第15話 ぷろぶれむれぞりゅーしょん?
夕暮れの西日の差し込む田んぼ道を俺は家へと向かっている。
俺の心境は複雑だ…
本来ならば今日には家に届いているであろう北海道から出した手紙の事が気になるのだろうが、正直さっき屋上であった出来事の方が気になって頭から離れない。
俺の頭の中では何度も顔を赤らめた絵理沙が俺に告白したシーンがリピートされる。
俺はこれまでに何度となく絵理沙が俺に対して好意を抱いているのではないだろうかと思った事はあった。でもそれは俺の勝手な思い込みであって、絵理沙が本当に俺に対して好意を抱くなんてありえないと思い込んでいた。
しかし、違った…絵理沙は本当に俺に対して好意を抱いていた…
ただ、理由、そう…何故俺に対して好意を抱いてくれているのかが解らない。
確かに二学期に入り、絵理沙がクラスメイトとして入学してきてから一緒に居る時間が増えてからは会話をするようにはなった。だけど必要最低限の話をする程度で、個人的な話なんか殆どなかった気がする。
絵理沙の方を見るとよく俺の方を見ていたのは事実かもしれない…
実はその頃から俺に好意を持っていたのだろうか?
例えそうだとしても今度は切っ掛けがまったくわからない…
体育祭の前くらいからだろうか?授業の合間の休み時間にも話すようになったのは…
普段の絵理沙との会話からは俺に好意を抱いてるなん想像も出来なかった。
俺はふと気が付くと何時の間にか家の前まで戻って来ている。
考え耽っている間に家に戻って来てたのか…しかし…何で俺は絵理沙の事ばかり考えてるんだ…
俺は自分に問いただす…
おい悟…お前は絵理沙の事をどうこう思ってる訳じゃないんだろ?絵理沙はお前を間違いであっても殺した魔法使いなんだぞ?憎くはないのか?
しかし『絵理沙は嫌いだ』とか『絵理沙が憎い』なんて答えは出て来ない。
じゃあ何だ?悟は絵理沙の事が好きなのか?あの女に好意を抱いているのか?
しかし『そうだ、好きだ』という答えも出てこない。
それじゃあ一体何なんだ?
…取りあえず言えるのは…何故とは言えないが、あの事件の事を俺はもう既に許しているらしい。
あとは…今考えると俺は絵理沙の事を異性(女性)として意識して見ていなかったという事。
俺は…だから何も感じてなかっただけなのか?なんとも言えない複雑な心境になった…
俺はしばらくの間、家の前で考え耽っていた。
すると道路を挟んだ向かいの家に夕刊を届けるバイクがやって来る。
そして配達員は夕刊をポストに投げ込むとブゥゥゥンと音を出しながらバイクを走らせて何処かへ消えた。
そうだった…何を俺はさっきから考え込んでるんだ?今考えたってまとまる事じゃないだろ?まずは手紙の確認じゃないのか?
俺はそそくさと自転車を駐車場に置くとまずはポストを確認する。しかしポストの中には何も入っていない。
あれ?何も入ってないな…まだ届いていないのか?それとも既に…
俺は玄関ドアをゆっくりと開けて家の中へと入って行った。
「ただいまぁ…」
玄関はいつも点いているはずの照明の明かりが点いてなくすこし薄暗く物音すらしていない。
リビングのドアのガラス部分から明かりが漏れていないからリビングも照明が点いていないのだろう。
キッチンの照明が点いた場合も少しは照明の光が漏れてくるはず…
「母さん居ないの?」
返事も無いし…母さんはいないのかな?でも玄関には鍵が掛かってなかったし…
俺はリビングの扉をそっと開けて覗き込んだ。
リビングには誰もいない…
俺はリビングの照明のスイッチを入れてからキッチンの方を見た。
するとダイニングで椅子に座りテーブルうつ伏せになっている母さんが…
え?何だ?どうしたんだ?何かあったのか?
俺は慌てて母さんの側に駆け寄った。
「母さん?どうしたの?ねぇ!」
そう言って母さんの体を揺さぶると『うーん』と言いながら母さんはゆっくりと顔を上げた。
「母さん?どうしたの?大丈夫?体調でも悪いの?」
母さんは俺の声に反応して俺の顔を見た。
「あら…綾ちゃん、帰ってたの?あれ!お母さん寝ちゃってたのね」
「え?寝てただけ?」
「ごめんね…何時のまにか寝ちゃったみたい…」
どうやら母さんは単純に寝ていただけらしい…と思ったら母さんがうつ伏せていた場所には北海道から送った手紙と写真がある!
俺が写真と手紙に目をやると母さんはそれに気が付いたらしく、俺の視線を追ってテーブルの上にある手紙を見るとそれを手に取った。
「あ…これ?綾ちゃん、綾ちゃんにも言って置かないとね」
母さん冷静にそう言った。そして手紙と写真を俺に手渡そうとする。
「ほら、これ…お兄ちゃんからの手紙よ…読んでごらんなさい」
キタ!このシチュエーション…よ、よし…ここは驚いて…
「え!?お、お兄ちゃんから?」
俺は手紙を手に取ってから読むふりをした。
母さんは俺が手紙を読む姿を見ながらこう言った。
「綾ちゃん…悟が…お兄ちゃんが生きてたよ…お兄ちゃん…手紙に書いてあったけど、記憶がなくなってたんだって…」
「そ…そうみたいね」
「今は北海道に居るみたいね…」
「う、うん…」
「何だかやりたい事を見つけられたみたいだからすぐには戻って来ないみたい…」
「あ…うん…そうみたいね…」
「今すぐにでもお母さん…お兄ちゃんに…悟に逢いに行きたい…」
!?げ…そ、そうか…そこまで思ってなかった!これで今度は北海道に探しに行くとか、警察に捜して貰うとかしたらあまり意味はないんじゃないか!?
「で、でも母さん、お兄ちゃん…」と俺が言いかけた時に母さんは「でも、納得出来たら戻ってくるみたいだから…お母さんはお兄ちゃんを信じて待つ事にするわ…」
え?あ…良かった…探しには行かないみたいだ…
「け、警察はどうするの?」
「警察?ああ、捜索願いの事?ご迷惑を掛けてもいけないし、捜索願いは一旦取り下げて貰う事にするわ」
ふう…取りあえずは作戦通りに進んだ…
「母さん…手紙と写真…返すね…これは母さんが持ってて…お兄ちゃんはきっと戻って来るから…私も信じてるから」
「うん、母さんも信じてる…」
俺から手紙を受け取った母さんが薄っすらと涙を浮かべているのがわかった。
そして母さんはいきなりボロボロと涙を零し泣き始めた。
「ごめんね…綾ちゃん…お母さんお兄ちゃんが生きてて嬉しいはずなのに…」
母さんが持っている手紙をよく見ると僅かだが涙の跡だろうか?染みが出来ていた。
そうか…母さんはこの手紙を見て泣いてたのか…それで泣きつかれて眠っちゃったんだ…
「ううん…本当によかったね…母さん…お兄ちゃん生きてて…」
母さんはエプロンで涙を拭いながら「うんうん」と何度も頷いた。
本当によかった…母さんもこれで少しは安心してくれただろう…
母さんが泣いてる姿も殆ど見たことは無いけど、こんなに嬉しそうな母さんを見るのも本当に久しぶりだな…
「綾ちゃん…」
「え?何?」
「綾ちゃんは…お兄ちゃんが生きてるってずっと信じていたの?」
俺は母さんに予想だもしていない質問をされてしまった。
だがはっきりと言える。悟は俺だ。ここに存在しているし、生きている。
「うん。私は信じてたよ。生きているって…」
俺は自信を持ってそう言った。
すると母さんは微笑みながら「そっか、うん」と言って椅子から立ち上がった。
そして同時にリビングの壁掛け時計が六時の時報を鳴らす。
「あら!もうこんな時間!大変!晩御飯の準備しなきゃ!」
母さんはまさか六時になっているとは知らなかったのであろう。突然バタバタと動き始めた。
そしてダイニングとキッチンの照明を点けるとダイニングテーブルの上を慌てて片付ける。
「綾ちゃんごめんね!晩御飯までにちょっと時間かかるかも」
そう言って冷蔵庫を開ける母さん。
母さんは慌てていたのか、冷蔵庫をガサガサと探っている途中で豆腐を床に落とした。
豆腐は見事に床で砕け散った。床が豆腐がグチャグチャだ…
「もう…何してるのかしらね…」
母さんは冷蔵庫を閉めると床にしゃがみ込み壊れた豆腐をビニール袋に入れる。
「わ、私も手伝うよ」
思わず俺はそう言って母さんの横に駆け寄ってしゃがみこんだ。
今の母さんはどうみても冷静じゃない。そりゃそうだよな…行方不明の息子から突然手紙が来て、そして疲れて寝てしまう程に泣いたのだろうし…
「え?綾ちゃんどうしたの?別に手伝ってくれなくっても大丈夫よ?」
「う…うん…でも…手伝う」
母さんが驚くのも当たりまえだ。俺は綾香になってから一度も手伝うなんって言った事がなかった。
それは別に綾香が手伝いをしていなかったからではない。綾香はちゃんと家事のお手伝いもしていた。
しかし、俺が綾香になってからは出来るだけ余計な事をするべきではないと思って手伝うという事はしていなかったんだ。まぁ面倒だったというのも多少はあるが…
待て…いや…まぁ単純に手伝いたくなかっただけかもしれない…
でも、今の俺が母さんにしてあげられる事は簡単なお手伝い位しか思い浮かばない。
俺は母さんと二人で床掃除を終えた。
ビニール袋をゴミ袋に入れると再び母さんは冷蔵庫を開ける。
そして中から今度は落とさないように慎重に豆腐を取りだした。
「母さん、私…料理も手伝おうか?」
俺は母さんにそう聞いた。
すると母さんは不思議そうな俺を見る。
「え?本当に今日はどうしたの?」
「あ…うん…たまにはお手伝いしようかなって…駄目かな」
「え?駄目じゃないわよ?でもどうしようかな…綾ちゃんはお料理少しは出来るようになったの?」
「え?あ…料理?えっと…」
そうだった…妹の綾香は不得意な教科が無かったのだが、唯一料理だけは苦手だったんだ。
何っていうのだろうか、綾香の作る料理は見た目は良いのだが味が…
多分俺が思うには料理の味付けセンスが無いのだろう…
だから母さんは料理の手伝いだけは綾香にはお願いしてなかったんだ。すっかり忘れてた。
綾香は綾香なりにこっそりと料理を勉強していた様子だったがなかなか上達しなかったな…何度か俺も食わされて大変な目にあった事も…
しかし唯一俺が綾香の料理でうまいと思ったのは…そうだ、あの飛行機事故の数日前に母さんが居なかった時に綾香がつくってくれた味噌汁とごはんと…野菜炒めだ。
単純な料理だったけど…あの時には驚く程に上達していたな…
俺が居ない間にも料理の練習をしていたのだろうか…
あの時に俺に向かって「お兄ちゃんおいしい?」って笑顔で聞いてきたから、俺は「ああ、うまいぞ!綾香にしてはな」って言ったんだ。
すると綾香はとびっきりの優しい笑みを浮かべて「よかった!でも綾香にしてはっていうのが余計だよ」っ言ったんだ…
…綾香…何処に居るんだよ…
「ねえ?どうかしたの?綾ちゃん大丈夫?自信ないのならお母さんが作るからいいのよ?」
おっと…しまった…ついつい綾香の事を思い出してた…大丈夫!綾香も生きてるんだ!
お手伝いか…どうしよう…でもまあいいよな、あの日の野菜炒めと味噌汁はうまかったんだ。手伝おう。
「あ、ううん!大丈夫だよ!」
俺はそう言うとブレザーを脱いでリビングのソファーに置いた。
そして腕捲りをしてキッチンに向かった。
☆★☆★☆★☆★☆
食事が終わり俺は二階の綾香の部屋に戻った。
それにしても母さんはすっごく驚いていたなぁ…
「綾ちゃん!?どうしたの?すっごく美味しいわよ!?」だって…
ちょっとやり過ぎたかもしれないな…
綾香は料理が苦手だったかもしれないが、実は俺は料理が得意なんだ。
俺が中学校三年になるまで両親は共働きだった。だから俺が何時も晩ご飯の準備をしていたんだ。
ほぼ毎日の様に料理をしていれば必然的にある程度は出来るようになる。
簡単な料理であれば今でも一人で作る自信はあった。
それに今日は麻婆豆腐だったからなぁ…それも麻婆豆腐の元を水で溶かして混ぜて入れるだけの。
あれなら普通は誰でも作れる。逆に言えばどうすればまずく作れるのかが聞きたい。
しかし、それすら出来ないのが綾香だったんだ…
だから母さんはあんなに驚いてたんだろうな…マジである意味失敗したかな?
もっと下手っぽく料理すればよかったのか?まぁ俺が偽物の綾香だと疑われる事は無いだろうが…
綾香が戻ってきたら母さんには内緒でちょっと料理を教えてやるかな。
そんな事を考えながらふと机の上を見ると赤い四角い箱に上に埃が…
そしてその埃を被った赤い箱には『13221』と数字が並んでいる。
あ、そうだ…最近は魔法力がどのくらい貯まったのチェックをしてなかったな…
俺は学習机の椅子に座ると赤い箱を取り、上のボタンをぽちっと押した。
するとカウンターがぐるぐると回転を始める。
カウンターは右から順番にカチカチと音を立てて止まっていった。
完全に止まった時、俺はその数値を見てびっくりした。
『25549』!?!?
何だ?いきなりすっごい数値が伸びてるぞ!?
確か野木は『99999』で再蘇生の魔法が使えるとか言ってたよな…
そう考えると?九月末で『13221』だったんだぞ?
十日位で『12328』も魔法力が溜まったという事なのか?
不思議だ…どうしてこんなにいきなり溜まったんだ?
最近あった出来事が原因か!?俺の心理状況とか影響するとか言ってた気もするし…
えっと…最近あった出来事…それも近々に?
大二郎にまた告白された?違うよな…俺にとってはいい出来事じゃない…
北海道に行った?これはどうなんだ?
野木一郎が輝星花だって知った。これは多少影響がありそうだな。
あとは…
絵理沙…だよな…絵理沙に告白された…
その瞬間、また告白シーンが俺の頭の中でリピートされた。
「悟君…もうばれちゃったから言っておくけど…私は君の事が好きだからね…」
そう言った瞬間の絵理沙を俺はしっかりと見ていたんだ…
顔を赤らめて俺から視線を外してすこし緊張した声で言った…
ドクンドクン…
急に俺の心臓の鼓動が強くなる。
あれ…どうしたんだ…あの時には何ともなかったのに…何で急に今頃…
俺は右手の手のひらを胸に当てた…
ドクドクドク…
心臓の鼓動が手にひらに伝わる…
やばい…俺すっげードキドキしてるぞ…
俺は絵理沙の顔を想い浮かべる…すると心臓の音はさらに激しさを増す。
何だよ…おいおい…胸が苦しい…くそ…まさか…俺は絵理沙を…
いや…そんな事はない。俺には茜ちゃんが…
俺は茜ちゃんを想い浮かべようとするが、浮かんでくるのは絵理沙の顔ばかり…
くそ…おかしい…
しかし、不思議なのは絵理沙が好きだという感情は浮かんで来ない事だ…
不思議な感覚だ…今の俺は絵理沙を意識しているのは否定出来ないのに。
…
そうか…ただ単に驚いているだけなのか?緊張しているだけなのか?
落ち着こう…とにかく…
俺は深く深く深呼吸を何度もした…
☆★☆★☆★☆★☆
朝が来た…
やばい…寝不足だ…
昨日は気持ちが高ぶってしまったせいか、なかなか寝られなかった。
しかし朝起きてみると不思議な程に落ち着いている。
昨日のドキドキが嘘の様だ…
やっぱり単純に緊張していただけなのかな?
俺は朝食を食べ終えると制服へと着替えて学校へ向かった。
今日も良い天気だな…でもって風が強い…よって寒い…これは気温の問題じゃない…これはやっぱりはき慣れていないスカートせいだ…
そういえば寒さ対策を絵理沙に聞こうかと思ってたんだ…
って…しまった…折角忘れたのに…俺の脳裏に絵理沙の昨日の告白が再び…
その瞬間に先ほどまで感じてた寒さは何処へやら飛んでしまって、学校につくまでずっと絵理沙の事が頭から離れなかった…
そしてそのまま学校へ着くと俺は緊張しながら教室へ向かう。
絵理沙にまず何で言えばいいんだ…どういう風に会話すればいいんだ…
俺は絵理沙の顔を正面から見られるだろうか…
絵理沙はどんな反応するのだろう?というか絵理沙は来てるのか?
そんな事ばかりを考えながら緊張したままの俺は教室へ入った。
教室に入って真っ先に俺は絵理沙の席を確認する。
するとそこには絵理沙が座っている。当たり前なのだが…
そしていきなり絵理沙と目が合った…すると絵理沙がいつもの天使の様な笑顔でにこりと微笑んだ。その瞬間にグサ!っと俺の胸に何かが突き刺さる…
ぐ…くそ…絵理沙の奴…何時もにも増してかわいいじゃねーか…
「おっはー!綾香!」
いきなり後方から迫る気配!これは!俺は素早く左へと身をかわした!
その瞬間に俺の右横を両手を広げた佳奈ちゃんが勢いよく通過する。
佳奈ちゃんは俺を行きすぎると急停止して振り返った。
「ひっどい!避けないでよー!もう少しで教壇にぶつかる所だったじゃん」
「え?あ…ごめんね、何かこう…思わず避けちゃった」
っていうか…いきなり後方から抱きつこうとする佳奈ちゃんに問題があると思うんだが…
「あれ?どうしたの?綾香?熱?」
「え?」
突然佳奈ちゃんは俺の目の前まで歩いてくると手を俺の額に当てた。
「んー別に熱は無さそうだね!少し顔が赤かったからさ!」
え?顔が…って…もしかして…俺は絵理沙のあの笑顔で顔を赤らめたのか!?
「え?あ…うん、大丈夫」
「ふーん…まぁ体調悪かったら休んだ方がいいよーあはは」
佳奈ちゃんは言う事だけ言い終わると自分の席へと歩いて行ってしまった…
俺はちらりと絵理沙を見た。すると絵理沙はじっと俺の方を見てる。
見られてる…くそ…目が合うと顔が赤くなるっぽいから目を合わせないようにしよう…
俺はドキドキしながら自分の机へと歩いて言った。そして席へと座る。
「おはよう綾香ちゃん」
俺が席に座ると絵理沙が俺に挨拶をして来た。
「お、おはよう、野木さん」
俺はそう言いながらつい絵理沙の顔を見てまた再び目が合ってしまった。
「綾香ちゃん?どうしたの?体調でも悪いの?」
え?何だ…絵理沙のこの反応は…
「え?いや、何でもないよ」
「いつもの元気な綾香ちゃんらしくないよ?」
絵理沙は首を傾げながらそう言った。
な、何だ!?本当にどうなってるんだ!?この絵理沙の態度、表情は!?
昨日の出来事が嘘のそうに感じるほど、今までとは何も変わらない絵理沙がそのに居る…
普通に考えてもあんな事があった翌日に普段通りに出来るなんてないだろ…
待て…こいつは魔法使いだ…魔法で何とかしたのか?それともそういう素質を持ち合わせてるのか?
「ねえ?綾香ちゃん?本当に大丈夫?」
「あ、ご、ごめんね…大丈夫だから」
俺はそう言って絵理沙から視線を外した。
何だよ…緊張している俺が馬鹿みたいじゃないか…
俺はちらりと絵理沙を見ると絵理沙と三度目が合った。
絵理沙はニコリと微笑むと教壇の方へ視線を移した。
よく解らなくなったけど、普段通りにしてて良いみたいだな…
よし…がんばって落ち着こう…
☆★☆★☆★☆★☆
今日の授業は何事も無くすべて終わった。
何事も無くというよりはほぼ何も覚えていないと言った方が正しいかもしれない…
しかし流石の俺もやっと落ち着いた…もう絵理沙を見ても平気だ…しかし昨日の事はもう思い出さないようにしよう…あれは良くない記憶だ…
ちなみにその日、やはり輝星花は…じゃない野木一郎は休みだった。
今日一日だけが休みなのかと思ったら一週間も休むらしい。
という事は来週の月曜までは学校に来ないという事だな。
担任の先生によれば、インフルエンザになったとかいう理由らしい。まぁ実際は魔法力が回復しないから一郎に変身出来ないからだが。
しかし一週間も休まないといけない程に消耗してたのかよ…
…そうか…という事は輝星花は一週間程は学校に来ないんだよな?
という事は今度学校に来る時は完全に野木一郎の姿って事か…
まぁ輝星花の姿が見られないのは残念だけど仕方ないな…
って!何で俺が輝星花の姿が見られないと残念なんだよ!?
絵理沙もだが輝星花も綺麗で可愛かったし…口調さえ直せば本当に素敵な女の子なのになぁ…もったいない…
しかしこの双子は卑怯だな…二人とも身長は高すぎず丁度いい、スタイルは抜群で頭脳明細でおまけに魔法使い!まるで漫画の主人公並に条件が揃いすぎだろ。
「綾香ちゃん、私帰るからね」
俺が考え耽っていると絵理沙の声が聞こえた。
俺は咄嗟に声のした方を見ると既に絵理沙はブレザーを着て鞄を持って俺の机の横に立っていた。
「あ、うん、またね」
俺がそう言った時だった。
「まって!野木さん!」
あれ?この声は茜ちゃん?
絵理沙は「え?」と言うとその場に立ち止まった。
気がつくと茜ちゃんが何時のまにか俺の目の前に立っている。
「越谷さん、何か私に用事?」
「うん…あのね…野木さん、今週の土曜日は暇?」
「え?私?」
「あ…綾香は土曜日って予定ある?」
な、何だ?茜ちゃんは突然どうしたんだろう?ちなみに俺は土曜日と言わず、ほぼ毎日が暇なんだだけど…
「えっと…私は暇だよ?どうしたの?」
取りあえず俺はそう答えた。
「野木さん?土曜日に何か用事がある?」
絵理沙は考え込んでいる。
「茜ちゃんどうしたの?土曜日に何かあるの?」
俺がそう聞くと茜ちゃんはすこし照れた表情で言った。
「え?えっとね…三人で大宮にでも行かないかなーって…」
珍しい、茜ちゃんが何処かに行こうって誘うなんて…それも真理子ちゃんや佳奈ちゃんじゃなくって俺と絵理沙を誘うなんて。
「え?べ、私は別にいいけど、真理子ちゃんと佳奈ちゃんは誘わないの?それに部活もあるんじゃないの?」
「真理子ちゃんは用事があるんだって、佳奈ちゃんはもう先約がいるらしくって…だから二人は行けないんだって。でも最初は五人で行こうと思ってたから、どっちにしても誘ったんだよ?ちなみに部活は今度の土曜日は久々に休みなんだよ」
なるほどね…それなら何となく合点がいくな。
だが、なんで絵理沙を誘うんだ?もしかすると仲良くなりたいのかな?それともバレー部に勧誘?しかしまぁ絵理沙はきっと断るだろう。
絵理沙が何処かに外出したとか見た事も聞いた事もないし、人間と関わり合うとは思えないからな。
「あ…別にいいよ?野木さん…用事あるのならいいよ?」
「えっと…私は…」
絵理沙は俺の顔をちらりと見た。
何だ?俺に意見を言ってほしいのか?
「えっと…野木さんが一緒に行きたいのなら行けばいいと思うよ?」
俺は絵理沙に向かってそう言った。
すると絵理沙が俺の予想を覆す回答を茜ちゃんに向かって言った。
「あの…茜ちゃん…私はまだ日本の事がよくわからないけど…一緒に連れていってくれるの?」
え!?絵理沙!?行くのか?なんという予想外の答え!しかし、人間とかかわりあっていいのか?
「もちろん!私がちゃんと案内してあげる!って言っても大宮だからだけだけどね」
茜ちゃんは笑顔でそう言った。
「それじゃあ…私も行こうかな…」
絵理沙はニコリと微笑みながらそう言った。
「やった!行こう!綾香!野木さんも来るって!」
「あ…あ、うん…」
まさか…絵理沙が一緒に行くって言うとは…おまけに普通の人間も一緒にだぞ?
魔法使いだという事さえバレなければいいのか?
だけど、監視中なんだろ?学校から出てもいいのか?
それに…いや、きっともう何もないだろ…深く考えるのは止めよう。
「野木さん!ありがとう!」
茜ちゃんはすごく嬉しそうにそう言うと絵理沙の手を強引に持って握手した。
その瞬間に絵理沙の手から鞄が床に落ちた。
「あ!ご!ごめんね!」
茜ちゃんは慌てて鞄を拾いあげると申し訳なさそうに絵理沙に鞄を渡した。
「え?いいのいいの、私が油断して鞄を手から離しちゃったから」
「本当にごめんね…大事な物入ってなかった?」
「本当に大丈夫だよ?じゃあ、今度の土曜日よね?楽しみにしてるね」
そう言うと絵理沙は手を振りながら教室を出て行った。
「ねぇ綾香…」
「え?何?」
「野木さんって思ったよりいい人だよね…」
茜ちゃんはそう言って俺の方を見た。
「そ、そうだね」
「じゃあ私も部活があるから!またね!綾香」
「あ…うん…またね」
うーん…結局三人で大宮に行く事になってしまった。
俺と絵理沙と茜ちゃんという不思議な組み合わせで…大丈夫かなぁ…
まぁ絵理沙は昨日の告白が嘘の様に普段通りに戻ってるし、茜ちゃんは元々心配ない子だし、大丈夫か…俺も普段気にせずに普段通りにすれば…
俺は机を片づけると鞄を手に持って教室から外へと出た。
すると先ほど教室を飛び出した茜ちゃんが息を切らせながら俺に向かって走ってくる。
「綾香!まってー」
「え?」
俺は立ち止まって茜ちゃんが来るのを待った。
「はぁはぁ…ごめんね…はぁはぁ…」
茜ちゃんは息を切らせながらそう言うと二・三度深呼吸をして呼吸を整えた。
「茜ちゃんどうしたの?」
「はぁはぁ…言い忘れた…はぁはぁ…事があって…」
「言い忘れた?って?何?」
「ふうふう…あのね、桜井先輩の噂の事だけど…」
そうだ!そういうえばそういうのもあったんだ…大二郎の件もあるんだ…
いかん…最近一つの事を考えると他の事をすぐに忘れる…
違う!色々な事があり過ぎてこんな事になってるんだ!
「ねえ綾香?」
あ、そうだ…茜ちゃんと話をしてる途中だった。
「あ、ごめんね」
「ううん、いいけど…どうしたの?何か考えてたみたいだけど?もしかして桜井先輩の事?」
「え?いや違うよ。桜井先輩の事じゃないから…別に気にしないでいいよ」
「本当に?本当にそうならいいけど…」
「本当!本当!心配いらないから。で?桜井先輩の噂がどうしたの?」
「あ!そうそう!桜井先輩の噂だけど…」
茜ちゃんは周囲をキョロキョロと見渡して誰も居ないのを確認した。そして俺の耳元で小声で言った。
「もう大丈夫だよ、桜井先輩に昨日直接言っておいたからね。噂をこれ以上広めないでって」
「え!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。
「ちょっと、綾香…声大きいよ…」
「ご、ごめんね…」
「もうこれ以上噂は広がらないと思うし、これで落ち着くと思うよ」
「そっか…よかった…ありがとう、茜ちゃん」
これで問題が一つ解決された…よかった…
俺はほっと胸を撫で下ろした。
ふと茜ちゃんの顔を見ると…あれ?何だか冴えない表情だな?
「茜ちゃん?どうしたの?」
「え?あ…うん、何でもないの。わ、私は部活に行かなきゃ!じゃあまたねー」
そう言うと茜ちゃんは廊下を走って行ってしまった…
何だろう?あの表情…何か他にも言いたい事でもあったのかな?
ついでだから何で絵理沙を大宮に誘ったのか聞こうと思ったのに…
まぁ取りあえずは正雄と付き合ってる噂はこれで沈静化しそうだし、よかったよかった…
俺は駐輪場まで歩いてゆき、自転車で家へ向かって走りだした。
そしてそのまま何事も無く帰宅した。
☆★☆★☆★☆★☆
次の日もその次の日も何事も無い平穏な日だった。
正雄との噂もほとんど聞かなくなったし、絵理沙も普通な感じに戻ったままだ。
あんなに色々な事が数日のうちに起こりまくっていたのに…
まぁ人生って色々あるし…こういう事もあるか…
というか今俺が過ごしているこの何事もない生活が普通なんじゃないのか?そうだよな…
もしかすると俺はハプニング慣れしてしまって刺激を求めてるのか!?
…無いな…まぁこのまま何事も無く魔法力を貯めて男に戻って、綾香を見つけて普段通りの生活に戻るんだ…
そしてあっという間に土曜日がやって来た!
続く