10.王都へGO!
僕が暮らしているこの国は、レーヴェン王国という。
レーヴェン王国は、大陸暦一八六年に成立した。
つまり今年は建国百年。ちょうど節目の年らしい。
こういう説明は、本来なら歴史の授業とかで淡々とやるものなんだろうけど、今回は事情が違うから許してちょ。
なんと──僕が、王都ルミナスへ行くことになったのだ。
イェイイェイ、イェイ!
「めでたい年は、動くのにいい」
祖母──リュシアナはそう言って一人頷いている。
相変わらず、理由は説明してくんない。
王家はルミナス家という。王都とおんなじだね。
昔はうちと同じく、地方の土豪だったらしい。
それが周囲を取り込み、時には剣で、時には婚姻で広がっていって、今の王国になった。
ザーヴェル家は、かなり早くからルミナス家に協調していたらしい。
いわゆる初期メン。
だから伯爵家の中でも、そこそこ発言力がある……らしい。
「らしい」というのは、僕がまだ十歳で、実感がないからだ。
この国は、騎士制度と軍馬育成を柱にして建国された王国だ。
馬は資産であり、相棒であり、家族でもある。
食肉?
論外。
禁忌中の禁忌だ。
騎士以上の身分になると、自分の馬が死んだとき、光祖教の教えに従って教会から聖火をもらい、きちんと火葬する。
そして先祖代々の墓地の隣に、馬塚を建てて弔う。
最初に聞いたときは「手厚いな……」と思ったけど、今ではわりと普通に感じる。
この国にとって、馬はそれくらい大切な存在だ。
で、その王都ルミナスは、ルミナス丘陵の上に築かれている。
すぐそばを大河ルミナス川が流れていて、地形も名前も、とにかくルミナス尽くし。
僕の住むザーヴェル伯爵領から、無理しなければ、馬車で七曜と少し。
えーと、前世の言い方だと約十日だ。
日本の感覚だと遠いけど、この世界では「まあ近いほう」らしい。
距離感の基準が、だいぶ違う。さすがは大陸だ。
そんな王都へ──
僕は行くことになった。
理由を聞いたら、祖母はこう言った。
「お前ももう十歳だ。大伯の嫡子として、それに相応しい役割を果たさなければならない」
……回りくどい。役割ってなんだよ。
絶対、何か隠してる。
でも、行くメリットはある。
一つ、王都には貴族だけが利用できる「王宮図書館」がある。
実は、うちの書庫の本は、もう全部読んでしまったんだよね。
新たな書物との出会い、これはわくわくするよね。
そして、もう一つ。
実は、父は年に数回、王都へ戻ってくる。
これが、でかい。
父に会える頻度が、ぐっと上がる。
正直、それだけで十分だった。
まだ途中段階だけど、勉強の成果を見てほしい。
褒められたい、というより、ちゃんと認識してほしい。
将来お役に立てますよって。
でも、別れは寂しい。
お祖母さまに毎日会えなくなるのも、仲良くなった大叔父さんと駄弁れなくなるのも、すっかりツンデレ・レディに成長したマリアンヌに会えなくなるのも、めちゃ寂しい。
でも、新しい場所には、新しい出会いがある。
それに──十歳といえば、そろそろ社交デビューしてもいい年齢だ。
加えて、うちくらいの上流貴族なら、婚約の話が出てもおかしくない。むふっ。
お祖母さま、そこも含めて動いているのかな?
そんなことを考えながら、準備を重ね出発日を迎えた。
◆
荷馬車の準備は整い、使用人たちは慌ただしく動いている。
乳母は当然のように同行。生まれた頃から世話になっているから、安心感が段違いだ。
生まれ育った土地を離れさせてしまって、ごめんねー。なんて思っていたら。
「王都の邸では、私の夫が饗応長を務めておりますので」
と言われた。
……あ、じゃあ夫婦水入らずだね。
むしろ僕が邪魔では?
まあ、それはいい。
問題は、そこじゃなかった。
「セルヴィオ!」
聞き慣れた声がして、振り返った。
いた。
マリアンヌが。
うちの玄関ポーチに馬車がもう一両……だと。
一体いつから────
王都に行くのが僕だけだと錯覚していた?
……はい。ついさっきまでです。
そこには、乳母に手を引かれて。
当然の顔で。
マリアンヌが立っていた。
「……なんで?」
思わず、素で聞いた。
「一緒に王都へ行くのよ!」
満面の笑みで言われた。
いーや、意味が分からない。
マリアンヌの母と弟は、王都のセレニア子爵邸で暮らしている。
だから、王都に行くこと自体は不自然じゃない。
でも、タイミングが完全に一致しているのが、気になる。
「え、たまたま?」
「たまたまよ!」
即答だった。
でも、その後ろで、乳母同士が目を逸らした。
……ぁゃιぃ。
ちなみに、王都のザーヴェル伯爵邸と、セレニア子爵邸は隣同士だ。
領地も隣接しているから、まあ自然ではある。
自然なんだけどさー。
そうなんだけどさー。
……なんかマリアンヌのテンションがいつもより高い。
いや、マリアンヌはいつも全力で生きているけど。
うちの馬車に乗り込む直前、祖母が僕を呼び止めた。
「王都では、よく見なさい。よく聞きなさい。そして、よく考えなさい」
「……はい」
それだけ。
でも、その視線がいつもより鋭かった。
何かを試されている気がする。
馬車が動き出す。
御者の鞭が空を裂く音が一つ、乾いて響いた。
使用人たちが涙を流しながら、僕を見送っている。
いやいや、永の別れじゃないよ。
また時期を見つけて帰ってくるからね。
そうは思うけど、十年暮らした館を出るのだ。
僕にも感慨が無いわけではない。
ちょっと涙が出そう。
館の門塔をくぐり、城下町を抜け、城門の跳ね橋を通り過ぎ、城門の衛兵らに見送られながら、ザーヴェルの街が、少しずつ遠ざかる。
マリアンヌは隣で、外の景色にかじりついている。
結局、自分んとこの馬車に乗らなかったんかい!
僕は、進行方向を見ながら考えていた。
王都。新しい出会い。父との再会。
そして──
なんで、マリアンヌも一緒なんだ?と。
この時の僕は、まだ知らなかった。
この王都行きが、僕とマリアンヌにとって一生を左右する、大きな出来事になることを。
……まあ、それは後のお話だ。
とりあえず今は。
王都へGO!




