第14話 野木と絵理沙と謎の女子生徒の関係 後編
俺はゆっくりと女子生徒へと歩み寄る。
女子生徒はすこし笑みを浮かべてこちらを見ている。
ドキドキ…
俺は緊張しているのか自分の心臓の鼓動が体を伝わるのが解る…
この女は誰なんだ…
俺の目の前にいる絵理沙に凄く似ているこの女子生徒の正体は…
この学校の制服を着ているが、多分この女はこの学校の生徒ではない。
それにしてもあの吸い込まれそうな透き通った赤い瞳…不思議な何かを感じる…
この女、絶対に野木や絵理沙と関わり合いのある人物だろう…きっと魔法使いだ…
………
徐々にその女子生徒との距離が縮んでゆく…
さっきから感じているこの不思議な感覚…どこかで…
俺はふと似た感覚を思い出した…これは?まさか…この女は…そうなのか!?
俺の中で思った事、それは…
こいつは…もしかして野木じゃないのか?
どこかで感じた感覚だと思ったが…これは野木と一緒にいた時の感じと似ている。
そう思ったが次の瞬間にはそれを否定する考えが浮かぶ。
いや待てよ…こいつは女だぞ…野木は男だよな…
でも野木は魔法使いだ…牛にだって変身出来たんだぞ?男にだって容易に変身出来るだろう…
いや待て?逆に野木がこの姿に変身してる可能性もあるのか!?
いや待てよ…もしかして野木じゃないのかもしれない。
くそ…一瞬は決定的かと思った俺の考えだが、考えれば考えるほど違うんじゃないかと思ってしまう…
そう考えているうちに俺はその女子生徒にあと二メートルの距離にまで来ていた。
目の前まで来たのはいいが緊張で声が出ない…
俺は唾を飲み込むとなんとか落ち着こうとした。
その時、目の前にいる女子生徒が先に話しかけてきた。
「何を緊張してるんだい?姫宮悟君」
その一言に俺は驚いて、そして一歩退いた。俺の心臓の鼓動は激しさを増す。
こ、この口調は…こいつ…やっぱり野木!?
しかし確信が持てない俺は聞く事すら出来ない…
「どうしたんだい?今の僕は君の心が読めない状態だから絶対とは言えないけど、君の考えは合ってると思うんだけど?」
何だと?俺の考えが合っているって?
しかし、俺はあまりにも考えすぎてどれが合ってるのかわかんねぇ
「おや…そんな顔をして…考えすぎてしまったのかな?ふう…君の困った顔をあまりみたくないし…」
そう言うとその女は俺に向かって歩きだし、俺との距離を数十センチにまで詰めてきた。
そしてその女は先ほどまでの冷たい笑顔とは打って変わり、優しい笑顔で俺の目を見つめながら言った。
「僕だよ、野木一郎だよ」
その女は自分の事を野木一郎だと言った。
え?何だと?野木なのか!?本当なのか?嘘だろ…
野木かもしれないと予測していたのにも関わらず実際に野木だと言われるとさっきまではそうかと思っていても信じられなくなる。
「あれ?驚いたかい?ごめんごめん…驚かそうなんて思ってなかったんだ」
野木だと言ったその女は優しい笑顔のままそうで言った。
「ほ、本当に野木…なのか?」
その女は俺の質問に答えずにくるり反転するとグランドの方へ歩いて行った。
そしてフェンスの前まで行くと「うーん」と大きく背伸びをしてから顔だけをこちらに向けて言った。
「悟君、僕が君に嘘をつく理由があるかな?」
俺はその女の目を見た。嘘をついているようにはとても見えない…
しかしだ…何で今になって俺に正体を明かすんだ?このタイミングで俺に正体を明かす意図は何なんだ?それに何で今まで男の姿だったんだ?何で先生だったんだ?
俺は野木だと確信した瞬間から別の疑問が大量に脳裏に浮かんでは消える。
「おいおい悟君、そんなに悩まないでくれよ、僕には僕の都合があって今まで隠していたのだからさ」
その女は俺の心を見透かしたかのようにそう言った。
「だけどあれだぞ!いきなり目の前の女が僕は野木だよって言われて、はいそうですかって言えるとでも思ってるのか?」
俺が強めな口調でそう言うとその女は腕を組んですこし首を傾ける。
「まぁ確かにね…いきなり言われたら驚くよね」
「そうだろ?俺ももしかすると野木なんじゃないかなって思ってたけど、まさか本当に野木だったなんて…まだ半分しか信じられないぞ…」
俺の困っている表情がおかしいのか、野木と名乗った女はいきなり笑い出した。
「あははは!」
「笑うな!」
俺が怒鳴ると「ごめんごめん」と笑顔で謝ってきた。
野木なのであろうその女は正体を明かしたにも関わらず何の緊張感も感じていない様子だ。
それどころか今の表情は野木一郎の時よりも明るく感じる。
「おい…、何て呼べばいいんだよ…の…野木って呼んでいいのかよ」
「ああ、今まで通り野木でいいよ」
「野木…何で俺に正体をばらしたんだよ。いいのか?」
野木はにこりと微笑むと突然俺の手を取った。
「え!?な、何だよ?何をするんだ!?」
俺がその行動にびっくりしていると、野木は何を言わずに俺の手を引っぱって屋上の入口近くにある座れそうなコンクリートの台の前まで連れて行った。
「ここに座ろうか?」
ここに座ろうかって…
目の前にあるコンクリートは確かに座れそうではあるが、幅が一メートルくらいしかない。
これに二人で座るとかなり密着、ようするにべったり引っ付いた状態になる。
男の野木ならまだしも今は女だぞ?何で俺がべったり二人でここに座らないといけないんだよ。
俺がそう考えている間に野木は先に座っていた。
「どうしたんだい?早く僕の横に座って」
座りたくないけど、取りあえずは座らないと話が始まらなそうだな…
そう思った俺は仕方なく野木の言われるがままコンクリートに腰掛けた。
やっぱりべったりだった…
「おい!狭すぎるぞ!それに近すぎるぞ!」
俺がそう言うと野木は「別にいいじゃないか?女同士なんだし」と笑っている。
その時に風か吹き抜けた…そして野木の髪がふわりと俺の顔にあたった…
この髪の感覚は…確か…
そうだ、北海道から戻る時に野木が…この時に俺はこの女は野木だと確信した。
「悟君…」
「何だよ…」
「僕が女だったって知った今、どんな感じだい?」
「え?」
俺は予想外の質問に少し戸惑った。突然女だったと知ってどんな感じか?何だそれは…
「どんな感じって…そりゃ驚いた…でも、野木は魔法使いなんだしこういうのもあるんじゃないかって思ってる…」
「へぇ、君は不思議な奴だな?」
俺が真面目に答えているのに野木にいきなり不思議な奴と言われた!
「おい!それはどういう意味だよ?じゃあどういう風に答えて欲しいんだよ!」
「いや、僕も別に特別な答えを求めていた訳じゃないから正解はないんだけどね」
「何だよそれ…」
「さっき答える時、悟君は本当に僕が野木だって信じた様子だったからね」
「信じるも何も俺はお前が野木だって確信しているからな…」
俺がそう言うと野木は一瞬驚いたような様子を見せたがすぐに元の柔らかい表情に戻った。
「そっか…確信してる…ね」
野木はゆっくりと立ち上がると空を見上げた。
「ははは、変な質問をして申し訳なかったね!」
野木はそう言って数歩前に出るとくるりと左に半回転して俺の方を向いた。
「さて!何で僕が君の目の前に野木一郎の姿で現れたのか?今になって正体を教えたのは何故か?を話してあげるよ」
野木は笑顔でそう言った。
しかし何だか妙に野木のテンションが高い…
「まずは野木一郎の姿で君の前に現れた理由だけど」
「ああ…」
ここは気になるポイントだな…理由は何だ…深い意味でもあるのか!?
「僕はどうせ正体を隠して君の前に出るんだったら男性の姿の方がいいかなって思ったんだ。僕は男に変身するのが趣味だから男の姿の方がしっくりくるしね」
ちょっと待て!何だそれは!
あまりにも想定外の答えに俺は心の中で転けてしまった…
「おい!男に変身するのが趣味だから俺の前に男の姿で現れたって!?嘘だろ?」
「え?何か悪いかな?」
「男に変身する事は悪いとは言わない。しかし!男に変身する事が趣味という事には賛同できない!危ない奴がする事だろそれ?この人間の世界でも男が女の格好したり、女が男の格好をしたりするが、俺はそういう奴と友達になりたいと思わないぞ!」
「へえ…じゃあ君の好きな越谷茜が男装が趣味だったらその瞬間に嫌いになるかい?」
何だよそれの例は?あり得ないだろそんなの!
「おい、茜ちゃんはそういう事をする子じゃないぞ!何を言ってるんだ!」
「例えだよ、例え、ムキにならないでくれよ。どうなんだい?」
こうも冷静に応答されると調子が狂う…
くそ…うーん…そうだな…
「そ、それは…その時になってみないとわからない…」
「あははは、悟君は矛盾してて楽しいな」
野木はお腹を抱えて大笑いした。
くそーこいつムカツク!
「笑うな!取りあえずお前が妙な質問をするから俺の考えを言っただけだろ?俺は男装とか女装とか好きじゃないって言ったんだよ!」
「でも、そういう君だって今は女になってるじゃないか?」
「待て!これは絵理沙が魔法で俺を綾香と間違って生き返らせたからだろうが!!俺のせいじゃないぞ!」
俺はついムキになって怒鳴った。そんな俺を見ながら野木は再び笑いだした。
「あはははは!面白いな悟君は」
うがああ!こいつ超ムカツク!くそー!
「あーわかった!わかった!野木は趣味で俺の前に男の姿で現れたんだな!もういいよ!」
俺は半分切れるると野木にそう言ってやった。
すると瞬間に野木から笑顔が消えた。そしてふぅと小さく溜息をついた。
「ごめん…僕が男性教師として君の前に現れた事は、本当はちゃんとした理由があるんだ」
「え!?」
ちゃんとした理由だと!?何だよそれは…最初から言えよ。
「僕が君の心を分析した結果、男・年上に対する抵抗の方が低いとわかった。だから男、それも教師になったんだ。別に絵理沙が教師をしてたから真似て教師になった訳ではない。僕はこれでも悟君の監視役なんだよ。君に嫌われてしまったら元も子もないから野木一郎の格好で君に前に現れた」
なるほど…一応は考があって野木一郎の姿で…しかし一つ突っ込めるとすると、俺は出会ってからすぐに野木を嫌ってたと思うぞ。
「なるほど…野木、理由があるならちゃんと最初から言えよ…」
「ごめん、君と話すのが楽しくってね、つい…」
野木は本当に申し訳なさそうにそう言った。
「もういい…わかったよ…さっきの男装が趣味っていうのも冗談なんだな」
「いや、それは間違いなく僕の趣味だよ」
「………」
男の姿だろうが女の姿だろうが、やっぱり野木と話すのは疲れる…
「さて、次に何で今になって悟君に正体を明かしたのかだけど」
これには何か深い理由があるのか?この前の一件との絡みか?それとも別の何か?
「それは単純に悟君に正体を隠しきれない状況になったからだよ」
「え?それはどういう意味だ?」
何だ?別に深い意味はないのか?
「ちょっとね、僕の魔法力が尽きてしまって魔法が一切使えない状況になっているんだ。ちょっと無茶をしすぎちゃってね」
「それって…もしかして…北海道に俺を連れて行ったせいか?」
「原因はそうだけど…でもね、悟君は悪くないよ。僕の魔力消費計算のミスだ」
「いや、でも…俺があんな相談をしたから…だから野木は…」
「僕は悟君が元の姿に戻るまで協力する義務があるんだ。あれくらいはやってあげて当たり前だよ」
「そうなのか…」
「だけど何でだろうね…あの時の僕は君には正体を知られたくないと心の何処かで思ってしまって…余計な魔力を使いすぎた。結局そのせいでこうして正体を明かす羽目になってるのにね」
「おい、そういえば魔法使いは人間に正体がばれちゃダメなんじゃないのか?だから野木は俺に正体をばらしたくなかったんじゃないのか?」
「いや、悟君であれば最初から正体をばらしても問題はなかったんだ…君はすでに絵理沙が魔法使いだって知っている訳だ。要するに魔法の存在も知っているからね」
「確かに知ってるけど…魔法の存在を知っていたらいいのか?」
「そうだよ?じゃなきゃこんなに簡単に正体をばらすはずないじゃないか。僕はそんなに馬鹿じゃないよ?」
「そ、そうか…へぇ…それにしても野木、今更こう言うのもなんだけど本当に絵理沙にそっくりだな…まるで双子みたいじゃないか」
「双子みたい?当たり前じゃないか僕と絵理沙は双子だよ?」
「…そうか…そうだよな…え?マジで双子!?」
「うん」
やっぱり双子なのかよ。確かにそっくりすぎるよな…違うのは瞳の色と声の質が多少かな…
これで双子じゃないって言う方が違和感あるか…そうだよな…
しかし、良く見れば本当にそっくりだ…スタイルも抜群だし…綺麗だし…赤い瞳も魅力的だ…
もったいないな…女のままでいれば相当もてるだろうに…
その時!バタン!という音とともに屋上の鋼鉄製のドアが勢いよく開いた!
「はぁはぁはぁはぁ…」
ドアが開くと同時に校舎の中から絵理沙が飛び出して来た!
絵理沙はすぐに周囲を見渡すとすぐに俺達を発見しようだ。
はぁはぁと息を切らしながら俺と野木を睨んでいるぞ…
「はぁはぁ…ふう…こんな所に居たんだね…それもそんな格好で…」
なんでここに絵理沙まで来るんだ?それも何故かかなりご機嫌斜めだぞ…
俺は目の前に立っている野木の表情を見ると野木の表情が強ばっている…
これはいつもの野木が絵理沙に怯える表情と同じだ。
「どういう事?私には何も言ってなかったよね?北海道に綾香ちゃんと一緒に行く事も…私に黙って本当の姿を綾香ちゃんに教える事も…」
絵理沙はうつむき加減で体を小刻みに震わせながらそう言った。
「いや!待て絵理沙!今日は別に本当の姿を悟君に教えるつもりなんてなかったんだ!これはなりゆきで…」
「何?悟君だなんてなれなれしく呼んじゃって…あんた何様?」
いつもの絵理沙じゃない…怖い…絵理沙が怖いぞ…
「べ、別に悟君は悟君なんだし、悟君って呼んでもいいじゃないか!?それにいつも僕はそう呼んでるぞ?」
絵理沙は無言でずんずんと野木の前まで歩いて行くと、いきなり野木の胸ぐらを掴んだ。
「え?何ですって?だいたい、私は輝星花に家で大人しくしてなさいって言ったでしょ!何で学校に来てるのよ!それも私の制服を勝手に着て!魔力が尽きて何も出来ないのに学校にくるとか馬鹿じゃないの?で?何?悟君に見つかったから正体をばらしたって事?ねえ!」
絵理沙がすごい剣幕で野木に怒鳴った。
「待て、絵理沙!それは言い過ぎじゃないのか?僕にだってやりたい事はあるんだ!実験室に用事があったからたまたま学校に行っただけだ!別に悟君に正体をばらそうとか思って学校に行った訳じゃない!たまたま悟君に見つかってしまったから正体を教えてあげようと思っただけじゃないか!僕が悟君に正体をばらすと何か問題があるのかい?僕が女だという事実を悟君に教えて、絵理沙から悟君を奪い取るとでも思ったのかい?」
野木が絵理沙にそう言った瞬間に絵理沙の顔が真っ赤になった。
「な!なに言ってるのよ馬鹿!」
そう怒鳴ったと同時に絵理沙が俺の方に視線を向けた…
俺と一瞬視線が合ったかと思うとすぐに視線を外した。絵理沙の赤い顔がさらに赤くなる。
何だ?何だ?絵理沙…お前…本気で俺の事が!?
「輝星花の馬鹿!なんで悟君がいる前でそんな事を言うのよ!」
絵理沙はすこし泣きそうな表情で野木に向かって怒鳴った!
野木は困惑した表情で絵理沙の前に立っている。
何だ…俺はどうすればいいんだ!?
「ご、ごめん、絵理沙…ちょっと言い過ぎた…」
絵理沙は野木の制服から手を離した。
「…もういい…悟君にばれちゃったじゃないのよ…どうしてくれるのよ…」
正面きっては言えないけど、多分一番困っているのは俺だと思うんだ…
正直、絵理沙が俺を好きだとしてもどう対応すればいいのかまったくわからん…
野木が実は女だったって事も俺にとっては結構な事件だったのに、こんな状態になってもうどうすればいいのさ状態だぞ…
そんな困惑している俺に向かって絵理沙がダメ撃ち攻撃を仕掛けてきた。
「悟君…もうばれちゃったから言っておくけど…私は君の事が好きだからね…」
絵理沙は突然俺に告白すると俺の返事も聞かず、そして顔も見ずにグラウンド側のフェンスに向かって走って行った。
そして思いっきりジャンプすると2メートルはある柵をゆうに越えてフェンスの向こう側へと消えていった…
え?越えていった?って!待て!ここは屋上だぞ!あいつ何をやってるんだ!
「絵理沙!」
俺は絵理沙の名前を叫びながら慌ててフェンスの横まで走って行った!
そしてフェンスの下を覗き込むとそこには地面に丁度着地した絵理沙の姿が…
え!?おいおい…ここは屋上だぞ!?なんでこんな場所から飛び降りて平気なんだよ…
魔法でも使ったのか!?あ、そっか絵理沙は魔法使いだった…
いや待て!絵理沙は今は魔法は使えないはずだぞ!?
何という事だ…魔法使いの基本性能はこれほどのものだったとは…
もはや運動能力が高いとかそういう次元を越えてるだろ…
「ふう…行ったか…一時はどうなるかと思ったよ…」
俺が驚愕の表情でフェンスから下を覗き込んでいると、後ろから気が抜けた野木の声が聞こえる。
そうだ、まだ野木がここには残っていたんだ…
「おい!野木!絵理沙がここから飛び降りたのにまったく驚かないのか?」
野木は驚く様子もなく俺の横まで歩いて来るとフェンス越しに下を覗き込んだ。
「まぁ、この高さなら平気じゃないかな?」
と素っ気無く言った。どうやらこの程度は平気らしい…
なんか頭が痛くなってきたぞ…もういい…もう気にしないようにしよう…
「そうか…まぁ人間じゃないしね…もういい…」
俺がそう言って野木を見ると野木が頭を俺に向かって下げている。
何だ?何をしてるんだ?
「色々と申し訳ない…色々迷惑をかけてしまって…」
野木は俺に向かって頭を下げたままそう言った。
こんな場所で頭を下げられても俺は困るぞ!?
「別にいいよ、頭を上げろよ…悪い事した訳じゃないだろ?」
俺がそう言うと野木はゆっくりと頭をあげた。
「悟君、もう少し時間をもらっていいかな…もう少し話をしたいんだ…」
「わかった…いいよ…」
俺と野木は再びコンクリートへ座った。
しまった…何気なくまた座ってしまった…また密着してしまった…
「悟君」
「え?あ?何だよ」
「僕はね、絵理沙の双子の姉なんだ。悟君が見てもわかるように、姉と言っても生まれた時間が絵理沙よりも早かっただけで正直いって色々な面で絵理沙には頭があがらない」
「まぁ…それはなんとなくわかる」
「あと…絵理沙は北海道で話したと思うけど、僕の心を読む能力を嫌っている。そして僕の存在も好きじゃないと思う」
「そうなのか?嫌ってはないだろ?実の姉なんだしさ?俺は妹が大好きだし、妹も…多分俺が好きだと思うぞ…」
「そんな君達兄弟が羨ましいよ…僕らはそんな関係じゃない…絵理沙が僕を嫌っている理由の一つは、僕と絵理沙は双子なのに何故か両親は僕ばかりを英才養育した事なんだ…」
「何故か両親の心は読めなかったから何故僕に対してそうしたのかの理由は僕には未だにわからない…でもそのせいもあって僕は早い時期から変身能力を含めた高度な魔法が使えるようになり、そして魔法管理局には最年少で入る事が出来た」
「へぇ…やっぱりお前はすごいんだな…で?絵理沙は?」
「絵理沙かい?絵理沙は僕みたいな特別な事はなく、まったく違う環境で普通に女の子として育てられた…それで絵理沙は両親が僕と絵理沙を差別していると思ったみたいなんだ。だから余計に絵理沙は僕の事を嫌っているんだよ」
「なるほど…お前の家庭環境って複雑なんだな…」
「そうなんだよね…かなり複雑なんだよ」
「そうだ…ずっと気になってたんだけど…その口調はなんだ?僕とか男みたいな口調だけど?」
「ああ、この口調かい?うーん…僕は両親の教育方針で幼少の時期から男に変身する訓練をさせられていたからね…もうこの口調が癖になっちゃったよ」
「小さい時から男に変身の訓練!?なんで小さい時から男に変身なんて…」
「さぁ…多分だけど両親は本当は男の子が欲しかったんじゃないのかな?だから僕は男として、絵理沙は女として育てられたんだと思う」
「男として育てられたとか…お前って苦労してるんだな…」
「別に同情なんてしないでいいよ?僕は別になんとも思っていないし…この口調だってもう慣れちゃったし…」
そう言った輝星花(野木)の表情に笑みは無くなっていた。
きっと何にも思っていないなんて嘘だろうな。
「ああ、そうだ…聞かれる前に言っておくけど、僕の本当の名前は かがやくほしにはな(輝星花)って書いてきらりって言うんだ。でも正直いってこの名前は好きじゃない…星を見るのは好きだけど、僕自身は輝く星になんてなれない…だからこの名前は忘れていいから…」
「何を言ってるんだよ、俺は…俺は別に、あれだ、そういう口調の女もべつにいいと思うぞ。輝星花っていう名前だってかわいいじゃないか…俺は好きだぞその名前…そうだ!お前が女の時は輝星花って呼ぶからな」
俺がそう言うと輝星花は驚いた表情で俺を見た。
「な、何だよ!何かおれは悪い事でも言ったか!?」
戸惑う俺を見て輝星花はクスクスと笑うと俺の耳元で囁いた。
「優しいんだね…ありがとう…悟君」
俺は輝星花に優しい言葉でそう言われた瞬間、ドキッとしてしまった。
やばい、何だ!?すっげードキドキしたぞ…まさか顔も赤くなってたりするのか?
俺は最近こういうシチュエーションが苦手なんだよ…
「悟君?何を顔を赤らめているんだい?まさか僕に惚れちゃったかな?」
輝星花はすこし微笑ながらそう言った。
くそ…どうしたんだよ俺は!すぐ女みたいに赤くなりやがって…
って何だ!?俺が輝星花に惚れる!?ないない!
「ば、馬鹿言うな!何で俺がき…輝星花なんかに惚れなきゃ…お、俺は茜ちゃんが一番なんだ!」
「あれ?冗談だよ、冗談に決まってるじゃないか。僕は君に惚れられても困るしね」
「何だよ!俺じゃ輝星花には役不足な相手だっていうのか?」
「いや、違うよ?そういう事じゃない。君がいいのなら僕はいつでも受け入れる…」
「あー!まて!もういい!それ以上言うな!あと、そういう冗談はもう一切言うんじゃないぞ!わかったな!」
俺は咄嗟に大きい声を出して輝星花の話をかき消した。
やばいやばい…こいつ、さらっと言いやがって…きっと今でも顔が熱いという事は赤いのに…
「あははは、楽しいな悟君は」
輝星花は笑いながら立ち上がった。
そして屋上の真ん中にいくと両手を広げて空を見上げながらくるくると回りだす。
「おい?何をやってるんだ?」
「別に深い意味はないよ…一度やってみたかったんだ…こうやって回りながら空を見るの…男の姿でこんな事をしたらおかしいからね」
女の姿でも十分おかしいだろ…しかし、別に回る事はダメとは言わないけど、ちょっと勢いがありすぎないか?そんなに勢いよく回ると…
「おいおい!そんなに勢いよく回ったら目が回るぞ?」
「そうだね…確かに…」
そう言うと輝星花は回るのをやめた。
しかし目が回ったのかすこしふらついて倒れそうになっている。
馬鹿!だから勢いがよすぎだって言ったのに!
俺は咄嗟に輝星花の横まで走ると体を支えようと腕を伸ばした。
しかし輝星花は俺が来るとは思っていなかったようで、俺にぶつかると覆いかぶさって抱きつく形になり一緒に倒れた。
俺の左肩の上に輝星花の顔が…そして髪がふわりと俺の顔にあたる…
輝星花から女の子らしいいい匂いがする…
まて…俺の胸になにかこう柔らかい感触があたっているぞ…
どう考えてもこの感触は…輝星花の…うわー!
「ちょ、ちょっと!輝星花離れて!」
俺は慌ててそう言った。
「ご、ごめん、悟君」
そう言うと輝星花は慌てて俺から離れて立ち上がった。
そして俺も急いで立ち上がった。
「危ない、危ない…こんな所を絵理沙に見られたら、僕は殺されちゃうよ」
「え?そんなに絵理沙が怖いのか?でもまぁ絵理沙はもうここにはいないし、見られてないから大丈夫だろ?」
俺ががそう言うと何処からとも無く声が…
「見てたけどね…」
その声を聞いた瞬間に輝星花の表情が固まった。
俺は慌てて声のする方向をみた。すると棟屋の上の貯水タンクの上に絵理沙が…
おい…お前はさっき屋上から飛び降りたはずじゃないのか?
何でそんな場所にいるんだよ!お前は忍者か!
怖いぞ…絵理沙、今日のお前は怖いぞ…
「今までの行動を見てた…やっぱり輝星花は悟君といい関係になりたかったんだね」
絵理沙は輝星花を上から睨みながら怒りに満ちた声で言った。
「いや違う!僕は別に悟君とは何もないし、いい関係になりたいとも思ってない!」
絵理沙は躊躇する事もなく勢いよくジャンプして輝星花の前に着地した。
勢いよくジャンプして下りる時に下着が丸見えだったけど…
怖いから言わないでおこう…今の絵理沙に言ったら俺が殺されそうだ…
「言い訳は聞かないよ…輝星花」
そう言うと同時に絵理沙の右拳が輝星花の腹部に向かって放たれる!
当たったかと思われたが、なんと輝星花が受け止めた!?
「やるわね輝星花!でもこれはどう!」
そう言って今度は左拳を振り上げた。
「絵理沙!冷静になれ!僕が悟君を好きになるはずないだろ?勘違いだ」
輝星花の話など聞く様子も無く、絵理沙は勢いよく左手を輝星花の右肩に振り下ろした。
今度は流石に避けられずに右肩に拳が当たる。そして輝星花の顔が苦痛に歪んだ。
「言い訳は聞かないって言ったでしょ…さっきそこのコンクリートに座って悟君の頬にキスしてたでしょ!私見てたんだから!」
キス?さっきって?あ…もしかして…さっき耳元に顔を近づけた時のあれか?
絵理沙からはキスしてるように見えたのか?
「待て!僕はキスなんかしてない!」
「それにさっきはくるくると馬鹿みたいに回ってふらついた振りをしてわざと悟君に抱きつたでしょ!それも輝星花が悟君を押し倒して!」
「あれは僕がふらついたのを悟君が助けてくれた時に起こった事故だ!わざとじゃない!」
「やだ!そんな嘘ついてもダメ!絶対に許さないからね!」
絵理沙は一歩後ろに下がると勢いよく輝星花に向かって突進した。
その瞬間に輝星花の姿が消える。
ガシャーンという音が聞こえたかと思うと絵理沙は勢い余ってフェンスにぶつかった。
「ま、魔法?魔力が尽きてたんじゃないの?輝星花!何処いったのよ!出て来なさいよ!」
周囲をキョロキョロと輝星花を捜している絵理沙…
しかしやばいな、おもいっきり俺と輝星花の関係を勘違いされてる…
これはちゃんと誤解を解いておかなきゃ今度は俺が危険な状況に追い込まれそうだ。
「おい絵理沙!」
俺が絵理沙を呼ぶと絵理沙ははっとした表情で俺を見た。そして何故か顔が真っ赤になる。
「わ、私、何してるんだろ!?ご、ごめんね…輝星花と二人っきりだったのに邪魔しちゃったね!あはは…」
勘違いもここまでくるとすごいな…
「おいおい待てよ。俺は輝星花とはキスもしていないし、さっきのは輝星花の馬鹿がくるくる勢いよく回って、目までまわしやがったから仕方なく助けてやろうとしたらあんな風になったんだ。勝手に変な想像とかしないでくれよ」
絵理沙は俺をきょとんとした表情で見ている。
「だから、絵理沙の思い込みと勘違いだって言ってるんだよ!俺と野木、いや輝星花とはまったく何もない!」
絵理沙は俺の言葉を聞くと下を向いた。
そして無言でゆっくりと屋上のドアへ向かって歩き出した。
「おい!絵理沙!おい!何処いくんだよ」
俺の引きとめにも応じずに絵理沙は結局屋上から出て行ってしまった…
何なんだあいつは…
しかし困ったな…あいつが俺の事をどれほど想ってくれているのわかってしまったかもしれない。
俺はどうすればいいんだ?俺には茜ちゃんがいるのに…
「ふう…助かったよ…」
いつの間にか俺の横には輝星花が立っている。
「おい、確か魔法が使えないんじゃなかったのか?」
「あはは…絵理沙のお陰でほんの少しだけ回復し始めた魔力を全部使ってしまったよ…おかげであと数日はこの姿のままかなぁ」
「え?全部使い切ったって…そんなんでいいのかよ?授業はどうするんだよ?」
「仕方ないよ…魔力がなきゃ僕もただの人間と同じだ…あの薬は使えないし…」
「あの薬?」
「あ、いや、気にしないでいいよ。取り合えずはここにいるといつ絵理沙が戻ってくるかわからないから…また今度ゆっくりと話をしよう」
「ああ、そうだな」
「じゃあ僕は戻るからね」
「ああ…」
「あ!そうだ!」
「何だ!?何だよ」
「悟君、やっぱり君の胸は大きくなってたよ。さっき倒れた時にわかったから」
何だこいつ!?いきなり何を言い出すんだよ!
俺は慌てて胸を両手で押さえた。
「あははは、何してるんだい?もうさっき確認したから今更触ったりしない」
「そういう問題じゃねー!俺の胸なんか関係ないだろ!いちいち報告しなくってもいい!」
「何でだい?折角成長してるのに…認めなよ、君は今女なんだよ?」
「俺はもともと男だ!」
「強情だな…まあいいや…それじゃ僕は行くからね」
そう言うと輝星花は周囲に絵理沙がいない事を確認すると屋上から出て行った。
ふう…行ったか…
俺はさっきまで座っていたコンクリートに再び座った。
緊張感が無くなったせいかとどっと疲れが押し寄せてくる。
すっげー疲れた…
しかし…野木の正体が体育対抗祭の時に見たあの謎の女子生徒だったとか…
絵理沙と双子だとか、絵理沙が俺の事を本当に好きだったとか…
ここ数日は色々な事が起こりすぎだぞ…
まだ北海道から出した俺の手紙も届いていないのに…
これで少しは落ち着いてくれるのか?まだ問題が起こるのか?
そうだ…これだけじゃない、正雄とか大二郎の問題もあったんだ…
くそ…考えるだけでも頭が痛くなる。
そ、そうだ…そろそろ帰らないと…手紙が来てるかもしれない…
あー疲れた…
俺は意気消沈しつつ屋上から出て行った。
続く
文章が長くなってしまい申し訳ありません。
しかし…この小説も落ち着きそうで落ち着かないですね…
考えている事を文章で表現するのが難しくって…短く纏めるのも難しい…
最初から読み始めた方でもっとコメディ的な展開やシリアスな展開を望んでいた方。すみません、中途半端です。
さて、次回からは少しだけ書き方を変えて、綾香ではない視点でも話を進めまてゆきます。あくまでも予定ですが。
最後に
ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます。最後までお付き合い頂ければ幸いです。又、こうなったらいいのに等の意見ありましたら是非宜しくお願いします。