44話 浮符鄔へプレゼント いざ、灯詠学園へ
松月地区にある、とある森。
「よーしっ、見つけたぞー」
そこにキノコを採取している秋司、健治、佑香の姿がある。
「これが松月三大キノコの一つ、シュワっとダケか」
健治は秋司が手に掴んでいる水色をベースに白い丸がいくつかある模様のキノコに視線を向けた。
松月三大キノコとは、松月地区に生える珍しくて美味しいキノコのこと。
一つはべいこま村付近の山や森に生えるハニマ。
一つは今秋司が手に持っているシュワっとダケ。
そして最後の一つが竹とん町付近の山や森に生える、しちき。
三人は数日後、それぞれ合格した血転学校に通い始める。
秋司は灯詠学園、健治と佑香は桜嵐学園。
どちらの学校も全寮制。
そのため、師匠である浮符鄔とはしばらくの間会えなくなる。
それに加え、血転術を教えてくれたことに感謝を伝えたいと考えた三人は浮符鄔が大好きなキノコをプレゼントすることにしたのだ。
三人は竹とん町に向かって歩き始めた。
竹とん町かー。
透くんが住んでいる町だな。
透くんに会えるかな?
秋司は微笑みながら歩く。
数十分後、竹とん町に到着した三人。
三人はお好み焼きを買い、竹で作られた長椅子に座る。
「美味しいー」
透くんが、竹とん町のお好み焼きは美味しいって言っていたけど、凄く美味しい。
なんかそばが入っているし、ボリュームがあってソースが濃厚ー。
三人はあっという間にお好み焼きを食べ終え、立ち上がると、お好み焼きを買いに来た透の姿があった。
「あー、透くんっ」
「きゃああああ・・・。あ、秋司くん?」
つい大声を出してしまった秋司。
透は驚き、軽く跳ねた。
その後、透と話す秋司。
透も、灯詠学園に合格していた。
そして、この町を訪れた理由を聞かれ、答えると、透がしちきが生えている山に案内してくれることになった。
「で、でも珍しいし、何より凄く怖い猛獣が好んでいるんだ・・・」
「そうなんだっ」
うーん・・・。
なんかハニマもべいこま熊が好んでいたよね。
珍しいキノコには猛獣が寄ってくるのかな?
「どんな猛獣が好んでいるの?」
「じょうきか猪っていう生物で、熱気を纏って突進してくる猪なんだ」
じょうきか猪。
凄い突進してきそうだなぁ。
でも、その生物が好んでいるなら、その生物を追えば見つけられるかも。
秋司はハニマを見つけた時と同じ作戦でしちきを探そうと考えた。
少し歩くと山の中に足を踏み入れた四人。
透いわく、しちきは標高が低いところに生えているらしい。
四人はしちきを探しつつ、じょうきか猪を探した。
うーん、しちきは濃い赤色をベースに明るいオレンジ色の粉がふりかかっているような見た目なんだよね。
目立つと思うけど、見当たらないな・・・。
さらに少し歩くと。
「おっ、あれじゃないか?」
健治がしちきを見つけた。
よし、運がいい。
じょうきか猪に遭遇することな・・・。
あっ。
秋司はしちきを見つけて一瞬喜ぶが、視界の中に一頭の猪の姿が入ってくる。
「で、出たーー。しゅ、秋司ー。あいつだよ・・・」
「う、うん」
な、なんかもう突進の準備をしている・・・。
じょうきか猪は数回、右後ろ足で地面を軽く蹴り、やがて踏みしめた。
そして、スタートをきると、一気に加速し秋司と透に向かってくる。
「きゃあああー」
「は、はやーー」
透は悲鳴を上げ、秋司は目を大きく開いて大声を上げる。
速い・・・。
しかも、なんか朱色の風みたいなものを纏っているし・・・。
熱気かな?
って、そんなこと考えている場合じゃなかったー。
じょうきか猪は既に二人にかなり接近していた。
「やばいやばい、ぎゃああー」
透は冷や汗を大量に流しながら叫び声を上げる。
「血転術木転、樹封拘根」
しかし、秋司と透に突進が命中する前に、佑香がじょうきか猪を拘束した。
「・・・。す、すごっーー。あんなに速く突進してくるじょうきか猪をピンポイントで拘束したー・・・」
「うん・・・。凄いよね・・・」
佑香ちゃん、やっぱり凄い・・・。
佑香の血転術を見た透は驚きのあまり、目を見開いた。
秋司も声量が小さくなる。
「しかも、あの気性が荒いじょうきか猪が大人しくなっている・・・」
透の視界の中には、目が点になり静止しているじょうきか猪の姿が映っていた。
四人はしちきを採取し、山を下った。
秋司は透と、数日後、一緒に灯詠学園へ向かうことを約束した。
夕日が真っ赤に染まる頃。
べいこま村に帰ってきた三人は浮符鄔の丸太小屋に向かった。
「浮符鄔さーん、こんばんはー」
「おう、どうしたんじゃ? こんな時間に」
「じゃーん」
秋司が丸太小屋に入ると、丸太小屋でゆっくりとしていた浮符鄔が顔を出した。
秋司、健治、佑香の三人は声を合わせてたくさんのキノコを浮符鄔に見せた。
「おぉ・・・。たくさんじゃな・・・」
浮符鄔は驚きの表情を浮かべた。
「ふっふっふー。実はこれだけじゃないよ」
「・・・。まだ、あるのかーー?」
握りしめた右手の人差し指を開いて揺らしながら、目を瞑り、ドヤ顔を浮かべる秋司。
浮符鄔は目を大きく開き、大きな声を出した。
「実は・・・、ハニマもあるよー」
「おぉー・・・。ハニマーー」
秋司は自身の身体の後ろに、左手に握って隠していたハニマを前に出した。
浮符鄔は驚きのあまり、声量が小さくなる。
「まだあるぜー。シュワっとダケだー」
「しゅ・・・、シュワっとーー?」
健治も秋司と同じように、キノコを浮符鄔の前に出す。
今度は目が大きくなった浮符鄔。
「はいっ、しちきー」
「し、しちきじゃとぉーー」
佑香も秋司や健治と同じようにキノコを渡す。
今度はゆっくり後ずさる浮符鄔。
「せーの・・・、血転術を教えてくれてありがとうー」
せーのは三人顔を合わせながら小声で、その後は満面の笑みを浮かべた秋司、健治、佑香。
「ぬぐっ・・・」
浮符鄔は目には涙を浮かべ、少し鼻水を垂らし、眉は中央により、口角が下がった表情で三人を見つめる。
「んー? あれー。ジジイー泣いてんのかぁ?」
「な、何を言っておるんじゃー。泣いておらんわっ」
そんな浮符鄔の様子を見た健治は、ニヤケながら浮符鄔の顔を覗き見る。
浮符鄔は右前腕で目を擦りながら顔を背ける。
「よし。キノコたくさんあるし、料理を作ろうー」
「待て待てー。秋司は何もすんなっ。なっ?」
「え? なんで?」
「ごほんっ。秋司よ、あっちに秋司が好きそうな本を用意したから、あっちにおれっ」
「ん・・・?」
秋司がキノコを手に持ち、台所に向かおうとすると、勢いよく健治がそれを止めた。
きょとんとしている秋司を見て、浮符鄔も秋司を台所から遠ざけようとする。
「なんでよー。みんなで作ろうっ。まずは何から作る?」
「あー。待てー、フライパンに触るなー」
「秋司よー。頼むから包丁を持つでなーい」
張り切っている秋司を止める健治と浮符鄔。
その様子を見て佑香はにこやかに微笑んだ。
そして時は流れ、数日後。
この日フィーべにある灯詠学園に向かう秋司。
登校初日は健治や佑香と同じ日だが、フィーべまで二日かかるため、二人より一日早く、早朝からべいこま村を発つ。
べいこま村北部には大きな荷物を持っている秋司と、見送りに来た健治、佑香、浮符鄔、そして秋司の祖母の姿があった。
「秋司ー。またなっ。強くなってこいよっ」
「元気でね。秋司っ」
健治は力強く、それでいて明るい笑顔を、佑香は優しく微笑みを浮かべた。
「すぐに帰ってくるなよー。てか、全然帰ってこなくてええからなぁー。まあ、頑張るんじゃぞー。あと、ついでに思いっきり楽しむんじゃなっ」
浮符鄔はそっぽを向きながら目に涙を浮かべる。
「うんっ。みんなありがとうー。健治くんももっと強くなってねっ。佑香ちゃんも元気で、夢を追いかけてっ。浮符鄔さんも身体に気をつけてねっ、キノコ以外もちゃんと食べるんだよー。それと、僕は健治くんと佑香ちゃんをお見送りできなくてごめんっ」
「ふっ、そんなこと気にすんなよっ。さあ、行って来いっ」
秋司は健治、佑香、浮符鄔の顔を順に見つめ、健治と佑香には力強く、優しい笑顔を向け、浮符鄔には少し頬を膨らませた表情を向けて軽く注意した。
そして、健治と佑香を見送れないことを気にしていた秋司は二人に謝るが、健治は笑顔で声を発し、佑香も微笑みを秋司に向けた。
秋司は二人の表情を見て、微笑んだ。
「ばあちゃん、お父さんとお母さんに言わなくていいのかな・・・?」
「秋ちゃん。この前も言ったけど、大丈夫だよ。帰ってきたら、ばあちゃんが言っておくから。秋ちゃんは学校生活を楽しんできなっ」
秋司は祖母に近づき、心配そうに尋ねた。
祖母は真剣な眼差しで秋司を見つめる。
「うんっ、分かった。ばあちゃんっ。行ってくるね・・・。無理しないで、身体に気をつけてね」
「うん。秋ちゃんも身体に気をつけるんだよ。いつでも帰ってきてね」
秋司は祖母に近づき、両手それぞれで祖母の両腕を優しく掴んだ。
祖母はにこやかな笑顔を秋司に向けた。
「なーに言っておるんじゃっ。そんなホイホイ帰って来るでないぞっ」
浮符鄔は鼻水をすすり、涙を目に浮かべたまま大きな声で発した。
「・・・。ジジイー、泣いてんのかー?」
「な、泣いておらんはーー」
浮符鄔の様子を見ていた健治は目を細めながら浮符鄔を見つめた。
浮符鄔はさらに大きな声を発した。
そのやり取りを見て笑顔を浮かべる秋司と佑香、秋司の祖母。
「じゃあ、行ってきますっ」
秋司は満面の笑みを浮かべながら四人に右手で大きく手を振った。
「ふむ。じゃが、まさか灯詠とはのう」
「ふふっ。懐かしいですか?」
「ふんっ。そんな昔のこと、覚えておらんわっ」
「たくさん思い出があるでしょ? いい思い出も、そうではない思い出も・・・。友達と過ごした日々とか、ライバルと高め合ったこととか。いい思い出も覚えていませんか?」
「ふんっ。このわしにライバルなどおらんわっ」
「ああー・・・。そうでしたね。憧れを持っていたんでしたっけ?」
「何をー・・・。わしはあんな奴に憧れたことは一瞬たりともないわーー。わしの方が強かったしのう」
「・・・。ずっと負けていたんですよね?」
「な・・・。最後は負けんかったわーー」
浮符鄔は秋司の祖母と会話を続けるにつれて、声が大きくなっていく。
「ごほん。じゃが、しかし秋司も灯詠とはのう・・・」
「ええ・・・。憧れた人が灯詠学園の生徒さんで」
「昏織燎誐じゃろ」
「ふふっ。業血司使いの世界から離れていても、昏織くんのことは知っていますか」
「まあ。最近の若者でいうと、昏織燎誐と霜陰冷河。この二人の名は、この山奥でひっそり暮らしている老人の耳にも入るからのう」
「ええ」
「じゃが、昏織燎誐はもう卒業しておるじゃろ?」
「ふふっ。はい。なので、秋ちゃんが会えるのはまだ先みたいですね」
浮符鄔と秋司の祖母は秋司が進んでいった方向を見つめた。
既に秋司の姿は見えないが。
「それにしても、お主のせいで面倒なことになったではないかっ。代江深よっ」
「ええ? 結構楽しんでいましたよね?」
「なーにをっ。血転術ならお主が教えてやればよかったじゃろう?」
「私は可愛い孫に血転術など教えられませんっ。それに私は・・・」
秋司の祖母、代江深は言葉を詰まらせ、下を向く。
「・・・。あのことをまだ気にしておるのか?」
「はい。一生、消えませんよ・・・」
「あやつのことはお主のせいではない。あやつが自分で決めたことじゃ」
「しかし、親である私にも責任はあります・・・」
「・・・。そうか・・・。じゃが、お主だけの責任ではない。自分を責めすぎるな」
「はい・・・。しかし、生きていたら・・・。この先、秋ちゃんの前に現れるかもしれません・・・」
「ふむ。秋司が業血司使いとして歩み続けていたら、いずれは出会うかもしれんな・・・」
さっきまでの様子とは異なり、真剣な表情で話す浮符鄔と代江深。
「おーい、ジジイー。いつまでそこにいんだよっ。今日はジジイも農業手伝ってくれんだろー?」
そんな浮符鄔に、少し離れたところから声をかける健治。
浮符鄔と代江深は健治の言葉を聞いて、強張っていた表情を和らげる。
「まあ、先のことは分からんじゃろ。秋司の進む道を見守るしかないのう」
「はい、そうですねっ」
二人は温かい微笑みを浮かべた。




