第二話 修行、修行、修行、そして老婆との出会い
数多ある作品の中からお選び頂きありがとうございます。
本日2話目の投稿です。
「南無……南無……」
滝に打たれながら、俺は震える唇で経を唱える。
修験道の修行は、現代のブラック企業の新人研修など生温く思えるほど過酷だ。「峰入り」と呼ばれる山岳修行は、文字通り死と隣り合わせ。
だが、俺には耐える理由がある。ここで死ねば、前世の二の舞い。そして何より、この後の人生で待ち受ける「処刑台」を回避するための基礎体力が必要だからだ。
(すべては資本だ。身体も、信用も)
俺は発想を転換した。
掃除、洗濯、薪割り。これらを単なる雑用ではなく、生活環境の最適化と捉え直したのだ。
効率的な薪の組み方、疲れない箒の動かし方。大人の半分の体しかない俺が大人以上の成果を出すには、頭を使って労働生産性を上げるしかない。
師匠の感応院様は、そんな俺を見て「戎行は幼いながらも見上げた心がけじゃ」と目を細める。
まずは第一関門、師匠の信頼獲得は順調だ。
◇◇◇
ある日、俺は隣村の平沢村へ農作業の手伝いに出向いた。
そこには、腰の曲がった老婆が一人、重い土袋を引きずっている姿があった。
――おさん。
俺の脳内データベースが警報を鳴らす。彼女こそ、本来の俺が証拠の品を奪うために絞め殺すはずの相手。
そして、吉宗公のご落胤を産んだ女性・沢野の母親だ。
「……お婆さん、その持ち方じゃ腰をやるよ」
俺は声をかけた。
てこの原理を応用し、棒を使って土袋を軽々と移動させる。
おさん婆さんは、目を丸くして俺を見つめた後、くしゃくしゃの笑顔を見せた。
「ありがとよぅ。……おやおや、お前様、どこか死んだ孫に似ているねぇ」
彼女は娘の沢野と、産まれてすぐに亡くなった孫を失い、孤独に暮らしていた。
本来の歴史なら、ここで俺は「俺こそがその孫だ!」と嘘をついて入り込み、彼女を殺害する。
だが、今の俺は違う。
「俺は隣村の戎行ってんだ。また手伝いに来るよ」
それから俺は、修行の合間を縫っては彼女の畑に通った。
前世の知識を使い、用水路の角度を調整して水引きを楽にし、農具を改良して作業効率を倍にした。
畑は見違えるように豊作になった。
「戎行や、これを食いな」
おさん婆さんが差し出してくれたのは、塩をまぶしただけの握り飯。
前世、高級フレンチやタワマンでの食事に慣れきっていた俺の舌に、その素朴な味は衝撃的だった。
(……温かいな)
「婆さんの孫の代わりにはなれないけどさ、俺がいる間は、ひもじい思いはさせないよ」
そう呟いて握り飯を頬張る俺を見る彼女の目は、慈愛に満ちていた。
この時、俺は確信した。
彼女を殺して証拠を奪う必要はない。
心からの信頼という契約を結べば、彼女はきっと、俺のために最強の証人になってくれるはずだと。
これは、投資だ。
未来への、そして人の心への。
貴重なお時間を頂きありがとうございました。




