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できる!最強軍師  作者: 満波ケン
第一章 幼年期の終わり
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08.これが私の軍師様

父のために学ぶ。


方針が一つ決まると、人は強い。

少なくとも、七歳の僕はそうだった。


父──エルヴァン・ヴェン・ザーヴェルは北にいる。

辺境伯として、国境の向こうと向き合っている。


なら、僕はここで何をするべきか。


答えは簡単だ。

学ぶ。

そして、父の隣に立てるだけの存在になる。


決意ってやつは、便利だ。

方向性を与えてくれるし、迷いを削ってくれる。


結果として──

僕は、書庫に住み着いた。


書庫は、朝と夕で匂いが違った。

朝は乾いた紙と革の匂いが強く、夕方になると、外から戻ってきた空気が混じる。

窓辺の席は昼が明るく、奥の机は夜に落ち着く。

いつの間にか、読む本によって座る場所を選ぶようになっていた。


最初は文字を追うだけで精一杯だった。

意味が分からない単語に引っかかり、何度も読み返し、辞書と突き合わせては首を捻る。


でも、ある日を境に、それが「線」になった。


単語が、文になる。

文が、意味になる。

意味が、流れになる。


気づけば、書庫で読めない本はほとんどなくなっていた。


歴史書。

年代記。

この王国の成り立ち。

灌漑と農法、街道整備の記録。


「えぇーっ!?そんな難しい本、私は読んだことないよ!」


オットマー大叔父さんが、ひっくり返った声を出す。


……大叔父さん。

どうやって男爵領を治めてるんですか、それ。


周囲は「早熟」で片づける。

子どもが本を読んでいる、で終わらせる。


だが、祖母だけは違った。


リュシアナは、僕の読む速度ではなく、読む姿勢を見ていた。


祖母は、本の内容については何も聞かなかった。

代わりに、僕がどこで頁を戻すか、どこで指を止めるかを見ていた。

難しい箇所ほど、視線が下がり、顎が少しだけ動く。

その自分の癖に気づいたとき、見られているのは頭ではなく、思考そのものだと理解した。


めくる指の止まり方。

視線の動き。

読み終えたあとに、考え込む仕草。


「……理解して、読んでいるわね」


ぽつりと、そう言った。


僕は背筋を伸ばした。


「お祖母さま。僕は決めました」


リュシアナが、静かにこちらを見る。


「必ず父上の役に立ちます。幕僚として──」


言いかけて、少し言葉を選んだ。


「……補佐役として」


祖母は、少しだけ目を細めた。


「エルヴァンの役に立つということが、王国の役に立つのと等しいのであれば」


一拍。


「これ以上、喜ばしいことはありません」


……微妙な言い回しだ。


肯定しているのに、どこか線を引いている。

父個人と、国。

家と、王。


お祖母さまは、なぜそこまでこの国に重きを置くのだろう。


その疑問は、まだ言葉にならなかった。



やがて、僕は次の扉を開けた。


軍学書だ。


さまざまな書物を読んできたが、軍学書だけは言葉がはっきり理解できてから読もうと心に決めていた。


王国内で編まれた戦記。

陣形の考察。

補給線の重要性。


そして、東方──華夏国の兵法書。


そこに書かれていたのは、戦いそのものよりも、考え方だった。


勝ち方。

負けない方法。

戦う前に、勝敗を決めるという思想。


僕は、貪るように読んだ。


そして同時に、父の異常さが見えてきた。


十五歳で初陣。

ほどなく伯爵位を継ぎ、

わずか九年で、十を超える北西の中小国を併呑。


その結果、辺境伯として北方へ。

……父ちゃん、マジチート。


父が他国からぶんどった領土の広さを地図で確認して絶句。

王国の元の大きさと、ほとんど変わんないやん。


その結果、北のノルディア王国、西のグラーツ王国と国境を接することになった。

ノルディア王国とこの国は同盟中ということで、それほど危険はないということだけど、「西方の雄」と呼ばれるグラーツ王国は強敵だという。


地図の上で見るグラーツ王国は、強大だった。

ほとんど、僕らのレーヴェン王国と違わない。

領土は広く、軍制も整っている。


噂では、国境線の丘陵地帯を挟んで、一進一退の攻防が続いているという。

丘陵地帯の箇所を指でなぞる。

ここを越えれば、平地。

ここを失えば、街道が危ない。

書物に書かれた戦いと、地図の上の現実が、少しずつ重なっていく。


──僕は、もっと学ばなきゃいけない。

乳母から夕食だと声をかけられるまで、僕は、貪るように軍学書を読み続けていた。



その夜、夢を見た。


喧騒。

怒号。

馬のいななき。


僕は、戦陣の中にいた。


中央には父。

鎧姿で、地図を見下ろしている。


そして、僕は──

その左に立っていた。


手には、白い羽扇。


「ここで敵の補給線を断ち、騎馬部隊を突撃させれば、勝利は確実です」


……いや、完全に諸葛孔明やーん。


自分で突っ込みたくなるほど様式美だった。


父がこちらを見て、笑った。


「これが私の軍師様、だな!」


父の大きな手が、僕の頭を撫でる。

さっきまで、孔明みたいな立ち姿だったのに、撫でられるときは今の子どもの姿に戻っている。まあ、夢だかんね。


でも、夢の中でも父に撫でてもらうことができて、胸が、すっと軽くなった。


翌朝、目を覚ますと、妙に気分が良かった。


夢なのに。

なのに、ちゃんと効いている。


父上。

僕、今日も頑張ります。


この国に「軍師」という言葉はないんだけども。


軍師は、僕の中の目標だ。

父の隣に立つための、仮の名前。


いつか現実に追いつくまで、僕はそれを胸に抱いて、学び続ける。


これが──

僕の「軍師様」への、第一歩だった。

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