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番外編Ⅰ それぞれの想い

今回の小説は絵理沙と茜と桜井がメインです。

読まなくても次の小説は普通に読めるはずです。

あまり3人の気持ちを知りたくない方は読まなくてもかまいません。

 薄暗くなったマンションの一室。

 西日の差し込むリビングの窓辺に絵理沙は制服のまま、一人顔をうつ伏せて足を抱え込むように座り込んでいる。

 

 私はどうしてあんな事を言ってしまったんだろう…

 

 絵理沙は先ほど屋上で綾香、いや悟に告白をしてしまった事を思い出していた。

 そしてどうしてあの時に好きだと言ってしまったのかと考え込んでいた。

 

 確かに私は悟君の事が前から少しは気になっていたけれど…

 

 絵理沙はふと悟を気に掛け始めた切っ掛けの日を思い出した。

 そう、あの事故から数日経った夏休みのあの日…あの日の出来事があってから私は悟君に興味が沸いたんだ。だからこの世界に残った…

 

 でも…

 

 何故だろう?

 

 私はいつの間に悟君に対してこんな気持ちになったのだろう?

 こういう気持ちが起こらないように、私は悟君と接点をなるべく持たないようにしていたはずのに…

 そうよ…おかしいよ…考えてみなよ?私は悟君を…悟君を殺しちゃった加害者だよ…悟君は被害者なんだよ?

 こんな気持ちになるなんておかしいでしょ?うん、そうだよ…私っておかしいよ…

 

 ………何でよ…本当に何で…

 

 絵理沙は俯せていた顔をゆっくり上げた。

 そして薄暗くなった部屋の中を見渡しながら今日の行動を思い出して見る。

 

 私は…そう…今日…学校を終わってこの部屋に戻って来たら自分の部屋で寝ていたはずの輝星花きらりが居なくなってたんだ…

 私は具合が悪いまま外出した輝星花きらりが心配で輝星花きらりを探しに再び学校へ戻った。

 特別実験室を覗いたけれどそこには輝星花きらりは居なかった。

 実験室を出て廊下を歩いていた時に私はふと思った。そうだ、もしかして屋上かも?

 何故屋上だと思ったのかは解らないけど、直感でそう思った。

 そして屋上へ行くとそこには予想通りに輝星花きらりが居た…

 

 私は驚いた、屋上には輝星花きらりだけじゃなくって悟君までいたから。

 そして輝星花きらりは野木一郎の姿では無く本当の姿を…女性である輝星花きらりとしての姿を悟君に見せていた…

 最近は私に何も教えてくれなくなっていた輝星花きらり

 気が付けばいつも悟君と一緒にいるし、そして一緒に行動している。

 

 何でだろう?私は自分から悟君を遠ざけていたはずなのに、なのに屋上で悟君と一緒にいる輝星花きらりを見た瞬間に嫉妬心が沸いて冷静さを失ってしまった…そして私は屋上で輝星花きらりにあたった。

 

 私と口論になったその時に輝星花きらりが私に向かって言った一言。

 

『僕が女だという事実を悟君に教えて、絵理沙から悟君を奪い取るとでも思ったのかい』

 

 その言葉を聞いて私は我に戻った…そして動揺しそして気が付いた。

 私は…輝星花きらりの言う通り、輝星花きらりに悟君を取られたくないと思っていたんだと。

 他の誰かが悟君に近寄ってゆくのは何にも思わないのに、輝星花きらりにだけは悟君を取られたくないって思った。


 いや待って…本当に輝星花きらりにだけなの?本当にそうなのかな?

 

 私は茜ちゃんの事も考えてみた…

 じゃあ茜ちゃんと悟君が一緒になってもいいの?

 

 考えれば考えるほどいいよと思う気持ちよりも嫌だという気持ちの方が強く心に沸いてくる。


 そっか、結局私は誰にも悟君を取られたくないと思ってるのか… 

 あはは…ダメね…こんな事を考えている自分が嫌になる…

 

 ああどうしよう…胸が苦しいよ…悟君の事を考えるだけで…

 やっぱり私は本当に悟君が好きなっちゃったみたいだ…

 

「何でこうなったの…私はもうダメかもしれないよ…悟君…」

 

「絵理沙…」

 

 誰も居ないはずの部屋の中から輝星花きらりの声が聞こえた。

 私ははっとして頭を上げた。すると目の前にはいつの間にか輝星花きらりが立っている。

 その表情はとても申し訳なさそうであり、そして寂しそうに見えた。

 

輝星花きらり…帰って来てたんだ…」


「ああ…今帰って来たばかりだよ」


「あっそう…」


 私はそっけなく返事をすると再び俯いた。

 

「絵理沙…まさか絵理沙がそこまで綾香君、いや悟君の事を想っていたなんて…」


「…」


「絵理沙の横に座ってもいいかな…」

 

 私は何も返事をしなかったけど、輝星花きらりは私の横へと座った。

 ちらりと輝星花きらりを横目で見ると私を心配そうに見ていた。


「絵理沙…」

 

「私だって…自分が悟君の事を好きだったなんて気が付いてなかった…違う、気が付かないように心の奥に気持ちを抑え込んでいたのかも…でも…さっき輝星花きらりと悟君と一緒に居て…私はその気持ちを抑えられなくなった…」

 

「僕が…悟君と一緒に居たから…」

 

「そうよ…私は悟君と一緒に居る輝星花きらりに嫉妬した…」

 

「嫉妬…絵理沙、言っておくけど僕は悟君を好きになる事もないし、もちろん誰から奪う気なんてない」

 

「でも…輝星花きらりは自分では気が付いていないかもしれないけど、輝星花きらりもきっと悟君の事を気にかけているはず…」

 

 輝星花きらりは険しい表情で私の方を見ている。

 

輝星花きらりは…野木一郎の姿の時もそうだったけど、さっきも悟君と一緒にいてとても楽しそうだった」

 

「でもそれは単純に僕が悟君といて楽しいと感じていただけだよ…」

 

「違う!私には解る!だって!だって私達は双子なんだよ!」

 

 輝星花きらりは黙ってすこし考え込むと天井を見上げた。

 

「そうだね、絵理沙の言う通りで確かに悟君の事は嫌いじゃない…」

 

「ほら…」

 

「でも…それだけだよ…本当だ…それ以上は何もない。考えてみなよ、僕は絵理沙と悟君の監視に来てるんだ。悟君に対して特別な感情が沸くなんてありえない」

 

 輝星花きらりはそう言うとゆっくりと立ち上がった。

 そしてキッチンの方へと歩いてゆく。

 

「少し喉が渇いたし、ちょっとお茶でも入れようか?」

 

 私は何も答えずにその場にじっと座っていた。

 

「絵理沙はストレートティでいいのかな…」

 

 輝星花きらりは私の返事を少し待っていたが、待っても返事は来ないと思ったのだろう、手際良くストレートティを入れ始めた。そしてティーカップに紅茶を注ぐ。

 輝星花きらりは両手で二つのティーカップを持って再び私の元へと戻って来た。

 

「ほら、飲んで…」

 

 そう言って暖かい紅茶の入ったティーカップを私に向かって差し出す。

 私は無言で受け取った。

 

 私はこういう気使いが出来る輝星花きらりが正直嫌いだった。

 別に気使いされるのが嫌いなんじゃない。何もかもが私よりも完璧な輝星花きらりが嫌いだった…

 

「絵理沙?」

 

「何よ…」

 

「あまり深刻に考え込まない方がいいよ」

 

「私だってそう出来るのならそうしてるよ…」

 

 さっき私は輝星花きらりに双子だから考えている事は同じ様に言った。

 だけど実際は私と輝星花きらりの性格はまったく違う。そして私は輝星花きらりみたいに割り切って行動が出来る性格じゃない。

 深く考え込まない方がいいと輝星花きらりは簡単に言うけど、私には言われてすぐに出来るはずもない…

 だけど…輝星花きらり輝星花きらりなりに私に気を使ってくれているのだろう。

 私は輝星花きらりが悟君の事を気にかけているって言ったけど、例え気になっていたとしても輝星花きらりは自分で言う通りで悟君を好きになんてならないんだろうな。でなければ魔法監視官になんてなれない…

 私は結局は輝星花きらりの様にはなれないんだ。魔法監視官にも向いてない…

 あーもう…考えれば考えるほど本当に自分が嫌になる。


 ふとティーカップを持つ手に紅茶のぬくもりが伝わってくる。

 私は輝星花きらりの用意してくれ紅茶を口に運んだ。


 …おいしい…ふう…

 

「絵理沙…少しは落ち着いたかい?」

 

 輝星花きらりは紅茶を飲んでいる私を見てそう言った。

 

「少しは…」

 

「よかった…」

 

「ねえ、輝星花きらり…」

 

「何だい?」

 

「私はどうすればいいのかな…悟君にあんな事を言ってしまって…」

 

 私がそう聞くと輝星花きらりは私の方を真剣な眼差しで見た。

 

「絵理沙、僕の意見を言ってもいいのかい?もしかすると絵理沙を傷つけるかもしれない」

 

 何となくだけど、輝星花きらりの言いたい事が想像できる。

 だけど覚悟して意見を聞く事にした。

 

「いいわ…言って…私は何を言われても大丈夫だから」

 

「本当にかい?」

 

 私は小さく頷いた。

 

「…そっか、わかった、じゃあ言うよ」

 

 そう言うと輝星花きらりはゆっくりと話始める。

 

「まず最初に…僕たち魔法世界の人間は人の本質を見抜く能力を大なり小なり持って生まれてくる。だから僕たちは人の容姿を好きになるのでは無く、その人の本質を好きになる傾向にある。それは知ってるよね?」

 

「うん」

 

「だから絵理沙が悟君を好きになったのは、悟君の本質を好きになったという事だ」

 

「そうなのかな…」

 

「そうだよ。だから僕は絵理沙が悟君に抱く恋愛感情は否定しないし嫌いになれとも言わない」

 

「うん…」

 

「だけど絵理沙が抱く恋愛感情をこれ以上悟君に対して表に出さないようにしたほうがいい」

 

「え…」

 

「僕達は魔法世界の人間だ、だからこの世界の人間とは何があろうと結ばれる事など無い。絵理沙の悟君に対する気持ちが大きくなればなるほど後で受けるショックは大きくなる」

 

「…」

 

「まだ悟君は絵理沙に告白されただけで、絵理沙を好きだとは言っている訳じゃない。要するには相思相愛の関係ではないという事だ。それに越谷茜という悟君を好きな女性が存在している。もちろん絵理沙が知っている通りで悟君も越谷茜が好きだ。要するに悟君には相思相愛の相手が存在しているって事だ」

 

「解ってるよ…」

 

「解っているなら尚更だ。絵理沙、辛いかも知れないが…絵理沙の抱く悟君に対する恋愛感情は心の奥に仕舞い込んでおくべきだ。まだ絵理沙は好きだと言う気持ちに気が付いたばかりだ。だから気持ちの持ちようでどうにかなると思う」


 輝星花きらりは厳しい表情のまま私の方を見た。

 私は目が合った瞬間、つい目を逸らしてしまった。


「もし…もしも本当に辛いのならば絵理沙は先に魔法世界に戻ってもいい、いや、本当はその方がいいかもしれない…」

 

「…」

 

「僕の考えは以上だ。僕は悟君とは割り切って付き合うつもりだ」

 

 私はゆっくり輝星花きらりの方へ顔を上げた。

 再び目が合った瞬間に輝星花きらりは厳しい表情からやさしい笑顔に変わった。

 

「絵理沙、解ったかな?僕の言いたい事が」

 

「わ、私は…」

 

 輝星花きらりの言いたい事はよく解かった…私を心配している気持ちもよく解った。

 私だって輝星花きらりと同じ事を思っていた。でも…

 

 私は悟君と出合った時から今までの事を、短い間だったけども私なりに楽しかった日々を思い出した…

 やっぱり悟君を思う度に胸が締め付けられるように苦しくなる…ダメだな私って…

 

「絵理沙?」

 

「あははは…輝星花きらり、私はダメみたい…やっぱり私は悟君が好き。私は悟君を想う気持ちを心の奥になんて仕舞えないし、悟君を残して魔法世界にも戻りたくない」

 

 私がそう言うと輝星花きらりの顔色が変わった。

 

「何を言ってるんだ!駄目だ絵理沙!僕の言ってる事が解ってるんじゃないのか?」

 

「解ってるよ!」

 

「だったら!…」


 輝星花きらりは話している途中で私の表情を見て言葉に詰まった。


 私の顔を何かが伝ってゆくのがわかる…

 そしてそれはポタリと床に落ちてゆく…


「やっぱり絵理沙はこの世界に残るべきではなかったんだ…今からでも遅くない、魔法世界に戻ったほうがいい…」

 

 輝星花きらりは私に向かってそう言った。

 でもいくら輝星花きらりがいくら私にそう言っても私は戻るつもりなどない。

 

「嫌だよ…」

 

「嫌じゃない!言う事を…言う事を聞いてくれ」


「だから…嫌だって…言ってるでしょ…」


 私はハンカチを取り出して瞳から溢れ出てくる液体を懸命に拭いた。


「僕は…僕はそんな辛そうな絵理沙を見たくない!お願いだから戻ってくれ!いや、戻れ!」

 

 そう…そうなんだよ…前からそうだった。

 いつも何かある度に輝星花きらりは私に命令をする。

 結局は最後には自分の考えを私に押し付けようとする… 

 人前では私より弱い素振りを見せても結局は私より強く出る。

 心を読んでは人の弱みを突いてくる… 

 いつも私はここで負けていた。結局は輝星花きらりの意見に従っていた。

 でも今回は輝星花きらりの言う事は聞かない…

 

「何よ!輝星花きらりはいつもそう!最後にはそうやって私に命令して!私の事は私が決める!私は輝星花きらりの物じゃないのよ!もう輝星花きらりの意見には従わない!」

 

 輝星花きらりは私が怒鳴ると驚いた表情で私を見た。私が反抗した事にかなりびっくりした様だった。

 

「え、絵理沙?我侭を言ってどうするんだ?自分でも解ってるんだろ?このまま居たらもっと深みに嵌って…一番苦しむのは結局は絵理沙なんだぞ?」

 

 先ほどとは打って変わって輝星花きらりは悲しそうな声でそう言った。

 

輝星花きらり、私だってそんな事は解ってるって言ってるでしょ…」

 

「じゃあ尚更…」

 

「言ったでしょ…自分の事くらい自分で解決する!だから…だからもう輝星花きらりは私に構わなくっていいから」

 

「絵理沙…僕は…」

 

 輝星花きらりは再び言葉を失った。

 

「ありがとう、輝星花きらり…いつも心配してくれてるのは解ってるけど、もう私も大人なの。余計な気を使い過ぎないでいいから…自分の責任は自分で取るから」

 

「そうか…」

 

「大丈夫よ、私は悟君を好きだけど…大丈夫…深みに嵌ったりはしない…私は悟君が元の姿に戻るまで見守りたいだけ」

 

「でも…出来るのかい?そんな事が」

 

「…解らない…でも…悟君のいるこの世界に私は残りたい」

 

「そうか…絵理沙がそこまで言うなら…でも、もしも絵理沙が…」

 

「いい!言わなくてもいい!解ってるから…もしも無理だと思ったら魔法世界に戻るから」

 

「…そうか」

 


  ☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 私は部活を終えて着替え終わると部室から出ようと扉の方へと歩いて行く。

 そして部室から出る前には必ず挨拶をする。

 私はいつもの様に挨拶をした。

 

「お疲れ様でした!お先に失礼します」

 

「おう!お疲れ!」

「おつかれさまー」

「お疲れー」

 

 私が挨拶をすると部室に残っていた野田先輩を含むバレー部員全員が笑顔で挨拶を返してくれた。

 そして私は一度会釈をしてから扉を開けて外に出ようとしたその時…

 

「あ!茜!ちょっと待ってくれ!」

 

 部室から出る寸前で後ろから野田先輩の声が聞をかけられた。

 私が後ろを振り向くとそこには野田先輩が立っている。

 

「野田先輩?どうしたんですか?」

 

 私が野田先輩にそう聞くと野田先輩は苦笑を浮かべた。

 何だろう?何か私がやり残した事とかあったっけ…


 考えてみたけど思い当たる節はない…


 特にやり忘れた事なんかないと思うけど…そう考えていると野田先輩が私に話かけてきた。

 

「茜、あれだ、綾香さんはどうだ?」

 

「どうだって?もしかしてバレー部に綾香が入らないかって事ですか?」

 

「そう!綾香さんバレー部に入ってくれないかな?」

 

 なるほど…そういう事だったのか…私が綾香を説得しているとでも思ったのかな?

 それにしても野田先輩はまだ諦めてないんだ…野田先輩ってよほど綾香を気に入ったんだなぁ…

 でも綾香はバレーなんてやる気無さそうだったし…そもそも部活なんてやる気無さそうだしなぁ

 私がいくら説得しても駄目だと思うんだよね…野田先輩には申し訳ないけど。

 

「えっと…何だかやる気があまりない様子だったし…」

 

 私がそう言うと野田先輩はすこしがっかりした表情で私を見た。

 

「野田先輩、まだバレー部に入らないって決まった訳じゃないですし…そんなに気を落とさなくても」

 

「そうか、そうだよね?よし!持久戦になってでも綾香さんはバレー部に入部して貰うぞ!」

 

 そう言って野田先輩は自分の顔の前で右手をぐっと握り締めた。

 

 すっごい意気込んでる…

 でもいくら持久戦をしてもちょっと綾香を説得するのは難しいかもしれないですよ?

 とは今は言えないよね…

 

「そ、それじゃあ失礼します」

 

「あ、お疲れ様!引き留めてごめんな」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 野田先輩がロッカーに戻ろうと歩き出した時、私はふと今朝の綾香との会話を思い出した。

 そうだ!綾香と桜井先輩の事!野田先輩にも変な噂を広めないでって言っておかなきゃ!忘れてた…

 

「野田先輩!」

 

 私が野田先輩を呼ぶと野田先輩は「え?」という表情で振り向いた。

 

「あの!綾香と桜井先輩の事なんですけど」

 

 私は思わす大きな声で言ってしまった、そして部室にいた全員が私の方を向く。

 

「あーそれか!あれって嘘なんだよな?知ってるよ」

 

 野田先輩は周囲を気にする事もなく大きな声でそう言った。

 私の心の中でえ?という気持ちが沸く…

 確か前に野田先輩がここで桜井先輩と綾香が付き合ってるって言ってたのに…

 何で嘘とかいきなり言うのかな?もしかして…

 

「茜、綾香さんと桜井が付き合ってるって嘘なんだろ?今日、桜井本人に直接聞いたら付き合ってないって言ってたぞ」

 

「え?直接聞いたんですか?」

 

「ああ、聞いた。あの二人が付き合ってるって噂だぞ?そりゃ気になるだろ?」

 

 うわ…野田先輩ってすごいな…よくストレートに聞けると思う。

 私はとてもじゃないけど聞けないよ…

 

「大丈夫!大丈夫!ああいう噂はすぐに消えるよ。茜が心配しなくても大丈夫だ。おい!みんなも聞いただろ?昨日私が言ったあの二人の噂はごめん!嘘だったから。噂を広めないでくれよ」

 

「あの…先輩?」

 

「これでいいだろ?あははは」

 

 野田先輩は笑いながらロッカーへと戻って行った。

 なんだ…そっか…よかった…桜井先輩はちゃんと嘘だって野田先輩には言ってくれたんだ。

 

 私は少し安心した気持ちで部室から出た。

 そして体育館の横の通路を経由して本校舎へと戻る渡り廊下へ向かって歩いてゆく。

 私が渡り廊下から本校舎へと入った廊下で桜井先輩を見つけた。

 

 あれ?あれは桜井先輩?なんでこんな時間にここに居るんだろ?

 確か桜井先輩は空手部を辞めたはずじゃないのかな?

 何してたんだろう?

 

 でも私が気にするような事じゃないよね。綾香の噂も嘘だって言ってくれたんだし。

 もう時間も時間だから早く帰ろうっと。

 

 私は桜井先輩が居る方向とは反対方向にある下駄箱へ向かって歩き出した。

 数歩進んだ時に私の頭の中に少し疑問が浮かんだ。

 

 そういえば…野田先輩は桜井先輩から噂が嘘だって直接聞いたって言ってたよね?

 という事は直接聞かない限りは付き合ってないって誰にも言ってないって事なのかな?

 

 私は後ろを振り返った。

 すると私の後ろ数メートルの所を桜井先輩がこっちへ向かって歩いて来ていた。

 多分下駄箱に向かってるんだろうな…

 私が桜井先輩を見ると桜井先輩も私を見る。そして目が合った…思わす私は目を逸らす。 


 何で目を逸らしてるのよ…聞かなきゃ…噂の事…綾香と約束したんだし…

 私の心臓は今朝の清水先輩の前に飛び出した時以上にドキドキしている。

 

 私は数度深呼吸をして顔を上げた。

 すると目の前に桜井先輩が立っている!

 

「うわ!」

 

 私は思わずビックリして声を出してしまった。

 

「君は確か…一年の越谷だっけ?」

 

 桜井先輩に声を掛けようとしたはずなのに逆に先に声を掛けられてしまった…

 

「は、はい、そうです」

 

「俺に何か用事か?」

 

 え!?何で私が用事があるって解ったんだろう…

 

「え!?な、何で私が先輩に用事があるって解ったんですか」

 

 私が驚いてそう言うと桜井先輩は「ふぅ」と溜息を吐いてから言った。

 

「越谷がいかにも俺に用事があるぞ!って顔で見てたからだろ?」

 

「え?私そんな顔で見てました?」

 

「ああ、そんな顔で見てた」

 

 私はどうやら考えている事が顔に出やすいらしい…

 でもいいや、桜井先輩に声を掛けようと思ってたんだし…

 

「私は先輩に用事があって…えっと…」


 なんかうまく言い出せない…私はどうも桜井先輩の様なタイプは苦手…

 こう…女の子と話なれてそうで…プレイボーイっぽくって…


 桜井先輩は髪を右手で掻き上げるて私をじっと見ている。

 

「で?何だよ用事って?黙っててもわかんねーぞ?俺は超能力者じゃない」

 

 そうだよ、聞かなきゃ…

 

「え、えっと…綾香の事です」

 

 私が綾香という名前を出した瞬間、一瞬だけど桜井先輩の表情が変わった。

 

「姫宮の妹の事?もしかして俺と姫宮の妹が付き合ってるって噂の事か?」

 

 桜井先輩は私の聞きたい事を解っていた様だった。

 それはそうか…私が先輩に用事ってそれ以外考えられないし…

 

「そうです。綾香と桜井先輩が付き合ってるって噂がありますよね。あれは綾香が嘘だって言ってたんですけど、本当に嘘なんですか?あと、嘘なら早く噂が広まらないようにして下さい」

 

 桜井先輩は黙って私の話を聞いている。

 私が少し視線を上げて桜井先輩の瞳を見ると、その瞳はじっと私の事を見ていた。

 そしてまた目が合った…思わず私はドキッとしてまた目を逸らしてしまった。

 

「そ、そんなに私の事を見ないで下さい!」

 

 私は思わずそう言った。

 

「おいおい?俺は真剣に越谷の話を聞いてるんだぞ?何で俺がお前に怒られなきゃいけないんだよ?」

 

「別に怒ってなんかないです…」

 

 私はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 その後の数秒間の沈黙がすごく長く感じた。何だか息の詰まるような感じがする。

 私は大きく深呼吸をしてゆっくりと顔を上げた。

 すると桜井先輩は先ほどまでの少し怖い表情ではなく、すこし寂しそうな顔になっている。

 

「そうだな…姫宮の妹にも嘘だって言うからって約束してたんだよな…解ったよ、ちゃんと噂が消えるようにするから。それでいいだろ?」

 

 桜井先輩はそう言うと私の右横を通りすぎて下駄箱へと向かって行った。

 

「え?ちょっと待ってください!」

 

 私は思わず桜井先輩を追いかけた。

 

「何だよ?噂は嘘だって言えばいいんだろ?」

 

 何だろう?確かに桜井先輩の言うとおりそれでいいんだけど…

 何かが私の心の中で引っかかっている。

 

「それでいいんですけど…」

 

「じゃあ付いて来るなよ」

 

「私も下駄箱に行くんです」

 

「…」

 

 私は桜井先輩の後ろを付いて下駄箱まで歩いた。

 先ほど会話した場所から下駄箱まで四十メートル位あっただろうか、私達に会話は無かった。そして下駄箱に到着。

 

「俺の下駄箱はあっちだから…じゃあな越谷」

 

 桜井先輩は三年の下駄箱へと歩いて行こうとした。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

 私は思わず桜井先輩を引き留めた。

 すると桜井先輩は立ち止まり私の方へ振り向いた。

 

「ん?何だよ?もう用事ないだろ?」

 

 桜井先輩は少しムッとした表情で私を見ている。

 しつこいとでも思われたのかな…でも…

 そう…私は…さっきの桜井先輩の表情を見て聞きたかったんだ…

 

「答えなくてもいいです…一つ質問させて下さい」

 

「何だよ…」

 

「実際はどうなんですか?桜井先輩は綾香の事をどう思っているんですか?」

 

 私の質問で桜井先輩の表情が明らかに変化した!

 

「俺は…別に姫宮の妹の事なんか何とも思ってない」

 

 明らかに表情とは違う答えだ…私はそう感じた。

 好きとかそういう感情なのかは解らないけど…桜井先輩は綾香の事が気になっているんだ…

 そうなのか…だから桜井先輩は綾香と付き合ってる噂…嘘だけど嘘にしたくなかったんだ…

 

「解りました。ありがとうございました」

 

 私はお辞儀をすると一年の下駄箱へと歩いて行った。

 数メートル進んだ所で後ろを振り返ると、桜井先輩はまささっきの場所に居る。

 そしてこちらをじっと見ている。


 私は再び軽くお辞儀をしてその場を後にした。

 

 私は駐輪場に移動して自転車に乗ると自宅へと向かって田んぼ道を進む。

 すっかり日も落ちて吹き抜ける風がとても冷たい。

 

「寒い」

 

 思わずそう声が出るほど最近の朝夕は寒くなった。 

 しばらく進んだ頃に脳裏に先ほどの桜井先輩の顔を思い出だした。

 その瞬間に清水先輩の顔が…そして綾香の顔も…

 

「はぁ…」

 

 思わず溜息が漏れた…

 どうしよう…まさか桜井先輩まで綾香の事を気に掛けてるみたいだよ!

 なんて言えないし…ふう…

 でも…桜井先輩は綾香に対して直接何かを伝えた訳でもないし、綾香に好意があるって言った訳じゃない。そうよ、私だってさっきの桜井先輩の表情を見て勝手にそう思い込んだだけだし…

 ただの思い込みかもしれない。

 私は自分で自分をそう納得させた。


本編へ続く

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