ある音声記録 〜東区裏路地にて〜
お兄さん大丈夫? ごみ箱に嵌まるなんて面白いことしてるじゃん。どうやったらこんなことになるのよ。
知らない男に絡まれていたら、後ろから走ってきた小さい女の子に投げ飛ばされた?
そりゃ林檎だわ。あそこでやりあってる娘でしょ。詰襟スカートに裸足のチビッ子。だよね、ふふ、ごめんなさいね。
有名人っていうか……同じ学校の娘よ。トモダチってやつ?
あ、こんな島に学校があるなんて意外だって顔してる。失礼だなぁ、この島は意外となんでもあるんだよ。学校も、病院も、自警団だってあるんだから。
そりゃ、人が集まればそれなりに統率する人がいないと混乱するじゃない。便利に過ごそうと思ったらそれなりの組織は必要ってだけ。無法地帯だから真面目に取り締まってる訳じゃないし、そもそも人を裁けるルールなんてないし。その恩恵を受けられる人なんてほんの一握りだけど。やっぱり必要になってくるんだよ。
悪人だって穏やかに過ごしたい人はいるし、病気にだってなるし。この島の家は良く燃えるから。あそこで暴れてる娘みたいに島で生まれた子たちだっているしさ。暮らす上で越えちゃいけない垣根みたいのがやっぱりあるんだよね。
自分より強い奴に逆らわないことだって?
……よくわかってるじゃん。船乗りの受け売り? なにそれ、面白いね。
マ、その通りなんだけど、やっぱりいち個人の強さってあんまり広い範囲には影響できないんだよ。だからこの島でも区ごとにルールが違うんだ。うん、縄張りみたいな感じ。
この区のルール?
……まぁ見ててよ、もうすぐ来るから……ほら来た! 見える? あそこのスラッとした銀髪の男の人!
あの人がこの区の大部分を縄張りにしてる、龍縁組の若頭。珠世川智近。かっこいいでしょ、私のお兄ちゃん。
貴方は運が良かったよ。あの男が薬の売人でさ。ウチのお兄ちゃんは薬が大嫌いだから、放っておけないの。あいつ引き渡して焼き肉奢って貰うんだ。
そ~じゃなかったら、たぶん死んでも放っておいたと思う!