第40話 踏み出す一歩
それから恭弥からの諸々のレクチャーを受け、俺はそれらを全てメモし終わった後に電話を切る。
やはりいつまでたっても親友には頭が上がらない、と苦笑を溢しながら、俺はベッドへ寝転んだ。
「…………夜10時か」
いつもだったらまだ奏と談笑している時間だし、おそらく彼女は起きているだろう。
けれど今から彼女の元へ行く勇気は……—―
(違う。それじゃ、ダメなんだ)
12年前と同じはもううんざりだ。動けなかったことをずっと後悔し続けるのはもう嫌だ。
勢いをつけてベッドから立ち上がり、拳を握りしめる。
ふう、と深呼吸をして入った視界には、実家から持ってきた俺と奏の家族写真があった。
「懐かしいな...........これ」
これは、近くの河原でバーベキューをした時の写真だろうか。
後ろに奈津と春菜がたっていて、そしてその隣に挟むように父親二人が立って。
そして小学校低学年の俺らは、大人たちの前で勢いよくピースをかましているのだ。
「もう、大分離れてしまったな」
写真の中では手を繋いでいる二人は、12年間離れたままだった。
けど今、何の因果かまた隣を歩けている。
――――そしてまた、彼女の隣を歩き続けるために。
そのまま自分の部屋を出て、俺は隣にある奏の部屋の扉を控えめにノックした。
「はーい」
それからパタパタと軽い足音と共に、想い人は顔を出す。
そんな行動にすら胸がうるさくなる俺は、きっとどうしようもなく彼女が好きなのだ。
だから、今度こそ。
今度こそ、もう終わりにするために、踏み出すために、まず一歩。
「————奏。ちょっと、話がしたいんだ」
彼女の方へ、一歩近づく。
◇◇◇◇◇
「どうしたの、急に改まって」
「いや、なんとなく奏と話したくなって」
「なによそれ」
ふふ、と笑った奏は、リビングにあるソファにもたれかかる。
俺的には椅子があるなら座る派なのだが、どうやら彼女は床に座るタイプらしい。
――――あの後、彼女は突然の俺の申し出を驚きながらも快く承諾してくれた。
そして奏の部屋にどうぞ、と招かれたはいいものの、結婚前の男女がということと、まあ...........俺の心臓上とても良くないためリビングへと移動したのだ。
「...........ねえ、もう一回こたつ出してもよくない?」
「駄目」
「なんで!」
「もう二月だからいいだろっていうのと、一回出したら、また戻すの大変になるから...........精神的に」
「...........む」
その言葉には何も返せないのか、ただ不満そうに唇を尖らせた奏に苦笑いする。
本来だったら俺も奏もこたつは三月まで出しておきたいほど大好きなのだが...........止める母たちがいない今、きちんと自分で管理してしまえる自信がない。
ということで、ずるずる引っ張ってしまう前に数日前にこたつは撤去したのである。
まあそんなこんなで少しご機嫌ななめな奏は、あっと小さく声を上げた。
「ほら、外見て。雪降ってる。今週もすごかったよねえ」
「そうだな。寒波寒波って、何回来たら気が済むんだよ。訪問販売じゃないんだから」
「ああ、それも最近多いもんね...........」
俺の愚痴に今度は奏が苦笑いして、穏やかな空気が流れる。
そうしてしばらく窓から降ってくる雪を二人で見つめていると、奏が不意に口を開いた。
「そういえば、初詣のときも雪降ってたよね。帰り道ちょっと積もってた。寒かったなー」
「だから俺は外に出るべきではないとありがたい助言をしたのに」
「出たくないっていう瑞稀の意思表示でしょ。というか瑞稀、その時やけに参拝長かったよね」
雪が降ってるのに気にせずやけに熱心に、と袖口で口を抑えながら奏に、どこか気まずくなって視線を逸らす。
まさか貴方に告白できるよう勇気をくださいと言おうとして留まって...........なんて言えるはずもなく、俺は結局誤魔化すことしかできなかった。
「あー、お腹空かない?」
「お風呂の前にご飯食べたでしょ、誤魔化すの下手なの? で、何を祈ってたのよ。初詣は願い事よりその年の感謝を願わなければいけないから、神様が聞いてくれるかわからないけど」
「別にいいだろなんでも...........」
「やだー、気になるー」
話がしたいって言ってきたの瑞稀じゃんー、と駄々をこねる奏を一瞥する。
どうやら話すまで言うことをきいてくれなさそうだ、と判断した俺は、渋々口を開いた。
「あー...........まあ、頑張ることを頑張ります的な...........?」
「何よそれ」
意味が分からない、と眉を寄せた奏に思わず笑う。
裏表がない彼女だからなのか、はたまた彼女が想い人なのだからかはわからないけれど、奏と話している時間は楽しい。
そう思って思わず笑みを零すと彼女の眉間の皺はさらに深くなって、そのことがますます笑いに拍車をかけた。
「何よ、馬鹿にして」
「別に、意味なんて分からなくていいよ。俺が勝手に頑張るだけだから。神様が聞いてくれるかわからないなら自分でどうにかするしかないしな」
「それはそうかもしれないけど。奏様だって、迷える子羊瑞稀君の悩みを解決できるかもしれないよ?」
こてりと首を傾げ、奏はその整った顔を俺の横から覗かせる。
いちいち仕草が可愛い、と考えながら、俺はテーブルの上に置いてある水を一口飲んだ。
「んー、じゃあ、奏様に俺の悩みを聞いてもらう..........というか、一つ願い事をしていいですか」
「まかせたもれ」
「ふっ、じゃあ遠慮なく」
厳かな雰囲気を出そうとしているのか、無い髭をなぞるような奏に笑う。
ことり、と飲み終わったコップを元あった位置に戻しながら、俺は迷うことなく口を開いた。
「―—――今週の金曜日。一日だけ、俺に時間をくれませんか?」




