09.人間、苦手なことってあるよね。
やれ早熟だ。
やれ天才だ。
そんな言葉を聞き慣れてしまった頃、人間はだいたいロクでもない勘違いをする。
たとえば──
「もしかして、自分って何でもできるのでは?」
とか。
いや、分かってる。
分かってはいるんだ。前世三十代の理性が「それは危険信号だぞ」と警告を出している。
でもね、九歳児の心って、そういう警告をスルーする性能が高い。
結果。ドラムローーーール!ジャン!
ワイくん、剣と槍が壊滅的に向いていないことを自覚しました!
はい、拍手。
いや笑い事じゃないんだけど、ちょっと笑ってほしい。
なぜなら、かなり真面目に取り組んで、この結論に至ったからだ。
いやぁ。今世はわりと頭の出来が良かったので、剣もイケると思ったんだけどなぁ。
伯爵領の平騎士、つまり、うちの家臣騎士から武芸の手ほどきを受けている。
剣の構え。足運び。重心。
理屈は、分かる。
どう動けばいいかも、理解できる。
できるんだけど。
ほんとだよ?
頭の中では超絶華麗な武技を披露しているのよ?
だけど残念。
体が、ついてこないんだなー、これが。
一歩遅れる。
踏み込みが浅い。
振りが軽い。
そもそも、腕が細い。
何より木剣が、思ったよりも重い。
振り切ったはずなのに、刃先が遅れてついてくる感覚がある。
騎士が言う。
「伯子さま、もう少し腰を落として──」
言われた通りにやる。
結果、バランスを崩す。
「……無理をなさらず。今は体づくりが大切ですぞ」
うん、知ってる。
でもこれ、体格の問題だけじゃないんだよな。
練習すればするほど、はっきりしてくる。
これは──才能の壁だ。
努力で埋まる差と、そうじゃない差がある。
前世でも散々見てきた。
スポーツでも、仕事でも、そして戦争でも。
前世ではそんなにスポーツは苦手じゃなかったんだけどなぁ。
まあ、言い訳ですわ。
何にせよ、今世はなまじ頭が回るせいで、自分の限界が見える。
油断してたわ。ほんと。
「……これ、練習しても才能ないやつや」
ぽつりと呟いたら、騎士が目を丸くした。
「なんの。伯子さまは、まだ九つではありませんか。剣も槍も、これからですぞ」
うーん、あんがと。
でも、違うんだよなぁ。
伸びしろがないわけじゃない。
でも、一流にはなれない。
たぶん、二流、下手すりゃ三流止まり。
それでいい。
それで、いいんだ。
「じゃあ……自衛できるくらいに鍛えてくれ」
そう言うと、騎士は少し困った顔で笑った。
「……控えめなお考えですな」
控えめじゃない。
現実的なだけだ。
将来、軍に関わることがあるなら──
前線で剣を振るうより、後ろで全体を見るほうが、よほど向いている。
皆の足を引っ張らない。
それで十分。
そう割り切ったら、少し楽になった。
◆
その日の午後、オットマー大叔父さんとお茶の時間になった。
丸い腹。
にこにこした顔。
手には甘い菓子。
平和の象徴みたいな人だ。
この世界は、結婚も出産もはやいからね。
この人はこんな見た目でも、まだ四十歳になったばかりだ。
「セルヴィオ、今日は訓練だったそうだね」
「うん。剣とか」
「ほうほう」
僕は菓子を頬張りながら言った。
「僕、剣の才能ないっすわー」
軽く言ったつもりだったんだけど。
大叔父さんは、わっはっは、と腹を揺らして笑った。
「それは困ったな!だが聞けよセルヴィオ。実は大叔父さんはな、剣を振ることすらできんのだぞ!」」
みんなには内緒だゾ、なんて言いながらウインクをバチコーンと決めてくる。
……。
ねえ大叔父さん。
それでよく男爵やってるね。
思わず口に出そうになったけど、飲み込んだ。
代わりに聞いた。
「……それで、困らないの?」
「うん?」
「剣、できなくて」
大叔父さんは、菓子をもぐもぐしながら首を傾げた。
「困ったことはないよ?剣ができる人は、剣を振ればいい。私は人の話を聞くのが得意だから、そっちで頑張ってるよ」
……あ。
なるほど。
この人、戦えない。
でも、領内の統治は優秀だと聞いている。
人望も厚い。
使用人も農民も、みんなこの人を悪く言わない。
争いが起きる前に話を聞き、揉めそうなところに先に顔を出す。
そういう人だと、あとで乳母から聞いた。
強さの種類は、一つじゃない。
頭では分かっていたことが、腹に落ちた。
「セルヴィオは、頭がいいだろう?」
「……まあ」
「それは、とても強いことだよ。剣と同じくらい強いよ」
大叔父さんは、にこにこしたまま言った。
「剣は振れなくても、間違った道を選ばない人は、たくさんの人を守れる」
……なんだこの人。
ゆるキャラみたいな顔して、急に核心突いてくるじゃん。
このセルヴィオの目を持ってしても、オットマーという男を読めなかった……。
なんてね。
いや、読まなくていいのかもしれない。こういう人は。
◆
ちなみに馬については、そこそこだった。
剣ほどひどくはない。
ちゃんと乗れる。
ちゃんと進める。
しっかし、この世界の馬も可愛いね。
前世では、賭けては負けるばっかりで、ついぞ実際のお馬さんに触れることはなかったけど、今世は触り放題だ。
ほーれ、ここがええのんか?
ここがええのんか?
首筋や顎あたりを撫でまわしてあげる。
実際の馬もいいものですね。
うーん。目がくりくりしている。
素直で、賢い。
「……お前は、いいやつだな」
馬に話しかけていたら、騎士に変な目で見られた。
まあいいや。
夜、ひとりで考えた。
僕は剣の天才じゃない。
槍で英雄にもなれない。
でも。
考えること。
学ぶこと。
支えること。
それなら、できる。
全部できなくていい。
できないことが分かるのは、むしろ前進だ。
人間、苦手なことってあるよね。
僕はまた一つ、自分の役割をはっきりさせた。
……それにしても。
剣が振れない軍師って、前線に立たなくていい分、安全じゃない?
いや、違うな。
一番安全なのは、無能なふりをして甘い菓子を配ってる大叔父さんかもしれない。
……あのポジション、意外と最強では?
そんなことを考えながら、僕は眠りに就くのだった。




