第二話『玉座の上の小さな少女』
おまたせしました!!第二話です!!
小説処女作品です!
ベタな展開が多いかも知れませんが「たまに出てくるファンタジー小説」的な印象を持ってくれると嬉しいです!!
玉座の間へと続く、磨き上げられた長い廊下。そこに、小さな少女の足音だけが静かに響いていた。
アウレリア・フォン・ルクスヴァルト=シュテルネンリヒト。聖冠連邦、第四代君主。体には不釣り合いなほど大きく、重いマントを引きずりながら、評議会室へと向かっていた。
ふとむず痒い感覚がした。
「……へっ…」
小さな口元から、か細い息が漏れる。
「…へっ……へぅっ!」
必死に口元を押さえる。瞳が、生理的な涙で潤む。脳裏に、何度か経験したことのある、奇妙な浮遊感と、その後の記憶の断絶がよぎる。
「――失礼」
すん、と鼻をすすり、彼女は顔を上げた。そこにはもう、くしゃみに悩む少女の姿はなかった。冷徹なまでの静けさと、絶対的な威厳を湛えた、女王の顔があった。
衛兵が重々しく扉を開く。その先にあるのは戦場だった。
===============エーレンフェスト伯爵視点===============
(――ったく、あの小娘は一体何なのだ)
エーレンフェスト伯爵は大評議会室で、忌々しげに玉座を見上げた。
(あれが本当に、新たな指導者だというのか…?)
わしは、エーレンフェスト伯爵。シュテルネンリヒトが誇る工業地帯、シュタールヴェルクシュタット地区に、三代続く巨大な兵器工場を構えるシュテルネンリヒト貴族だ。わが工場が生み出す鋼の砲弾は、かのヴァルザード帝国の度重なる紛争を防ぎ、この国の独立を守ってきたという自負がある。
だというのに、今、わしが何故この子供だましのような会議に呼び出されているかといえば、先日わが工場で起きた「事故」の件で、弁明をさせられるためだ。蒸気機関の試作機が暴走し、数名の死傷者が出た。悲しむべきことではあるが、技術の発展に犠牲はつきもの。そんなことは、シュテルネンリヒトの民ならば誰もが理解している常識のはずだ。
何より気に食わんのは、この呼び出しが、玉座に座るあの小娘――アウレリアの勅命によるものだということだ。
父王の急逝で、棚ぼた式に玉座に転がり込んできた、まだ世間も知らないような少女。その小さな頭には、分不相応にでかいだけの双聖冠が、今にもずり落ちそうに乗っかっている。ルクスヴァルトの連中がありがたがる、あの川の流れだか何だか知らんが、やたらキラキラした水色の髪。あれを見るだけで、どうにも虫唾が走る。
先王は、まだ話のわかるお方だった。シュテルネンリヒトの「力」の重要性を理解し、我ら貴族の自主性を尊重してくださった。
だが、あの小娘は違う。
孤児院だの、学校だの、民に媚びるような理想ばかりを追い求めている奴らのような甘っちょろい政策ばかりを打ち出し、あまつさえ、我ら貴族の経営にまで口を挟もうとする。
「――来たか」
廊下の扉が重々しく開かれる。
足音はためらいを知らず、玉座へと吸い込まれていった。少女は小さな体に重いマントを引きずり、しかしその眼差しは冷たく、決して揺らがなかった。
「――これより、大評議会を執り行います。本日の議題は、エーレンフェスト伯爵領における蒸気機関暴走事故に関する調査報告。――陛下」
アウレリアは文書を手に取り、淡々と読み上げた。声は小さいが、会議室の空気を切り裂くように明瞭だった。
「エーレンフェスト伯爵。あなたの報告書は読みました。事故の原因は『予測不能な機械の暴走』。犠牲となった作業員たちには、十分な見舞金を支払った、と。相違ありませんか?」
「その通りでございます、陛下」
わしは、尊大に胸を張って答えた。
「技術の発展は、時に悲劇を伴うもの。ですが、我がシュテルネンリヒトの未来のため、我々は立ち止まるわけにはまいりません」
「未来、ですか」
アウレリアは、静かに繰り返した。そして、セラフィナに目配せをする。
セラフィナは一歩進み出ると、手にした資料を読み上げ始めた。
「エーレンフェスト伯爵。あなたが提出された報告書には、いくつか不可解な点がございます。第一に、事故を起こした試作機関の設計図。これは、三ヶ月前に王立アカデミーが『設計に致命的な欠陥あり』として破棄を勧告した、旧式の設計図と完全に一致します。これはいったい、どういうことですかな?」
わしの心臓が、嫌な音を立てた。
「な…なんだと? そ、そんな勧告は受けておらん! 第一、アカデミーの若造どもの言うことなど…」
「では、第二の疑問です」
アウレリアが、わしの言い訳を冷ややかに遮った。
「あなたが『十分な見舞金を支払った』とする犠牲者の遺族数名から、嘆願書が提出されています。『受け取ったのは、提示された額の十分の一にも満たない銀貨と、脅迫まがいの念書だけだった』と。伯爵、あなたは、誰に『十分な見舞金』を支払ったのですか?」
議場が、一気に騒がしくなる。同情的な視線、好奇の視線、そして、軽蔑の視線が、わしに突き刺さる。
「そ、それは…! 何かの間違いです! 奴らが、より多くの金を得ようと、陛下に嘘を吹き込んでいるに違いありませぬ!」
「嘘、ですか」
アウレリアは、玉座からすっと立ち上がった。その小さな体が、にわかに山のような威圧感を放ち始める。
「エーレンフェスト伯爵。あなたは、コストを削減するために、危険だと分かっている旧式の設計図を使い続け、事故が起きれば、その責任を作業員の『不注意』として処理しようとした。さらに、遺族に渡るはずだった見舞金さえも横領し、自らの懐を肥やそうとした。――これが、あなたの言う『未来』のための行いですか!」
「ひっ…!」
その声は、雷鳴だった。脳髄を直接揺さぶられるような、王の叱責。わしは、足が震えて立っていることさえままならない。
「私の父が――この国の誰よりも、未来を信じて働いた男です。何よりも重んじたのは、民の命でした。あなたはその命を、己の利得のために踏みにじった。死にゆく者たちの代わりに銀貨を弾み、自らの懐を満たした。そのような者に、この国の未来を語る資格はない!」
彼女は、全ての貴族を見渡して、氷のような声で宣言した。
「エーレンフェスト伯爵、あなたを爵位剥奪の上、鉱山での終身強制労働に処します。あなたの工場と財産は全て国が没収し、遺族への正当な補償と、労働環境の完全な改善費用に充てなさい。異論は、認めません」
誰も、何も言えなかった。
ただ、ひれ伏すように頭を下げることしかできなかった。意識は、そこでぷつりと途絶えた。
===============アウレリア視点===============
衛兵に両脇を抱えられ、まるで中身の抜けた麻袋のように引きずられていくエーレンフェスト伯爵の姿を、僕は冷たい目で見下ろしていた。
議場に残った他の貴族たちは、誰一人として声を発さず、ただ恐怖に凍り付いたように、僕の次の言葉を待っている。
はっきり言ってしまうといい気味だ。
民の命を、己の財布の重さとしか考えないような輩に、慈悲などかける必要はない。父が愛したこの国を、二度とこんなクズ共に汚させはしない。
僕は、心の奥底で燃え盛る冷たい炎を感じながら、静かに告げた。
「…会議は、これまでとします」
その一言が、彼らを縛っていた見えない鎖を解き放った。貴族たちは、まるで悪夢から覚めたかのように我先にと頭を下げ、安堵と恐怖が入り混じった複雑な表情で、議場から逃げるように退出していく。
やがて、大評議会室には、僕と、僕の唯一の心を許せる三人の側近だけが残された。
静寂が訪れる。さっきまでの喧騒が嘘のようだ。
その瞬間。
ギリギリと張り詰めていた緊張の糸が切れた。
「つ、疲れた……っ!」
僕は、その場にへなへなと座り込みそうになるのを何とか堪え、玉座の肘掛けに全体重を預けて突っ伏した。さっきまでの絶対的な君主とした態度はどこへやら、今はもう、疲れ果てた子供だ。
「なんなのよ、あのおじいさん! 自分のことしか考えてないにも程がある! 分かりやすい嘘ばっかりついて! もうやだ! 王様なんて、やっぱり僕には向いてないんだわー!」
ソファに倒れ込むように移動し、クッションに顔を埋めて足をばたつかせる。これが、本当の僕。誰にも見せられない、アウレリアの姿。
「はいはい、お疲れさまでした、陛下」
いつも通りの、冷静で、少しだけ呆れたような声が聞こえた。筆頭秘書官のセラフィナだ。彼女は、散らばった資料を手際よく整理しながら、淡々と告げる。
「ですが、見事な采配でした。これで、シュテルネンリヒトの工業地帯に蔓延る悪習に、楔を打ち込むことができます。民衆からの支持も、さらに高まるかと」
「そんなことより、甘いものが食べたい! 絶対にだ! 今日こそ、街の菓子屋『メール』の、木苺が山盛りのミルフィーユを食べるって決めてるんだから!」
「こら、アウラ。我儘を言うな。まだ午後の謁見が残っているだろう」
頭上から、少し笑いを含んだ、優しい声。近衛騎士団長の、リディア。彼女だけが、僕のことを愛称で呼んでいいと許した。ごつごつした手袋を外した素手で、僕の頭をわしわしと撫でてくれる。彼女のこの手に触れると、いつも心が安らぐ。
「でも、約束は守る。それが終わったら、連れて行ってやるから。な?」
「ほんと!? やったー! リディ、大好き!」
僕は、今度はリディアの腰に抱きついて、犬のようにじゃれついた。彼女の鋼鉄の鎧はひんやりとしていて、さっきまでのぼせていた頭に心地よかった。
その様子を、諜報担当のイザベラが、優雅に扇子を広げて、くすくすと笑いながら見ていた。
「まあ、陛下ったら。まるでリディアに懐く忠実な猟犬のようですこと。先ほどのエーレンフェスト伯爵が見たら、それこそ本当に魂が抜けてしまいますわ」
「むっ、犬じゃないもん!」
「あら、失礼いたしました。では、気高き獅子の子、でしたわね」
この時間。
この、他愛もないやり取りだけが、「女王」という重圧から解放してくれる。絶対的な君主ではない、ただの少女に戻してくれる。
この三人がいなければ、きっと、とっくの昔にあの大きな玉座とマントの重みに、押し潰されていただろう。
ふと、僕は壁に飾られた一枚の肖像画を見上げた。そこに描かれているのは、いつも優しげな笑みを浮かべていた、僕の父であり、先代の王。
「…お父様も、毎日こんな風に、腹黒いおじいさんたちと戦っていたのかしら」
漏れた僕の言葉に、部屋の空気が少しだけ切なさを帯びる。
「きっと、なさいましたわ」イザベラが、扇子を閉じ、静かに言った。「そして、あなた様と同じように、この国と民を、心の底から深く愛しておられました」
「……うん。知ってる」
父は、優しすぎた。誠実すぎた。先の災害で引き裂かれた民の心を繋ごうと、貴族たちの腐敗を正そうと、たった一人で身を粉にして国中を駆け回り、そして…倒れた。
その父の死が、僕に「強くあらねばならない」という、呪いにも似た決意を刻み付けたのだ。弱さを見せれば、父のように、大切なものを守れずに終わってしまう。だから、僕は完璧な女王でいなければならない。
「大丈夫だ、アウラ」
リディアが、僕の肩を力強く抱いた。
「お前は一人じゃない。忘れるな。僕たちがいる」
「セラフィナも」
「イザベラも」
「…うん。ありがとう、みんな」
僕は、にかっと笑ってみせた。大丈夫、みんながいれば、僕はまだ戦える。
その笑顔は、まだあどけなさを残しながらも、確かに国を背負う者の強さを、ほんの少しだけ取り戻していた。
その夜。
僕がようやく眠りに就いた後、三人の側近たちが、密かにセラフィナの執務室に集まって、僕の知らない会話を交わしていることなど、もちろん僕は知らない。
彼女たちが、僕の「記憶のない時間」を、どれほどの覚悟で守ってくれているのかも。
僕が、自分の小さな肩に、国だけでなく、人智の及ばぬ、あまりにも巨大で、孤独な何かを背負っているという、その残酷な真実も。
今の僕は、ただ、リディアが約束してくれた、甘いミルフィーユの夢だけを見ていた。
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次回作がどの様になるかはわかりませんが自分なりのペースで頑張りたいと思います!!