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できる!最強軍師  作者: 満波ケン
第二章 王都と秘密
12/15

12.王妃殿下はご機嫌ななめ?

その日、セレニア子爵夫人に伴われて、僕とマリアンヌは王城の門をくぐった。


……いや、門を「くぐった」って言い方、ちょっと違うな。

正確には――馬車のまま、堂々と突っ込んだ。


前世を通しても、こんな経験は初めてだ。

王城って、もっとこう……遠くから見上げて「うわー、権力ぅー」ってなる場所だと思ってたんだけど、馬車のまま入城できるとは予想を超えている。


馬車は重厚な門をいくつも通過し、やがて内廷区画の入口へ。

ここでようやく停車し、子爵夫人に降車を促される。

降りた瞬間、待ってましたと言わんばかりに――ボディチェック。

念入り。本当に念入り。


剣は当然持っていないし、隠し武器なんて九歳児が仕込めるわけもないんだけど、それでも指先から靴底までチェックされる。

子爵夫人とマリアンヌは、ちゃんと女性騎士が担当してくれる。気が利いてるね!


これが、王城か……。


検査が終わると、今度は空気が一変した。

騎士が足音高く一歩前に出て、最敬礼。

それに合わせるように、王城の使用人たちが一斉に頭を下げる。


……うわぁ。


正直、ちょっと優越感はある。

でも同時に、前世の自分が心の奥で「気持ちわるっ」って囁いてくる。

権力って、やっぱり怖い。

その中を、セレニア子爵夫人を先頭にして進んでいく。

階段を上り、廊下を抜け、扉を開く――それを何度も繰り返す。


不思議なことに、進めば進むほど、景色が変わっていった。

最初は、格式と無骨さを感じる装飾だった。

石と木を基調にした、実用重視の造り。

それが、階段を越え、廊下を抜け、扉を開くたびに――

彫刻が増え、金が増え、宝石が増え、光が増えていく。


格が違いすぎるっ!これが王家の財力かよ!


そんなことを思っているうちに、やがて大きな木の扉の前で足が止まった。


扉の両脇には侍衛。

その近くに、ひとりの貴婦人が立っている。

セレニア子爵夫人が、深く膝を折ってカーテシーした。


「伯爵夫人、本日はどうぞよろしくお願いします」


あっ、やばい。


反射的に、僕も右拳を胸に当てて腰を折る。

家格だけで言えば、僕のほうが上かもしれない。でも、ここは年長者を立てたほうがいい。

マリアンヌも、少し緊張した様子で可愛らしくカーテシーしていた。


伯爵夫人は、軽く膝を折ってそれに応じる。


「本日はどうぞよしなに。さあ、殿下がたもお待ちです。中へ」


その言葉を合図にしたように、侍衛が両開きの扉を押し開いた。


「ここからは、国王陛下とご家族の居住空間です」


伯爵夫人の促しで、足を踏み入れる。


そこは、長い廊下だった。


王家の紋が入ったタペストリーが等間隔に石壁を彩り、左右から差し込む光がやけに眩しい。

明るさに目がくらみ、気づけば手のひらに汗が滲んでいた。

隣を見ると、マリアンヌが僕の手を、ぎゅっと握り込んでいる。


……ああ。

緊張してるの、僕だけじゃないんだ。


足元の絨毯は、これまで見たことがないほど毛足が長い。

革靴が沈み込む感覚が、ちょっと怖い。


いやもうこれ、沈み方がエグい。


やがて、別棟に移ったと思われる場所で、再び大きな扉。


開けられた先は――

正直、別世界だった。


いや、わりと自分のこと、この世界でも金持ちの家の子だと思ってるんだよ?

でも、ここはそういうレベルじゃない。

前世の知識があるばかりに、その絢爛さに腰を抜かしそうになる。

……おしっこちびらなかっただけでも、褒めてほしい。


伯爵夫人に先導され、僕たちは奥へと進み、ひとつの部屋で待機するように言われた。

見たこともない調度品に囲まれた部屋で、ソファに腰掛ける。

時間感覚が麻痺していく。

体感で、二十……いや、三十分くらい経っただろうか。


扉が、開いた。


伯爵夫人が、恭しく迎え入れたのは――


王妃さま?

それに、王女さまと、王子さま?


とにかく、面識はない。


でも、伯爵夫人の迎え方と、セレニア子爵夫人の畏まり方を見た瞬間、理解した。


やっばい。

本物だ。


慌てて立ち上がり、最敬礼。

さっきまで部屋をうろうろして調度品を見回っていたマリアンヌも、母に教わっていたのか、きちんと畏まった姿勢を取っている。


「よい。面をあげよ」


美しい声がかかり、姿勢を正す。

もちろん、直接ご尊顔を凝視しないよう作法を守る。


……が。


はっきりと感じる。

強烈な視線。


「……ふむ。そなたが、あの……」


声は、少し冷たい。

しかも、明らかに――僕に向けられている。


なにー!?

もしかして僕、王妃さまから嫌われてますー!?


心の中で叫んだ瞬間。


「顔を見せなさい」


どう聞いても、僕宛てだった。


……はい。

恐る恐る、視線を上げる。


王妃殿下は、じっと僕を見つめていた。

大層お美しいご容貌だったのだが、眉間にしわが刻まれているのがもったいのうございます。


「……よう似ておる」


誰に?


そんな疑問が浮かんだ、その瞬間――

王妃さまはすっと移動し、一段高い場所にある椅子へ腰を下ろした。


臨時の玉座、というやつだろう。


そのとき、再び視線を感じて、真正面を見る。


そこには、僕と年頃の変わらない女の子と、少し幼い男の子が――

じっと、こちらを見つめていた。


そして。


僕の視線は、男の子で止まる。


……え?


幼い頃の僕そっくりじゃない?


瞳の色こそ少し違う。

でも、髪の色、顔立ち、体格。


何もかもが――

自分の過去を、そのまま引っ張り出してきたみたいだった。



「すでに聞いておろうが」


王妃殿下は、ひと呼吸置いてから続けた。


「我が子らがな。遊び相手を欲しがっておってな。そなたらに、その役を務めてもらえぬかと思うたのじゃ」


声音は穏やか――のはずなのに、どこか温度が低い。

怒っているわけではなさそうだが、笑顔もない。


空気の重さに背筋を正していると、王妃殿下はふっと視線を外し、少しだけ柔らかい声になった。


「さ。エレシア、レグナート。挨拶なさい」


その一言で、空気が切り替わる。


まず名乗り出たのは、年の近い少女だった。

淡い色のドレスを揺らし、すっと背筋を伸ばす。


「第二王女、エレシア・ヴェン・ルミナスです」


にっこり。

それはもう、絵に描いたような笑顔だった。


「今日を、とても楽しみにしておりましたわ」


鈴を転がしたような声、という表現はこういう時に使うんだな、と実感する。

うーん耳がちあわちぇ!


反射で一歩前に出て、最敬礼。


「王女殿下。エルヴァン・ヴェン・ザーヴェルが長子、セルヴィオでございます」


よし。動きは完璧。多分。


――お祖母さま。お祖母さまの教育、ちゃんと僕の中に息づいています。


「まあ」


エレシア王女は、少しだけ目を細めた。


「セルヴィオ様。どうぞ、お顔をおあげください」


許しを得て、視線を上げる。


……うん。

これはダメだ。


美少女すぎる。


従妹のマリアンヌは「可愛い」が先に立つタイプだが、エレシア様は完全に「美少女」の方向。

正直、めっちゃタイプだ。


僕、変な顔してない?

大丈夫? ちゃんと貴族の顔保ててますかね?


「どうぞ、エレシアとお呼びください」


そう言って、少し身を乗り出す。


「お友だちになるのですもの。王女、では寂しいですわ」


距離感が……近い。

王族ってこんなフランクなんだー。


「では……エレシア様と、お呼びします」


そう答えると、エレシア様は満足そうに頷き、テーブル越しに右手を差し出してきた。


……え、ここで?


一瞬だけ迷い、作法通りに膝を折って、その手にハントクスを返す。


その瞬間。


──視線が、二方向から刺さった。


正面の高座。

そして、隣。


……マリアンヌ?


え、何で冷たい目してるの。

今の正解ムーブだよね?


戸惑っていると、エレシア様が「うふふ」と小さく笑った気がした。……気のせいかもしれない。


「姉上、次は私が」


そう言って、一歩前に出たのは、少し幼い男の子だった。


「王太子のレグナートだ」


落ち着いた声で、少年は名乗った。


「今日はよろしく頼む」


年下なのに、妙に堂々としている。

さすが王太子。


「王太子殿下。お初にお目にかかります」


僕は深く頭を下げる。


「エルヴァン・ヴェン・ザーヴェルが長子、セルヴィオでございます」


将来、忠誠を誓う相手になる可能性が高い。

ここは礼を尽くすべき場面だ。


王太子殿下は、何も言わず、じっとこちらを見ていた。

探るようでもあり、確かめるようでもあり――でも、すぐに視線を外す。


……王族って、目線ひとつで情報量多すぎない?


続いて、子爵夫人とマリアンヌが挨拶を終えると、王妃殿下が短く告げた。


「王妃のアナシアじゃ」


それだけ。名乗りは最小限。


「王妃殿下。本日はお招きに預かり、感謝申し上げます」


セレニア子爵夫人が、丁寧にカーテシーをする。

以前にも王妃殿下に面識があるのだろう。そういう動きに見えた。


「こちらにおりますのは、ザーヴェル伯爵の嫡男セルヴィオ様と、我が娘マリアンヌでございます」


紹介を受け、僕とマリアンヌは再度、最敬礼。


王妃殿下はそれを一瞥し、小さく頷いた。


「よい。座りなさい」


その一言で、全員がソファへ戻る。


腰を下ろした瞬間。


また、視線。


エレシア様と、王太子殿下。

今度は二人そろって、じっとこちらを見ている。


……なぜ?


「エレシアは今年で八つ。レグナートは六つとなる」


王妃殿下が、淡々と告げる。


「そなたらはいくつになる。直答を許す」


完全に僕に向けられた言葉だった。


「は、はい」


背筋を伸ばす。


「私は今年で十歳。こちらのマリアンヌは、八歳となります」


……王妃殿下、視線が強いです。

お願いだから、そんなにじっと見ないでください。


「そうか。もう、それほど……」


王妃殿下が、ぽつりと呟いた。


その声音には、何か感慨のようなものが滲んでいた。



玉座代わりの椅子に腰掛けた王妃は、ゆっくりと白磁の杯へ手を伸ばす。

そこからは、前世で嗅ぎ慣れた芳香が、静かに漂ってきた――緑茶だ。


王妃殿下が杯を置くまで、緊張が漂う。


その張り詰めた空気を、最初に和らげたのは――エレシアだった。


「セルヴィオ様は、王都は初めてなのですよね?」


澄んだ、よく通る声。

先ほどと変わらない、王女らしい笑顔。


けれど。


その瞳だけが、ほんの少しだけ、こちらを測っている。


「はい。今回が初めてになります」


「まあ……」


エレシアは、嬉しそうに小さく息を吐いた。


「でしたら、きっと驚かれたでしょう?」


「正直に申しますと……はい。想像以上でした」


「うふふ。よかったですわ」


よかった、の意味を考えかけたところで、エレシアは少し身を乗り出した。


「王都は、大きく見えますけれど……住んでしまえば、案外、狭いものですの」


その言い方に、微かな含みがあった。


王女殿下だものな、前世で読んだ小説とは違って、街へ繰り出すなどもできないだろうし。


現実問題、僕だってザーヴェルの街へ繰り出せたのは指折り数えるほどだ。そう考えると、高位貴族や王族って狭い世界に生きてるよね。


エレシアは、あくまで無邪気な調子のまま続ける。


「いずれ、顔を合わせることも多くなりますし。ですから、こうして早くお会いできて……私は、嬉しいのです」


「エレシア」


王妃のたしなめるような声が、空気を引き締める。


「はい、お母さま」


返事は即座。

声音も、姿勢も、きっちり「娘」に戻る。


王妃は、エレシアから視線を外し、再び僕を見た。


「セルヴィオ。そなたは、父をどう思っておる?」


えっ。急に何です?


「尊敬しております」


即答した。


「ただ――」


一瞬、言葉を選ぶ。


「父は、遠い人でもあります」


「遠い?」


「国に尽くす父には(はる)か及ばず。近づきたくとも、遠い背中です」


ちょっとカッコつけて、前世で好きだった小説家のエピソードをアレンジしてパク……オマージュした。

やったりましたよ!遼太郎先生!


王妃は、何も言わない。

沈黙が、答えを測る時間のように伸びる。


やがて、ふっと息を吐いた。


「……正直だな」


褒められたのか、試されたのかは分からない。


そのとき。


「母上」


控えめな声が、場に差し込んだ。


レグナートだった。


王太子は僕を見ている。

だが、その目に探る色はない。


ただ、確認するような静けさがあった。


「セルヴィオは……不思議だ。まるで今日初めて会った気がしない」


王妃は、じっと息子を見つめる。


「……そうか」


その一言には、納得と、割り切れなさが混じっていた。

王妃のため息に、エレシアの微笑みが一瞬だけ深くなったのを、僕は見逃さなかった。


王妃殿下は、何かを割り切れずにいるのだ。


子どもたちの反応を見て、自分の予感が外れていないと、確信してしまった。


そして僕は――


この場に呼ばれた理由を、まだ理解できていないまま、ただ、嫌な汗だけを背中に感じていた。

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