第一話 転落と覚醒
あけましておめでとうございます。
数多ある作品からお選び頂きありがとうございます。
新連載です、本日4話投稿します。
「ブラックマンデー、バブル崩壊……まさか、三度目が来るとはな」
眼下に広がる東京の夜景。かつては宝石箱のように見えたその輝きも、今の俺には断末魔の灯火にしか見えない。
必死に学んだ経済学で巨万の富を築いた。だが、歴史上の敗者から俺は何一つ学べていなかったらしい。
『盛者必衰』。平家物語の冒頭が、呪いのように頭を回る。
「いつしか、俺も奢れる平家になっていたんだ……もう、疲れたよ」
男はブランデーグラスを傾けるように、最上階のベランダから身を投げた。
風を切る音と共に、意識は暗転する――はずだった。
◇◇◇
「……行、戒行! まだ寝ているのか!」
怒鳴り声と共に、身体を揺すられる感覚。
(死ねなかったのか?)
額を抑えようと持ち上げた自分の手を見て、息が止まった。
血管の浮き出た老いた手ではない。小さく、泥にまみれた、幼子の手だ。
鼻を突くのは、高級マンションのアロマではなく、湿った土と古い畳の匂い。
慌てて周囲を見渡せば、そこは明らかに現代の病室ではない。隙間風が吹き込む、あばら家だった。
「源氏坊戒行! 修行の時間ぞ!」
目前に立つのは、厳しい目をした修験者の老人。
その姿を見た瞬間、俺の脳裏に雷が落ちたような衝撃が走る。
源氏坊戒行……そして、師匠の感応院。
(嘘だろ……俺は、あの『天一坊』になったのか?)
講談や歌舞伎で悪名を轟かせた、天下の偽ご落胤。
記憶が確かならば、この後俺は12歳でこの師匠と実の母を殺し、将軍吉宗を騙そうとして――最後は大岡越前に首を刎ねられる運命だ。
(冗談じゃない。一度は世を儚んで死を選んだ身だが、獄門晒し首になって笑い者にされるのは御免だ!)
俺はまだ、8つか9つといったところか。
殺人までは、あと数年の猶予がある。
まだ間に合う。この貧乏なくせにプライドだけは高い「経済学者」の頭脳を使えば、シナリオは書き換えられるはずだ。
「……申し訳ございません、お師匠様。すぐに参ります!」
俺は跳ね起きた。
まずはこの貧困からの脱却、そして「親殺し」という最悪のシナリオ回避。
タワマンから転落した元・経済学者の、江戸時代での「天下取り」リベンジが、ここに始まった。
貴重なお時間を頂きありがとうございました。




