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第10話 激突!体育対抗祭 後編

 体育対抗祭の午後の部が始まった。

 午後の部の競技はかなり行われるのだが、俺は誰の応援にも行かずに人目につかない体育用具倉庫の中で休んでいる。

 何故かと言うと俺は補欠だから目立つ所にいるといつ欠員の出た競技に引っ張られるかわからないからだ。

 午前中に全力でバレーボールをプレイしたせいで体力は殆ど残ってない。もしも今から別の競技に連れていかれると騎馬戦の前に最悪のコンディションになる…間違いない…


 それにしても久々だなここに来るのも…

 綾香になってからは全く来なくなったが、悟の時はよくここで授業をサボってたな…

 体育用具倉庫は十畳くらいの広さで少々石灰っぽさがあるし汚い。

 床はコンクリートのひんやりした感覚があり、そしてこのボール等の皮の匂い…普通の女子なら絶対に好まない場所だが俺はこの場所が結構好きだ。

 しかし、毎回の事だが体育用のマットは固くて横になってもいまいち落ち着けない…もともと寝る用ではないし、贅沢は言ってられないが…


 そうそう、茜ちゃんはやっぱり捻挫だった…骨には異常ないらしいけど、無理したから結構腫れてたよな…まったくもう…


 ………

 一人でぼーと体育用具入れの中で待っているのも疲れる…

 いつもなら寝てしまうんだが、今日は騎馬戦の開始時間にはここを出ないといけないので寝る訳にはいかない。

 俺は騎馬戦の開始時間を頭の中で確認した。

 騎馬戦って確か最後だったしな、確か午後二時半だったよな…

 今は何時だ?俺は体育用具入れの小さい窓からは校舎の時計を見た。

 今は…一時五十分か…結構いい時間になってたんだな。

 という事はもうすぐ集合か…よーし!そろそろ行くかな。


 俺は広げたマットを畳むと体育用具倉庫を出ようと扉に手をかけた。

 するとギギギという金属音がしたかと思うと扉を開いた。

  誰かが外から扉を開けたのか?

 俺は開いた扉から外を見た。すると外には三年生の男の子が三人…全員知ってる奴だ。

 こいつら三年D組の奴らで大和田、川間、牛島、通称三D馬鹿三人組だ、こういう奴らは相手をするのも面倒だな。


「あれ?ここでサボろうと思ったら中から一年の女が出て来たぞ」


 さっき扉を開いた大和田が俺を見ながら言った。


「お?本当だな、お前こんな所で何してたんだよ」


 川間はそう言うと俺の近くに寄ってきやがった。


「ちょっと用事があって来てただけです」


「ん…おい?こいつ悟の妹じゃないか?そうだよな?おい、お前、悟は見つかったのかよ!」


 牛島は綾香の事を知っていたのか。しかしうざいし馴れ馴れしいなこいつら。


「先輩達には関係ないじゃないですか。ほっといて下さい!」


「おー何を怒ってるの?それにしてもお前ちっこいねー中学生?いや小学生みたいだな?」


 牛島は俺の全身を上から下まで見ながら言った。

 牛島の野郎、俺の胸で視線が止まってるぞ!見るな!

 男なんてどいつもこいつもいやらしいな…という俺も男なんだがな…


「マジでちっこいよなー身長何センチだ?」


 川間の野郎!チビのくせしやがって何を言ってるんだ!といっても160センチくらいはあるが…

 しかし!お前には言われたくはない!

 マジでむかつく…くそ…今すぐに全員殴ってやりたい!だが俺はそんなに暇じゃないんだよ。


「どいて下さい!私、急いでるんです」


 そう言って俺は三人の間を小走りで抜けようとした。

 しかし、俺を相手にするのが面白いのが三人は俺の行く手を塞いだ。


「おいおい、質問に答えてから行けよ」


 牛島はそう言うと俺の左手を強引に持った。こいつ、俺の許可もなしに何しやがる!


「何でですか!離して下さい!答えるも必要はないでしょ」


 俺は牛島の手を振り払おうとしたが、強く持たれていて離れない。

 思いっきり殴ってやればいいんだろうが…ダメだ我慢だ…


「おい!先輩の質問には答えろよ!」


 今度は背後にいた大和田がいきなり俺の背中を勢いよく押した!

 俺はその反動で前のめりになり転げそうになったがなんとか踏ん張って耐えた。

 女の子に向かって何しやがるんだ!?俺じゃなかったら転げてたぞ!?


「何をするんですか!やめてください!」


 しかし我慢だ…ここで怒ったら午前中の二の舞だし、騎馬戦にも間に合わなくなる…

 茜ちゃんと約束したじゃないか…騎馬戦は代わりに出るって…

 俺は自分で自分にそう言い聞かせた。


「あれ?びびっちゃって質問に答えられないんですか?姫宮の妹さん?」


 くそ…好き放題言いやがって!お前らごときにびびってねーって言うんだ!

 くっそーイライラするな…茜ちゃん、ごめん!俺もうダメだ…我慢できねー!

 俺は右手の拳を握りしめた。その時!


「おい!お前ら!何やってんだよ!牛島、その手は何だ?」


 え?この声は正雄!?

 俺が声のする方向を見るとこちら向かって歩いて来る正雄がいた。


「え?何だよ!正雄じゃねーかよ…」


 牛島は俺の手を離した。牛島、こいつ正雄にびびってやがるな?

 まぁ三馬鹿よりも正雄の方が強いしな、この反応が普通か。

 で?正雄はこんな場所に何をしに来たんだ?体育用具倉庫でサボりか?

 何をしに来たにしても正雄のお陰で助かったんだけどな。


「おい、悟の妹、迎えに来たぞ」


 そうか、俺の迎えか…え?何だ!?迎えに来たって!?


「え?何だよ!正雄お前こいつをどっかに連れて行く気か?」

「正雄、悟の妹とここで待ち合わせだったのか?」

「まさかなーこいつは女っ気もないガキだぞ。正雄は女にもてるしそれはねーよな」


 何だ?この三馬鹿どもめ…言いたい事いいやがって…


「ああ、姫宮とここで待ち合わせだったんだ。悪いのかよ?」


 え!?ちょ!何だ正雄!?俺は待ち合わせた覚えはないぞ!?


「え…な、なんだよ…ま、まさかお前ら付き合ってるとか?」

「マジでここで待ち合わせだったのかよ!?嘘だろ?」

「ま、まて…悟の妹もよく見れば可愛いじゃないか…有り得るぞ!」


 何を言い出すんだ三馬鹿!俺が正雄と付き合うとかあるはずないだろ!

 正雄もこっちを見るな!なんだその笑顔は!寄るな!寄って来るな!

 って…あ…

 気が付くと正雄は俺の目の前に立っていた。

 そして正雄は躊躇もなく俺の左手を握った。

 正雄は俺の手を握ると三馬鹿に向かって強い口調で言い放った。


「ああ、俺と姫宮は付き合っている。何か文句があるのか?」


 え…付き合って…って!ぎゃあああああ!正雄まって!何だそれ!

 あ、あと手!手だ!俺は男と手を繋ぐ趣味は持ち合わせてないんだ!


「そ、そうか…悪かったな、お前の彼女にちょっかい出してよ…」

「お、おい!中に入って寝ようぜ!」

「あ、ああ…正雄、またな」


 三馬鹿は体育用具倉庫に入って扉を中から閉めた…

 そしてこの場所には俺と正雄の二人きりになった…というか手をそろそろ…


「さ、桜井先輩!手…」


「あ、ああ、すまんな…」


 正雄はすこし慌てた表情で俺の手を離した。


「あの…桜井先輩!?今のって…どういう事ですか!?」


 説明しろよ、どういう事だよ…どうしてあんな事をしたんだ!

 左手に正雄の手の感触が残っててきもち悪いぞ・・・


「あれだ、姫宮、さっき言ってた事は言葉のあやだ…あいつらを相手にするのが面倒だったからな。ああ言えばすぐに諦めるかと思ったんだ、手を握ったのは勢いだすまん」


 それにしてもあそこまで言う必要はないだろうし、勢いで手を握る必要もないんじゃないのか…


「私…突然あんな事を言われて…びっくりしました…」


 あれ…ちょっと待って!顔がまた熱いぞ…俺ってまた赤面してるのか!?

 ダメだ!これじゃあまるで女の反応じゃないか!

 本当に駄目だ!このままじゃ俺は女になってしまう…

 違う!そうじゃないんだ!これは恥ずかしいから赤面してるだけなんだ!…と、とにかく落ち着こう…


「ははははは、顔が赤いぞ?照れてるのか?お前の反応って結構かわいいよな」


 くそー!むかつく!俺は男だ!男に向かってかわいいとか言うな!

 また顔が熱く…あー何だかすごく悲しくなって来た…俺って何なんだよ…


「で…本題だが、お前は騎馬戦に出るんだろ?」


 え?何で正雄は俺が騎馬戦に出るとか知ってるんだ?


「え?あ、はい…でも何で知ってるんですか?」


「ああ、さっき越谷から直接聞いた。あいつ右足首を捻挫したんだろ?だからお前が代わるってな…それで何処にいるか聞いたらここで隠れてるとか…お前…真面目そうなのにな」


 そうだ…茜ちゃんには言っておいたんだ…ここの場所を。


「えっと…ちょっと午前中に体力使っちゃって…すこし休まないと騎馬戦に参加出来ないから…」


「そうか…まあいい、俺はそんな事は気にしてないしな。それじゃあ行こうか…」


 それにしても正雄の奴、躊躇なく俺と付き合ってるとか言いやがって…

 まてよ…そういう事を普段から言いなれてるって事なのか?

 平気で女の子の手も握れるのか?取り合えず俺とは人種が違うんだな…これは確定だ。

 待てよ…あの三馬鹿には確実に俺と正雄が付き合ってるって思われたんじゃないのか!?

 これって結構やばいんじゃないのか?


「桜井先輩、そう言えばさっき私と付き合ってるとか言ってましたよね?あれってまずいと思うんですけど?」


「ああ、大丈夫だよ、もしもその事を誰かに聞かれたらすぐに別れたって言えばいいだろ」


 そういう問題なのかよ…

 しかしそう簡単に処理されるとそれはそれで何か寂しいものが…いや、ない!絶対ない!

 ふう…まぁ誰にも見られてないし、どうにかなるだろ…


「そ、そうですね…」


「何だ姫宮?なんなら俺と本当に付き合ってみるか?」


「え!?」


 俺はその言葉にかなり動揺して、思わず立ち止まると正雄の方を見た。

 ちょ、ちょっと待てよ!冗談はよせ!大二郎でさえ大変なのに正雄まで!?

 お、俺は男だぞ!無理!本当に無理!くそー…


「ははは!冗談だよ、そんなに驚いた顔すんなよ」


 いや…普通は驚くだろ?俺が本当の女でもたぶん驚くぞ?

 でも冗談か…マジでびっくりする…


「まあ…そんな事したら大二郎に怒られちまうからな…」


 そうそう大二郎に…って!その言い方だと大二郎が怒らきゃ俺と付き合いたいのか!?おい!

 あれ?正雄は平然とした顔してやがる…また冗談だったのか?わかんね…

 しかし、俺がこんなに混乱するのは恋愛経験の差なのか?

 くそ…すっごく精神的に疲れた…寿命が縮む…



 ☆★☆★☆★☆★☆



 メイングラウンド…騎馬戦会場に到着


「おい…正雄…越谷の代わりに騎馬の上に乗る人間連れて来るって言ってたけど…それって…ひ、姫宮綾香かよ!?」


 大二郎が俺を見てすごく動揺している。

 俺も驚いたんだ…こんなメンバーだとは…大二郎・正雄・そしてまさかの野田先輩…

 確かに男女混合とは言ってたけど…茜ちゃんにメンバー聞いておけばよかった…

 野田先輩はこのメンバーだと知っていたからさっきまた後でいって言ったのか。


「何だ?大二郎は綾香さんと知り合いなのか?」


 野田先輩は大二郎と俺の関係を知らないからな…


「ま、まあな…す、す、すこしだけだ」


 おい大二郎…目の焦点が合ってないぞ…何をおどおどしてるんだよ…

 横では正雄が大二郎の事をすごく楽しそうに見ているし…


「へえ、私もさっきバレーでこの子と知り合いになったんだ。じゃあ全員が知ってるメンバーって事だね」


「ま、まあそうなるな…」


「よーし!じゃあ騎馬を組む順番だけど、一番前はもちろん大二郎ね、右は私で左は正雄ね。騎乗するのはもちろん綾香さん」


 異論はない。このメンバーだとそうなるだろうからな…


「よーし…今B組(白)は2位だから、騎馬戦で勝てば1位だ!がんばろう!」


 野田先輩は気合いが入ってるなぁ…しかし野田先輩って女らしくないというか…男勝りというか…見た目通りというか…でも俺ってこういう女性はいいと思うが。


『みなさん、騎馬を組んで下さい』


 準備放送がかかった…


「よし!騎馬を組むぞ!」


 今気がついたけど、野田先輩が仕切ってる…

 やっぱり野田先輩ってリーダー気質を持ち合わせてるんだな…


 野田先輩の号令で大二郎と正雄と野田先輩とで騎馬を作った。


「よし、綾香さん、乗っていいよ」


 俺は三人の組んだ騎馬の上にあがる。そして三人がゆっくりと立ち上がった。


 うわ…すごい…高いぞ…大二郎も野田先輩も180センチあるしな…

 俺が大二郎の肩から片手をはずして調整したと同時に正雄が腕の位置をすこし調整した。

 その拍子に騎馬が少し揺れた。俺は思わず前のめりになって大二郎の頭に胸からぶつかった…

 その瞬間、大二郎がびくりと動いた…こいつ俺の胸に即反応しやがった…

 まあ俺が動いて当たった訳だから文句も言えないが…


「清水先輩…今のは事故です。でも変な事は考えないで下さいね…」


 しかし一応は言っておこう…


「わ、わかってる!」


 今の大二郎と俺とのやり取りを聞いた野田先輩が正雄に話しかけた。


「おい桜井、もしかして大二郎って…綾香さんの事が好きなのか?」


 すごくストレートに聞いてるな…


「ん?そのままだろ?見ててわかんねーのか?」


「ふーん…なるほど…大二郎が始業式の日に誰かに告白したって言ってたけど、相手は綾香さんだったのか」


「おい!野田!今その話かんけーねーだろ!」


「大二郎、何を照れてるんだよ、いいじゃないか、一緒に騎馬戦が出来るんだぞ?最高だろ」


 野田先輩は大二郎が俺の事を好きだとわかるとニヤニヤしながら大二郎を弄ってる…

 しかし…あの大二郎も今や弄られキャラになったのか…


「野田!お前…くそ…正雄もよけーな事を言うなよ!」


 大二郎はすごく動揺してるな…


「おお、すまんすまん」


 正雄…まったく悪気がないな…


『開戦まであと20秒です』


「おっと…桜井、大二郎、馬鹿話はあとにするよ…」


 もうすぐで開戦だ。俺は取りあえず周囲の騎馬を見て比較した。

 この騎馬は最高に強そうだ…しかしどう見ても騎乗している俺が弱そうだよな…ちっこいし…

 まず狙われるとすれば俺だよな…いくら騎馬が強くても騎乗者がダメなら終わりだし…

 もう一度周囲を見渡すと敵チームが俺を見てるのがわかる…

 結構騎乗者が男子の騎馬も多いな?ん…そうか…別に男子が上でもいいのか…男性二人・女性二人の構成さえ守れば…

 まあ俺は男相手でも腕力で負ける気はしい!しかし…腕の長さは100%負けるな…


『開戦の準備をしてください!』


「よし!いいか姫宮綾香!」


 ずっと思っていたけど大二郎にいちいち姫宮綾香とフルネームで呼ばれるのがうざい…


「清水先輩、今度から姫宮って呼び捨てでいいですから…」


「え!?お、おう…いくぞ!ひ、姫宮!」

 

 ふう…疲れる奴だな…


『よーい!スタート!』


 号令とともに四チームの騎馬が一斉に動き出す!

 大二郎はいきなり吠えながら敵陣のど真ん中に突っ込んでゆく!


「こら!大二郎!作戦は!?」


 野田先輩が大二郎に怒鳴った。


「お!すまん!つい…よし!右に旋回して敵陣の裏にまわるぞ!取りあえず敵の騎馬をぶっ潰す!」


 何という作戦だ…騎馬戦のルールを解ってるのか!?


 開始から一分経過

 この騎馬は強かった…迫り来る騎馬を次々に潰してゆく!

 そして、俺は敵の帽子を一つも取ってない…敵の騎馬だけは7個はつぶした…

 おいおい…帽子とって無いから得点になってないぞ!意味がない!!


「清水先輩!私に帽子をとらせて下さい!相手の騎馬を潰さないで!敵の帽子を取らないと得点にならないですよ!」


「お?そうなのか!?わかった!」


 そうなのか?って…やっぱりルールを知らなかったのか?無いだろ…普通…

 ほら!野田先輩と正雄は今の大二郎の反応を見てすっごく楽しそうだぞ。

 そうか…大二郎だけは知らなかったという事か…


 その後は大二郎は我慢をしてるのか、一応は敵の騎馬をつぶさなくなった…

 そして…よし!まず一つめの帽子をゲット!続けて二つめ!

 騎馬が安定しているお陰もあって順調に二つの帽子をゲット!


「おい、囲まれてるぞ…」


 正雄が後ろを見ながら言った。

 確かに…いつの間にか周囲を5つくらいの騎馬に囲まれている…

 っていうかB組の、味方の騎馬は!?近くにいないじゃないか?全滅したのか!?


「清水先輩!スピードを出して左斜め前の敵の騎馬の横を通過して!」


「おう!」


 こちらの騎馬はすごい勢いで敵騎馬に突っ込む!そして横を通過する瞬間に俺は帽子を取る!

 三つ!四つ!五つ!…

 よし…作戦はうまくいってる…そろそろ時間も終わりだろうし…このまま逃げ切れば…

 その時に横から衝撃が!


「おい!横だ!横から二騎ほど突っ込んできやがった!この騎馬をつぶす気だ!」


 正雄が叫んだ!

 騎馬が潰れれば俺が取った帽子五つは得点にならなくなる…

 この騎馬と相打ちで潰して得点を取らせない作戦か!?


「俺様がそう簡単に潰れるかよ!」


 大二郎は右方向へと方向転換をして突っ込んで来た騎馬に抵抗している。

 俺に出来るのは衝撃で落馬しないようにするのと、帽子を取られないようにする事だ…

 残念ながら突っ込んで来た二騎の騎馬は騎乗が男子で俺とは身長差がある…

 ようするに俺の手は届かないんだ…


「お前らぶっ潰す!!」


 大二郎はそう言うと敵の騎馬の中央に割り込んだ!

 その瞬間に敵の騎馬が一旗ほど崩れる!騎乗している男子が騎馬から落ちる!


「いいぞ大二郎!」


「危ない!姫宮!避けろ!」


 正雄の声がした瞬間に俺は後ろを見た。

 その瞬間!後ろの騎馬から男子生徒が俺に向かってダイビングしてきやがった!

 こんなの避けられるはずねーだろ!卑怯すぎるぞこいつら!

 

 俺の上に男子生徒が覆い被さると、騎馬はバランスを失って崩れる!


「ひ、姫宮!」


 俺はバランスを崩して後頭部から地面に落下してゆく…やばい…このままじゃ地面に…受け身を…ダメだ男子生徒が邪魔だ…その瞬間に激しい衝撃が後頭部に…ドサ……



 ☆★☆★☆★☆★☆



 ………

 ここは…

 ………

 あれ…

 俺はどうしたんだろう…

 確か騎馬戦…してて…


「姫宮さん?」


 誰かが俺を呼んでる?ここは…どこだ?この感触はベット?この感じ…記憶がある…

 俺はゆっくりと目を開けた…そして周囲を見渡す…ここは…保険室…

 え?保険室!?何でこんな所に!?


「姫宮さん、気がついた?」


 俺は保険室のベットに横になっていた。そしてベットの横には白衣姿の桶川先生がいる。


「あ、あの?私…確か騎馬戦やってて…」


「そうよ、姫宮さんは騎馬戦で騎馬から落ちて地面に頭をぶつて気を失ってたのよ?」


 そ、そうだ!思い出した。確か卑怯な男子が俺にダイビングしてきて…

 騎馬がバランスを崩して、俺は地面に落下して…そこで気を失ったのか!?


「姫宮さん、主治医の先生にさっき見て貰ったけど、軽い脳震盪だって。よく寝てたのは疲れがあったみたい」


「あの…じゃあ…あれからずっと私はここに寝てたんですか?」


「そうよ?今は夕方の六時よ」


「え!?六時!?」


 俺は驚いて窓から外を見た。すると辺りは薄暗くなっている…

 体育対抗祭どころか一日が終わろうとしているじゃないか!

 そ、そうだ!結果は?順位はどうなったんだ?


「あの!?結果はどうなったんですか?」


「え?体育対抗祭の?」


「はい、そうです!」


「ええと…一位がC組(黄)で二位がB組(白)、三位がA組(赤)、四位がD組(青)ね…騎馬戦で一位なら姫宮さんのB組(白)が逆転してたって言ってたわ、残念ね」


 そうか…やっぱり逆転出来なかったのか…俺が落ちなきゃ…


「話は変わるけどね…姫宮さん、貴方を運んで来たのは清水君なのよ?」


「え!?清水先輩が私を?」


 大二郎が運んできた!?という事は俺は大二郎に抱きかかえられたのか!?


「すごい形相で貴方を抱えて保険室に飛び込んできたのよ?びっくりしたわ」


 うわ…大二郎…でも…俺を心配してくれての事だしな…


「…そ、そうですか」


「あとね、その後に来るわ来るわ!姫宮さんのお友達。貴方ってすごく人気があるのね」


 え?お友達?えっと…俺ってそんなに人気あったっけ…誰が来たんだ?


「あの…誰が来てたんですか?」


「え?ああ、ええとね、清水君以外に越谷さん、宮代さん、杉戸さん、桜井君、野田さん、あと…野木さんも、みんなさっきまでここに居たのよ?優しいお友達ばかりなのね」


 うわ…何だ俺の知り合いがほぼフルメンバーだな…それもこんな狭い場所にそんなに人がいたのか。

 しかし、みんな俺を心配してくれて…心配かけちゃって…

 今度みんなにお礼を言っておかないとなぁ…


「姫宮さん、もう大丈夫だと思うけど、今日は早めに家に帰って休んだほうがいいわ。帰宅時間が遅くなる事はご自宅には電話はしてあるから大丈夫よ」


「あ、はい…ありがとうございます」


 俺は保険室を後にした。

 校舎内を見渡すとまだ体育対抗祭の後片付けをしている生徒と先生が結構いるみたいだ。

 俺は廊下を歩いて一階にある一年B組の教室の前まで行った。

 教室の電気がついている…誰かいるのかな…俺は教室の後ろの入口から中に入った。


「あ!綾香ちゃん、おかえり」


 教室には既に制服に着替えている絵理沙が一人、俺の席に座っている…


「絵理沙…もしかして…俺を待ってたのか?」


「うん、どうせ私の家はすぐそこだし…」


 …確かに…あそこはすごく近い…でもあそこは家と言ってもいいのか?

 でも何で絵理沙は俺を待ってたんだろう…


「絵理沙…何で俺を待ってたんだ?先帰ればいいのに」


「え?何でだろうね…多分…綾香ちゃんが心配だったからじゃないかな…」


 そう言った時の絵理沙の表情は本当に俺を心配してたように思えた。


「………そうか、心配かけてごめん」


「ううん、綾香ちゃんが元気そうだから…私安心した」


 絵理沙はにこりと優しく微笑んだ。


「今日は…色々と疲れちゃったな…こんなに疲れたのは久しぶりだ」


「あはは、綾香ちゃんは何でもがんばりすぎだよ…バレーも騎馬戦も…」


「そう言えばバレーも騎馬戦も目立ちすぎたよな…」


 絵理沙は席を立つと教壇の方へと歩いて行った。そして教壇に立つといきなり俺を指差した。


「姫宮綾香君!」


「え?は、はい」


「私はね、綾香ちゃんに対するみんなの態度や表情でわかったんだ…みんなにとっての綾香ちゃんは…今の綾香ちゃん、そう、悟君なんだよね…もちろん無闇に目立つのはダメだけど…でも、普通にがんばって目立ってもそれは綾香ちゃんががんばったって思われているだけだし…そんな綾香ちゃんを怪しむ人なんて誰もいなかった…」


「でも、バレーの時に素に戻って怒鳴ったりもしたぞ」


「うん、そうだね…流石に素に戻るのはダメだと思う…だからそこは頑張って我慢しないとね。あれは何度も繰り返すとちょっと怪しまれちゃうよね」


「やっぱりそうだよな…そこは注意する…」


 絵理沙はじっと俺の事を見ている…しばらくして絵理沙は軽く溜息をついた。


「ふう…よし…私はそろそろ帰るね」


 そう言うと絵理沙は教壇から教室の前方向の出入口へと歩いて行く。


「え、絵理沙?」


「また…明日ね…綾香ちゃん…」


 絵理沙そう言って俺の方を一瞬見ると教室の扉を開けて出て行った。

 何だ…絵理沙の奴、突然出て行きやがって…

 俺は絵理沙の席から立ち上がると自分の席の横に掛けてある袋から制服を取り出した。


 ん?誰だ?俺は教室の後ろに誰かが居るのに気がついた。

 後ろを見ると後ろ側の出入口の横に一人の女子生徒が立っている。

 茶色い髪に赤い瞳…なんだろう…良く見ればなんだか絵理沙に似ているな…

 身長も同じくらいだし…体格体型もほぼ同じ…この子は一体誰なんだ?

 俺は何度か見直したが絵理沙ではない…でも似てる…兄弟なのか?そんな話は聞いた事ないぞ…

 じゃあ絵理沙に化けた魔法使いなのか…その可能性はあるが…

 でもなんでここに居るんだ?しかもこの学校の制服を着ているぞ?

 だけど今まで校内で一度も見た事がないな…よし…


「あ、あの…」


 俺は勇気を出して女子生徒に声をかけてみた。

 するとその女子生徒は無言で教室を出て行った…


 何だったんだろうか…不思議な子だったな…

 まてよ?よく考えたら…絵理沙との会話とかすべて聞かれた!?

 やばい!俺は悟君とか言われたし、男口調でおもいっきり話してた気がするぞ!?

 俺は慌てて女子生徒を追って教室を出た。

 しかし廊下にその女子生徒の姿はなかった…ものの数秒の間に廊下から消えた…

 待てよ…そうだ、よく考えてみろ?あの絵理沙が人の気配に気がつかない訳がない…

 だから絵理沙が居た時にはあの女子生徒は居なかったという事だよな?

 じゃあさっきの会話は聞かれてはいないのか?

 多分そうだよな…絵理沙は教壇に立っていて教室中を見渡せたはずだ…


「綾香!綾香だ!よかったー!大丈夫だったんだねー」


 俺が廊下でそんな事を考えていると後ろの方から佳奈ちゃんの声がした。

 振り返ってみると両手を広げて俺に向かってくる佳奈ちゃんの姿が見える!


「か、佳奈ちゃん!?」


 やばい!これは抱きつかれるパターン!避けなければ!


「あーやーかぁ!」


 佳奈ちゃんは予想通りに俺に向かって抱きついてきた!

 しかし俺はすばやく身をかわした!佳奈ちゃんの抱きつき攻撃は空をきった…


「綾香ぁ…なんで避けるのよぉ…」


 佳奈ちゃんはすっごく不満そうな顔で俺を見ている。


「え、いや…ごめん…騎馬戦を思い出して…」


 すごく無理な言い訳だな…


「あ!そっかーあるある!あるよね-!」


 それで納得できるの?佳奈ちゃん…君はすばらしい女の子だよ…


「ふう…やっと片付けが終わったよ!もう!面倒だったなー」


「え?あ…お疲れ様…」


 そうだ!もしかするとさっきの女子生徒は佳奈ちゃんのいた方向に行ったのかも…

 一応聞いてみようか…


「あ、あの…今ここに来るまでの間に、女子生徒とすれ違わなかった?」


「え?女子生徒?うーん…第二校舎に歩いて行く野木さんは見た!」


 絵理沙を?本当の絵理沙なのかな?


「それって本物の絵理沙さんだった?」


「え?何それ?偽物の野木さんがいるの?私ちゃんと挨拶したし本物だと思うよ?」


 しまった…すっごく変な質問をしてしまった…

 でも挨拶をしたくらいなんだから本物なんだろうな…


「ごめんね、変な質問しちゃったね」


「あはは!あるある!そういうのあるよ!」


 佳奈ちゃん…ある意味ここまで脳天気だと恐ろしさすら感じるよ…


「ねえ!綾香!そういう事だから帰ろう!」


 何がそういう事なんだろうか…まあいいや…あの女子生徒の事は気になるけど…今日は帰ろう…


「うん、帰ろうか…」


 俺は佳奈ちゃんと一緒に下駄箱まで行った。

 そこまで行くと佳奈ちゃんがすっごい笑顔になった。


「あれ?茜と真理子じゃん!何してんのー」


 茜ちゃん?真理子ちゃん?あ!本当だ!二人が下駄箱にいる。

 佳奈ちゃんは茜ちゃんと真理子ちゃんの姿を見つけたから笑顔になったのか…

 あれ?よく見ればおまけで大二郎と正雄…あ!野田先輩までいる!?


「おお!姫宮!」


 大二郎は俺の姿を見つけると真っ先に反応した。


「あ!綾香!よかった!目が覚めたのね」


 茜ちゃん…俺はすぐに茜ちゃんの右足首をみた。すると右足首に包帯が巻いてあった。

 すごく痛そうだ…大丈夫かな…


「茜ちゃん…足…」


「え?ああ、大丈夫!軽い捻挫だし、もう腫れも引いてきたから」


 そうか…ふう…良かった…


 気がつくとみんなが俺のそばに寄って来ていた。みんな俺が心配でここで待ってくれていたらしい。

 俺は悟の時にはこんなに心配された事がない…正直何てお礼を言えばいいのか戸惑った。

 俺は慣れない口調でみんなにお礼を言った。

 するといきなり大二郎と正雄と野田先輩が三人で騎馬戦の件で俺に頭を下げて謝ってきた…

 そんな頭を下げられても…だいたいあれは三人が悪い訳じゃない…

 相手が無理矢理に俺に向かってダイビングとしてきたのが悪い。だから俺に謝る必要なんてないのに。

 そう思ったから俺は言った。


「頭を上げてください!騎馬戦は先輩達が悪いんじゃないです!そんな風に謝らないで下さい!私は大丈夫ですから」


「先輩、私もそう思いますよ…あれは先輩達のせいではないですよ」


 俺に続けて真理子ちゃんが笑顔で言った。

 しかし、三人の表情は硬いままだ…こういう表情をした大二郎や正雄、野田先輩は見たくない。


「私は、清水先輩や桜井先輩や野田先輩と一緒に騎馬戦が出来て本当によかったって思ってます…本当にすっごく楽しかったです!だから…笑って下さい」


 俺らしからぬ台詞にすこし恥ずかしくなったけど、その一言で正雄が、茜ちゃんが、そしてみんながやっと笑顔になってくれた。やっぱりみんなには笑顔が一番似合っているな…

 しかし、大二郎がすこし涙目になっていたのには俺もびっくりだった。

 大二郎って結構ナイーブなのか?その体格で?すっごい違和感あるぞ!


 その後はそんなこんなで時間も遅いという事ですぐに解散になった。

 そして全員が挨拶をして、そして各自家路へとついた…


 今日は色々大変だったなぁ…でも何でだろう?すっごく疲れて大変だったのに、すごく充実した一日だった気がする。

 そうだ!俺は本気で楽しかったんだ!そう、本気で…

 ちぇ…学校ってこんなに楽しいのかよ!悟の時は俺は損をしていたのかもな…

 ふう…これが災い転じてなんとやらっていうやつなのか?


 その時の俺は先ほどの謎の女子生徒の事などすっかり忘れていた。


 こうして体育対抗祭は終わった。


続く

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