11話 現在地
月明かりが優しくとある村を照らしている。
その村、べいこま村は三十分ほど前に、突如男二人によって襲撃され、南部方面はいくつかの建物が崩壊し、畑も荒れている。
そんな南部方面西側の被害地付近に、椅子に座る佑香とその前に立っている秋司の姿がある。
秋司の両腕、右太もも、左脛には軽く包帯が巻かれている。
「佑香ちゃん、怪我は大丈夫?」
「うん、大丈夫だって。それより秋司は平気なの?」
「僕は大丈夫だよ。その、ごめんなさい。僕のせいで」
「だからー、謝らなくていいって」
佑香は立ち上がり、秋司の左肩を左手で軽く叩くと、その場を去っていった。
同じく、被害地付近の東側では、健治が瓦礫の下敷きになった男性の元を訪れていた。
男性は秋司の祖母の回復術によって大事には至らず、軽傷で済んだ。
「お、俺のせいで・・・、ごめんっ」
健治は目を思いっきり瞑りながら、頭を深く下げた。
「健治君、頭を上げて。健治君のせいじゃないよ。むしろ、健治君が来てくれなかったら、私も息子も生きていなかったかもしれない。だから、助けに来てくれてありがとう」
健治は頭を上げつつも、表情が晴れることはなかった。
健治は男性と話し終えると、さっき自分が戦っていた場所へ足を運んだ。
あの時と一緒だ・・・。
あの時も、俺のせいで秋司が危険な目にあった。
いつも、勝手に突っ走って、誰かを傷つけている。
あの日、血転術の存在を知った時、この力を身につければこの村を守れると思った。
でも、血転術を身につけても、守るどころか誰かを傷つけた。
そして、結局守ることもできず、あの熊に助けられた。
健治は両手を強く握りしめ、下を向く。
「ほっほ。今日は静かじゃのう。さすがのお主も疲れたか?」
そんな健治の元に浮符鄔がやって来た。
「じいさん・・・。俺、仲間を傷つけちまったんだよ・・・。血転術で・・・。この村を守りたくて身につけたいと思ったこの力で、傷つけた」
「意図して傷つけたわけではないじゃろ?」
「当たり前だっっ」
浮符鄔の問いを聞いて、顔に力を入れながら大声を発した健治。
「なら、なぜ傷つけたか分かるな?」
「・・・。周りが見えていなかった。あいつをぶっ飛ばすことしか考えていなかったんだ・・・」
「ふむ。それが分かっておるならええ。大丈夫じゃ」
浮符鄔は健治の答えを聞いて微笑みを浮かべた。
「俺は、いつも突っ走って、周りが見えなくなって、誰かを傷つけている・・・」
「確かにお主はいつも勢い任せで、突っ走っておるのう」
「ん・・・」
健治は言葉を失い、再び下を見つめる。
「じゃが、それがお主のいい所でもある」
「えっ? 何も、よくないだろ・・・」
「ええか、短所は長所にもなり、また長所は短所にもなるのじゃ。お主の勢い任せに、すぐ突っ込む所は、自分を心配してくれる仲間や誰かを巻き込み、傷つけることもあるじゃろう。じゃが、逆に言えば、迷わずすぐに行動できるとも捉えられる。言い方を変えれば、自身の気持ちに素直で決断力があるということじゃ。今回もそうじゃ。お主はすぐに駆けつけ、敵と対峙した。それにより守られたものもある。もし、お主の到着が少しでも遅れていたら、被害はもっと大きくなっていたやもしれん。今回のお主の行動が悪かったわけではない。あまり自分を責めるな。大切なのは、自分が悔いていることをしっかりと反省することじゃ。お主は今、それができておる。それなら、十分じゃ」
「・・・」
浮符鄔の言葉を聞いた健治の表情は目を大きく開き、口も少し開いている。
そして、放心しているかのように固まっているが、しっかりと浮符鄔の言葉を心で聞き入れている。
「ほれ、明日はまだ教えておらん血転術の説明をするが、来るか?」
「・・・。当たり前だっ。すぐに行ってやるから寝坊するなよー」
「こらー。すぐはダメじゃろー。午後からじゃー」
浮符鄔の問いに勢いよく答える健治。
ありがとう、じいさん。
俺はこれからも自分の気持ちに従って突っ走る。
でも、ただ突っ走るだけじゃなくて、視野を広げるように心がける。
今回のことを忘れなければ、一瞬でも間を空けて視野を広げ、周りが見えるようになるはず・・・。
いいや、絶対に見てやる。
そして、今俺にできることは、強くなること。
よーし、やってやるぜっ。
健治は笑顔を浮かべながら夜空を見つめた。
被害地付近の西側には、軽く体育座りをしながら、呆然としている秋司の姿があった。
僕が守る・・・か。
今回も、前回も守られてばかりなのは僕なのに。
僕は、血転術を学んで、自分の力を過信していたんだ・・・。
普段、修行している時は、決して自分の力を過信することはなかったのに。
けれど、あの時と同じ状況になって僕は・・・。
憧れたあの人と同じように今度は自分が守ると、気持ちが先行してしまったんだ。
あの人に憧れて、あの人のようになりたいと、そう思っていた僕は、あの人と同じ業血司使いになって、まるであの人になったかのように思い込んで、過度な自信を持ってしまった。
大した力もないのに・・・。
それで、冷静さを失っちゃったんだ。
今の自分ならできると。
やってやると。
その過信で、佑香ちゃんに傷を負わせてしまった・・・。
「ほう、ここにおったか。もう遅い。風邪をひくぞ。家に帰るんじゃ」
「浮符鄔さん・・・」
秋司の元に先ほどまで健治と話していた浮符鄔がやって来た。
浮符鄔の言葉を聞いても動こうとしない秋司。
「お主、佑香に傷を負わせたこと、悔いておるのか?」
「はい。でも、そのことだけじゃないんです・・・」
「ふむ」
「僕が血転術を学ぼうと思ったのは、ある人に憧れたからなんです」
「ほう。初耳じゃな」
「あの人のように、今度は自分が仲間も村も守りたいと・・・。でも、僕は自分の力を過信して冷静さを欠き、結局何もできずに守られただけでした。あの人のようには何もできなかったんです」
「ふむ。それはそうじゃろうな」
「・・・」
「そう簡単に、憧れの人間になれてしもうたら、それは憧れとは呼ばんのじゃ」
「えっ?」
「お主はまだ血転術を学び始めたばかりの子供じゃ。力がないのは当然といえよう」
「それは・・・、そうですが」
「その己の力を過信し、冷静さを欠いたことは反省すべきことかもしれん」
「はい」
「じゃが、お主が憧れている人のようにと行動を起こしたこと自体は何も反省することはないじゃろう。憧れた人と同じようなことをしてしまう、それが憧れというものじゃからな。ほっほっほー」
「でも、佑香ちゃんに傷を・・・」
「ふむ。確かに少しはお主の過信が原因かもしれんがのう。じゃが、お主が仲間と村を守りたいと思ったように、佑香も仲間を守りたかったのかもしれんぞ? 佑香も分かりづらいが仲間思いじゃからのう」
「そ、それは・・・。佑香ちゃんが仲間思いなのは知っていますが」
「それなら、いつまでもウジウジするな。佑香が傷つくぞ。身を挺して守った仲間が、そんな暗い表情をしておったらのう。失敗したと思うのなら、次にそれを活かせばええではないか。のう?」
「・・・。はい。ありがとう浮符鄔さん。さっきも助けてくれて」
「何を。弟子を守るのは当然じゃろ」
「浮符鄔さん・・・。浮符鄔さん、明日からもよろしくお願いします」
「ふむ。ならさっさと帰るんじゃ。ええな?」
「はいっ」
気落ちしていた秋司だったが、浮符鄔と話し終え、徐々に気分が晴れていった。。
そうだ、この失敗を次に活かすんだ。
仲間や村を守りたい。
この信念は曲げず、それでいて決して自分の力を過信せず、冷静さを失わない。
あの人に憧れていても、僕はあの人じゃない。
どんな時でも、まずできることをやるんだ。
今できること。
それは、強くなることだ。
秋司は夜空を見つめながら力強く、それでいて朗らかな表情を浮かべた。




