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第39話 いつまでお前は



————覚悟は決めたはいいものの、そんなすぐに行動に移せるのならこんなに拗らせていないわけで。

情けなくもそれから数日経ち、そして今日も何のアクションも起こさず部屋の前で奏と別れた俺は、ぼふりとベッドの上に横たわった。


カレンダーを見れば、もう明日からは二月である。



「結婚式は、2月末。今日は、1月31日」



くそ、と自分自身に悪態をつき、もう時間がないことを心に刻みつける。

どうにかしなければ、と思いながらもずっと行動に移せていない自分に嫌悪感がわきながらも、俺は結局動くことができなかった。


そうして何もできないまま俺はベッドの上でスマホを数分弄り...........不意に、ある番号へと電話をかける。



『…………瑞稀?』

「夜遅くにごめん。ちょっと、恭弥に聞いて欲しいことがあって。今時間ある?」

『ちょっと待ってくれ』



日和ごめん、と恭弥が断りを入れている声に謝りながら、俺は壁に背を預ける。

そうして部屋に入ったのか、バタンという扉が閉まったらしい音の後、少しノイズ混じりの親友の声が聞こえた。



『で? どうしたんだよ』

「…………お前の声が聞きたくなって?」

『切っていいか?』

「あ、嘘です冗談ですちょっと本気です」

『切るわ』

「ごめんなさい」



俺が焦って謝ると、電話越しに笑っている恭弥の声が聞こえる。

それに思わずつられて笑いながらも、俺は「なあ」と親友に声をかけた。



「柊の話はしたっけ」

『ああ、例の後輩男子だっけ』

「そう。アイツ、もう奏に告白したらしいんだ」



俺が息を吐くようにそう言うと、そいつが驚く気配がする。

それって、とただただ驚愕の意が込められた返事に、俺は少しの逡巡の後口を開いた。



「...........振られた、らしいけど。でもあいつは、俺とは違ったんだ」

『...........ああ』

「あいつは俺よりも先に進んでた。俺が十二年経ってもできないことをやってるんだよ」



きっとあの男ならば奏を幸せにしてくれるだろう、と心の裡で考える。

けれど彼女を譲りたくないと、傍にいたいと思ってしまう俺は、とっくにわかってはいるのだ。



「俺も動かなきゃいけないって。もうこの曖昧な関係を終わりにしなきゃいけないってわかってるんだ。でも、」

『…………』

「…………恭弥?」

『瑞稀』



けれど、不意にそいつは沈黙になった後、突然俺の名前を呼ぶ。

いつもはふざけている親友の声が真剣に思えて、思わず言葉が返せなくなった。



『俺はお前たちが大切だから、親友の天都瑞稀が大切だから言うってことを知った上で聞いて欲しいんだけど』

「な…………に」



今まで聞いたことがない声に、息を呑む。

ぐっ、と握りしめたスマホから聞こえる親友の声は、どこかクリアだった。



『お前は俺に、「どうしよう」って相談して、それで何かした気になっていないか?』



親友の声が、耳の奥に遠く響く。

瑞稀、といつもより硬い声で俺の名を呼んだ恭弥は、そのまま言葉を続けた。



『そうやって有耶無耶にして、曖昧にして、自分の感情から目を背けて。それじゃあ、12年前と同じだぞ』

「…………‥俺は、」

『なあ、瑞稀』



お前はそれでいいのか? と。

そう真摯に聞かれた問いに、俺は何も答えることができなかった。



『いつまでお前は奏を待たせる気だ』



ただ、誰も何も喋らない間が続く。

俺はぐっと噛み締めていた唇を、小さく開いた。



「恭弥」

『なんだよ。言っとくけど、俺は謝らないぞ』

「ありがとう」



目が覚めた、と呟くと、聞こえるか聞こえないかぐらいの息を吐く音が聞こえる。

よかった…………と聞こえた言葉に、俺は小さく苦笑いした。



「ごめんな。今まで」

『いや、我ながら言いすぎたかもしれないって思ってたんだ。でも、お前はそんぐらいじゃないと動かないだろ』

「ごもっとも」



思わず笑いを溢すと、「笑ってる場合じゃないからな」と呆れ混じりの声が聞こえる。

縁切ろうって言われたらどうしようかと思った、と小さく呟かれた声に、俺は衝動的に口を開いた。



「何言ってんだ恭弥。お前は正しかった」

『…………うん、そうだよな。俺は正しいよ。でも、瑞稀を傷つけたくはなかったんだ』

「…………まあ、その優しい親友様をガッカリさせないためにも」



いつだって軽くてふざけて見える親友は、本当は誰より友人想いだ。

好きな人想いでもあるかな、と少し恥ずかしい気持ちを誤魔化すために考えながら息を吐く。



「俺は、もう決めた。『動かなきゃいけない』、『動きたい』じゃないくて、動くんだ。…………今度こそ、もう終わりにする」

『よく言った!』



でも判断が遅い! と飛んできた叱咤に何も言えず首をすくめる。

やっと戻ってきたいつもの調子にお互い安堵しているのを感じながら、俺は聞こえてくる恭弥の声に耳を傾けた。



『まあでも、ヘタレな瑞稀くんは何かきっかけとかがないとなかなか勇気が出ないと思うので』

「ごもっとも…………」



どうやら長年の親友には俺の行動がバレバレらしい。

思わず乾いた笑いを溢すと、それにまた笑った親友の声がした。



『なあ瑞稀、これは覚えといて損しない、とても便利な雑学なんだが』

「ん?」



突然始まったトリビアクイズに困惑を隠さなくて、ただ疑問の声を漏らす。

けれど俺の様子はおかまいなしに、そいつは自分の知識を披露した。



『実は、バレンタインデーに女子がチョコレートを渡す文化があるのは日本だけなんだってよ』



…………恭弥の言いたいことが、なんとなくわかった気がする。

そして俺の心境とは反対に、親友は至極楽しそうな声で続けた。



『バレンタインってのは、男性が意中の女性にプレゼントを渡す日なんだぜ?』


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