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第13話 野木と絵理沙と謎の女子生徒の関係 前編

 ドタバタした週末が終わり月曜日がやってきた。


 先週、北海道から投函した手紙は多分あと数日もすれば家に届くだはずだ。

 しかし…手紙が届いたらといって母さんや父さんは元気を出してくれるだろうか…

 正直うまくいくか心配だったりする。

 だが、元気を出してもらう為にわざわざ北海道まで行ったんだ。

 もしダメだとらショックが大きいぞ。これは絶対に成功させないとな…

 よし、手紙が届いたら俺も綾香として両親と一緒に喜ぶしかないな。

 そうすればきっと上手く行くはずだ!


 俺はそんな事を考えながら制服に着替えた。着替え終わるといつものように姿見を見る。

 髪型…制服…リボン…


「よし…これでOK」


 全てを整えて終わると俺は鞄を持って部屋を出た。

 俺は階段を下りるといつものようにリビングを覗き込む。

 そこには、いつものように朝食の片付けを終えた母さんがいる。


「あら?もう学校に行く時間なのね」


続く


 母さんは壁時計を確認すると笑顔でそう言った。


 前まで何も感じていなかった母さんの笑顔。

 でもこの笑顔は多分本当に心の底から出ている笑顔ではない。

 きっと母さんは俺(悟)の事が心配で仕方ないのだからな…

 でもそんな事を今考えていても仕方ない…大丈夫だ。きっと手紙がくれば本当の笑顔になる。

 俺は自分にそう言い聞かせた。


「綾ちゃん、忘れものない?大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ」


 そして俺もいつものように笑顔で返事を返した。


 ちなみに、昔の俺(悟の時)は登校時に親に挨拶などした事はない。

 俺が母さんに挨拶をし始めたのは、綾香がいつも笑顔で両親に挨拶をしていたからだ。

 綾香になっているのだからという理由で仕方なく挨拶をするようにしたはずだったのだが…

 最初は小っ恥ずかしくて毎日が苦痛だった。

 しかし慣れた今となっては挨拶をするのが普通になってしまっている…それどころか挨拶をしないと何かをやり忘れた感じすらするようになった。

 うーむ…俺って確か硬派な不良を目指していたはずなのに…硬派どころか健全な真面目少女になってしまった…まぁ仕方ないか…今は綾香なんだしな。

 とは言いつつも悟の姿に戻っても俺はきっと挨拶をするだろうな。

 あれ…これじゃ真面目でさわやかな不良になるのか?そんな不良なんていないよな…

 っていうかそんなの不良じゃないじゃないか…まあいい、戻ってから考える!そうだ!そうしよう。


「綾ちゃん?綾ちゃん?どうしたの?」


 おっと…くだらない事を考えすぎた…


「え?なんでもないよ」


「そう?それならいいけど…」


「それじゃ行ってくるね」


 俺はそう言うと靴を素早く履いて玄関を勢いよく飛び出した。


 今日も良い天気だな…


 俺は車庫に置いてある自転車に乗りいつもの登校路をいつものように学校へと向かう。

 すっかり周囲は秋模様だ…田んぼも知らない間に稲刈りが終わっている。


 俺が田んぼの方を見ていると風がピュウと吹き抜けた。


 その瞬間に全身に震えが走る。

 うわ、寒いなぁ…


 先週までは残暑も厳しくって本当に秋は来るのかと思っていたくらいなのに、いきなり気温がぐっと下がったなぁ。


 再び風が吹き抜けた。


 くそ…露出している足がやたら寒い…

 俺は肌けた足を見ながら思った。女って大変なんだな…

 しかし…今この気温ですら寒いと感じる状態で冬になったらどうすればいいんだ?

 どう考えても肌がこんなに露出しているしむちゃくちゃ寒いだろ…

 俺は女として冬を越えた事がないから対策がわかんねーぞ!?俺は寒いのが苦手なんだ!

 でも誰に聞くんだ…防寒対策とか…本物の綾香なら防寒対策なんて知ってて当然だし…

 という事は…仕方ないな…そのうち絵理沙にでも聞いてみるか…


 しかし、男なのに何でこんな心配しなきゃいけなんだよ…

 まったく…



 ☆★☆★☆★☆★☆



 学校に到着した。

 俺はいつものように駐輪場に自転車を置くと下駄箱へと向かう。

 そして自分の下駄箱まで行き、上履きを取った所で後ろに人の気配を感じて振り返った。

 すると真後ろには図体のでかい男が!?

 俺は一瞬びっくりして固まってしまった…何だ!?もしかして…俺がゆっくりと顔を上げてみると図体のでかい男の正体はやっぱり大二郎だった。

 しかし大二郎の顔は緊張をしているのだろうか、笑顔がまったくない。


 それにしても一体何の用事だ?こんな朝っぱらから…

 俺はこんな場所で何か事を言われると大迷惑なんだが…

 また前みたいに注目を集めるのはごめんだぞ。


 その時、俺はふと先週真理子ちゃんに教えて貰ったある事を思い出した。

 そう言えば大二郎のやつ…この前空手大会があったんだ。

 ま、まさか!?大二郎が空手大会で優勝したのか?

 いや、まて…もし優勝していたらもっと嬉しそうな顔をするよな…こんな表情のはずがない…

 いや…解らないぞ…俺に優勝報告をするのにすごく緊張しているだけかもしれない…

 色々な考えが頭の中に浮かんでは消える…

 あーダメだ!くそ!こうなったら直接聞く!それが一番早い!

 俺は真意を確認すべく大二郎に声をかけてみる事にした。

 とはいいつつ遠回しに聞こう…俺が大二郎の事を気にしてると思われたくない。


「あの…清水先輩、何が私に用事ですか?」


 俺がそう言うと大二郎は小さく頷いた。

 そしてふうと小さな溜息をついた後にいきなり大声で俺の名前を叫んだ。


「姫宮綾香!!」


 大二郎の声が周囲に響く。馬鹿!何やってんだよ!

 さっきまであんなに緊張して無言だったのにいきなり大声でフルネームで呼び捨てか!

 俺が慌てて周囲を見渡すと予想通りに俺達は登校してきた生徒達の注目の的になっている。

 やばい、また注目の的になってるじゃないか!

 また何か大声出されたらやばい。取りあえず大声出すなと文句を言わないと。


「あの!先輩、声が大きいですよ」


 俺はむっとした表情をわざと作ると、きつめだが少し声を押さえて大二郎に言った。

 大二郎は周囲を俺に言われてから周囲を見渡すと、しまったという表情を浮かべた。


「す、すまん…」


 大二郎は今度は流石に小さな声で俺に謝った。


「で…要件は何ですか?」


 大二郎は周囲を気にしながら少しトーンを落とした声で俺に向かって話し出す。


「聞いてくれよ、俺…空手大会の決勝までいったぞ…」


 そう言った大二郎の表情には笑みが浮かんでいる。

 決勝…決勝までいったのか?って待てよ…優勝したじゃないのか?決勝?

 確か大会は一日で終わるはずなのに終わらなかったのか?


「決勝ですか?決勝戦は行われなかったんですか?」


「そうだ。色々あって決勝戦は今週末の土曜日の開催になった…」


 色々っていうのが多少気になるが、取りあえずは決勝戦が順延になったらしいな…

 で…大二郎は俺にその報告の来たのか…そんな報告の為にわざわざ来なくてもいいのに。

 まぁ大二郎にとっては俺とデートが出来るか出来ないかの一大事だしな…

 って!そうだった!デート!どうせ優勝なんで出来ないって軽く考えていたけど、大二郎が決勝まで残ったという事は…もしかすると優勝の可能性があるって事だよな!?

 そりゃ大二郎は空手のセンスが確かにありそうだったが、こんなに短期間に地域の大会で決勝まで残るとは…予想外だ…

 もし優勝したら俺は約束通り、大二郎と本当にデートをしなければいけないのか!?

 頭の中に大二郎とデートをする俺の姿を思い浮かべてみる…


 デートと言えば…

 駅前で待ち合わせ、一緒に映画、一緒にランチ、そして帰りに手を繋いで良い雰囲気になって…

 うわ…嫌だ!そんなの嫌だぁああぁぁ!

 何で俺が大二郎とデートなんか…俺は男だ!見かけは女でも中身は男なんだ!


 とは言ってもなぁ…茜ちゃんが約束してしまった事だ…流石に男として約束を破る事は出来ない…となると…今出来るのは大二郎には申し訳ないが、決勝戦で負けてもらう事しかないな…


「おい?姫宮?」


「そうですか…決勝まで残ったんですか…」


 おれはつい残念そうな声で言ってしまった。

 すると大二郎は俺の返事を聞いて少し悲しそうな表情になる。


「やっぱり姫宮は俺が決勝まで残っても嬉しくないのか…」


 そう言った大二郎から笑みが消えていた。

 しかし、大二郎には申し訳ないが俺にとって嬉しい報告ではない。

 だけど…折角決勝戦までいったんだし、大二郎のやる気を削ぐのもかわいそうだ…

 デートはしたくないが、ここは大人の対応をしておくか…俺は大二郎と違って大人なんだ。


「いえ、そんな事ないですよ。決勝戦がんばってくださいね」


 そう思って俺は笑顔でそう言ってやった。

 すると大二郎はすごく嬉しそうな表情に変わる。

 なんて単純な奴だろう…やっぱりこいつは絶対に女に騙されるタイプだな…


 俺が苦笑を浮かべていると大二郎はいきなり俺の両肩を持った。


「な、何ですか?」


「姫宮!俺は絶対優勝するからな!お前の為に!そして…優勝したら約束通り俺と付き合ってくれ!」


「え!?」


 ちょっと待て!突然何を言い出すかと思ったら!?それにまた大声出しやがって!

 俺はデートする約束はしたが、付き合うなんて約束をした覚えはないぞ!?

 俺は再び慌てて周囲を見渡した。するとやはりというか再び生徒達に囲まれている。

 折角、生徒が散らばっていったのに…この馬鹿!


「何だ?清水先輩が空手大会に優勝したら姫宮と付き合う約束なのか?」

「また姫宮さんが清水先輩に告白されてるよ…」

「あれ?確か姫宮さんって桜井先輩と付き合ってるんじゃ?」


 ほら…色々な声が聞こえてくるし…くそ…やばいぞ…

 俺としたことが、大人の対応だったつもりが墓穴を掘ったか…

 それに何だよ?俺が正雄と付き合ってる噂まで広まっているのか?

 取りあえずは、この場の問題を解決しないと…

 この馬鹿にそんな約束はしてない!って言ってやらないとな。


「ちょっとごめんなさい!」


 そう思っていた所で、俺達を取り囲む生徒の後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 俺が声の方向を見てみると同時に生徒の間を割るようにして茜ちゃんが現れた。


「清水先輩!ちょっと!今大声で言ってた事!」


 茜ちゃんは現れたかと思ったら、両方の腰に手を当てると少し怒った表情で大二郎に向かって言った。


「私との約束は付き合うとかそういう約束じゃないですよね?何を言ってるんですか?」


 大二郎は頭を右手でかくと首を傾げた。


「あれ?違ったか?確か…お前とそういう約束した記憶があるんだが」


「違います!あの時は…」


 そこまえ言うと茜ちゃんは周囲にきょろきょろと見渡した。

 茜ちゃんは周囲の生徒の事を気にしたのだろう、大二郎に向かって右手でこっちにきてと動作をすると、再び生徒の間を割って下駄箱の隅のほうへ大二郎を連れて行った。俺は慌てて二人に付いて行く。


 茜ちゃんは再度周囲を見渡してそれほど生徒がいないのを確認すると、大二郎に向かって小声で言った。


「清水先輩、綾香と付き合いたいっていう気持ちはわかりますが、私とした約束は空手大会に優勝したら綾香とデートが出来る権利一回だけです」


 茜ちゃん…その気持ちはわかるって…俺は別にわかってほしくはないんだが…


「そ、そうだったっけ?」


「そうですよ。私はそういう約束をしたんです。それに優勝してないんだから綾香には近寄らないでください!優勝しない限りは近寄らないって約束じゃないですか」


「いや、しかし…決勝までいった報告はしておこうかなと」


「男ならちゃんと約束を守ってください!」


 茜ちゃんは学年も体格も上の大二郎にズバズバと言いたい事を言っている。

 やる時はやる子だと思ってたけど…なんかかっこいいぞ…流石俺が好きになった子だ…


 大二郎はというと、茜ちゃんが苦手なのか苦笑を浮かべながら首を左右に傾げている。

 その動作がものすごく怪しい…


「約束は守ってるつもりなんだが…」


「言い訳は聞きません!そういう事ですので!行こう、綾香」


 茜ちゃんは俺の手を持つと大二郎を放置したままその場から立ち去った。


 大二郎からだいぶ離れた所で茜ちゃんは小さく溜息をついた。

 どうやら気を張っていたらしい。そりゃそうだよな、男で体格のいい先輩を相手にあれだけの事を言ったんだし…


「ありがとう…茜ちゃん」


 俺は取り合えずお礼を言った。


「下駄箱の周りに人だかりが出来てたから何かと思ったら、清水先輩の声が聞こえてきてびっくりしちゃったよ」


 茜ちゃんは笑顔でそう言い返した。


「私も突然大二郎…じゃないや…清水先輩が来てびっくりしちゃった」


「そうなの!?まったく…清水先輩ったら…綾香には近寄らないって約束したのにね」

「また来たら私に言ってね。私から清水先輩に言うから」


 茜ちゃんはそう言ってにこりと微笑んだ。


「え、でも…茜ちゃんに悪いし…」


「綾香?今回の件は私に責任あるから…あの時は勢いで約束しちゃったけど…本当は綾香にちゃんと聞いてから約束すればよかった…ううん、約束なんてしなきゃよかった」


 茜ちゃんは先ほどとは打って変わっていきなり意気消沈したような表情に変わる。


「ううん、いいよいいよ。清水先輩はああいう性格だし、あの約束がなかったら今でもしつこく毎日告白されていたかもしれないもん」


「ありがとう綾香、綾香ってやっぱり優しいね…」


 え?俺が?優しいとかない…優しいのは茜ちゃんの方だ。


「そんな事ないよ、茜ちゃんのほうが優しいよ」


「え?私が?そんな事ないよ…あ…そうだ、一つ聞いてもいいかな」


 茜ちゃんはすこし真面目な表情でそう言って俺の方を見る。


「え?うんいいけど?」


「あの…綾香は……桜井先輩と付き合ってるんでしょ」


 …待て!茜ちゃんが変な勘違いをしてる!今すぐに誤解を解かないと!


「待って!それ違うよ、私は桜井先輩と付き合ってなんかないよ!あれはデマなの!嘘なの!」


 茜ちゃんはあれ?という表情で俺を見た。


「そうなの?私はてっきり綾香と桜井先輩が付き合い始めたかと思ってた…私は何で綾香が桜井先輩と付き合うのかなって不思議に思ってたんだけど」


「でしょ?私が桜井先輩と付き合うはずないし、誰かと付き合う時には絶対に茜ちゃんに言うもん。だいたい誰から聞いたの?私が桜井先輩と付き合ってるって」


「私は野田先輩から聞いたよ」


 え?野田先輩だって!?やばいそこまで噂が広まってるのか!早急に対応しないと大変な事になりそうだ。


「野田先輩…もう!桜井先輩に言わなきゃ。変な噂を広めないでって…」


「ごめんね綾香…先に聞けばよかったね」


「ううん、茜ちゃんは悪くないもん。気にしないでいいよ」


 どうやら茜ちゃんには俺と正雄が付き合っていないと理解してもらえたらしい。茜ちゃんは物わかりが良くて助かる…


「よかった…私、綾香が桜井先輩と付き合ってるのに清水先輩とあんな約束しちゃってていいのかなって心配しちゃったよ…」


 そんな変な心配してくれてたのか…真面目だな茜ちゃんは。


「あ!いたいた!茜!綾香!何やってるの?もう始業時間だよ!」


 どこからか真理子ちゃんの声が聞こえる。教室の方か?


 教室の方を見ると、そこには真理子ちゃんがいる。


「早く二人とも教室に入って!先生来るわよ」


 話に夢中になっていたら、そんな時間になっていたのか!

 俺と茜ちゃんは急いで教室へ入った。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 今日の一時限目の授業は理科だ。


 という事は野木か…


 俺は鞄から教科書とノートを出して机の上へと置く。すると絵理沙が俺の方をじっと見ているのに気が付いた。

 何だ?絵理沙の奴ちらちらこっちを見やがって…

 俺は絵理沙に声を掛けてみた。


「絵理沙さん?どうしたの?」


 絵理沙は俺と視線を一瞬合わせたかと思ったらすぐに逸らした。そして「何でもない…」と言うと教壇の方へ顔を向けた。

 絵理沙は俺に何か聞きたそうな感じがするんだけどな…もしかして北海道に行った件かな…

 そんな事を考えていたら一時限目の始業のベルが鳴った。


 数分が経過…


 おかしい…とっくに授業が始まる時間なのに野木が現れない…


 あいつが授業に遅れるとか今まで無かった…

 俺はちらりと絵理沙の方を見た。絵理沙の表情はいたって冷静で、野木が来ない事を知っているようにも見える。

 絵理沙は野木が来ない原因が何かを知ってるんじゃないのか?

 もしかしてさっき俺を見て居たのは、それを俺に伝えたかったからか?

 いや、そうだったらさっきあんな態度はせずに俺に伝えただろうし…

 野木が授業に来ない原因は俺と北海道に行った事が関係あるのだろうか?

 俺が再び絵理沙に視線を向けると、その瞬間にガラガラと教室のドアが開く音がする。


 視線を開いたドアの方へと向けた。ドアを入って来たのは野木では無くクラスの担任の先生だ。先生はここまで急いで来たのか少し息を切らしている。先生は教室の入口付近で二・三度深呼吸をすると教壇の前へと進んで行った。そして教壇に立つを教室を見渡しながら言う。


「ええと、今日の一時限目は理科でしたが野木先生が急遽お休みになった為に自習とします!皆さんはここの用意しましたプリントで中間テスト対策の勉強をして下さい」


 クラスがどよめいた。それは野木が休みだという事と自習と言いながらも中間テスト対策の勉強をしないといけないという事でだろう。

 まぁ俺はテストは嫌いだし、プリントなんてやるつもりは全くない。


「はい!皆さん静かに!プリントを配りますよ」


 そう言って先生は自習用のプリントを配り出した。

 そしてプリントを配り終わると静かに自習するようにと言い残して教室を出て行った。

 しかし、先生が居ない教室で静かに勉強なんか普通しないだろう。

 この学校はそういうガリ勉生徒ばかりな学校じゃない。俺も勉強は嫌いだ。

 俺がそう思っていると案の定男子生徒が私語を始めた。

 真理子ちゃんは私語を止めてちゃんと自習するようにと言っているが収拾はつきそうもない…

 すこし騒がしくなった教室で俺は色々と考え事をしていた。


 コツ…俺の席の上に丸まった白い紙が転がる…

 俺はふと絵理沙を見ると指で紙を開けと仕草をしている。

 先生がいないのだから直接話をしてもいいんじゃないのか?話たらまずい事なのか?

 そう思いながら俺は丸まった紙を開いてみた。


 すると中には《あいつと何処に行ってたのよ!》と書いてあるじゃないか…


 何だ?野木は絵理沙には何も話して無かったのか?


 俺は紙に《野木に何も聞いてないのか?》と聞いて絵理沙の机へと紙を投げた。


 絵理沙が紙の内容を見るとすぐに返事を書いて紙を戻して来た。


 《何も聞いてない。帰って来た日からずっと家で寝てる。何があったのか教えて》


 何だと!?あの日からずっと寝てるって…

 そうだ、野木が俺の部屋から出て行く時のあの表情…

 すごく疲れてそうに見えたのは…やっぱりすごく疲れてたのかよ…


 俺の為にがんばってくれるのはいいが、こういう風に隠されるのはすっごく嫌だ。

 くそ、なんか嫌悪感に襲われる。

 ホント野木の野郎は何で言ってくれないんだよ。


 最初に飛んで行くとすごく疲れるんだ。とか言えばあんな強行策に出なかったし、休憩だって入れたのに…

 別に一緒の部屋じゃなかったら一泊くらいしてもよかったんだ。


 俺は野木と北海道に行った事実を紙に書いて絵理沙に向かって投げた。

 絵理沙はその紙を取るとすぐに広げて読む。

 そして内容を読み終えると小さく溜息をついたように見えた。


 絵理沙はこちらをちらりと見ると今度は新しい紙にまた何かを書き始めている。

 そしてまた俺の机の上に投げた。


 《わかった…教えてくれてありがとう》


 読み終わってからすぐに絵理沙の方を見たが、絵理沙はこちらを見てくれない。

 ちょっと考え込むような表情を見せて教壇の方をすっと見ている。

 絵理沙も野木の事が心配なのか?やっぱり兄弟だしそれが普通だよな…

 そう思うっていると俺も野木が心配になってきた。


 俺はおもむろに机からノートを出しそれを千切るとその紙に《野木が心配だから逢いたいんだけど》と書いて丸めて絵理沙の机の上に投げた。


 絵理沙はこちらを見ていなかったが、流石に紙には気が付いた様子で転がった紙を手に取るとこちらをちらりと見た。


 俺は絵理沙に読めという仕草をすると、絵理沙は紙を広げて読み始める。

 そして読み終えるとこちらを見た。

 俺がまだ見ている事を確認すると右手と左手の人差し指で小さくバツをつくった。

 声には出さないが、口の動きがダメと言っているようにも見える。

 どうやら野木とは逢ってはダメだらしい…


 しかしダメと言われても、はいそうですかと言うような素直な俺ではない。

 今日の放課後にでも逢いに行こう。

 野木が休んだのは俺にも原因がある訳だしな。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 放課後


 俺が机を片付けていると珍しく絵理沙が声を掛けて来た。

 多分、俺が野木に逢いに行くのを阻止するつもりだろう。


「綾香ちゃん」


「何ですか?」


「今日は本当にダメだからね」


 ほらきた。俺に野木と逢ってはダメだと言いたいらしい。


「え?何でダメなの?」


「何でもダメなの!」


 何だそれは…子供が断る時の理由じゃあるまいし…よし、ここは取りあえず…


「ふーん…わかった…」


 こう言って置けば大丈夫だろう。でも俺は逢いに行くがな。


「ふーんとか言っても来るつもりでしょ?本当にダメだからね!」


 くそ…ばれてる…俺は信用されてないのか?


「わ、わかったって言ってるでしょ」


「本当?信じるからね!それじゃ私は帰るから」


 何だかここまで言われるとちょっとムカツクぞ…そうだ…少しからかってやる…


「私、本当は絵理沙さんに逢いにいきたかったのになぁ…」


 俺が冗談でそう言った瞬間に鞄に手を掛けていた絵理沙が固まった。

 そしてゆっくりと俺の方を見る。


「な、何を言ってるのよ!?そ、そんな事を言ってもダメなんだから!」


 何だ!?何か動揺してるぞ…


「ぜ、絶対ダメだからね!じゃ、じゃあまたね!」


 絵理沙は少し慌て鞄を持った。そして一度は教室を出ようとしたが再び戻ってきた。


「あれ?どうしたの?」


「あのね…また今度なら…遊びに来てもいいから…」


 絵理沙は俺と目を合わさないようにぼそりとそう言った。

 な…絵理沙!?よく見ればすこし照れているようにも見える…

 軽い冗談のつもりが、かなり大きく引っかかってしまったぞ…っていうかマジ絵理沙って俺の事を?

 わかんね…俺が冗談を言ったってわかっててわざとこういう態度に出たのか…

 本気で俺の事を気にしているのか…流石にこれは直接聞けない…

 あーくそう…変な事を言うんじゃなかった…

 何かじっと見られてるし、返事だけしておこう。


「う、うん、また遊びにいくね」


「うん…それじゃあ…またね、綾香ちゃん」


「じゃあまたね…」


 絵理沙はそそくさと教室を出て行った。

 ふう…行ったか…うーん…何だか余計な問題を増やしてしまったような気がするぞ…

 ……もし何でだか知らないが絵理沙が俺の事を気にかけてたとすると…

 俺は茜ちゃんが好きな訳で…でも別に絵理沙が嫌いな訳ではないが…

 あーもう考えるのやめた!これは考えるべきじゃない!

 俺は自分で自分にそう言い聞かせた。


 よし、取りあえず絵理沙は帰ったし…俺も野木を探しに行く準備しよう…

 と思ったら…


「あーやーかー!ねーねー!綾香」


 この声は!佳奈ちゃん!?

 ゆっくりと声がした方向へと顔を向けるとすでに目の前に佳奈ちゃんが!

 その瞬間!俺はいきなり抱きつかれてしまった!


「やったー!綾香を捕まえたー!」


 そう言いながら佳奈ちゃんは俺の腕にぎゅうぎゅうと胸を押しあてる。

 な!?しまった!油断した!最近このシチュエーションが無かったから警戒してなかった…

 

「ねえ綾香ぁ?今日って何か用事ある?ねーねー最近一緒にどこもいってないじゃん!だからさーたまにはどこか行かない?」


 取り合えず言いたいのは胸を押し当てるのはやめて欲しい…

 あと顔も接近しすぎ!もっと離れて!


「どうしたの綾香?顔が赤いよー?」


 佳奈ちゃんが胸を押し当ててるからじゃん!とは言えない…

 そうだ!俺は今日野木に逢いに行かないといけないんだ。

 こんな事をしてる…じゃない、されてる場合じゃないぞ。

 申し訳ないけど断ろう。


「えっと…ちょっと風邪ぎみで熱があるかも…だからごめん…」


 我ながらすばらしい言い訳だ…


「えー…折角どっかいこうかと思ったのに…風邪なの?そっかぁ」


「本当にごめんね…」


「いいよ!いいよ!うん!風邪が治ったらいこーねー」


 そう言うと佳奈ちゃんは俺から離れて真理子ちゃんの方へと走って行った。


「ねー真理子!今日ひまー?」


 ふう…助かった…久々だったから避けられなかったし…思いっきり抱きしめられてしまったな…

 ……腕にまだ胸のやわらかい感触が残ってるぞ…

 佳奈ちゃん前より胸大きくなったのかなぁ…前よりも感触が…

 って!違う違う!何を考えてるんだ俺は…


 「えー?暇じゃないのー?ざーんねーん!」


 真理子ちゃんにも断られたのか?

 しかし、すごいな佳奈ちゃんって…俺もあれくらいポジティブになりたいよ。


 教室の時計をふと見るともう15分も経っている。

 やばい、時間がなくなる前に行かないと…

 俺は教室のみんなに帰る素振りを見せて教室を出て行った。


 教室は出たもののどうしよか…

 第二校舎の書庫からあいつの家に直接行くか…

 いや、待てよ…家にはきっと絵理沙がいるはずだ。

 もし野木が起きていて既に家に居なかったら?それはそれで絵理沙に捕まりそうだな…

 さっきの態度からみても絵理沙に逢いに来たと言えば絵理沙は怒らなさそうだけど…

 ダメだ…何だかそうするとすごく危険な感じがする…

 それに一度捕まると野木を探す時間がなくなりそうだ。


 よし、可能性は低いかもしれないけど先に学校内を探してみよう。

 まずは特別実験室に行ってみるか。家は…最後だな…


 俺は廊下を歩いているとふと今朝の事を思い出して立ち止まった。

 そうだ!正雄の件もあったんだな…あれはどうするかな?

 ほっとく訳にも行かないけど今日は取り合えず野木に逢うのが優先だな。

 途中で正雄を見つけたら文句を言おう。いなかったらまた明日にでも文句を言えばいいか…

 俺は再び特別実験室へと向かって歩き出した。


 よし、この角を曲がれば特別実験室だ…俺は廊下を左へと折れた。そして特別実験室のある廊下へと出る。

 俺が廊下に出たその瞬間、ガラガラという音がしたかと思うと特別実験室から一人の女子生徒が出て来た。


 あれ?絵理沙?何でここに?

 俺はてっきり絵理沙が出て来たのかと思った。しかし、よく見れば特別実験室から出てきた少女は絵理沙にとても似ているが絵理沙ではない。

 何処かで見たような記憶があるな…この女子生徒は…


 思い出したぞ!そうだ!あの時の…体育対抗祭の時に教室にいたあの女子生徒だ!

 しかし、何で特別実験室から出て来たんだ?あの女は何者なんだ!?

 俺は野木に逢いに来た事を忘れてその女子生徒を追っかけた。


 その女子生徒は俺の存在にすぐに気がついた様子で、こちらを伺いながら小走りで逃げて行く。

 なんで逃げるんだ?あの子は絵理沙や野木と関係があるのか?いや、どう考えても関係ない訳がない…

 絶対に何か関係があるんだ!直接聞いてやる!


 その女子生徒は特別実験室のある廊下から階段へ向かう。

 そして勢いよく階段を上がって行った。

 俺も特別実験室の前を通過すると急いで階段を上がる。


 何だこの女は!俺が本気で追っかけているのにまったく追いつかないじゃないか。

 俺はそれでも懸命に追っかけた。そして俺は息を切らせながら最上階まで上ってきた。

 廊下へ出て左右を見渡す。しかしそこにあの女子生徒の姿はない…

 何処へ?俺は再び階段へと戻った。

 もしかして屋上か!?しかし、屋上に行っても出口が一箇所だぞ?逃げ場を失うだけだろ…

 しかし、この校舎でにはここにしか階段はないし、という事は屋上まで上がったとしか考えられないのだ。


 よし…

 俺は階段を屋上へと駆け上がる。

 はぁはぁ…よし…屋上だ…俺はドアを開くと外へ飛び出した。


 屋上に出た俺はすぐにあの女子生徒を見つけた。

 グラウンドが見える南側のフェンスの前にあの女子生徒が立っている。

 そしてこちらをじっと見ている…まるで俺を待っていたかのように…

 良く見れば絵理沙に似たその女子生徒は息をまったく切らしてない。

 信じられない。あんなスピードで階段を駆け上がったのに…この女は何者なんだ…


 俺はゆっくりとその女子生徒に近寄って行った。


続く

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