16話 ゲットしろ、イワシカ草
今日は浮符鄔さん、いないのかー。
そう思いながら快晴の空を眺める秋司。
浮符鄔は出かけていていないものの、秋司は健治と佑香とともに浮符鄔の丸太小屋を訪れ、血転術の修行を行なっていた。
血転術の修行を行なっていると、あっという間に日が暮れ始め、夕日が山を照らす。
秋司たち三人は山を下りる準備を始める。
今日、佑香ちゃん、なんだか元気なさそうだな・・・。
秋司は、今日一日普段と様子が違った佑香を心配そうに見つめる。
「ほほう。まだおったか。ちょうどええのう」
「浮符鄔さんっ」
三人の耳に当然浮符鄔の声が入ってくる。
その声を聞いて、驚く秋司。
「お主ら、わしは来週二日間ほど出かけることになった」
「えっ? 出かけるってどこにー? いつもの特売セールか?」
「木漏れ地区じゃ。ここから数時間かかる所にあるんじゃが、ちょっと知人に頼みごとをされてのう」
「そうなんだ・・・」
浮符鄔の突然の言葉に、なんとなく質問した健治。
その質問の答えを聞いた秋司は小声で呟いた。
「そこでじゃが、お主らも一緒に行くか? 言っておくが、わしに頼みごとをしてきた知人は、知人としてではなく業血司使いとして依頼してきた。つまり、危険な目に遭うかもしれん。そこをしっかり頭に入れた上で答えを聞かせてくれ。答えは今じゃなくてええぞ」
「行くぜーー」
「行きたいですっ」
浮符鄔の言葉に、勢いよく健治と秋司が順に答える。
「あっ、でもばあちゃんとかおばさんとかに聞いてみないと。しばらく農業を手伝えなくなっちゃうし」
「そうだなっ」
秋司と健治は顔を合わせ、笑顔で言葉を交わす。
その様子を見て微笑む浮符鄔。
「佑香はどうするんじゃ? 前日までに聞かせておくれ」
「はい・・・。い、行きます。でも、親に聞いてからで」
「うむ。分かった」
佑香は浮符鄔の質問に小声で答えた。
数日後、べいこま村南部に早朝から集合した秋司と健治、佑香、そして浮符鄔。
「はわぁーあ」
大きく欠伸をする健治。
「よし、揃ったのう。では行くぞー」
浮符鄔の掛け声で、歩き始める四人。
木漏れ地区か。
行ったことないなー。
楽しみ。
秋司は明るい笑みを浮かべながら歩いている。
秋司、そして健治と佑香も、あまりべいこま村の外へ出たことはなく、畑で採れた野菜を売る手伝いをしたり、野菜を運ぶ手伝いをする時に、近くの町に赴く程度だった。
「浮符鄔さん。木漏れ地区まではどうやって行くんですか?」
「それはじゃな、列車に乗って歩いて、また列車に乗って歩いて・・・。っていう感じじゃな」
「分かりました。ところで、木漏れ地区はどこにあるんですか?」
「そうじゃなー。桜日の南部じゃな。まあ、べいこま村も南部じゃが」
「は、はい・・・」
ざっくりだなー、浮符鄔さん。
「じゃが、まずは木漏れ地区に向かう途中にある森に向かうぞ」
浮符鄔が受けた知人からの依頼は、木漏れ地区に向かう道中にある層雲の森へ入り、そこにある薬草を採ってくるというものだ。
秋司たち四人は近隣の町で列車に乗り、すぐに降りては歩き、また列車に乗る。
これを数回繰り返して、層雲の森へ向かう。
桜日を始め、この世界では交通機関の道路や線路はそこまで発展しておらず、別地区を訪れるための一本道なんていうものは存在しない。
一本の路線上にある駅の数も少なく、スピードもそこそこ。
そのため、歩く時間の方が長いことや、業血司使いなら走った方が速い場合もある。
というより、スタミナが持つなら走った方が速い。
秋司と健治は、列車から降りるたびに、その街並みを見ては目を輝かせ、所々で寄り道をしようと試みるが、浮符鄔に阻止され、まっすぐ層雲の森へ向かった。
べいこま村を出発してから四時間ほどで層雲の森に到着した。
「うわー。ここが層雲の森ですか?」
「そうじゃ」
ここが層雲の森か。
なんか煙が漂っているような。
四人は層雲の森に足を踏み入れた。
この森で採取する薬草は全部で三つ。
三つの薬草はイワシカ草、潜根葉、層雲花と呼ばれるもの。
四人はまずイワシカ草を探すことにした。
イワシカ草は、イワシカと呼ばれる生物の背中に育つ薬草で、この薬草で作られた汁を飲むと筋肉の成長を促進する効果がある。
そして、イワシカは背中にある大きな岩が特徴的な、シカのような生物。
体長は約二メートルほどで背中には一メートルを超える岩がある。
四人が少しの間、層雲の森を歩いていると、眠っている一匹のイワシカを発見した。
「おっ。あれじゃねーか?」
「うん。多分そうだね」
うわー。
凄い大きいけど、なんかそれ以上に筋肉が目立つというか、マッチョなシカだなー。
健治と秋司はイワシカを見つけると、息を潜めるように身体を屈めた。
「そうじゃ。あれがイワシカじゃ」
浮符鄔は立ったまま、イワシカを見つめる。
「じゃあ、あの草を採ればいいんだな」
健治はイワシカの岩に生えている草を見て気合いを入れる。
「うん。でも、寝ているし、そっと採ろうよ」
あの筋肉だし、起きたらやばそう・・・。
やる気満々の健治を見て、冷静に状況を伝える秋司。
(ふむ。秋司はしっかりと状況を判断できているな。健治も、やる気に満ちているが、すぐに突っ込まず、踏みとどまっておる)
二人の様子を見ていた浮符鄔は少し嬉しそうな微笑みを浮かべた。
浮符鄔は、このイワシカ草の採取を、秋司と健治に任せた。
「うーん。起こさずにか・・・。そうだっ。空を飛んでゆっくり近づいて採ればいいんじゃねーか」
「確かにっ・・・。僕たち、まだ空飛べないよね・・・」
「あっ・・・。お、おう」
パッと明るい表情を浮かべた健治。
秋司も一瞬明るい表情を浮かべたが、すぐに自分の実力に気が付く。
「分かったぞー。操術でここから採ればいいんだよっ」
「健治君、僕たちまだ操術を使えないよ・・・」
「・・・」
再び閃き、明るい表情を浮かべる健治だったが、秋司の冷静な一言で言葉を失う。
操術を使えれば、近づくことなく薬草を採ることも可能だが、秋司と健治はまだ操術を使えない。
そもそも、空を飛ぶ技術も操術なのだが。
うーん、どうしよう。
起こさずに採取するには、属性術は使えない。
僕たちが使える属性術は相手に接触する術だけだし。
他の血転術で僕が扱えるのは幻術と生成術、健治君が変身術と変化術。
うん・・・。
あ、そうだっ。
「健治君、僕の準備が終わったら変身術でカササビに変身してっ」
「おう、なんか浮かんだんだなっ。分かったぜ」
ここは森だし、たくさんの枝が落ちている。
これを使ってトングのように挟める物を作る。
秋司は枝を少し集め、生成術を使う。
基本図式に五角形、六角形、扇形、発動図式はなんでもいいから丸っと。
よし、作るぞー。
生成術で大事なのはイメージと繊細な業血司の扱い方。
秋司は時折深く息を吐きながら、生成術を使い続ける。
五分ほど経ち、木の枝でトングのような物を生成することに成功した秋司。
薬草を掴む部分はしっかりと重なるよう隙間を作らず、さらにカササビが持ちやすいような持ち手とサイズでトングのような道具を作った秋司。
「はあはあ・・・」
できたけど、まだまだ全然慣れないな。
スタミナと業血司を余分に使っている・・・。
でも、なんとか作れた。
「よし、健治君、これを使って、上空から薬草を採ってきて」
「よしっ。まかせろ・・・。あれ、でもカササビで滑空しながらじゃあ、手が小さくね・・・?」
「そうなんだけど・・・。飛ぶには変身する生物の一部を使わないといけないし・・・。健治君、カササビ以外に飛べる生物の一部を持ってたりする?」
「・・・。持ってない・・・」
変身術で、変身する生物の力を使うにはその生物の一部が必要になる。
健治は、カササビだと滑空しながらでは腕が短く、いくらカササビが持ちやすいように秋司が道具を作ったとはいえ、上手く使えないのではと考えた。
秋司もそのことは頭に入っていたが、カササビ以外の飛行能力を持つ生物の一部を二人とも持っていないことから、カササビに変身して作戦を決行することにした。
健治は基本図式に三つ葉、ひし形、ハートを描き、発動図式に丸を描いた。(発動図式は自由)
そして、左手にカササビの毛を持ち、胸の高さで腕をまっすぐ伸ばした。
「よーし、変身っ」
健治の周囲に煙が湧き上がる。
煙が晴れると、そこにはカササビに変身した健治の姿があった。
「よし、うまくいったぜ」
「凄いよ健治君。じゃあ、飛ばすよ」
変身時間は短いため、秋司はすぐカササビに変身した健治を両手で持ち、斜め上に向かって投げ飛ばす。
健治は左手で秋司の作った道具を握り締め、イワシカの岩へ向かって滑空する。
浮符鄔と佑香は息を呑みながらその様子を見つめる。
よし、いい感じ。
あとは薬草を採るだけだ。
健治は薬草が生える位置まで辿り着き、上空から秋司の作った道具を使って薬草を掴もうとする。
しかし、滑空しながらでは手の動きが制限され、思うように動かせず上手く掴めない。
(く・・・。仕方ねー)
健治君・・・。
健治は左手だけを変身解除し、自身の左手と左前腕に戻ると、秋司の作った道具で薬草を掴み採った。
しかし、一部を変身解除したことで、滑空が乱れ、イワシカを通り越してすぐ地面に落下した健治。
その衝撃で完全に変身が解除される。
さらにその落下音で、イワシカが目を開ける。
「あ・・・。やべぇ・・・」
健治は背中を丸め、ゆっくりと一歩ずつ、膝を高く上げて、音を立てないようにその場から離れようとするが既に目を覚ましているイワシカは健治に目を向けようとする。
間に合うか・・・。
秋司は基本図式に三日月、星、六角形を描き、発動図式にひし形を二回描く。
気を逸らす程度でいい。
秋司はイワシカの目の前に、いくつかの草を生やす。
この草は業血司で作った実態のない幻術。
イワシカは、急に生え始めた草に視線を向ける。
その隙に、健治はゆっくりと、しかし確実に距離を取る。
健治と、秋司たち三人は、イワシカの視線とは反対方向に移動し、合流した。
「よしっ。一つ目の薬草ゲットだな」
「うんっ」
健治と秋司は右手でハイタッチをした。




