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【ガチ恋プリンセス】これがVtuberのおしごと~後輩はガチで陰キャでコミュ障。。。『ましのん』コンビでトップVtuberを目指します!SS集  作者: 夕姫


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双葉かのんSS『真実のFAIRY TALE』(後編)




 その日は、朝から世界が震えているようだった。


 カレンダーに刻まれた日付は、私、鈴町彩芽が「双葉かのん」としてこの世界に産声を上げる、運命のデビュー日。


 あれから、私は両親に全てを打ち明けた。事務職だと言った嘘を、涙ながらに撤回した。


『Vtuberっていう、画面の中でキャラクターになって、みんなを楽しませる仕事なんだ。私、これを本気でやりたいの』


 最初は困惑していた父と母も、私が初めて見せた「執念」に近い決意に、最後には頷いてくれた。父は「よく分からんが、お前がそこまで言うなら……」と、配信環境を整えるために自室に防音材を貼るのを手伝ってくれた。


 その大きな背中を見て、私はもう二度と「すみません」ではなく「ありがとう」を言える自分になろうと、強く心に誓ったのだ。


 今、実家の六畳間には、数ヶ月前には想像もできなかった光景が広がっている。事務所から支給された高性能のPC、二枚の大きなモニター、重厚なマイク。


 かつて、バイトをクビになっては逃げ込み、ましろ姫の配信を眺めて涙を流していただけのこの狭い部屋は、今や『Fmすたーらいぶ』という魔法の世界へ繋がる、私だけの橋と変貌していた。


 モニターの中で、彼女が私を見つめている。


 新緑を思わせる鮮やかな緑色の衣装。ふわふわとしたショートヘア。背中には、朝露に濡れた葉のような透明感のある緑の羽。


 私の新しい身体。森の妖精、双葉かのん。


「……はぁ、……はぁ、……っ」


 呼吸が浅い。心臓が肋骨を突き破らんばかりに暴れている。指先は氷のように冷たく、自分の限界を知らせていた。


 時計の針は午後5時を回った。私のデビュー配信、3期生トップバッターとしての出番まであと1時間。


 ふと、数ヶ月前の3期生全員での初顔合わせの記憶が蘇る。


 高校生なのにしっかりしている佐伯グループのお嬢様の佐伯玲奈ちゃん。


 元FPS配信者で唯一のスカウトで加入した水瀬衣音ちゃん。


 最年長で社会経験も豊富で頼れるお姉さんの白石莉央さん。


 そして、いつも明るくて楽しそうに会話してくれる相馬愛梨ちゃん。


 皆、眩しかった。何の武器も持たず、ただ「箱への愛」だけで滑り込んだ私とは違う、選ばれるべくして選ばれた特別な人たち。


(私……本当に、あの中に混ざっていいのかな。トップバッターなんて、無理だよ。……絶対に失敗して、ましろ姫の箱に泥を塗っちゃうんだ)


 ネガティブな思考が、泥水のように溢れ出す。震える手でマイクのスイッチを確認するが、視界が滲んでよく見えない。喉がヒリついて、声の出し方さえ忘れてしまいそうだった。


 その時だった。PCのスピーカーから、ポーンという控えめな通知音が響いた。


 ディスコードの通話リクエスト。相手は――九重キサラ、こと莉央さんだ。3期生のまとめ役であり、最年長の彼女。


「……は、はいっ」


 慌てて通話ボタンを押すと、ヘッドフォン越しに、落ち着いた大人の女性の柔らかな声が流れてきた。


 《あ、彩芽ちゃん? 今、大丈夫かしら。……少し、声が震えているみたいだけど》


「あ、莉央、さん……。……はい、大丈夫……じゃない、です。……心臓が、止まりそうで。吐き気がして……っ」


 《ふふ、そうよね。……私もよ。配信なんて一度もやったことがない素人だし。彩芽ちゃんと同じよ。……怖くて、手が冷たくなっちゃってるわ》


「莉央さんでも……怖いん……ですか?」


 《当たり前じゃない。3期生っていう大きな看板を背負って、先輩たちが築いてきたステージに上がるんだもの。……ねぇ、彩芽ちゃん。もし、どうしても辛かったら……。順番、私と代わりましょうか?》


 莉央さんの提案は、今の私にとって、暗闇で差し伸べられた救いの手だった。


 トップバッターは、全ての期待と不安を最初に浴びる。失敗すれば、3期生全体の印象に関わる。それなら、落ち着いている莉央さんに先陣を任せたほうが、どれだけ楽か。


 《順番は公表していないし、運営さんは任せると言っていたし》


 莉央さんの優しさが、痛いほど伝わってくる。彼女は私の臆病さを分かった上で守ろうとしてくれている。


 私は一度、目を閉じた。


 脳裏に浮かんだのは、あの日、父が不器用な手で必死に磨いてくれたあの靴。そして、4回落ちても諦めきれなかった、あの履歴書に叩きつけた「執念」。


 ――『ましろ姫が笑っていられるように、私が、この世界を守る盾になりたい』


 誰かの陰に隠れて、安全な場所から様子を伺うために、5回もオーディションを受けたわけじゃない。


 私は深呼吸を一つして、目を見開いた。


「……いいえ。……私、トップバッターでやりたいです」


 《……彩芽ちゃん?》


「……私、ずっと、逃げてきました。バイトも、人間関係も、全部……怖くなったらすぐに逃げて。……でも、ここだけは、逃げたくないんです。トップバッターは、この世界の扉を開く役目。……その扉は、私が……私が開けたいんです。大好きな、Fmすたーらいぶのために」


 言葉は拙く、何度もつっかえた。けれど、私の心はかつてないほどに澄み渡っていた。


 莉央さんは少し驚いたように息を呑み、それから、先ほどよりも晴れやかな声で笑った。


 《……ふふ。彩芽ちゃんって、意外に頑固なのね。……でも、安心したわ。これから同期として、同じFmすたーらいぶの仲間として頑張りましょうね?》


「……はいっ。……莉央さん、ありがとうございます……!」


 ◇


 午後5時59分。


 配信画面には、まもなく開始を知らせる待機画面が映っている。親衛隊として、何度も見てきた画面。けれど、そこに表示されている名前は――『双葉かのん』。


 午後6時。


 私は、震える指先で配信開始ボタンをクリックした。


 モニターの中で、魔法が始まった。


 OP映像が流れ、私の動きに合わせて、緑色のドレスを纏ったかのんが軽やかに動き出す。


 私は、マイクに顔を近づけた。


「……あ、あー。……えっと。……き、聞こえて……ますか?」


 最初は、消え入りそうな声だった。


 けれど、コメント欄に溢れる「待ってたよ!」「頑張れ!」という温かい言葉が、私の喉を解いていく。私は、イラストの少女――かのんに、魂を預けた。


「……みなさん初めまして……異世界の妖精の集落から、憧れのVtuberさんに会いに来ました!悪いことは許さない、風紀を守るのが使命の……双葉かのんです!」


 声が、通った。


 社会の片隅で、誰にも届かなかった私の声が、今、数千人という人たちの耳に届いている。


「……あの、かのん……不器用だし、コミュ障だし……今日もガチガチに緊張してます。……でも、この場所が、Fmすたーらいぶが……本当に、大好きなんです!」


 画面の中の妖精が、深々と頭を下げた。


 そこには「親衛隊」だった頃の私が見ていた景色よりも、ずっと鮮やかで、温かい光が溢れていた。


 灰色の世界で、一人ぼっちで泣いていたシンデレラは、もういない。


 こうして、双葉かのんとしての第一歩を力強く踏み出したのだった。


 ◇


 ――そして、現在。


 配信終了を告げるクリック音が静かに響く。機材の排気音だけが残る部屋の中で、私は背もたれに深く体を預け、大きく息を吐いた。


「今日も楽しく配信出来た……」


 ふふ、と自分でも気づかないうちに声が漏れる。頬のあたりがまだ少し火照っている。


 私はデスクトップに置かれた、一番古い歌詞ファイルを開く。双葉かのんのデビュー曲――『フェアリーテイル』。


 この曲を形にする時、私は一つの「わがまま」を通した。憧れのましろん先輩の『ホワイトプリンセス』を作ったボカロP、AMEさんに作曲をお願いした。


 そして、歌詞もワンフレーズだけ決めさせてもらった。まぁ、打ち合わせの段階でAMEさんにはイメージを伝えていたから、他の歌詞も、私の想像以上の素晴らしいものになったのは間違いない。


 同じ魔法の系譜に連なるこの旋律は、今や二人の絆の象徴でもある。


 けれど、この詞の『本当の意味』を知っているのは、世界で私一人だけ。


 『さあ、この手を取って! 迷っている暇はないから!』


 冒頭のこの言葉。4回オーディションに落ちて、もう諦めようとしていたあの日。画面の向こうで、ましろん先輩が言った「今募集している3期生オーディションも佳境ですね」という言葉。あれを聞いた瞬間、私は震える自分の手を、自分でもう一度強く握りしめた。


「今しかない、もう迷わない」……あの夜、私が自分自身にかけた号令。それが、この歌い出しの正体。


「彩芽ちゃん、配信お疲れ様」


 背後でドアが開き、温かいコーヒーの香りと共に、颯太さんが現れた。画面の中では完璧な「お姫様」である彼。でも、今の私にはわかる。その瞳の奥にある、誰よりも真っ直ぐで優しい光を。


「……はい。お疲れ様です」


 『辛い日も 涙の日も 私が隣にいるから大丈夫』

『星が歌う 勇気の歌 聴こえる? ほら、あなたのために』


 中盤のこのフレーズ。世界中に拒絶されたような気持ちで泣いていた夜。画面の中で「大丈夫」と笑い、私を絶望から掬い上げてくれたのは、ましろん先輩の配信だった。


 歌詞ではかのんが語りかけているけれど、私にとってはこれこそが「彼から貰った救いの言葉」そのもの。


 『どんな高い壁も どんな深い谷も 二人なら 乗り越えられる』


 そして、今。「ましのん」として隣に立ち、いくつもの壁を一緒に越えてきた。現実の私は、ずっとあなたの背中を追いかけて、その光に導かれてここまで来た。


「……彩芽ちゃん?ずっと歌詞を見つめて、どうかした?」


「あ、いえ。……やっぱり、この曲は私にとっての『真実』なんだなって、改めて思っていただけです」


 私は微笑んで、受け取ったコーヒーを一口飲んだ。熱い液体が喉を通るたび、これまでの記憶が愛おしく溶けていく。


 颯太さんは「かのんがましろを導く物語」としてこの曲を慈しんでいる。その解釈も、もちろん正解。


 でも、その裏側にある「私を救ったましろん先輩への感謝」と「ましのんとして歩む覚悟」というダブルミーニングは、私だけの聖域なのだ。


 『私があなたを導くからお姫様!』


 最後の一節。救われるだけだった私が、いつか本当にあなたを導ける存在になるために、自分に課した魔法。


 あの配信に出会えてよかった。


 そして、あなたの隣に立ててよかった。


 今でも、この「真実のFAIRY TALE」は、私だけが知る特別な宝物。


「颯太さん。明日配信ですか?」


「うん」


「じゃあ……リアタイで観ないと……ですね?」


「はは、さすが親衛隊。よろしく頼むよ」


 私は彼に寄り添い、心の中でだけ、最後の一節に本当の想いを乗せて呟いた。


(さあ、私と幸せになろう、お姫様)


 それは、世界で一番贅沢な、私だけの秘密のラブレター。


 魔法が解けることのないこの家で、私たちのシンデレラストーリーは、これからも夜明けを目指して続いていく。


「ん?え?どうかしたの?オレの顔に何かついてる?」


「いえ、何でもありません」


 私は彼に寄り添いながら、隣で一番美しく瞬く、私の「一等星」をいつまでも、いつまでも見つめていた。



 完

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