようございます」

 

「でも久々だね、朝にこうやって挨拶するのって」

 

 確かにくるみとこうやって挨拶をするのは久々だ。確か二学期の初めの朝に挨拶をしたような記憶があるが、その程度しか俺の記憶には無い。

 基本的にはくるみは朝早くに学校に行くし、今の俺とは学年も違っている。

 生活のリズムが違うから接点も無い。挨拶なんて皆無になるのはあたりまえだな。

 

「うん…そうですね」

 

 俺の今目の前にいる【くるみ】は二歳から隣家に住んでいて、幼稚園、小学校、中学校、高校とすべて同じ学校に通う完全なる幼馴染だ。

 それにも関わらず接点は殆ど無い。いや、無くなったといったほうが正しいか。

 俺は何時からくるみと会話をしなくなったんだろう?ふとそんな事を考えた。

 確か…記憶にあるのは中学の時に修学旅行が終わった位から…確かあの時からだんだんと会話が減った。そして気がついたら話す機会もほとんどなくなっていた。

 

「ねえ綾香ちゃん、お兄ちゃんはまだ戻って来ないのかな?」

 

 くるみは唐突にそんな質問をしてきた。

 え?お兄ちゃんって俺の事か?そうだよな?

 

「え?えっと…私もいつ戻るかは聞いていないので……でもそのうち戻ってくると思いますけど」

 

「ふーん…そっか…」

 

 見間違いなのか、今くるみの表情が少し寂しそうに見えたけど。

 もしかして俺が居ないと寂しいのか?心配してくれてるとか?

 まさかな…別に付き合いがある訳じゃないし、ありえないよな。

 

「ねえ綾香ちゃん、お兄ちゃんが戻ってくる時期がわかったら教えてね」

 

 ……うーむ…何だろうか…やっぱりくるみは俺の事を気に掛けてるのかな?

 じゃないとこんな事を聞いて来ないだろうし…

 

「綾香ちゃん?」

 

「あ、あ!ごめんなさい!わかりました、戻って来る時は教えます」

 

「うん、ありがとう」

 

「いえいえ」

 

「あ!そうそう!綾香ちゃん!駄目じゃないの!もう高校生なんだからパジャマ姿で家の外に出ちゃうとか!」

 

「え?あ、はい…って駄目ですか?」

 

「駄目だよー!綾香ちゃんって自分で気がついてないかもだけど、ここ最近はすっごく女性らしくなってきてるんだよ?」

 

 え?何それ、ここ最近って…いつの間に俺の事を見てたんだ?

 俺が気がついてなかっただけか?

 

「え!?そ、そうですか?」

 

「そうなの!だから駄目だよ?変な人に目を付けられちゃうよ?」

 

「あ、はい…気をつけます」

 

「それでよし!それじゃ、私そろそろ行くから。またね!」

 

 くるみはそう言い残し自転車を漕いで走って行った。

 

 俺はくるみの後姿を見ながらくるみの事を考えた。まだ仲の良かった昔の事も…

 

【くるみ】の本名は【八木崎やぎさきくるみ】四月三日生まれ。

 北彩高校の生徒会長で頭も抜群に良く常に上位。

 身長168センチ、体重はしらないが胸はでかい。

 スタイルも良くって美人というよりは可愛い。※悟ビジョン

 中学校で短かった髪も高校で伸ばして今は後ろでふわっと纏めている。

 

 しかし、くるみは実は中学校までは【綾香】と同じで幼児体型だった。

 ちっこくておまけにメガネをかけていて見た目も冴えない女の子だった。

 だが高校に入った途端にくるみは急成長を始めて身長は16センチも伸びて俺の身長を逆転しやがった。

 胸なんてぺたんこだったのに脅威のHカップまで成長。どうしたらそんなに成長するんだと聞きたい。というか綾香に教えてやってくれ。俺じゃないぞ?本物の綾香にだ。

 そして元々素材が良かったのか、メガネをコンタクトにして、軽いメイクをしただけイメージが一新した。すごく可愛くなった。

 今のくるみは悔しいが俺のストライクゾーンど真ん中だ。

 

 幼馴染なのに好意が無かったのか?と聞かれれば『あった』というのが正しい。

 というか昔はくるみが『好き』だった。

 なんだかんだで一番身近にいた女子だったし、くるみを中学校くらいから異性として意識をしていた。

 何かの切欠でもあれば俺とくるみは付き合ってたのかもしれない。

 

 中学の修学旅行が終わった位から急にアイツと俺はぎこちない関係になった。

 今考えるとその時に関係を修復しようなんて努力すらしていなかった。

 原因もわからないし、幼馴染だからそのうち関係も戻るだろうと思っていた。

 でも違った…関係は戻らず、そしてくるみは昔のくるみじゃなくなった。

 今では学校の人気者で誰からも慕われる存在。近くて遠い存在の女の子になった。

 でもいい、俺にくるみは不釣合いだし、俺を想ってくれている子もいるからな。

 

 俺は茜ちゃんの事を考えた。優しい茜ちゃんを…

 すると茜ちゃんの顔と同時に絵理沙の顔が…そして輝星花きらりの顔もくるみの顔も、おまけに大二郎や正雄の顔まで思い浮かぶ。

 ちょっと待て!何だこのいっぱい思い浮ぶ奴らは…男も入ってるぞ!

 待てよ…おかしいだろ…何か俺はおかしいだろ…

 俺は小さく溜息をついて家へと戻った。

 

 

 ☆★☆★☆★☆★☆

 

 

「しかしやる事が無いな…」

 

 午前九時。俺はパジャマのベットに横たわってずっと天井を見ている。

 昔なら休みの日は一日中ゲームをプレイするか漫画を読んでいた。しかし綾香はそういう系の趣味を持っていない。

 綾香の部屋にはゲーム機もパソコンも携帯電話も何も無い。

 本棚には綾香が小学校時代に集めていた少しの漫画と、中学の時に読んでいたちょっと硬い小説が並んでいる。あ…参考書はいっぱいある…

 少女マンガに小説……両方とも俺の趣味じゃない…参考書なんて見る気も無い。

 まさか俺の部屋からゲーム機とディスプレイを持って来てここでゲームをやりまくるとか、俺の趣味に合う漫画を買って読みまくるとかまず出来ないし……

 

「仕方ないなぁ…」

 

 俺は本棚にある少女向けの漫画を手に取った。

 気持ちが女になりかけてるのならこれの漫画も面白く感じるかもしれないな。

 そしてぱらぱらと読んでみるがすごく面白くない。いかにも少女向けの漫画なんだぞ!というこの絵が、このタッチが、この内容が俺には受け付けれない!

 何でこんなに瞳がきらきらしてんだよ!それに現実の男はそんなに優しくねーよ!

 男はな、もっとワイルドでいやらしい生き物なんだよ!

 くそ…俺の趣味に合ったまともな漫画がよみてー!

 という事で趣味は女になってなかった。よかった…

 

「そうだ!」

 

 俺は良い事が閃いた。

 確か中古本屋が隣町に出来たはずだ。そこで漫画を立ち読みすればOKじゃないか。

 隣町だし知り合いだって居ないだろう。それに少年漫画を読む女子だって少なくはない!別に買うわけじゃないから見られたって大丈夫だろ!

 よし!早速実行に移るぞ!

 俺は颯爽さっそうとおでかけの準備を始めた。

 

 まずは綾香のかわいらしさを維持するのにナチュラルメイクだ!

 よし、最初に洗顔してことっよ…あっというまに洗顔完了!

 最初に化粧水を手にとってペタペタ…そして日焼け止め……その上にベビーパウダーを軽くっと…アイライナーはやめとこうかな…俺は下手だし。

 でもピューラーには今回チャレンジしよう!最近これは出来るようになったんだよね。

 よし…そしてクリアカラーのマスカラを…あとはクリアのグロス……よし!完成!

 俺は鏡で自分の化粧の完成度を確認した。

 おお!結構いい感じね!

 

 次は服装だね!

 私はクローゼットから何着かのお気に入りの服を出すとベットの上へ並べた。

 うーんと…今日は秋を意識してこのベージュのワンピースにオレンジのニットカーディガンを羽織ろうかな?あまり派手すぎないこのイメージが私は好きなんだよね。

 うん!やっぱりこれにしよっと。

 あとは…やっぱり自転車で移動になるから濃い目のタイツを履いて…

 足元はカジュアルロングブーツかな?でも汚れたらやだし自転車の油がつかないようにしなきゃね…

 まずはブーツ以外のコーディネート完了!姿見で確認!

 

「わ!やっぱり綾香ってかわいい!やっぱり似合ってるよね!」

 

 まるで女の子の様にはしゃぎながら後ろも確認。

 

「うんOK!」

 

 その時、『ガチャリ』と音がしたと思うと母さんが部屋に入って来た。

 

「ちょっと綾ちゃん、返事してよ」

 

「え?わ、わわわ!」

 

 母さんのいきなりの部屋への侵入に俺は少し動揺してしまった。

 

「さっきから何度も呼んでるのに」

 

「え?あ、ごめんね」

 

 どうやら母さんは俺を呼んでいたらしい。しかし俺が化粧や着替えに夢中で呼ばれていた事に気がついていなかったみたいだ。

 

「あら?綾ちゃんおでかけするの?」

 

 母さんは俺の格好を見て笑顔でそう言った。

 

「あ、うん、そうだけど?それで、何?何の用事だったの?」

 

「あ、おでかけならいいわよ?それにしても綾ちゃん……」

 

 母さんは俺をじっと見ながら嬉しそうな笑みを浮かべている。

 

「な、何?」

 

「綾ちゃんも最近はすっかり女の子らしくなってくれて……お母さんは嬉しいわ」

 

「え?」

 

「うん、今日の綾ちゃんすっごく可愛いわよ。もしかして今日はデートなの?」

 

「で、デートじゃないよ!」

 

 俺は顔が熱くなるのがわかる程に動揺した。

 

「あら?顔を真っ赤にしちゃって、照れてる綾ちゃんもかわいいわね」

 

「だからデートじゃないって!もー!お母さんやめてよー」

 

 母さんはとても楽しそうに俺をからかっている。

 

「はいはい、ごめんごめん」

 

「で、本当に何の用事だったのよ?」

 

「いいのいいの。じゃあお母さんもお出かけするから気をつけてデートに行って来るのよ?」

 

「あ、うん…て違う!今日は本当にデートじゃないんだよ?」

 

「あら?大丈夫よ。お母さんは気にしないから」

 

「だからデートなんかしないって言ってるじゃん!」

 

 っと…話の途中で母さんはご機嫌なままで部屋を出て行ってしまった。

 まったく…なんでデートとかそういう考えになるんだよ?あと、人の話はちゃんと聞いてほしい…

 

 って…待てよ……

 そこで俺は冷静になって考えた。

 化粧とか服選びとか前よりも楽しくなってないか?

 もしかしてマジで俺って今すごく女の子っぽくなってるのか!?

 そうだよ……それだけじゃないぞ……最近は化粧品を買うのも服を買うのも抵抗が無くなってる…

 そして真理子ちゃんや茜ちゃん達にナチュラルメイクのご指導なんかしてもらって…

 あれ?化粧中に私とか言ってた気もする……やばい、女の子っぽいかもしれない…

 いや待て、これは綾香として生活する為に必要な事なんだよな?タブン…

 決して俺は女の子になりたい訳じゃないんだ!まぁ見た目は女の子だが…

 でも考えてみれば別に服だって買わなくってもいいくらいにあるし、化粧だって無理にする必要だってないんじゃないのか?

 

 もしかして俺って女としての生活に慣れていってるのかな?

 気持ちだけじゃなくってこういう所までもが女性化してるのか!?

 ……

 いや、大丈夫だ。こういう事を考えれる時点で女にはなってない。

 男だからこそそう考えるだけなんだ。そうだ!深く考えるのはやめだ!

 まずは漫画だ!漫画はタブン男っぽい!これなら女らしさも相殺出来るはずだ!

 ※そんな事で相殺にはなりません。女性漫画もあります。

 

 よし、お出掛けするぞ!

 俺は家を出ると自転車を漕いで隣町へ向かった。

 しかし…やっぱりワンピースだと自転車が漕ぎずらいな…

 

 

 ☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 隣町の古本屋へ到着!

 このお店は全国に多数のチェーン店を持つかなり大手の古本屋で、最近この町にも店舗をオープンしたんだ。

 特徴としては漫画を中心とした数多くの本を扱い、規模的には中規模だが品揃えも良いという噂だ。

 

 しかしなんかすっごくワクワクするな!これって久々に漫画が読めるからか!?

 

 ここ数ヶ月の間に発刊され、俺が以前から購入していたけど綾香になってから読めていない漫画がいくつかある。

 それが中古で並んでいるかは解らないが、並んでいたらラッキーだ。

 俺はワクワクしながら早速店内へと入った。

『いらっしゃいませ』と店員の掛け声が店内にこだまする。

 店内は明るくとっても良い感じで、店内を見渡すと早朝でオープンしたばかりなのに結構な人が既に漫画を漁っている。

 

「結構人気あるお店なんだな…」

 

 そんな独り言を言いつつ俺は目的の本があるコーナーへと向かった。

 えっと…マシンガンコミックスっと……ここだな…あるかな…

 ずらりと並んだ中古本を端から順番に見てゆくと俺の読みたかった漫画を発見!

 二十七巻と二十八巻が両方あるぞ!あれ?知らない間に二冊も新刊が出てたのか。

 最近は新刊チェックもしてなかったからなぁ…っとそれは良いとして…俺は二十七巻を手に取ると早速読み始める。

 久々の漫画はすごく面白い!今日は来て正解だった!

 

 俺は漫画を食い入るように読んだ。

 うお!この巻は面白いぞ!この展開は神だ…やっぱこの漫画は面白いな!って何だ!?ここで終わり?いいところなのに!

 っと普通だと思う所だが…実は二十八巻がそこにあるのだ!

 俺は二十七巻を本棚に戻し二十八巻へ手を伸ばした。

 すると同時に誰かの手が同じ本へと伸びてきて俺はその手に触れてしまった。

 

「あ、すみません!」

 

 俺はそう言って慌てて手を引っ込めると触れた相手の顔を見る。

 するとそこには見たことのある顔があった。

 

「あれ?姫宮じゃないか?」

 

 なんとそいつは正雄だった…

 

「正雄!?何で正雄がここに?」

 

「姫宮こそ何でここにいるんだよ?」

 

「え?そ、そりゃ漫画を読む為に決まってるじゃないか」

 

「漫画?そうか…それにしても姫宮、お前…」

 

 正雄は俺の全身を下から上へと流すように見た。

 

「何だよ、そんなにジロジロ見るなよ」

 

「お前、今日はやけに女の子っぽい可愛らしい格好してんな……それって化粧までしてんだろ?」

 

 こいつ、洞察力がすっげー…このナチュラルメイクを見抜くとはよく見てやがる。

 しかし俺が可愛らしいとか……言ってて恥ずかしくないのか?可愛いのか?俺?

 そんな事を考えていると、無意識に顔がかーと熱くなってゆくのがわかった。

 や、やべ…また顔が赤くなってるのか!?って正雄に可愛いって言われたから!?アホか俺は!何で男に可愛いとか言われて毎度毎度のように赤くならなきゃいけねーんだよ…

 と、取り合えずは何か言わないとな…

 

「し、仕方ないだろ!俺は今…女なんだから…」

 

「ふーん……女ね…まぁいいか。そのくらいうまく化粧も出来りゃ、これからの生活にもこまんねーだろうしな。しかし、今の照れた表情もマジ女っぽかったぞ」

 

「お、女っぽいって!好きで女をやってる訳じゃないんだよ!」

 

 正雄が冗談で言っているのは見てわかったが、それでも恥ずかしさもあってつい大きな声を出してしまった。

 流石の正雄も俺の声の大きさを気にしたのか、周囲をちらりと見ると俺に小声で言う。

 

「おい姫宮、声がでかすぎるぞ」

 

「あ…」

 

 俺も慌てて周囲を見渡した。

 知らないうちに周囲のお客や店員の視線が俺達に集まってるじゃないか。

 やばい…ちょっと冷静さを失ってた…

 ここは冷静になって対応しないと目立つだけじゃないか。

 もしもこんな所を誰かに見られたりしたらやばいしな……

 

「姫宮、本当に落ち着け。それと言葉使いも直せ」

 

 グググ…ムカつく…冷静に対応しやがって…

 でもまぁ言ってる事は間違ってないんだよな…

 よし、俺も落ち着こう…口調も直そうか…

 

「それじゃまたな、姫宮」

 

 正雄は俺の読みたかった漫画を右手に持つと、レジの方向へと歩き始めた。

 

「え?」

 

 待て!俺が落ち着こうとしている最中に帰る気か!?

 っていうか!それ!その漫画を俺も読みたいんだが!

 

「ま…じゃない…桜井先輩、ちょっと待って下さい!その漫画を私も読みたいんです!読ませて貰えませんか?」

 

 正雄は振り返り冷たく言った。

 

「今は駄目だ」

 

 なんて冷たい一言だ……そしてなんてケチな奴なんだ…

 

「ケチ…」

 

「ケチじゃない。この本はまだ発売したばかりで中古に出てるのが珍しいんだ。だからこれは先購入しておく。という事だ」

 

 正雄は再びレジの方へと歩き出した。

 だが俺は諦めない!あの中途半端な所で終わった漫画を読まずにいられるか!

 

「ちょっと待って下さい!どうしても続きが気になるんです!それを読みたいんです!」

 

 俺はそう言って正雄の右袖をぎゅっと持った。すると正雄は呆れた表情で俺の方を振り返った。

 

「仕方ないな、来いよ、読ませてやるから」

 

「え?何処で?ここでじゃなくって?」

 

「違う、一旦はこれは買うって言っただろ?横にファミレスあるからそこで読ませてやるよ」

 

「ファミレス?って私はそんなにお金持って来てないよ?」

 

「仕方ないな……ドリアくらいなら奢ってやるよ…」

 

 正雄はそう言うと頭を右手でポリポリとかいた。

 奢りだと!?それって無料ただって事だよな!?これは行くしかないんじゃないか!?

 いや、その漫画に執着すべきなのか?ここで違う漫画を読むのも手だぞ?

 でもあの漫画の続きは気になるし……ここは…

 

「どうするんだ?」

 

「行く!行く行く!」

 

 俺は正雄と一緒に古本屋を後にした。

 

 

 ☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 ここは古本屋の近くにあるイタリアン系のファミレス。

 店内にはまだ朝も早いせいもあって、お客さんも数人しかいない。

 

「悪いですね、奢ってもらった上に漫画まで読ませてもらっちゃって」

 

「まったくだよ、姫宮は昔から遠慮っていうものを知らないよな」

 

 正雄はアイスコーヒーを飲みながら呆れた顔でそう言った。

 

「え?そうですか?私はそんな事は無いと思うけど?でさ、桜井先輩はこの漫画の展開どう思う?私はこの展開は…」

 

「待て!話すな!いいから早く読め!俺はまだ読んでなんだぞ?絶対に内容は言うなよ。話したらもう二度とお前には漫画を読ませてやんねーからな」

 

 あ、そうだ…俺の方が先に読んでるのか…

 

「あ、ごめん!OK!わかりました」

 

 俺は漫画を読み始めた。そして二十分が経過…

 

「姫宮…」

 

「何ですか?」

 

「まだかよ?」

 

「今、読み直し中です」

 

 俺がそう言うと正雄は眉間にしわを寄せて顔を引きつらせている。

 

「おい…俺も読みたいんだよ…何でお前の方が先に読んだ上に読み直してるんだよ…」

 

 やばい…正雄が怒ってる…これって考えなくてもこれは俺が悪いよな。

 

「まさ……桜井先輩ごめん、ありがとう、これ返す」

 

 俺は謝りながら両手で漫画を正雄に差し出した。しかし正雄は何故か受け取らない。

 

「いいよ……お前の今の境遇を考えてみたら好きなだけ漫画とか読めないんだよな。だから読みたいだけ読めよ……俺はいいからさ」

 

 正雄はそう言うとドリンクを取りに席を立った。

 俺の胸の中で何かが『きゅん』とした。

 やばい…なんだこれ……なんでこいつはこんなに優しいんだよ…前からこんなに優しい奴だったっけ?

 そんな事を考えながら無意識に正雄の背中を目で追っていた。

 な、何で俺は正雄を見てるんだよ……漫画、そう!漫画を読むぞ…

 俺は再び貸してもらった漫画を再び読み始めた。

 正雄がコーラをコップに入れてゆっくりと席へ戻って来る。

 俺がチラリと正雄を見ると視線が合った。俺は思わず視線を外す。

 

「姫宮?どうした?」

 

 正雄はそう言いながら席に座った。

 

「どうもしてないよ…」

 

「そうか…」

 

 沈黙の時間…正雄はぼーと外を…じゃなくって俺を見ている。え?俺を!?

 

「な、何で私を見てるんですか」

 

「ん?いや…本当にすげーなと思ってさ」

 

「すげー?って?何がですか?」

 

「本当に姫宮は女になったんだなってな……」

 

「何を今更…これが現実だよ。信じられないかもしれないけど」

 

「世の中には不可思議な事ってあるもんだな…」

 

「不可思議っていうよりも、ありえない事っていう方が…」

 

「そうだな、まったくだ……ってこんな話はここでするべきじゃなかった……またにしよう」

 

「あ、そうだね」

 

「漫画を早く読め」

 

「あ、うん」

 

 それから十分後…

 

「はいこれ、ありがとう」

 

 俺は漫画を正雄に差し出した。すると正雄は漫画を受け取ると鞄に仕舞い込んだ。

 

「あれ?読まないの?」

 

「ああ、俺は家で読むから」

 

「え?じゃあ何でここに?」

 

「ん…ちょっと休憩だよ」

 

 休憩って嘘だ…まだ十一時だぞ…

 もしかして俺の為に態々《わざわざ》ここに寄ってくれたのか?

 …くそー…マジで良い奴すぎるだろ…

 

「ごめんね……」

 

「ん?どうした?」

 

「私の為に…」

 

「いいんだよ。気にすんな。俺が勝手にお前を誘っただけだ」

 

「ありがとう…」

 

「よし、それじゃあ出るか?」

 

「うん…あ!ちょっと待って!リップクリームだけいいかな」

 

「え?あ、ああ…」

 

 俺は慌てて洗面室に行き、鏡を見ながらリップクリームを塗りなおした。

 

「ごめん、お待たせ」

 

「あ、おう…出るか…」

 

「うん…」

 

 正雄は食事代金を払うとレジの後ろで待っていた俺よりも先に店を出た。

 

「姫宮、この後はどうするんだ?」


 お店をでた正雄はおもむろにそう言った。

 俺は別に予定がある訳じゃない。あるとすればさっきの古本屋で漫画をもっと読むくらいか?


「別に用事は無いけど?古本屋に戻るかなーって思ってるけど?何かあるの?」

 

「いや…お前に時間があるならさっきの古本屋の裏で話でもしないかなって思ってな」


 正雄は何か考えている様子で俺にそう言った。

 何だろう…何だか言いたい事がありそうな表情…これは行くしかないか?

 

「え?別にいいけど?」


「すまん、ちょっとだけ付き合ってくれ」

 

 そして俺は正雄と一緒に古本屋の裏へと移動した。

 

 続く

ここに来てのまさかの新キャラ!?というか設定はあったのですがなかなか出て来なかったという子です。これからも宜しくお願いします。

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