最終話 親子対決 〜「清貧」という名の怠慢を撃て〜
拙作に最後までお付き合い頂きありがとうございます。
いよいよ、吉宗公との親子喧嘩の開幕です。
江戸城・白書院。
上段に将軍・徳川吉宗。平伏するのは天一坊。
立会人は大岡越前守ただ一人。
張り詰めた空気の中、吉宗が口火を切った。
「面を上げよ。……越前の報告は聞いておる。民を救い、商いを助け、才覚は申し分なし。だが……そち、偽物よな?」
吉宗の眼光が突き刺さる。
天一坊は顔を上げ、悪びれもせず、涼やかに答えた。
「はい。真っ赤な偽物にございます」
場が凍りつく。越前が息を呑む。
だが、天一坊は間髪入れずに続けた。
「ですが上様。某が本物か偽物かなどという血の話は、この国の危機の前では、ままごとに過ぎませぬ」
「……何?」
「このままでは、徳川は滅びます。……いえ、徳川が生き残ったとしても、民は死に絶えましょう」
天一坊は立ち上がり(無礼だが、その覇気が許させた)、東西を指差した。
「上様は、尾張の宗春公を放蕩者と蔑み、宗春公は上様を守銭奴と嘲る。……私から言わせれば、どっちもどっち。五十歩百歩の愚か者です」
「貴様、余と宗春を愚かと言ったか!」
吉宗が床を叩く。天一坊は一歩も引かない。
「事実です。
宗春公のやり方は、ただのバラ撒き。回収見込みのない散財は、一時的な熱狂を生んでも、長続きしない。いずれ藩の蔵は空になり、破綻します。
しかし、上様。貴方の改革もまた、罪深い」
天一坊は吉宗を指差した。
「貴方は質素倹約を美徳と仰るが、それは幕府の赤字を、民の我慢で埋め合わせているだけではありませんか?
江戸の町を見てみなさい。火が消えたように暗い。金が回らないから、誰も儲からない。
自分たちの財政が苦しいから、民百姓も爪に火を灯せ……そんな馬鹿な理屈が通りますか!
上に立つ者の役目は、民の財布を豊かにし、そこから溢れた分を税として頂くことでしょう!」
吉宗が押し黙る。天一坊は畳み掛ける。
「そもそも、米で国を回すのが時代遅れなのです。
豊作なら米価が暴落して豊作貧乏。冷夏なら飢饉で餓死者が出る。
天候任せの博打財政から、卒業せねばなりません」
「ではどうせよと言うのだ」
「金を回すのです。
田畑では、米だけでなく、綿花、菜種、桑(養蚕)、茶などの商品作物を作らせる。これらは米より高く、金になります」
天一坊は、懐から「甘藷」を取り出した。
「痩せた土地にはこれを作らせ、食料にするもよし。……あるいは、芋焼酎という酒に変えれば、さらに高値で売れます」
「そして、ここからが肝要。
農民から『年貢』を絞るのではなく、それら商品作物を扱う問屋や株仲間から、『運上金・冥加金』という名目で金銭を徴収するのです。
これなら、米相場に左右されず、幕府の金蔵は安定して潤います」
それは、中世から近世への幕府のアップデートだった。
「上様。あの大権現・家康公が、駿府城に莫大な遺産(久能御蔵金)を残されたのはご存知でしょう」
「うむ。今の価値で九十四万両とも言われておる」
「家康公は吝嗇家でしたが、それは乱世を終わらせ、民が安心して働ける国を作った結果として、金が貯まったのです。
今の貴方はどうです? 先代までの放蕩が原因で傾いた幕府の財政を立て直す為とは言え、民を痩せ細らせて、小銭を貯め込もうとしている。
そんな惨めな末裔を見たら、家康公はなんと仰るか……」
天一坊は、声を張り上げた。
「金は天下の回り物!
民を富ませなさい。商人を儲けさせなさい!
国全体が豊かになれば、黙っていても幕府の蔵は金で溢れる!
なぜ、そんな単純な理屈が分からぬのですか!!」
白書院に、静寂が満ちた。
吉宗は、目を閉じていた。怒っているのではない。
自分の政治家としての限界と、目の前の若者の圧倒的な器を噛み締めていたのだ。
「……負けたわ」
吉宗は、小さく呟いた。
「宗春の派手さと、余の堅実さ。その両方を超えた第三の道か。……見事だ」
その時、廊下が騒がしくなり、側用人が駆け込んできた。
「上様! 肥後熊本・細川家より、急ぎの書状が!」
「何事だ、騒々しい」
「はっ……細川家の姫君・おふさ様(養女:加納屋の娘)を、天一坊様の正室に、との願い出にございます!」
「なに!?」
吉宗も越前も驚愕する。
細川家が、公然と天一坊を婿として認めた。
これは、天一坊は、大名家と釣り合う身分であると、天下に向けて保証したも同然だ。
天一坊は、ニヤリと笑って吉宗を見た。
「……だ、そうです。上様。
大坂の金融、尾張の支持、そして肥後の親戚。
これだけの手札を持っていて、まだ私を『偽物として処刑』しますか?
それとも……徳川中興の祖として使い倒しますか?」
吉宗は、吹き出した。
そして、腹の底から笑い声を上げた。
「カカカッ! 面白い! 実に痛快だ!
よかろう、源氏坊……いや、徳川天一坊よ!
その才、余に預けよ。余が死ぬまで扱き使ってやる。その代わり……」
吉宗は、天一坊の手を取り、力強く握りしめた。
「次の将軍の座、実力で奪い取ってみせよ。
家重も家治も競わせる。
血筋なぞ関係ない。日ノ本を一番豊かにできる男こそが、征夷大将軍に相応しいのだからな!」
◇◇◇
こうして、歴史は大きく歪み、そして加速した。
後に「天一の改革」と呼ばれる、産業革命と金融立国の時代が幕を開ける。
吉宗に溺愛され、大岡越前に監視され、尾張宗春と飲み明かす。
そんな型破りな「若君」が、日本を世界最強の経済大国へと押し上げていく。
完
貴重なお時間を頂きありがとうございました。
本作は、自分の中で初めて累計10,000PVを突破した作品となりました。
読書の皆様に改めて、御礼申し上げます。
本当に素敵な体験をありがとうございました。




