やってやろうじゃないの!!~ 断罪された聖女は北の砦で真実の愛を証明する~
突然だが、男爵令嬢のカロリーナは今まさに断罪の最中にあった。
彼女の隣には、この国の第一王子であり恋人でもあるアレックス。そして目の前の壇上にはこの国の王と王妃、第二王子、それからアレックスの元婚約者の公爵令嬢がいた。
断罪の内容は、アレックスが公爵令嬢との婚約を勝手に破棄したこと。冤罪で責め立てたこと。そしてカロリーナとの浮気についてだ。
広間にはびっしりと貴族が並び、誰もが声を潜めながらも好奇の視線を隠そうともしない。
値踏みする目。軽蔑する目。面白がる目。
どれも、最近になって嫌というほど向けられてきたものだった。
どうしてこうなってしまったのだろう、とカロリーナはぼんやりと目の前の4人を見る。
浮かれていたのは認める。けれど誰だってこの国の王子に愛を囁かれれば浮かれるだろう。
調子に乗っていたのも認める。それだって突然治療魔法に目覚めて聖女だと騒がれたら誰だって調子に乗るだろう。
もっとも――聖女そのものは、決して一人しかいない存在ではなかったのだが。
神殿に認められた者は他にもいるし、宮廷付きの聖女も、地方の神殿に仕える聖女もいる。癒やしの魔法を使える者は、珍しくはあるが唯一ではない。カロリーナの力が特別強いわけでもなかった。祈れば、傷の痛みが少しだけ和らぐ。手を当てれば、熱がわずかに引く。
それだけだ。
大きな傷を瞬時に塞げるわけでもない。瀕死の命を引き戻せるわけでもない。神官たちが認めたのも、圧倒的な力ではなく資質だった。
癒やしの力が穏やかで、祈りと共に自然に流れる――ただそれだけ。
つまり、数いる聖女の一人。それ以上でもそれ以下でもないはずだった。けれど周囲は違った。
平民出身。聖女となり男爵令嬢へと引き上げられた少女。しかも見目が良い。
分かりやすく、語りやすく、夢を見せやすい。
人々はそれを“物語”にした。
苦難から選ばれた少女。
神に愛された娘。
奇跡の象徴。
実力ではなく、象徴として。
期待と願望を込めて。
その日から世界は変わった。皆がカロリーナを特別な存在のように扱い始めたのだ。
物語の主人公みたいだと思った。自分もそうなれるって。キラキラしてわくわくして幸せになれるはずだって。
冤罪だってカロリーナは知らない。誰にやられたかなんて言わなかった。たしかに少し大袈裟にやられたことを嘆いたりはした。虫が平気なくせに悲鳴を上げたりもした。けれど虫を平然と掴む令嬢の方がどうなのだろうか。むしろこちらに対して悲鳴が上がってしまうではないか。
浮気はたしかにこちらが悪いが、爵位の釣り合いだけで愛なんてものは欠けらも無いと言われたのだ。実際に公爵令嬢の第一王子に向ける眼差しは完全な「無」であった。
まるで壁でも見ているかのような、温度のない視線だった。
そんなことをつらつらと考えている間にも話は進んでおり、第一王子は国の北端にある砦の魔物討伐隊に配属されるということになった。そこで手柄を立てればもう一度チャンスをやると。そして先程まで見事にカロリーナを視界から外していた王妃が、こちらへ視線を向けて口を開いた。
「真実の愛のお相手だもの。貴女も北の砦へ行くべきではなくて?」
嫌だ。と咄嗟にカロリーナは思った。北の砦は過酷なことで有名である。常に魔物からの襲撃があり、傷ついていない兵士はいないと言われている。気候も厳しく生活するだけで大変な場所だ。そんなところに行きたい人間はほとんど居ない。どうして私が……と思ったが、そこでふと王妃とその横にいる公爵令嬢が「どうせできやしないだろう」という目線をこちらに向けているのに気が付いてしまった。
そこでプツンっとカロリーナの中で何かが切れた。先程までつらつらと余計なことを考えていたせいでもある。人はそれを八つ当たり、逆ギレもしくは開き直りと言うだろう。けれどそんなことカロリーナはどうでも良いことだ。
(やってやろうじゃないの!!)
隣を見ると、アレックスもこちらを見つめている。真実の愛はカロリーナが言い出した訳では無いし、そもそもそれがなにかなんて分からない。けれども今この状況でアレックスの視線には確かにカロリーナへの愛があった。非難でも侮蔑でもなく、ただただ愛だけがあったのだ。だからカロリーナはその手を取った。
どんな目で見られても、この人だけは私を選び続けていたから。
その手は少し震えていた。けれど握り返す力は強かった。
(真実の愛とやらを実現させてやるわよ!!)
そしてカロリーナとアレックスは二人で北の砦へと旅立ったのだ。
*
北の砦は噂通り過酷な場所だった。元々北の砦とはこの場所ではなく、さらに外側にある場所をさしたものだった。しかし数年前に魔物の襲撃を抑えきれずに手放すこととなり、今いるこの場所が北の砦となったのだ。
水は夜のうちに凍り、朝は鍋を火にかけるところから始まる。
血と薬草と鉄の匂いが、常に衣服に染みついていた。
そんなこの場所では、泣き言を言う余裕すらなかった。寒い、辛い、しんどい。心の中ではいくらでも湧き上がったが、それを発するために口を動かすのすら億劫だった。ひたすら傷を負った人達に回復魔法をかけて気絶するように眠る日々。やめたい、けれど今カロリーナがやめれば目の前の命が消えるかもしれない。その恐怖心によってカロリーナは限界まで動き続けている。そんな状態だった。
初めて回復魔法が間に合わなかった日。その夜は眠れなかった。
手の中から零れた温もりが、何度も蘇る。
ほんの少し足りなかった。
それだけで目の前で命が消えた。
――冗談じゃない。
あと少しだったのに。
もう少し魔力が残っていれば。
もう一度だけ祈れていれば。
次も同じことが起きるなんて、絶対に嫌だった。
だから翌日、カロリーナは祈った。
昨日より長く。無理やりにでも。
今更聖女らしくありたいわけじゃない。
誰かのためでもない。
ただ――間に合わないのが腹立たしかった。
その日から、祈るたびに光がほんのわずかに強くなっていった。
だがそれが疲労による錯覚なのか、本当の変化なのか、カロリーナには分からなかった。
そしてその姿はカロリーナの内心がどうであれ、周りには素晴らしい聖女として映った。自らの身を省みず、ひたすら人々のために尽くす清らかな聖女。それに感化された周囲は更に魔物討伐の士気を高める。アレックスも例外ではなかった。もちろん王に言われたので手柄を立てるために力を尽くすつもりではあったが、自分に着いてきてくれた彼女がここまでしてくれているのだ。その献身に応える為にさらに己を奮い立たせた。
そして3年後。北の砦は本来の場所を取り戻した。
*
わぁぁぁあ!と盛り上がる王都の民に馬上から手を振りながらカロリーナとアレックスは王城へと向かう。本来の北の砦を取り戻した第一王子と聖女は、いまや国民にとって英雄だった。
花びらが降り注ぎ、子供達が名を呼ぶ。
けれどその歓声の奥に、戦場の怒号が重なって聞こえる気がした。
真実の愛を貫いた王子と聖女。自ら剣を持ち国民のために北の砦を取り戻した王子とそれを支えた聖女。国民の語る2人はどれも美しくロマンティックで輝いていた。
実際は2人の力だけで砦を取り戻した訳では無いし、泥まみれで血反吐吐きながらの戦いだったので美しくもない。けれど真実、聖女がいなければ北の砦を取り戻すことは不可能ではあったし、王族が最前線でいることで士気も格段に上がったのだ。今この国で2人の影響力を無視できるものはいない。
カロリーナはちらっと己の後ろで手を振るアレックスを見上げた。3年前よりも身体はかなり逞しくなったし、綺麗な顔には回復魔法でも直せなかった大きな傷が痕を残している。それでもアレックスを好きな気持ちは3年前よりも大きくなっていた。無様な姿は数え切れないほど見た。魔物への恐怖で失禁する姿も、傷の痛みに呻く姿も。逆にカロリーナの無様な姿も数え切れないほど見せてきた。回復魔法の使いすぎで嘔吐する姿も、辛さに耐えきれずに床で咽び泣く姿も。それでもアレックスのカロリーナへ向ける視線から愛が無くなることはなかった。
だからカロリーナは思った。これが真実の愛であると。
*
王城の中、あの日と同じ様に目の前に王と王妃、第二王子とアレックスの元婚約者の公爵令嬢がいる。
王からアレックスとカロリーナの功績を称える言葉がかけられ、それに深く礼をする。周囲の空気が緊張で張り詰めているのを肌で感じる。今この国でアレックスとカロリーナの存在を無視出来るものはいない。それが例え王であっても。
第二王子と公爵令嬢は3年前に婚約し直しており、次の王は彼だと言われている。今ここでアレックスが次の王座を望めば、もしくはその素振りを見せれば国はふたつに割れるだろう。
そこまで考えてカロリーナは、ふっと小さく笑った。あの日あの時、私達は愚かだった。目の前の金ピカの王座は、愚かで泥臭くてそんな真実の愛を選んだ私達には随分と不釣り合いだ。アレックスもそう思ったのか、私達は今後も二人で北の砦を守ると告げ、それが認められた。せっかく取り戻したのだ、また奪われてはたまったものではない。
退出する際、ふと王妃と公爵令嬢を見る。あの日最後しかこちらを見なかった2人は今日は最初からこちらを見つめていた。
視線が絡んだ、その一瞬。
公爵令嬢が、ほんのわずかに口元を動かした。
「……それが、愛なのですね」
その声には、怒りも嘲りもなかった。
ただ静かな、理解とも諦めともつかない響きだけがあった。
(やってやったわよ)
八つ当たり、逆ギレ、もしくは開き直りだったけれど、それでもカロリーナは真実の愛を実現させたのだ。




