第七話『黒い仮面の悪魔』
おまたせしました!!第七話です!!
小説処女作品です!
ベタな展開が多いかも知れませんが「たまに出てくるファンタジー小説」的な印象を持ってくれると嬉しいです!!
月明かりだけが静かに巨大な石造りの闘技場を照らしていた。
その最も高い観客席に座っていた一つの影。
漆黒の燕尾服に黒蝶ネクタイ、特徴的な紺色の髪。そしてその顔には不気味な黒い笑顔の仮面が貼り付いていた。
「――ここが闘技場、コロッセオですか。…ふむ、見事なものです」
男はまるで我が家の庭を散策するかのように悠然と歩き出す。数秒後、角の向こうから現れた巡回中の警備兵二名は彼の存在に気づくことさえできなかった。影がただ二人とすれ違う。兵士たちは首筋に走る氷のような一瞬の痺れに意識を刈り取られ、
声もなくその場に崩れ落ちた。男は彼らに一瞥もくれずに、歩き続ける。殺しはしない。彼の美学に反するからだ。
やがて闘技場の中心を見下ろせる貴賓席にたどり着いた彼はまるで玉座にでも座るかのようにその手すりに腰掛けた。
「連邦の二代目君主が、その権威を示すためにこれを立てたとか。…彼もまた、我らが"カイザー"と似たものを持っていたのかもしれませんね。」
男は仮面の奥で楽しげに目を細める。彼の脳裏には若き皇帝の、あの凍てつくような瞳が浮かんでいた。
「ですが、肝心なのは、その力を振るう『覚悟』と『目的』だ。さて…」
彼はまるでそこに満員の観客がいるかのように芝居がかった仕草で立ち上がり、空っぽの闘技場に向かって、深くお辞儀をした。
「連邦の見定めと私の見定め、どちらが優れているでしょうか。…君たちの評価を楽しみにしていますよ」
闇の中、黒い笑顔だけが不気味に浮かび上がっていた。
博覧会が終わってからの数日間、レオはまさに有頂天だった。
女王陛下に直接その才能を認められた。その事実が彼の胸をこれ以上ないほどの高揚感で満たしていた。
「師匠! 見てください、この機構! 図書館で読んだあの『制御魔法』の理論を応用すればもっと歯車の抵抗を減らせるかもしれません!」
彼は寝る間も惜しんで再び図書館へと通い詰めた。あの日出会った少女の言葉を反芻し、自分が偶然作り上げた「魔法と機械の融合」という技術の正体を知るため、そしてこの国で認められた職人としてもっともっと高みへ行くため彼は知識の海を貪るように泳ぎ回った。
そこで彼は自分が作った時計が『工学魔法』と呼ばれる、五大基礎魔法の一つに分類される技術に極めて近いものであることを知る。そして、『制御』『治癒』『補助』『変位』…この世界を構成する、様々な魔法の体系とそのルールを夢中になって学び始めた。
知識を得ることで彼の未来は光り輝いているように見えた。自分のやっていることは間違いではなかったのだ、と。
――だが、その熱狂は時間が経つと、まるで嘘のように冷めていった。
博覧会の熱狂から数日が経っても、レオは、まだ夢の中にいるかのようだった。
いや、正確には夢から覚めてしまった後の虚無感に苛まれていた。
工房の屋根裏部屋。自分のベッドの上で彼は女王陛下から授与された「特別賞」の証である、小さな青い星がついた銀の徽章をただぼんやりと眺めていた。
眠りにつけばあの日の光景が何度も何度も繰り返し再生される。割れんばかりの拍手。眩いほどの照明。そして、玉座から自分を見つめていた、あの吸い込まれそうなほどに青い瞳。
「…俺が、女王様に…」
現実感が全くなかった。嬉しさよりも今は戸惑いの方が大きい。
自分はただ父の時計を直し、職人になりたかっただけなのに。いつの間にかとんでもない場所まで来てしまった。
(…俺は、これから、どうすればいいんだろう)
大きな目標を達成してしまった後の空っぽになった心。
そのせいかここ数日、彼はほとんど作業台に向かっていなかった。あれほど夢中だった時計いじりもどこか遠い世界の出来事のように感じられる。
「おい、小僧。飯だぞ。…また食わねえのか」
階下からグスタフの呆れた声がした。
「…すみません、師匠。なんだかあまりお腹が空かなくて…」
「馬鹿者が。浮かれやがって」
グスタフは梯子を上がってくると、レオの額にゴツリと拳骨を落とした。
「いてっ!」
「いいか、小僧。褒められたからってそこで足が止まるようなやつは三流以下だ。てめえはまだ半人前のそのまた半人前にもなっちゃいねえ。分かったか」
「…はい」
「だがな…」
グスタフは少しだけばつが悪そうに視線を逸らした。
「…まあ、お前が俺の想像を遥かに超えるとんでもねえもんを作りやがったのは事実だ。少し頭を冷やす時間が必要なんだろう」
彼は立ち上がるとレオの背中を叩いた。
「行くぞ、小僧。今日は授業の一環だ」
「え?」
「職人として、戦場の歯車を見ずに、一人前になれると思うな。この国を守ってるのは、いつ壊れるか分からねえ、血と鉄の歯車だ。それを見ずに、平和な時の歯車だけいじって、一流になれると思うなよ」
グスタフが半ば強引にレオを連れ出した先はあの、巨大なコロッセオだった。今日から大闘技会の本戦が始まるのだ。
レオはその禍々しいほどの熱気に少しだけ眉をひそめた。争いは好まない。人が傷つけ合うのを見て、楽しむ気持ちも彼には理解できなかった。
だが、師匠の言う「戦場の歯車」という言葉が彼の胸に重く、そして確かに響いていた。
闘技場の熱気はレオの想像を絶していた。
観客席を埋め尽くした民衆の歓声が、巨大なドームに反響し、地響きのように空気を震わせる。血と汗と鉄の匂い。レオはその剥き出しの暴力の奔流に少しだけ気分が悪くなるのを感じた。
試合は勝ち残りトーナメント方式で、目まぐるしく進んでいく。レオはその野蛮な光景から目を背けたかったが、いつしか、戦士たちの洗練された動きに心を奪われている自分に気づいた。
無駄のない体捌き。最小限の動きで相手の攻撃を受け流し、急所へと的確に一撃を叩き込む。それは彼が時計の歯車を組み立てる時のあの寸分の狂いも許されない精密な作業とどこか似ているように思えた。
そして、決勝戦。
一人の騎士が、圧倒的な強さで、全ての対戦相手を赤子のように捻り潰していた。
「出たな、今年の優勝候補か。"双子星"の片割れ、兄の方だ」
男が面白そうに呟く。
「知っているぞ!!弟の方は技術博覧会で最優秀賞を取ったんだろ?」
隣りにいた男が興奮した声でいう。
その騎士の動きは他の者たちとは明らかに次元が違った。相手の剣の軌道、呼吸、重心の移動、その全てを完璧に予測し、まるで未来が見えているかのように常に先手を取る。
「すごい…」
レオの口から、無意識に感嘆の声が漏れた。
「あの人の動き、まるで狂いのない精密な機械みたいだ…」
その職人ならではの感想に隣にいたグスタフは口の端を吊り上げた。
闘技会が終わり、興奮冷めやらぬ群衆と共にレオとグスタフは帰り道を歩いていた。
人の波に押されながらレオは今日の出来事を反芻していた。あの騎士の完璧な動き。自分の作る時計もあれくらい、完璧でありたい。そう思ったその時だった。
雑踏の中で彼の視界の端に一人の男の姿が、奇妙な形で映り込んだ。
他の人々が滑らかな川のように流れていく中で、その男の動きだけが、なぜかカクカクとした止まった静寂の川のように見えたのだ。一歩、足を前に出す。その静止画。次の瞬間足が地面に着いている。その静止画。
(…なんだ? 目がおかしいのか…?)
そのありえないほどの違和感にレオは思わず足を止め、男の背中を食い入るように凝視してしまった。燕尾服に黒い黒蝶ネクタイ、特徴的な紺色の髪、そして、顔には黒い仮面。
その、あまりにも強い視線に男が足を止めた。
ゆっくりと、こちらを振り返る。黒い仮面の笑った形の口元だけがやけに鮮明に見えた。
「……ほう?」
男は興味深そうに人混みをかき分けて、まっすぐにレオの方へと歩いてきた。
「すみません。最近轟音がなり、大きな兵器のようなものが来たことを存じ上げませんか?」
その声はまるで上質な絹のように滑らかだったがレオは蛇に睨まれた蛙のように身動き一つ取れなかった。人間ではない何か得体の知れない存在と対峙しているような本能的な恐怖。
「…おい、小僧。何してやがる」
グスタフが訝しげに二人の間に割って入る。
「すみません。最近轟音がなり、大きな兵器のようなものが来たことを存じ上げませんか?」
男は再び聞き返す。
「知っている。この前まで連邦内はその話で持ちきりだった。」
「その兵器を倒した人を知りませんか?」
「...そんな事を聞いて何になる?何のために聞いている?」
グスタフは妙な胸騒ぎがした。こいつはただものではない。そう感じさせた。
そんな異様な空気が流れる中、後ろの方から声がした。
「――止まれ! その仮面の男! 怪しいと見て、動くな!」
数人の警備兵が、剣の柄に手をかけながら、彼らを取り囲んだ。
「黒仮面の男が連邦に忍び込んでいる。あなたは明らかに特徴とあっている!」
警備兵に囲まれた黒い仮面の男は全く動じる様子もなかった。
彼は空を見上げるとまるで最高の喜劇でも見たかのように、高らかにそして楽しげに笑い声を上げた。
「はっはっは! なるほど、なるほど! そういうことでしたか!」
彼は芝居がかった仕草で警備兵たちに向き直る。
「私がここで猛威を振るうことで私の目的は達成される! なぜこの簡単なことにもっと早く気づかなかったのでしょうか!」
そう言い放つと同時に彼の腰から、二振りの漆黒の短剣が抜き放たれた。
閃光。
次の瞬間に警備兵たちは誰一人として反応できないまま、その場に崩れ落ちていた。もちろん、誰一人として命までは奪われていない。
広場は一瞬でパニックに陥った。悲鳴を上げて逃げ惑う人々。レオとグスタフも近くの小屋の中へと身を隠す。
黒い仮面の男はしかし、一般市民には一切目もくれなかった。
「私に彼らのような弱者を虐げる趣味はありませんので」
彼は次々と駆けつけてくる増援の兵士たちを、まるで舞を踊るかのように、的確に、そして無慈悲に無力化していく。
その時、凄まじい地響きと共にギデオン・フォルク率いる第七師団が広場を完全に包囲した。そしてその先頭には戦闘服に身を包んだアウレリアとその傍らで抜剣し、鋭い視線を前方に注ぐリディアの姿があった。
「…ひどいな。女子供に手を出していないだけ、まだマシか。…アウラ! やはり、お前は下がっていろ! こいつは俺が斬る!」
リディアが前に出ようとするのをアウレリアが片手で制した。
「――帝国か。」
「――帝国軍だと!?」
アウレリアとフォルクは男の胸元に刻まれた紋章を見て、アウレリアは冷静にしかし、苦渋を声に滲ませた。
フォルクは自分が戦っているものを知り、絶句した。白い星形の上に黒い十字架と赤いクロスライン。それは紛れもなく、宿敵ヴァルザード覇権帝国の軍事紋章。
小屋の窓の隙間から、その光景を見ていたレオの喉が鳴った。
目の前で人がいとも簡単に打ち倒されていく。血は流れていないのかもしれない。だが、鎧が砕ける音、人が地面に叩きつけられる鈍い音、そして短い苦鳴。彼が最も嫌悪する「力による蹂躙」そのものだった。故郷で見た帝国の兵士たちの横暴な姿がフラッシュバックする。
「…ぅ…っ!」
胃の奥から、酸っぱいものが込み上げてくる。レオは必死で口元を押さえ、壁に背中を預けて蹲った。師匠の「戦場の歯車を見ろ」という言葉の本当の重みが彼の心を押し潰そうとしていた。
第七師団はさすがに精鋭だった。彼らはフェレスの神がかり的な動きに食らいつき、一進一退の攻防を繰り広げる。だが決定打には至らない。
その膠着した戦場に場違いなほどのんびりとした声が響いた。
「――アウラちゃーん! ...この状況は...?」
声の主はアステル。その手にはほかほかと湯気の立つ、ルクスヴァルト産のアップルパイが握られていた。
アステルは遠くで露店の匂いを嗅ぎつけ、散歩がてら闘技場に来ていたのだ。
「...アステルさん!?」アウレリアが驚きの声を上げる。「今はそんな事を言っている場合ではありません! 早く避難を!」
「...ならきっと私と一緒に二人、逃がさないといけない子がいるねぇ」
アステルはレオたちが隠れる小屋の方へ、意味ありげな視線を送った。
「アステルさん...!?なんでここに?なんでこっち見てるんだろう...」
「小僧!大人しく隠れとけ!」
そのやり取りを見て、黒い仮面の男が初めて動きを止めた。
「…ほう。連邦の第四代君主、アウレリア・フォン・ルクスヴァルト=シュテルネンリヒト、お初にお目にかかります。光栄です」
彼は優雅にお辞儀をすると、その仮面の下で楽しげに笑った。
「私の名前はフェレス。帝国六大元帥、第5の称号を拝命しております。して、そちらにいらっしゃるのは…面白い帽子を被った陛下専属の魔女、といったところでしょうか?」
「帝国六大元帥...名前は聞いたことがあるがまさかその本人が来るとはな...」フォルクの顔が強ばる。帝国の“元帥”はただの指揮官ではない。国家の軍事顔役であり、その一挙手一投足が外交さえ左右しかねない存在だ。
アステルはその挑発的な言葉に、にやりと笑い返した。
「護衛なんかじゃないさ! 彼女とはただの親友だってね!」
「はっ。あなたがどなたかは存じ上げませんが国の君主と気安く『親友』などと口にしない方がご自身のためですよ」
フェレスは鼻で笑うと、聞こえるか聞こえないかくらいの声でぽつりと呟いた。
「どうせ、ただの魔女風情でしょうし」
その瞬間。
戦場の空気が凍った。
アステルの顔から全ての表情が消え失せた。先ほどまでの陽気さが嘘のように。
次の瞬間、フェレスの右腕が肩から先が綺麗に消し飛んでいた。
否、正確には天から降り注いだ一筋の青い光の奔流――『流星』によって、原子レベルまで叩き落とされていた。
「…なっ!?」
あり得ない現象にフェレスに初めて動揺が走る。目の色が僅かに変わり、声が震いそうになった。
(今のは、なんだ…魔法か? だが魔力の反発現象により、魔法は対人には効かないはず…!この体の正体が人間ではないと見抜いたとでも…!?だが、あれは――まるで天文学的な魔力を一点に集中させたような一撃だ...!)
強烈な殺気とも神気ともつかないオーラを放ちながら、アステルは静かにそして地獄の底から響くような声で言った。
「――気分が変わった。かかってこい。相手になってやる。」
感想やダメ出し、誤字脱字修正、なんでも大歓迎です!!
次回作がどの様になるかはわかりませんが自分なりのペースで頑張りたいと思います!!




