01.ポップアップでピロン
別立てで、堅い文体のものを書いているため、息抜きとして立ち上げています。
最初に言っておく。
この世界、誕生日の概念が雑なんだよねー。
基本的には年が明けると一歳追加されるけど、ふつーに祝う日はある。
数え方は家によってバラつくし、貴族は「体裁で盛る」し、平民は「年齢はどうでもよくて、生きてりゃ正義」だし。
ということで、僕はまだ三歳か四歳だ。この年齢の自己申告すら若干怪しい。
……この語り口が三歳児のものに見えないなら、それは正しい。
正確に言えば──この時点の僕は、もう考え方だけは大人だった。
見た目は子供、頭脳は大人ってやつ。
ということで──僕はいま、見た目だいたい三歳。
そんな幼児が人生のターニングポイントに立たされる場所として、最も縁がなさそうな場所はどこか。
戦場?ノンノン。
王宮?ノンノン、まだ早い。
魔法陣?この世界に魔法はない。終了。
正解は、屋敷の廊下にある硝子窓だ。
ザーヴェル家の屋敷には、やたらと背の高い硝子窓がある。厚い石壁に細長くはめ込まれた透明な板。北境の寒風を防ぐための贅沢品だ。
要するに、上級貴族の「うちは透明なガラス買えるザマスよ」アピール。正直、嫌いじゃない。
下級貴族の家だと、もっとデロデロした半透明のやつだし、庶民の家は、板をパタンと閉めるだけの窓だったはずだ。
でっかい透明なガラス窓はいいぞ。
何がって?
なにせ映る。
全身が。
僕は何となく、その窓の前で立ち止まった。
本当に理由はない。幼児の行動に深い意味を求めるのはやめた方がいい。
そして、見えた。
「……え、ちょま」
声が出た。
出る。これは出る。幼児でも出る。いや、幼児だからこそ出る。
「イケメンやん……!」
そこにいたのは、光を柔らかく拾う亜麻色の髪。
深い藍の瞳。夜の端っこみたいな青。
スーパー整っている顔立ち。
いや待て。
これはたぶん、この家の本気だ。
血統。栄養。乳母の世話。服。寝具。沐浴。
幼児に使えるあらゆるリソースを全振りした結果が、これだ。
つまり、僕個人の努力ではない。
ないんだけど──
「いや、でもイケメンやん……」
二度言う三歳児。
精神年齢が肉体年齢に引っ張られるって、こういうことか。
僕は自分のほっぺを引っ張った。
伸びる。戻る。痛い。
痛い。現実。
夢じゃない。
……そう認識した瞬間。
頭の奥で、カチッ、と音がした気がした。
比喩だ。
でも感覚は正確だった。
ゲームで言うなら、条件達成。
画面の端でポップアップがピロンと出る。
《実績解除:自我の再起動》
そんな感じ。実際にはポップアップなんて出てないんだけど。
そういうタイプの転生ではなさそう。
次の瞬間、僕の中に「知らないはずの知ってる」が一気に流れ込んできた。
洪水みたいに。
文字。
画面いっぱいの数字。
マップ。
コマンド。
薄暗い部屋。
デスク。
パソコンのファンの音。
缶コーヒーの苦味。
仕事終わりのだるさ。
そして──
地図。
無数の地図。
色分けされた国境線。
兵力。
補給線。
士気。
外交値。
内政スライダー。
「……あ」
知ってる。
これは、知ってる。
平成生まれのサラリーマン。
休日は光栄とパラドックスに魂を売った男。
信長、三国志、Europa、CK、HOI。
序盤で調子に乗って包囲されて詰んだ国。
内政を怠って反乱まみれになった領地。
史実無視プレイで滅びた国家。
──待て待て待て。
情報量。
情報量が多い。
今の僕は、硝子に向かって「イケメンやん」って言ったばかりの幼児だ。
そこに社会人三十代の記憶を載せるな。
メモリが足りない。
でも止まらない。
これは「思い出す」じゃない。
「思い出したふり」でもない。
統合だ。
上書きじゃない。
追加インストール。
アンインストール不可。
「……うそだろ」
出た声は、驚くほど自分のものだった。
幼児の喉から出たのに、確かに“僕”の声だった。
どっちだ。
幼児の僕か。
大人の僕か。
──混ざる。
理解する前に、体が先に限界を迎えた。
視界が白くなる。
硝子の中のイケメンが歪む。
耳鳴り。
足元が抜ける。
あ、これ倒れるやつだ。
そう思った時には遅かった。
うーん、バタン。
石の床が頬に当たる。
硬い。冷たい。痛い。現実やわー。
「坊っちゃま!?」
乳母の声。
駆け寄る足音。
口の中が苦い。
鉄の味。
……鼻血かよ。
三歳でイベント強すぎだろ。
抱き上げられる。
軽い。そりゃそうだ。三歳。
そのまま、支えられながら立たされる。
視界の端に、さっきの硝子窓が見えた。
そこには、相変わらず整った顔の僕が映っている。
つまり。
知識はある。
思考も回る。
でも身体は三歳。
立ってるだけでふらつく。
僕は高い天井を見上げた。
貴族の屋敷は天井が高い。無駄に高い。
口の中の鉄の味を飲み込んで、小さく息を吐く。
「……よし」
声はまだ幼い。
「とりあえず、生きる。次に、考える」
乳母が不安そうに顔を覗き込む。
大丈夫、と言いかけてやめた。
大丈夫じゃない。
でも。
大丈夫じゃないまま、進むしかない。
──これが僕の、最初の記憶だ。




