第三話 破綻寸前の寺を救え
数多ある作品の中からお選び頂きありがとうございます。
本日、3話目の投稿です
その年の冬は、例年になく厳しかった。
紀州の山間を吹き抜ける風は刃物のように鋭く、あばら家の隙間から容赦なく体温を奪っていく。
「ごほっ、ごほっ……うっ!」
未明、重苦しい咳と共に、畳にどす黒い飛沫が散った。
「お師匠様!」
慌てて背中をさすると、師匠・感応院の背中は枯れ木のように痩せ細っていた。過労、そして明らかな栄養失調だ。
「大事ない……少し、横になれば……」
そう言って気丈に振る舞うが、顔色は土気色だ。高価な滋養強壮薬が必要だが、この寺にそんな金はない。
俺は師匠が寝付いたのを見計らい、寺の台所事情を記した『大福帳』をめくった。そして、絶句した。
(……なんだこれは。ドンブリ勘定ですらない)
支出の欄には、村の貧しい者たちへの施しや、炊き出しの費用が並ぶ。
収入の欄は、ほぼ白紙。お布施を貰うべき相手に逆に金を渡しているのだ。
「完全な持ち出し経営……いや、これは緩慢なる自殺だ」
現代の企業再生担当者が見たら、開始3秒で匙を投げるレベルの破綻。このままでは冬を越す前に、師匠も俺も野垂れ死ぬ。
(金がいる。今すぐに、現金が)
俺は寺を飛び出し、裏山へ走った。
金はないが、資源はある。この山に自生する硬い樫の木――「ウバメガシ」だ。
地元の村人はこれをただの薪として燃やしているが、俺は知っている。これが将来、世界最高級の炭「紀州備長炭」になることを。
「歴史より早いが、特許を取られるわけじゃなし。先行投資させてもらうぞ」
俺は村の若者たちに頭を下げ、炭焼き小屋を改造させた。
従来の製法と違うのは「焼き」の温度管理だ。
低温でじっくり焼いた後、最後に一気に千度近い高温にして不純物を焼き飛ばし、急速に冷ます。いわゆる「ねらし」の工程だ。
俺の指示に、最初は半信半疑だった村人たちも、窯から出てきた炭を見て息を呑んだ。
叩くと「キンッ」と金属のような音が鳴り、断面は宝石のように黒光りしている。
「こいつは……すげえ。いつもの炭と全然違うべ」
「よし、これを感応院特製・浄化炭と名付ける。売り込みに行くぞ!」
俺が目指したのは、山奥の村ではない。加太の浦。
紀州きっての漁港であり、大坂へ魚を送る海産物問屋が軒を連ねる商業地だ。
海産物問屋『魚辰』の主人に対し、俺は七輪を取り出して実演販売を行った。
「旦那様、当店の鯛を焼いてみてください」
「ふん、子供の火遊びか? ……む?」
主人の目が変わった。
煙が出ない。嫌な臭いもしない。そして何より、遠赤外線の高火力で、鯛の皮はパリッと、身はふっくらと焼き上がったのだ。
試食した主人が唸る。
「魚の生臭さが消え、旨みだけが残っておる……。坊主、この炭、いくらだ?」
「相場の三倍で。その代わり、品質は保証します。料亭向けに『極上の焼き魚』として付加価値をつけて売れば、旦那様も損はしません」
商談は成立した。
俺はその足で、この炭の生産・販売システムを構築した。
売上を村人に還元し、その一部を「講」として寺に納めてもらう仕組みだ。これで、師匠が施しを続けたいという意志を尊重しつつ、寺の経営を黒字化できる。
数日後。
高麗人参などの高価な薬湯を飲み、顔色が戻った感応院様は、俺が持ち帰った大金と、整備された帳簿を見て震えていた。
「戒行……お前には、神仏の声が聞こえるのか?」
「いいえ、お師匠様」
俺は前世の記憶を噛み殺し、子供らしく笑って答えた。
「聞こえるのは神の声ではありません。『衆生が何を求めているか』という声です。それを叶えるのが、本当の救済だと思いまして」
師匠の目から涙がこぼれた。
こうして、破滅寸前だった寒村の寺は、黒いダイヤによって蘇った。
だがこれは、俺がこれから起こす「天下の経済革命」の、ほんの小さな火種に過ぎなかった。
貴重なお時間を頂きありがとうございました。




