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第20話 ココロもカラダも? 前編

 雲ひとつ無い青い空が広がる秋晴れの日…広い平原にそよ風が吹いている。

 私は大きな木の下で大二郎の二人っきり…大二郎は私にそっと微笑みかけてくれる。

 

『綾香…俺はお前を愛してる』

 

 そして私は大二郎から愛の告白を受ける。

 真っ白なタキシードに身を包んだ大二郎は微笑みながら私を見ていた。

 

『大二郎…私も大二郎を愛してる…』

 

 私も大二郎に少し照れながらそう返事をした。

 

『綾香、ずっと俺と一緒にいてくれないか』

 

 大二郎はそう言うと私の手をぎゅっと握る。私も大二郎の手をぎゅっと握り返した。

 

『うん…私、大二郎とずっと一緒にいるよ…』

 

 大平原の中にある大きな木の下で私は愛を誓った…

 幸せ…こんなに幸せで私…いいのかな…

 そう思いながら私は風に揺れる草原の草を眺める。

 

『こら!ちょっと待った!』

 

 突然大きな声が聞こえたかと思うと空は急激に曇り始め、雷鳴が轟く。

 

『え!?な、何が起こったの!?』

 

 私は慌てて周囲を見渡す。すると段々と周囲の風景が消えてゆく。

 そしい何時のまにか周囲は真っ暗になっていた。

 『ズガガガン』と激しい音と雷光。真っ暗な空間に稲妻が真横に走る!

 先程まで周囲にあった草原も木々も何も無くただ真っ暗な闇。

 私は恐怖に襲われて大二郎の手をぎゅっと握った。

 大きな雷鳴が聞こえた瞬間、目の前に真っ黒なローブを纏った人間が現れた!

 

『だ!誰だ!俺達の恋路を邪魔しようとしているのは!』

 

 大二郎は私を庇いながらその人間に向かって叫んだ!

 

『おい大二郎…お前そいつと一緒になれると本当に思ってるのか?』

 

 何処かで聞き覚えのある男の声… 

 ローブの男は私達の前まで歩いてくると、目の前でバサ!っとフードを取った。

 その瞬間、大二郎の顔が驚きの表情へと変化する。

 

『ま、正雄!』

 

 そう、聞き覚えのある声の正体は、ローブの男の正体は正雄だったのだ。

 

『ま、正雄!いくら親友のお前だからって、綾香と俺との仲を引き裂くなんてゆるさねーぞ!』

 

 大二郎は動揺を隠せない表情でそう怒鳴ると右の拳を振りあげて正雄に殴りかかる!

 しかし正雄は大二郎の拳をいとも簡単に左手で受け止めた。そして私の方を見る。

 

『やめろ大二郎、そいつは悟なんだぞ?』

 

 正雄はそう言いながら私を指差す。

 

『え?な、何だと?』

 

 大二郎は先程以上の驚きの表情を浮かべると拳を下げた。

 

『ば、馬鹿な!綾香が悟!?そんな訳…』

 

 大二郎は信じられないという表情でふらふらとしている。

 

『馬鹿じゃない、ほらよく見ろよ、今は悟に戻ってるじゃないか』

 

 正雄は不気味な笑みを浮かべてそう言った。 

 私は慌てて自分を見た。すると…

 

『あ!あれ!?男に戻ってる!?』

 

 俺は何時の間にか悟に戻っていた。な、何だ?何で男に!?

 俺がおどおどしていると正雄と大二郎が俺を囲んでいる。

 

『おい悟…お前…綾香に化けて俺を騙していたのかよ』

 

 大二郎がそう言って俺を睨んだ!

 その瞬間、今度は周囲がふわっと明るくなり俺は一瞬視界を失った。

 視界が戻り気がつくと何時のまにか俺達は学校の屋上に立っている。

 そして制服姿の正雄と大二郎が厳しい表情で俺を睨んでいる。

 

『お、俺は…何も悪い事はしてないぞ…だ、大二郎が勝手に俺を好きになったんだろうが!』

 

 俺が怒鳴った瞬間、いきなり大二郎と正雄が目の前から消えた。

 

『あれ?大二郎!?正雄!?』

 

 俺は周囲をキョロキョロと見渡して二人の姿を探し始めた時、『ダン!』という激しい音と共に突然目の前に制服の女子生徒が現れた!というか上から降って来た!

 その女子生徒は着地した姿勢で前屈みのままで表情を伺えないが、見覚えのある茶色い髪が風に揺らいでいる…まさか…

 女子生徒はゆっくりと顔を上げながら立ち上がる。

 絵理沙…そう、その女性は絵理沙だった。絵理沙は立ち上がると俺をジロリと睨む。

 

『男なのに男を好きになるなんて最悪…私からの告白を受け入れないで男に走るとか…悟の馬鹿!』

 

 そう言った絵理沙の目には涙が溢れている。俺は慌てて絵理沙の方へと走ると絵理沙は涙を浮かべたまま屋上の柵の方向を見た。

 

『ま、待て!絵理沙!誤解だ!俺は別に男なんて好きになってない!』

 

 絵理沙は涙をこぼしながらいきなり柵へ向かって走り出す。

 

『おい!待てよ!』

 

 絵理沙はそのまま勢いをつけて柵を飛び越え、屋上から飛び降りた! 

 俺は慌てて屋上の金網越しに飛び降りた絵理沙を探す。しかし絵理沙の姿が見えない。

 すると今度は後ろから違う女性の声がする。これも聞き覚えのある声…

 

『ひどい!綾香が姫宮先輩だったなんて…』

 

 え?この声は茜ちゃん!?俺は慌てて後ろを振り返った。

 すると屋上の出入口の前で茜ちゃんが泣き崩れている。

 そして横には佳奈ちゃんと真理子ちゃん…

 

『本物の綾香に化けてたなんて…最悪ですね』

 

 真理子ちゃんが怒った表情で俺を指差して言った。

 

『茜の気持ちを踏みにじるとか!男じゃないよね!』

 

 佳奈ちゃんも怒った表情で俺を睨みながらそう言った。

 しかしその時、佳奈ちゃんの表情がいきなりキョトンとした表情へと変化する。

 

『あれ?姫宮先輩じゃないじゃん。知らない女子生徒だよ?』

 

 佳奈ちゃんが俺を指差したまま訳のわからない事を言いだした。

 知らない女子生徒?俺は男に戻ってるはずだろ?

 俺は自分の姿を確認する。女子生徒の制服。膨らんだ胸。俺は本当に女になっていた!

 容姿は確認出来ないが、長いストレートな髪が風になびいているのもわかる。

 

『あれ!?俺は誰になったんだ?』

 

 その時、また周囲がふわっと明るくなった。

 気がつくと周囲が真っ白になって茜ちゃん達の姿が消えている。

 

『何だよ?ど、どうなってるんだよ?』

 

『お兄ちゃん…』 

 

 俺が長い髪を触っていると後ろから綾香の声が聞こえた!

 あ、綾香!?俺は慌てて後ろを振り返った。

 

『綾香!?』

 

 俺の真後ろには行方不明だったはずの綾香が立っている。

 綾香は俺がお気に入りだった薄い緑のワンピース…

 

『お兄ちゃんは私になったんだ…』

 

 俺は慌てて自分の姿を確認しなおした。すると俺はまた綾香の姿に戻っている。

 

『こ、これには訳があるんだ!綾香聞いてくれ!』

 

『もういいよ…そっか…お兄ちゃんが私の代わりに生きてくれるんだ。私はもう必要ない人間なんだね…もう戻らなくってもいいよね…お兄ちゃん…』

 

 綾香は寂しそうな顔でそう言うと天を仰いだ。

 

『待って!待ってくれ!俺には綾香が必要なんだよ!戻って来て欲しいんだ!』

 

 俺が綾香へ向かって一生懸命に走った。しかし一歩も動いてないはずの綾香に全く追いつけない。

 

『さようなら…お兄ちゃん…』

 

 綾香は笑顔でそういうと目の前から消えた。

 

『綾香!綾香ぁ!』

 

 俺はがくりと両膝を地面についた。一体どうなってるんだ?これは何なんだ?

 魔法か?夢か?幻か?夢であったら覚めてくれ…

 

『夢?これは夢じゃないよ、悟君はもう綾香さんとしても悟君としても生きて行けないんだよ』

 

 野木の声!?俺の後ろから野木の声が聞こえた。

 おれは慌てて後ろを振り返った。しかしそこには誰もいない…

 そして真っ白な世界の中に真っ白なドアが一つ…

 

『何がどうなってるんだよ!』

 

 俺は叫びながら急いで白いドアに駆け寄る。そしてドアのノブを掴もうとした。が掴めない!

 右手を見ると俺の右手が消えている!?そしてどこともなく見知らぬ声が聞こえる…

 

『さようなら、悟君』

 

『え?何だよ!助けてくれよ!俺は何も悪い事なんてしてないじゃないか!』

 

 俺はそこではっとして目を覚ました。

 

 ゆ…夢か…

 俺は大きなベットの上で横になっていた。って…俺…裸…なんだけど…なんで裸なんだ?そしてここは何処なんだ?

 ピンクに飾った部屋の中。ガラス張りの浴室…まるでそっち系のホテル?

 ゆっくりと俺は自分の体を確認する。見覚えのある裸だ…綾香の姿なのか…

 しかし問題は何で裸なのかと言う事となんでこんな場所に居るのかっていう事…

 俺が考え込んでいるといきなり先程まで人気の無かった俺の右横に人の気配がした!

 

『おはよう、綾香』

 

 こ、この声は!?俺が恐る恐る顔を声のする方を見るとそこには再び大二郎が!?

 

『だ、大二郎!?』

 

『どうした?すごくうなされていたぞ?怖い夢でも見たのか?綾香、綾香って叫んでいたけど、お前が綾香じゃないか?夢の中で何かあったのか?』

 

 大二郎は俺のおでこに自分のおでこをつけてそう言った。

 俺は何故だか体が硬直して動けない。ゆっくりと視線だけを動かしてみると…

 大二郎まで裸じゃないか!?大二郎まで裸だという事に気がついた! 

 思わず絶句する……… 

 ……… 

 な、何が…?

 

『どうした綾香?顔が真っ青だぞ?』

 

 大二郎は心配そうにそう言った。

 

『え、えっと…俺は…何でここにいるのかな?』

 

『え?覚えてないのかい?俺達は昨日やっと…××××たんだ』

 

「ぎゃあぁあぁああぁぁ!」

 

 俺は衝撃の一言で目の前が真っ暗になった。

 ドザ!

 体に衝撃が走ったかと思うと背中に痛みが…

 あれ?何だろう?ここは何処だろう?さっきのは夢だったのか?俺はゆっくりと目を開いた。

 すると見慣れた天井が…ここは部屋の中?ここは?綾香の部屋なのか?で…

 慌てて自分の格好を確認する。パジャマ!?着てる…よ、よかった…

 よく見れば俺はベットから落ちている。

 待て?俺は綾香のままなのか?自分の胸とあの部分を確認してみる。

 ふにゃりとした柔らかい感触と男の証拠が存在していないあの部分…やっぱり女のままだ…

 というか…さっきまで見ていたのはやっぱり夢だったのか?

 夢…だよな?それにしてもリアルな夢だったな…

 

 俺は体がべたべたな事に気がついた。

 うわ…すっげー汗かいてるよ…べちょべちょだ…

 それにしても危険な夢すぎたよな…特に最後が最悪だったぞ…まさに悪夢ってやつだな…

 ………

 まさか綾香まで夢に出るなんて…それもあんな事を言うなんて…綾香… 

 ……… 

 待てよ…これも夢っていう落ちは無いよな…

 俺は立ち上がると自分のほっぺをつねった。

 

「あれ?痛くないぞ…こ、これも夢か!」

 

 今度は俺は右手でおもいっきり自分の右頬を叩いた!

 バシン!という音が室内に響いたと思うとすさまじい痛みが頬に!

 

「痛ぁああい!」

 

 すっげー痛かった!さっきは綾香の頬が柔らかすぎてつねっても痛くなかっただけなのか…

 しかし…さっきの夢、思い出すだけでも背筋がぞっとする…マジでありえない夢だったよな…

 忘れたいのに何故か鮮明に脳裏に焼き付いている。特に大二郎の裸が…

 うわああぁぁあああ!はぁはぁ…わ、忘れよう…

 

 ☆★☆★☆★☆★

 

 俺は学校へ行く支度を終わらせて部屋で休んでいる。

 どうも調子が悪い…きっと精神的なものだろうけど…

 …俺は先程の夢を思い出す。

 そう言えば夢で俺の正体が正雄にばれてたよな…確かに正雄は俺の事を疑っている…

 絵理沙だって前に屋上で俺に告白をしたよな…今の感じからすると嘘だったのかもしれないが…

 茜ちゃん達も騙してないとは言えないよな…いや、騙しているよな…

 綾香だってこのままの俺の姿を見ると夢のような事を言いそうな気もするし…

 ……大二郎との事は…考えないでおこう…

 という事は全てがありえないとも言えないか…うーん…

 考えれば考える程に頭が痛くなる…

 でも一人で悩んでても解決出来ないよな。今日学校に行ったら野木に相談しよう…

 俺は鞄を持つと部屋を出た。

 

「痛っ…」

 

 階段を下りている途中で下腹部に痛みが走った。 

 くそ…またこの痛みだ…昨日の日曜日もあまり調子よくなかったけど、今日も調子良くないな…

 体も重くてだるい…あーもう…俺は完全に精神的に病んでるかも…

 

 

 ☆★☆★☆★☆★

 

 

 そして教室へ到着…

 ふう…なんとか学校へは着いたものの…やっぱ体調不良だ…あーあー…土曜日の一件もあるし…頭も痛い。

 

「おはよう、綾香」

 

 気がつくと目の前に真理子ちゃんが立っている。

 何だか真理子ちゃんに逢うのが久々なような気がするな。

 

「おはよう、真理子ちゃん」

 

 俺はとりあえず挨拶を返した。

 

「あれ?どうしたの綾香?顔色が悪いよ?」

 

 流石真理子ちゃんだ。俺の体調不良に即気がついた。

 

「えっと、ちょっと色々あって疲れちゃって」

 

「そっか…土曜日も茜と一緒に出かけたんでしょ?疲れが溜まってるじゃないの?綾香は前からあまり体が強い方じゃないんだから、無理しないようにね」

 

「あ、うん、ありがとう」

 

 真理子ちゃっんはニコリと微笑むと自分の机へと戻って行った。

 優しいな真理子ちゃん…良い子だよなぁ…茜ちゃんの次くらいに。という茜ちゃんがまだ来てない。

 俺はクラスを見渡したが、茜ちゃんも佳奈ちゃんも、あと絵理沙もまだ来てない。

 何時も早く来てる絵理沙が来てないとか珍しいな。

 

「おっはよー!!」

 

 元気の良い声が後ろの出入口から聞こえる。

 この声は佳奈ちゃんかな?俺は椅子に座ったまま後ろを振り返った。

 その瞬間!

 

「あーやーかぁぁああああ!ボンバー!」

 

 振り向いた目の前にいきなり佳奈ちゃんの右腕が!?

 やばい!いつもの攻撃だ!?避けないと!

 俺は体を反らそうとしたが、その瞬間に体に痛みが走る。

 こ、こんな時に…やば!避けれない!

 

 首根っこに佳奈ちゃんの右腕がクリーンヒット!

 ドシャーン!という凄まじい音が教室中に響き渡ると同時に俺は椅子から転げ落ち机をなぎ倒し床へと転がった。

 

「きゃあああ!あ、綾香!?」

 

 佳奈ちゃんは悲鳴を上げると青い顔をして俺を見て震えている。

 いつも強気な佳奈ちゃんだが、動揺して動けない様子だ。

 

「佳奈!何やってるのよ!綾香!綾香!?ちょっと大丈夫?頭うってない?」

 

 先程席に戻って行った真理子ちゃんが慌てて俺の所に走ってきてくれた。

 俺はというと少し頭がくらくらしたが、特に体の痛みもない。

 取り合えずは大丈夫そうだ。運が良かったのか俺の頑丈な体のお陰か…

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 俺は真理子ちゃんの手に捕まってゆっくりと起き上がった。

 立つと多少は体に痛みを感じたがたいした事は無さそうだ。

 

「佳奈!本当に何やってるのよ!綾香は今日調子が悪いって見てわかんないの?顔色を見ればわかるでしょ!いつも相手にしてくれてるからって、この所やりすぎじゃないの!?ねえ!佳奈!」

 

 あの真理子ちゃんが教室中に聞こえる程の大声で激怒している。

 俺はそんな真理子ちゃんを見て思った。普段怒らない子が怒ると怖い…

 そして考える。茜ちゃんも怒ると怖いのだろうか…

 でも怒らせなきゃいいんじゃないのか?そうだ、そうだよな…俺は自分で自分を納得させた。

 

「謝りなさいよ!佳奈!綾香に!」

 

 真理子ちゃんは佳奈ちゃんを睨みつけて怒鳴っている。

 佳奈ちゃんの顔を見ると、真理子ちゃんに怒鳴られてなのか、動揺してなのか、今にも泣きそうな顔になっている。

 

「ま、真理子ちゃん、もういいよ…私は怪我もなかったんだし」

 

 俺がそう言うと真理子ちゃんは俺をジロリと睨んだ。

 

「綾香も甘い!今回は何もなかったからいいけど、どうするのよ!もしも子供が産めない体にでもなったら!」

 

「え?」


 俺は思わず動揺する。 いや、あの…俺は子供を産む体にはなりたくないんだけど…

 っていうか男だし…って言っても今は女。

 もしかして…俺って子供も生めるのか?…って無いよな…元は俺の体なんだし。

 

「佳奈!」

 

「う…」

 

「綾香に早く謝りなさい!」

 

 その瞬間、佳奈ちゃんの目から涙がぼろぼろとこぼれ落ちだした。

 

「本当にいいから!真理子ちゃん、佳奈ちゃん泣いちゃってる」

 

「佳奈!泣いてもダメだよ!前だって茜を怪我させた事があるでしょ!もう忘れたの?」

 

 え?何それ?初耳…

 

「おはようー」

 

 今度は前の出入口から茜ちゃんの声が聞こえた。

 

「あ、茜ちゃんおはよう…」

 

 俺は咄嗟に茜ちゃんに挨拶した。

 

「綾香、おはよう、あれ?佳奈!?何で泣いてるの?真理子?何その怒った顔…」

 

 茜ちゃんは鞄を自分の席に置くと俺達のいる場所へと歩いてくる。

 

「えっくえっく…ご、ごめ…ん…えっく…あ…綾香…ごめん…ごめんなさい」

 

 佳奈ちゃんはぼろぼろと涙をこぼしながら小さい声でそう言った。

 なんか見てるだけでも可愛そうになってきた…もういい加減いいよって言いたい。

 

「真理子、佳奈が何かやったの?」

 

 茜ちゃんが真理子ちゃんにそう聞くと真理子ちゃんは先程あった出来事を茜ちゃんに話した。

 

「そっか…佳奈、今回は佳奈が悪いよ?佳奈もわかってるんでしょ?」

 

 佳奈ちゃんは茜ちゃんにそう言われて泣きながら小さく頷いた。

 

「真理子も佳奈がこんなに泣くまで怒鳴らなくっても、佳奈だって子供じゃないんだよ?普通に言えばわかるんじゃないの?」

 

 茜ちゃんは真理子ちゃんにそう言った。

 

「でも、中学校の時、佳奈がふざけて茜の背中押した時…茜はそのまま階段から落ちて額をぶつけて数針縫ったでしょ…」


 真理子ちゃんはそう言うと茜ちゃんの額を見る。 

 茜ちゃんが階段から落ちた?額を縫ったって…そんな大けがしたのか?

 

「あれは私も悪かったんだから。あんな場所でふざけあってて。佳奈だってすごく反省してくれたし。私は何とも思ってないんだからさ」

 

 茜ちゃんはおでこの右眉毛の上辺りを右手で触りながらそう言った。

 よく見れば小さくだが傷が残っている。

 

「茜も甘いよね…私は…佳奈の事を思って言ってるだけなのに…」

 

 そういう真理子ちゃんまで泣きそうな顔になっている。

 

「真理子、真理子がすっごく真面目で正義感が強いのは私はよく知ってるし、佳奈の事だって誰よりも心配してるって知ってるよ。佳奈?佳奈も今回はよく反省して、ちゃんと綾香に謝って、今度はちゃんと考えてから行動しなよ?」

 

 茜ちゃん…すごいな…冷静沈着でちゃんとまとめてる。

 こんなにすごい子だったのか…

 

「あ…綾香…本当に…ご、ごめん…ね。私…いつも綾香が避けてくれるから…今日も避けるって勝手に思って…だから…本当に…ごめん…ひっく…ぐす」

 

 佳奈ちゃんは泣きながら頭を下げて俺に謝った。

 何だろうか、俺はこんな佳奈ちゃん見たくない…そう思った。

 

「佳奈ちゃん、いいよ、私もいつも避けてたから悪いんだし…あれ?悪くはないか?でもまぁ…今日はたまたま私の調子が悪かったからこんな事になっちゃっただけだし、あまり気にしないで。私も気にしない」

 

「うん…ありがとう…綾香…」

 

「佳奈、ちゃんと反省してね」

 

 茜ちゃんは優しくそう言った。

 

「うん…」

 

 佳奈ちゃんは両手で今だに溢れ出る涙を拭った。

 そこに真理子ちゃんがハンカチを差し出した。

 

「佳奈…ほら涙…」

 

 佳奈ちゃんは「ありがとう」と小さな声で言ってハンカチを受け取った。

 

「佳奈…佳奈も女の子なんだし、ハンカチくらい持ったほうがいいよ?」

 

 真理子ちゃんも佳奈ちゃんに優しくそう言った。

 

「あ…うん…努力する」

 

 努力って…佳奈ちゃんってハンカチ持ってない人だったのか。

 そっか…女の子は全員ハンカチを持っているものだと勝手に思い込んでいた…

 という俺も持って無いけど…今度から持とうかな…

 

「佳奈、思い切り泣いた!って顔になってるよ。そんな顔じゃダメだから一緒にお手洗いにいこ」

 

「うん…」

 

 佳奈ちゃんと真理子ちゃんは教室から出て行った。

 

「茜ちゃん、ごめんね…朝から」

 

「ううん…私は別に何もしてないし…それより綾香、体は大丈夫?真理子の言うとおり顔色が悪いよ?」

 

「あ、うん、大丈夫」

 

「そっか、よかった…それにしても…真理子ちゃんがあんなに怒ってるのって久々に見たね。やっぱり真理子ちゃんって怒ると怖いね」

 

 茜ちゃんは笑顔でそう言った。という事で気になるのが茜ちゃんは怒るとどうなのか…

 

「あ、茜ちゃんは…ど…どうなの?」

 

 俺は思わず聞いてしまった。

 

「え?私が怒るとって事かな?あれ?私…綾香の前で怒った事って無かったっけ?」

 

 ぐあぁぁぁ!墓穴を掘ってしまった!

 

「あ、えっと、いや、ほら、本気で怒ったら真理子ちゃんみたいになるのかなって」

 

「え?うーん…どうなんだろう…自分の事って自分じゃよくわからないし…」

 

「あ、ごめんね!変な事を聞いちゃって!もういいし、気にしないで」

 

 やばいかった…自ら墓穴を掘ってどうするんだよ…

 

「綾香、そういえば綾香って最近は怒ると男みたいになるよね」

 

「え!?」

 

 キタコレ!やばい!やはり墓穴を掘って自ら落ちてしまったのか!?

 早くどうにかごまかなさないと。俺が慌てていると俺の後ろから声が…

 

「記憶喪失になると精神的に不安定になるから、ある程度の記憶が戻ったとしても前と同じ人格を保てる場合もあればそうじゃない場合だってある。突発的に別の人格が現れる場合だってある。だから綾香ちゃんに男っぽさが出てもおかしくは無いかもしれない。でも綾香ちゃんは女の子だから男っぽいのは別の意味でおかしいけどね」

 

 俺が声の方を見ると何時の間にか絵理沙が机についていた。

 

「あ、絵理沙さん、おはよう」

 

 茜ちゃんは絵理沙に気がつくと慌てて挨拶をした。

 

「おはよう、茜ちゃん」

 

 絵理沙も笑顔で挨拶を返した。

 

「そうか、そうなんだ…じゃあ記憶が完全に戻れば前の綾香に戻るのかな?」

 

 え?茜ちゃん?その質問って今の俺が前の綾香と違うっていう意味か?

 

「そうね、その可能性は大きいかもしれない。でも結果は戻ってみないと解らないわね」

 

 絵理沙は真面目にそう答えた。

 

「そっか…でも私、今の綾香も好きだし…今のままでもいいけどね!ね、綾香」


 やっぱり俺は前の綾香とは違うと茜ちゃんには認識されているみたいだ。

 でもそれは記憶喪失のせいって事になってるんだよな…今は…

 

「え?あ、うん…」

 

「あ!そろそろ先生来る!じゃあまた後で!」

 

 茜ちゃんは自分の席へと戻って行った。 

 そして佳奈ちゃんと真理子ちゃんも教室に戻ってきた。 

 俺は自分の席に着くとちらりと絵理沙の様子を伺う。

 絵理沙はまったくこちらを見る気配も見せずに椅子に座っている。

 

「絵理沙?」

 

 俺は小さな声で絵理沙を呼んでみた。

 絵理沙は一瞬俺の方を見たが、すぐに視線を元に戻した。

 な、何だ…その冷たい対応は…さっきは茜ちゃんの質問に俺が困っていたら助けてくれたのに…

 わかんねー!こいつの考えてる事がわかんねー!

 

 そして、俺の体調が戻らないまま放課後を迎える。 

 

 続く

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