ある音声記録 〜西区貧民街にて〜
お~い、ちょっと待ってくれよ。
これ、アンタの財布じゃないか? ……はは、やっぱり! さっきガキにスられたの気が付ついてなかったろ。
ここのガキ共は金と危険の匂いに敏感でさ、アンタみたいな無害そうな金持ちはカモになっちまうぜ。前に来たいかにも金持ちそうな奴なんて、パンツ以外は全部身ぐるみ剝がされちまってたからな。オレの前でよかったよ。
……別に裕福ってわけじゃない? ここに来た旅行者は皆そう言うぜ。なんでまたこんな島に来たがるんだか。故郷にいた方が安全だし、美味い飯も食えるだろうにな。たしかに海は綺麗かもしれねえけど。ドバイとかオキナワの方が断然良いって智近サンは言ってたぜ。
ここの街並みを見てくれよ。まともな屋根のある家なんてほとんどない。ガキも女も老人もここで寝るんだ。雨の日も雪の日も襤褸布1枚の格好で身を寄せ合ってさ。昨日食べ物を分け合った奴が次の日には冷たくなってる……なんて、珍しい話でもなんでもない。それだけならまだマシだぜ。
この区はよぉ、小さいギャングや愚連隊ばっかで全然統率が取れてねぇのよ。あちこちで抗争が起きてるし、指導者もないもんで薬も売春も人身売買も横行してる。割を食うのは貧民街にいる弱い奴らばかりだ。
日本じゃそんな事は殆どないんだろ。ヒヨコ……日本から来た友達がよ、そう言ってたぜ。まあオレはこの島で生まれ育ったから実際に見た事はないけどさ。
いいよな、仲間が安心して暮らせる場所ってのは。
オレ? オレは千鳥ってんだ。
『月下獣』で頭やってんの。全然そんな風に見えないって? ああ、いや、感謝なんかしなくていいんだよ。アンタの財布盗ったのもウチの奴だから。あはは。
……。
財布の中身、確認してみる? うん、まあ7割くらいは抜いたけど、飯と帰りの船には困んないだろ。
別にいいじゃん。本当は身ぐるみ全部貰ってくところを、まけてやったんだからさ。