27話 浮符鄔VSベケウメト
木漏れ地区付近の砂原。
そこに秋司、健治、佑香の三人と体長約四十メートルの魔獣戦士ベケウメト、そして体長七十メートルほどの龍に乗って現れた浮符鄔の姿がある。
なんていう迫力なんだ・・・。
あまりの迫力に息を呑む秋司。
「三人とも、この場から離れるんじゃ。ええな?」
浮符鄔の言葉を聞いた三人は木漏れ地区方面に視線を向ける。
「あー。佑香ちゃーん。無事だったんだねー。よかったよー」
「ささひこ。うん」
佑香の上空からささひこが、傘が空から降るようにゆっくりと降下してくる。
「ささひこ。頼んだぞ」
「はーい」
浮符鄔の声にささひこは返事をする。
それと同時に三人の背後から傘で覆うように結界を張ったささひこ。
「行こう」
秋司は木漏れ地区に向かって走り出した。
健治と佑香も秋司の横に並び、三人は木漏れ地区に向かった。
「さてと・・・。じゃあ、始めるかのう・・・」
浮符鄔は三人が去っていくの見届け、ベケウメトに視線を向ける。
まさか魔獣ベケウメトが現れるとはのう。
想定外じゃ。
わしが生まれるよりも前に封印されたはずじゃが。
それも、どんな風に封印されたかは解明されておらんかったはずじゃ。
じゃが、あの姿は迷うことなきベケウメト。
「流石に骨が折れそうじゃのう」
「なんだジジイ? ビビってんのか?」
「お前もジジイじゃろー」
浮符鄔がベケウメトを見つめながら漏らした言葉に反応した藤照。
そんな藤照の問いにツッコミを入れる浮符鄔。
「まあ、久々に暴れるとしようかのう」
「ふんっ。へばんなよ、ジジイー」
「じゃからー、お前もジジイじゃろー。自分の心配をしろー」
再び同じようなやり取りをする浮符鄔と藤照。
そんな浮符鄔と藤照を目掛けてベケウメトは剣を振るう。
「おい、きたぞー」
「分かってるわー」
藤照は右に避け、少し上空へ上昇する。
「血転術水転、水切音斬」
浮符鄔は水転の基本図式を描き、発動図式に三日月、丸、三角、三日月、丸、三角、ひし形を順に描く。
しかも両手それぞれで。
すると、浮符鄔の左右それぞれの掌から、ホースから出る水の太さで、ただし水流は途轍もなく速く放出される。
この術では業血司によって作られた水の粒子を制御しており、それに加えて水の先端部分だけ空気抵抗を無くしている。
水の粒子の速度は音速を超え、さらに通常の水に比べて水の質量を数十倍に増やしている。
浮符鄔の左掌から放出された水流は一瞬でベケウメトの右胸部、右掌から放出された水流はベケウメトの左腹部に命中する。
あまりの威力にベケウメトは地面を削りながらゆっくりと後退していく。
しかし、この術は命中した瞬間に身体を貫くのだが、ベケウメトは少し血が出るくらいにとどまっている。
「こやつ、なんていう身体をしておるんじゃ。硬いなんてレベルじゃないぞ・・・」
浮符鄔は両手をずらし、水流を動かすが変わらず少し血が出る程度。
水流を動かすと、スパッと切れるのだが、ベケウメトの身体は異常な硬さをしており、そうはならない。
「俺がやるわい。血転術風転、風縮台伝」
藤照は両手それぞれで風転の基本図式を描き、発動図式に丸、扇、扇、五角形、扇、扇、丸を描く。
そして、両手それぞれにハンドボールくらいの風の球を作り出す。
藤照は空中を移動しながら、ベケウメトの左胸部と腹部にそれを投げつける。
すると、命中した瞬間、見た目的には特に何も起こらないが。
「うがああ」
ベケウメトが右膝を地面につけ、声を上げた。
藤照が放った風の球は、内部に台風レベルの風エネルギーを圧縮し、外側は微風程度の風で作り出している。
ベケウメトに命中した瞬間、外側が弾かれ、それと同時に内部圧力が急激に作用し、内部の圧縮風がベケウメトの体内に衝撃を与えたのだ。
「・・・。なんであいつ生きてんだ・・・」
「ほっほっほ。お前でも無理なようじゃのう」
藤照の戸惑った様子を見て、なぜか嬉しそうに笑う浮符鄔。
藤照が発動した術も、浮符鄔が発動した術と同様そこらの相手なら文句なしで一撃なのだが、ベケウメトは膝をつくにとどまっている。
ベケウメトは立ち上がり、左手を上に上げながら血転図式を描く。
すると、上空に漂っているモーブ色の煙の一部が少し下がり、色が石竹色に変化する。
「うん? なんじゃあれは?」
浮符鄔の視線の先には、石竹色の煙が兵士と馬を象り、騎兵が宙に浮いている。
その騎兵は、同じく石竹色の煙で作られた弓を持っている。
そんな騎兵が三人作られる。
煙ということは業血司で作られた幻術の可能性は低いかのう。
業血司で幻術を作り出す場合、それは実態を持たないため、元々実態のない煙で幻術を作るメリットはないと考えた浮符鄔。
それも今回のように、目眩ましなどで使っていない場合は。
三人の騎兵は浮符鄔に向かって一斉に矢を放つ。
浮符鄔は藤照の頭上で二本の矢は避けきったが一本の矢が左腹部に命中する。
矢も煙・・・、ダメージは・・・。
「ぐ・・・」
浮符鄔は顔を歪める。
実態がない煙で痛みを感じる・・・。
あの煙に触れると痛覚が刺激されるのか?
それよりこやつ、特異業血司か・・・。
三人の騎兵は次に藤照に矢を放つ。
「おい、とー。避けるんじゃー」
「うっせー、ジジイー」
藤照は空中を滑らかに移動し、矢を全て避ける。
三人の騎兵は続けて矢を放つ。
浮符鄔は結界の壁を張り全てガードする。
結界術は効くようじゃのう。
うん?
しかし、浮符鄔の後方に、新しく二人の騎兵が作り出され、矢を放つ。
浮符鄔は一本の矢を避けるが、もう一本は左頬をかすめる。
そして、激痛が左頬を襲う。
く・・・。
完全に避けるか防がんと痛みが走るのか。
厄介じゃのう。
じゃが、煙か・・・。
相手が悪かったのう。
「血転術風転、風竜巻広」
浮符鄔は風転の基本図式を描き、発動図式に丸、三角、四角、五角形、六角形、扇を描く。
浮符鄔が両腕を広げると、浮符鄔を中心に巨大な竜巻が外へ広がっていく。
最初は浮符鄔と藤照が竜巻の中に入る程度の大きさだったが、徐々に広がっていく。
やがて煙で作られた騎兵に命中すると、風で煙が吹き飛び、騎兵の姿は消える。
そして、ベケウメトに命中すると、風に押され後退していく。
少しすると巨大な竜巻は消え、視界がはっきりすると、五人の騎兵は消え去り、竜巻が通った場所に漂っていたモーブ色の上空の煙も消え去り、太陽の光が地面に届く。
しかし、すぐにモーブ色の煙が漂い始め、再び辺りが暗くなる。
上の煙はこやつを倒さん限り消えんかのう。
ベケウメトは再び上空に漂うモーブ色の煙の一部を石竹色に変化させ、騎兵を作り出す。
しかも、今回は浮符鄔と藤照の周りに三十人の騎兵を作り出した。
「とー。煙はわしに任せろ。お前は本体じゃ」
「分かった・・・。おい、指図すんじゃねー」
「頼んだぞー。血転術身体強化、浮慄山頂」
浮符鄔は基本図式に丸、ハート、星を描き、発動図式に四角、台形、三つ葉、三角、扇、三日月、星を描く。
血転術図式は発動図式が長い方が基本的に強力な術になる。
しかし、図式には限度があり、最長で十の図を描くことができる。
それ以上描くことはできないのが血転図式のルール。
そのため属性術では、発動図式は長くても八つ。
身体術などでは、発動図式は長くても七つになる。
今、浮符鄔が発動した身体術は、発動図式が七つ。
つまり、最強クラスの身体術を発動したのだ。
浮符鄔が両手の掌を胸の前で重ねると、白髪の髪の毛が立ち上がり、虹彩の色が赤色に変化する。
「血転術風転、風操突現」
浮符鄔は血転図式を描くことなく、術を発動した。
浮符鄔が使っている身体術は、発動図式四つ以下の術の血転図式を省略することができる。
今、浮符鄔が発動した術の発動図式は丸三つに扇を加えた四つ。
そのため、図式を省略できたのだ。
さらに、浮慄山頂は業血司の質を大幅に強化し血転術に使う業血司量を大幅に抑えることができ、パワーも大幅に強化する。
つまり、例えば炎球を最大威力で放てるように業血司を十消費するとしたら、一の消費量で最大威力を放てるようになる。
それに加え、炎球に送れる業血司の量は少ないが十まで送れるため、限界まで業血司を送れば、普段放てる最大威力の十倍の威力で炎球を放つことができる。
さらに、単純なパワーも大幅に向上している。
この身体術は、発動する時に業血司を消費するが、発動の維持に業血司を使わない。
そして、風操突現は一定時間、自由に風を吹かせることができる術。
浮符鄔は騎兵がいる場所全てに風を吹かせ、一瞬で騎兵を消し去る。
実はベケウメトの出している煙は、並の風では吹き飛ばすことができない。
煙は非常に風に弱いが、ベケウメトの力によって留まることができるのだ。
だが、浮符鄔レベルの風転では、普通の煙のように、簡単に吹き飛ばすことができる。
もっとも、風転以外での対処は非常に難しくなるが。
騎兵が消えると同時に、藤照も攻撃を仕掛ける。
「血転術炎転、特大炎球」
藤照は炎転の基本図式を描き、発動図式に丸、三角、丸、四角、丸、五角形を描く。
そして、口を大きく開き、口の前から直径五メートルほどの炎球を放つ。
ベケウメトは剣を振り、特大炎球を弾き飛ばす。
特大炎球は空高く飛び、やがて破裂した。
「う・・・。な、何・・・?」
特大炎球が破裂した様子は、遠くまで避難していた秋司たちの視界にも入ってきた。
(ふ、浮符鄔さん・・・)
秋司は不安そうに浮符鄔がいる方角を見つめた。
ベケウメトは身体術の基本図式を描き、発動図式に丸、扇、ひし形、扇、三角、扇を描いた。
すると、ベケウメトのスピードが大幅に上昇し、動き始めてすぐ、藤照に接近した。
そのまま剣を横に振るう。
藤照は上空へ上がってそれを避けた。
あやつ、スピードが上がった。
それに・・・、飛んでおる。
ベケウメトは宙に浮き始めた。
あれは操術の飛行能力ではないな。
恐らくさきの身体術の効果じゃろう。
となれば、操術での飛行時とは異なり、業血司は消費しないかのう・・・。
ベケウメトは新たに騎兵を五十人作り出し、浮符鄔を囲う。
それと同時にベケウメトは宙に浮きながら近接戦を仕掛ける。
「とー。くるぞー」
「分かってるわー。ジジイは煙に集中してろー」
ベケウメトは剣を振るい続けるが、藤照は華麗に全て避ける。
浮符鄔は風を起こして順に騎兵を消し去っていく。
しかし、今度は百人の騎兵が姿を現す。
く・・・。
この上空にある煙が存在する限り、無限に出てくるのか?
じゃが、上空に漂っておる煙は風で吹き飛ばしてもすぐにまた漂い始める・・・。
厄介じゃのう。
それに、さきまでとは違い、とーが空中戦を行いながらの対処が迫られる。
簡単にはいかんのう。
とーから離れれば良いのじゃが・・・。
わしら、離れるとお互いを攻撃してしまう可能性が・・・。
離れずに対処するしかないのう。
藤照の頭上に乗りながら戦っている浮符鄔。
藤照もベケウメトと空中戦を繰り広げているため、さっきまでとは異なり、騎兵の対処が難しくなっている。
それでも、確実に騎兵を消し去る。
「血転術風転、風縮台伝」
藤照は攻撃を避けながら血転図式を描き、風の球をベケウメトの左胸部に命中させ、体内にダメージを与える。
「ぐがーー」
「血転術炎転、特大炎球」
風縮台伝を食らって後退したベケウメトの顔目掛けて特大炎球を放つ藤照。
ベケウメトは左腕を顔の前まで上げ、ガードする。
「血転術木転、木叩絶打」
藤照は木転の基本図式に、三角を七回描いた。
木叩の最上位血転術。
藤照の尾から柔軟かつ伸縮自在の、通常の木叩で発動される枝の十数倍太い枝が、十二本伸びる。
もはや枝というより、幹より太いかもしれないが。
十二本の枝は様々な方向からベケウメトを叩きつける。
「ぐがっ」
ベケウメトは数回食らった後、もの凄いスピードで上空へ避難し、十二本の枝を一斉に破壊できるほどの斬撃波を、剣を横に振るって飛ばした。
枝は全てその一撃で破壊された。
しかし、空中戦では藤照が優勢のようだ。
流石とーじゃな。
相変わらず、空中戦では圧倒的な実力じゃのう。
浮符鄔も次々に騎兵を消し去っていく。
しかし、今度は二百人の騎兵が姿を現す。
・・・。
キリがないのうーー。
本体を倒すしかないか。
じゃが、騎兵を無視して本体だけを狙うことはできん。
じゃからといって、あやつを倒すには最大威力の術が必要じゃ。
じゃがのう・・・、わしの水切音斬でも、とーの風縮台伝や木叩絶打でも、決定打にならんとはのう・・・。
わしのあの術でも倒せるか分からん。
とーのあれしかないのう。
まったく、なぜこやつが封印されたのか、よーく分かったわい。
浮符鄔は騎兵を消し去りながら、考えを巡らす。
ベケウメトは再び藤照に接近し、近接戦を仕掛ける。
(かなり速いが、避けきれんほどではない・・・。こいつ、血転図式を・・・)
ベケウメトは攻撃を繰り出しながら血転図式を描いていた。
ベケウメトが左掌を地面に向けると、巨大な円錐のような形の岩が六つ、地面から浮き出て、藤照を突き刺そうとする。
「くっ」
藤照は上空へ急上昇して、なんとか避けるが、岩の先から石竹色の煙が浮き上がってくる。
「何っ」
その煙が藤照に命中すると、激痛が藤照を襲う。
「ぐはっ」
「とーー」
まずいな・・・。
一部位に命中しただけであの痛みじゃった。
とーは今、かなり広い範囲にあの煙を食らってしもうた。
とんでもない激痛のはずじゃ。
「・・・。痛かったら泣いてもええぞ」
「うっせーー。叩き落とすぞジジイー」
「じゃから、お前もジジイだろー」
こやつを倒すには、とーのあれしかない。
じゃが、あれは発動するまで時間がかかる。
こやつの動きを止めつつ、煙の対処も必要・・・。
これはいつもの連携しかないのう。
「とー、いつものをやるぞー」
「おー・・・。だから指図すんなっ」
「いくぞー。まずはあの煙じゃ」
「分かってんよーー」
藤照は基本図式に三日月、星、六角形を描き、発動図式にひし形を七回描く。
すると、モーブ色の煙が一気に消え去り、青空が広がる。
藤照が発動したのは、業血司で実態のない幻術を作り出すタイプの最上位血転術。
範囲も広く、強度も強い。
当然精度も高く、見極めるのは非常に困難。
「ジジイー、出番だぞー」
「分かっておる。お前も準備せえ」
浮符鄔は藤照の頭上から飛び上がり、空中で風転の基本図式を描き、発動図式に扇、四角、台形、四角、台形、扇を描く。
「血転術風転、風抑重留」
浮符鄔はベケウメトの遥か上空から両手の掌をベケウメトに向ける。
すると、とんでもなく速い風速の風がベケウメトに命中する。
ベケウメトは重力をかけられたように、風圧によって地面に足をつける。
次第に右膝も地面につけ始めるベケウメト。
「ぐが・・・」
ベケウメトは歯を食いしばりながら上を見る。
く・・・。
こいつ、なんていう力じゃ。
少しでも力を抜いたら、脱出されるかもしれんのう・・・。
「とー、まだかー?」
「・・・」
藤照は既に攻撃準備に入っていて、返事ができない。
くぅ・・・。
あれには時間がかかるが、後どのくらいじゃ・・・。
「とー、早くせんかーー」
「・・・」
再び声をかけるが、当然返事は返ってこない。
浮符鄔はなんとか視線をずらし、藤照を見る。
よーし。
準備が終わったか・・・。
「いけー、とーー」
「血転術山転、山越心壊」
藤照はベケウメトの斜め上の上空から、口を大きく開け、口の前に溜めた紫色の球体から、特大のエネルギー波を放出する。
直径二十メートルほどの大きさで放出され続けるエネルギー波。
この術は山転という名前ではあるが、属性術の無属性に該当する術。
といっても、使用できるのは緑龍山水だけだが。
この術は緑龍山水が住む、峻桃山の内部にある強大なエネルギーを藤照が業血司で再現して放つ血転術。
発動図式が八つあることから、最大威力の術。
山越心壊は片膝立ちになっているベケウメトの全身に命中し、ベケウメトは消滅した。
余波で地面は地下数十メートル削られ、砂嵐が吹くように激しく砂が宙を舞う。
衝撃波は木漏れ地区まで届くが、木漏れ地区にいる業血司使いが集い、一斉に結界術を張り、衝撃波を防ぐ。
「ふ、浮符鄔さん・・・」
秋司と健治、佑香の三人は心配そうな視線を送る。
「はあー。終わったのう・・・」
「ああ。ふぅー。久々に疲れたぞ」
「おやおや。とーは身体が衰えておるようじゃのう」
「うっせージジイ。ジジイこそ、随分衰えてんじゃねーか」
「ほっほ。そうかー? まっ、お互い歳かのう」
浮符鄔はゆっくりと地面に降りる。
「ジジイ。時間だ。もう呼ぶなよっ」
「ほっほ。それは約束できんなぁー」
「今度呼ばれても、来ねーかんな。動くのもめんどくせーんだからよ」
「・・・。やっぱりお前の方がジジイじゃのう」
「うっせー、ジジイー・・・」
藤照は言葉の途中で消えていった(召喚時間が終わり、帰った)。
さてと・・・。
帰るかのうー。
浮符鄔は木漏れ地区方面に向かってゆっくり歩き始めた。




